10人いたら10通り。
個性はひとそれぞれですから、
誰かと比べる必要は無いと思います。
音楽やお子様のことなどで
悩んでいる方への参考に
今まで出会った方などのエピソードです。
| 人見知り 「習わせたいのだけど、ちょっと問題があって」・・と電話の向こうで一呼吸の後に「うちの娘は10歳だけどすごい人見知りなんです。」と言われました。 それのどこが問題なのかとほっとしたくらいで、他人に慣れる速度なんて個人差があるものだと思ってます。 そういえばと、ふと、ASAMIちゃんを思い出しました。 ASAMIちゃんが初めてレッスンに来たのは中学生の時。明朗でばりばりお仕事をされているというお母様の隣で、大きな体で分厚い眼鏡をかけ、斜め横を向いたまま唇の内側で歯をくいしばったような頑なな表情をしていました。 毎回「こんにちは!」と挨拶しても、こわばった表情のままちょっと肩をすくめるか、1センチくらい頭を動かすくらいだったけど、私はあまり気にしないで、レッスンの最中も脳天気に話しかけていました。 ところがそんなある日、いつものように何かちょっとした事を話しかけたら、彼女は意を決した様に、自分の胸のあたりを『ドンドンドン』と叩き、『げほっ』と空咳をしたあと初めてかすれた声を出したのです。ようやく返事をしてくれた瞬間でした。 どうやら声門を閉めていた様子で、そういえば緊張すると喉が乾いたり、喉が締まるような感覚や声が震えるなど、ひとによってはコントロールが効かない所かもしれません。 ASAMIちゃんはその後少しづつ返事をしてくれるようになっていったけど、いつも声を出す前には、やっぱり胸元を2〜3回ドンドン叩いてから話し始めていました。ドンドンが無くなったのは1年位してからで、それでも空咳はしていたけど、打ち解けてくると冗談までも言うようになり、そして「へへへ」と笑う日も増え、やがてはレッスン時間の半分は会話するくらいになっていきました。 そんな彼女が大学生になったある日、友人と香港旅行するという日程と、私があちらにいる日が重なっていたので、「じゃあお粥やさんに連れて行ってあげる♪」と、セントラルで待ち合わせをしたことがありました。時間より早くASAMIちゃんは待っていて、その傍らには足の不自由な友人を連れていました。旅行先ではいろいろ行きたいだろうに、お粥やさんで食事が終わった後「じゃあね、楽しんでねバイバイ〜」と見送ると、足早な街の雑踏でその友人の歩く速度に合わせてかばう様にゆっくりと進んで行く後姿が見えました。 人見知りでもやがて慣れる日はくるのだし、こうやって弱者の気持ちがわかる優しい子が多いのではないかと思い、その姿に心が温かくなりました。 |
| 大人のお稽古 自宅で教室を開いてから、ヤマハ音楽教室で教えていた時には気付かなかったことのひとつが、楽器を習ってみたい人は意外と大人の方が多いということです。また子供を通わせる親御さんは、「自分がダメだったからせめて子供に・・」と夢を託す方が多いです。 大人の方では、「小さい時に習いそびれた」とか、「子供を習わせて今はもう使わなくなったピアノが家にあるからいつかやりたいと思っていた」とか、『鍵盤』を弾いてみたい!という気持ちは潜在的にあったものの『きっかけ』がなかったので今に至る・・という方が多いです。 そして少しためらっているうちに時間が経ってしまったということです。 ピアノでもエレクトーンでも、誰でもが弾ける楽器なので決して怖がる事はありません。 初心者でも譜面が読めなくても恥ずかしいことではないのです。 ずっと家にいて子育てを終え、ようやく自分の時間が持てるようになった奥様がここで始められてしばらく経ったある日、「こんな年で始めて恥ずかしいのですが、でも楽しくて!ピアノ始めてから更年期障害がなくなりました♪」と歌うような声で言われました。またある人には、「以前は弾くと肩こりがあったけど、ここにきてから娘に『音が柔らかくなったね』って褒められて肩もスゴク楽なんです」と言って下さいました。 子供だけでなく、大人の方にも、小さな事でも良い点は先ず素直に言葉にすると良いと思っています。怒るばかりや無理やり押し付けるのでは、楽器が嫌いになるばかりかいつまでも自信もつきません。おだてるのではなく、誉めることは大切です。 楽器のお稽古事には、おさらいを含めて練習時間という孤独な作業がつきものです。日々の生活の中で誰でもコンスタントな練習なんてなかなか出来るものでもないですから、練習しなかったことを罪悪の様にとらえる必要もないです。 レッスンで一緒に練習すれば良いのですから、弾けなくても間違えてもレッスン時間は自分の練習時間の延長と思えば、楽しみながら長く続けられる習い事になると思っています。 |
| 強度の弱視と難聴の生徒さんのお話 当時20代の女性でしたが、盲導犬を連れてレッスンに通って来られました。 彼女は片方の目がかろうじて、それも対象物を目の1〜2センチまで近づければ何とか判別出来るというくらいですので、楽譜を普通に読むことは出来ません。彼女がボランティアの方に点字の楽譜を作ってもらったこともあったそうですが、「作ってくれた人には申し訳無いけど、かえって解かり辛いものになってしまうんです」という事でした。 では楽譜が見えない人にどのようなレッスンをしたかというと、「すべてを録音」したのです。レッスン中の様子、パート毎の演奏、部分奏、全体の演奏と、テンポもゆっくり目からインテンポまでをテープに録音して、それを彼女が家に帰って耳で聞きながら練習してくる、といった進め方でした。と書くと簡単に思えるかもしれませんが、未知の曲をゼロの状態から耳と頭の中で組み立てて、それを記憶しながら弾かなければならない彼女の努力は大変なものでした。 「生まれた時から目くらやってますからね〜(^。^)」と明るく言って、決して言い訳はしない姿勢や常に前向きな生き方を見ると、かえって私の方が元気付けられたほどです。 色白の肌に合うように髪をほんの少し茶色に染めて、と、そんなフェミニンな見かけとは裏腹に「大学時代は落研入ってましたぁ)^o^(」と、とっても活発で行動的、20代の終わりには「先生!私マンション買っちゃいましたんで遊びに来てください〜」と招待され伺うと、とてもステキなおうちで感動しました。 また、強度の難聴の少女は、当時まだ10歳でしたが、耳に大きな補聴器をつけ、それでも耳元で叫ばないと聞こえない、だから本人も発声が上手く出来ないので話すことも難しい、という状況で、では何故レッスンに通うのかというと、ピアノのように減衰する音は聞こえないし、ストリングスのような柔らかい音ももちろん聞こえないのだけど、唯一「ブラス」系の音だけは何とか聞こえるということで、エレクトーンのボリュームをMAXにして、トランペットなどの金属的な音色を使ってレッスンするのです。普通に音を感じる私の身には結構こたえましたが(~_~メ)。 「多分そうしても、かすかにしか聞こえてないと思います」とお母様が言われてましたが、かすかでも、その子にとっては奏でた響きが聞ける楽しみな時間だったのかも知れません。 彼女達に出会えたことや、その諦めない姿勢は私にとって、とても大きな勉強と貴重な体験になりました。 |
ある年の専門コースの子どもたち ヤマハでは幼児科を終わるときにオーディションをして、合格した優秀な子どもたちを『ジュニア専門コース』というグループレッスンと個人レッスン併用の英才コースに進めます。私はその個人レッスンの方を担当していたのですが、5歳や6歳の子どもたちとはいえ、オリジナル曲を作るなど、担当講師の力も問われるところで時には共に苦しみましたが、そんなある年出会った二人のお話です。 その年は男の子と女の子のふたりを担当することになりました。二人ともまだランドセルが大きく見えるほど小さく、大人しい子たちでした。 男の子の方は前評価が高く玉石混合のなかで玉の存在、女の子は普通の出来で、決して悪くは無いけど、『専門コース』という中では少々つらい存在でした。 初めての作曲の課題の日、男の子は大好きな鳥の図鑑を見ながら様々な鳥の鳴き声を感じたままの音符にして、たくさんのモチーフを作って来ました。ごつごつと不揃いな大きさの音符がノートに散らばっていてまだ線もまっすぐ引けていないのでしたが、そこには温もりと絵心を感じました。 一方、女の子はどこから見ても母親の手書きの完成された譜面を持ってきました。出来ない娘を思っての母心で、良かれと思って手を出したのでしょう。それもひとつの愛情のかたちなのだと思います。 男の子の曲は、とりとめの無い様々なモチーフを一緒に発展させて作り上げていくと、子どもながらの規制の無い感性からか、難しいけどとてもステキな曲が出来あがりました。本人も『自分のモチーフ』に愛着を持ち、一生懸命練習を重ねてヤマハのコンクールにも出ました。 曲は作り上げて行くプロセスも大事な勉強なのです。 このコースではやるべき事も多く、消化しなければいけない教本の内容もハイレベルでしたので、大体において厳しいレッスンをしたと思います。 時には、子ども達は涙を流します。出来ない悔しさや、怒られて涙もでます。 男の子の母親は、レッスン中にその子が泣いても、どーんと構えて、笑い飛ばすくらいの余裕で我が子を見守っていました。 ただ、レッスンが終わった後、親子で帰っていく姿をそっと見ると、いつも母親は男の子と手をしっかりつないで、歩きながら顔を覗きこんでなにか楽しいお話をしてあげているような微笑ましい母子の後姿で、その光景を思い出すと今もほんわか優しい気持ちが蘇ります。 一方、女の子の方は、併用のグループレッスンの方でも毎回一番出来ない様子で、中で一緒に見学するお母様にはそれは恥ずかしく辛かったようで、そんな苦しい胸のうちを長い手紙に書かれ、その分厚い封筒を何度か頂きました。 小さくてかわいらしいお母様で、繊細な方でした。 私は、「子どもの成長は個人差もあって、ある時期ぐっと伸びることもあるので、どうかあまり気にしないように・」と何度も返事を書き、お話もしたりしたのですが、御本人の悩みは深くメンタルクリニックにも足を運ばれていました。 当の女の子は、毎回あんまり練習してこないので私に怒られて、じわりと悔し涙を流しても、帰る時にはスキップをしていて、また次の週もけろりとして弾けなくてもやってなくても元気にレッスンに来るのです。そうやって観察していると、その子はとてもしなやかなのです。決して折れない、ぐにゃっと曲がってもポーンと元に戻る芯の強さが有って、だから絶対この子は大丈夫!って信じていました。 月日が経ち専門コースでの3年目が終わる頃には、過去の日々が嘘だったかのように、その女の子はぐっと実力をつけていました。それにつられるようにお母様も、もうすっかり明るい笑顔で送迎されるようになりました。女の子の当初小さかった体も少し大きくなって、それによって身体機能も少し上がり、運指もぐっと良くなってよく弾けるようになったのです。 成長を焦らずに、他人と比べたりせずに、その子の良いところを見守って伸ばしてあげたいですね。 |
悩みのない人なんていない ヤマハにいたときには、成人の生徒さんが最も多く、大学生、OLさん、JETの先生、システムの先生、主婦の方などなど、今でも付き合いの続いている方も結構います。 個人レッスンで毎週会っているうちに、生徒さんとは仲良くなってしまうので、いろんな話をしました。 恋の話、彼の話にバイトの話、親の話、職場の話、家庭の話、結婚の話に離婚の話、お見合いの話、ダンナの話に義母の話・・・書いたらきりがないのですが、10人いたら10通りの生活があって、それぞれに大なり小なりの悩みがあるという事を知りました。 ある学生の女のコが、「好きな人が出来たから、どうしたら上手く行くか教えて欲しい」、というので、一つの提案をしたら、次のレッスンに来た時に「言われた通りやってみて付き合うことになった!」というので、こちらの方がビックリしたこともありました。 でも何でもそうですが、上手くいくよりも何度か失敗した方が強くなれると思っています・・。 当時の同世代(20代)で最も多かったのは『結婚』に関することでした。 「相手がいない」「出逢いが無い」等消極的な人達から、「お見合い武勇伝」や「コンパ荒らし」等積極的な人達まで、笑わせてもらいました。 結婚してもわけあって別れてしまうというのも、もう珍しいことでもなかったです。 そういう時は、わけなど聞かず、一緒に飲んだり食べたりしたものでした。 しばらくしてついここ2〜3年の間にも『再婚した』という知らせが3人から届きました。前向きに生きている彼女達の輝くばかりの笑顔の写真を見ると、こちらまで胸がいっぱいになります。 人生はどこからでもやり直せるのですね。傷は時間が解決してくれることもあるのです。 一緒に話し、笑い、泣いて、すっきり出してしまうことで心は少し軽くなるのです。 ヤマハに在任していた間に、いろんな「財産」がもらえたのですが、こういったレッスン以外での人間同士の触れ合いからも、人生において多くの糧と深く広く考えられる力になったと感謝しています。 |
| 続く・・・・・ |
十人十色
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()
![]()