Anniversary




「…なんですか? これは」
事務所の一室でエルンストは担当モデルアリオスを冷やかに見つめ返す。
彼の圧倒的な存在感に気圧され文句を言える者など数えるほどだが、
マネージャーであるエルンストは慣れたものである。
「見てわかんねぇか?」
対するアリオスは皮肉げに笑って切り返す。
彼が差し出していたのは『この日はオフにしてくれ』といういわゆる休暇届。
本来こういう職種でそういう事を言い出す人間ですら珍しいのに
悪びれもせず堂々と紫煙を燻らせている。
「………」
エルンストのこれ見よがしな溜め息を受け流してアリオスは言った。
「1日じゃなくて午後からのオフってあたり譲歩してるだろ」
「それはそうですが…」
単に午前中は『彼女』が学校にいるから、というだけな気もするが。
「アイツを脅し文句に俺がどれだけ真面目に働かされていると思う?」
やたら似合う悪党面の微笑みはそれはもう迫力がある。
実際、アンジェリークと付き合いはじめてから彼は仕事の量が増えた。
彼女にプラスの影響を与えられたというのもあるが…。
大半は彼がわがままを言う度に、エルンストやオリヴィエを筆頭とする事務所の
人間等に『アンジェリークに言いつけるぞ』と言われるようになったせいである…。



きっかけは夏休み中の少女の一言だった。
『1周年のお祝いしよ?』
1年前の2学期始業式の日にちょっとした偶然で2人は出会った。
そして彼の策略で程なく恋人となった。
もう1年経つんだね、と微笑んで提案された内容にアリオスが否と言うはずがない。


「別にマンションでのんびりするのでも良かったよ?」
「まぁ、たまにはな…」
行き先を告げないままアリオスは車を走らせた。
始業式が終わって…
寮まで迎えに来ていたアリオスの車に乗って
アンジェリークは首を傾げた。
窓から見える景色は彼のマンションへ行く時のそれとは違う。
お祝いと言ったが、何か特別な事をしたいというのではなく
ただ一緒にいたかっただけなのである。
彼はいつも忙しいから…。
休みなんてほとんどなかったり、あっても突然半日とかで…
確実に『この日』に会いたかっただけなのだ。

途中、馴染みのブティックに行って着せ替え人形になって…再び車に乗る。
「よく似合ってる」
フォーマルなワンピースを着たアンジェリークは彼の誉め言葉に
頬を染めながらますます頭をひねる。
アンジェリーク同様、アリオスも上等なスーツを身に付けている。
それに見惚れながら少女は問いかけた。
「パーティー…なんてあったっけ?」
アリオスはよく仕事関係のパーティーにアンジェリークを連れて出席している。
おかげでアンジェリークのパーティードレスは増えていく一方である。
「2人でいられない…?」
せっかくのこの日、何か別の用事が重なっているのだろうかと思う。
断れない大事なパーティーで、でも自分を放っておくことはできなくて
一緒に連れていってくれるのだろうか…?

少しだけ沈んだ表情の少女を見下ろし、アリオスは苦笑する。
「ばーか。今日はどんな用事が入っていようとこっちが優先だ」
実際に仕事をずらしてきた彼は安心させるように頬に口付ける。
「も、アリオス…くすぐったい…」
少女が笑い出してくれるまで額に、瞼にとキスの雨を降らせる。
「デートは2人でするもんだろ? 誰にも邪魔させねぇよ」
「うん…。でも、じゃあ…どこに行くの?」
「知りたかったら吐かせてみろよ」
囁く吐息が触れるほどの至近距離でからかうように微笑まれる。
どうせ無理だろう、といわんばかりの笑み。
それがちょっとだけくやしくて彼の首に回した腕を引き寄せた。

「これじゃ…ダメ?」
上気した頬で息を乱して見上げる仕種と可愛いセリフ。
アリオスはこのまま押し倒したくなったが、なんとか思いとどまる。
「まぁ…及第点か?」
胸中を綺麗に隠して涼やかに微笑い、名残惜しげに少女の唇に囁いた。
「海に行く」


「うわぁ…。すごいっ」
アンジェリークは潮風になびく髪を押さえながら歓声をあげた。
「私こういうの…クルージングっていうんだっけ? はじめてだわ」
「この季節なら涼しくていいだろ」
「うん。風が気持ちいい〜」
柵から身を乗り出して巨大な船体に切られる波を見つめている。
たいして代わり映えしない景色なのに不思議と飽きない。
「あんまりガキくせーことすんなよ? 落ちるぞ」
「平気よ。私そこまで子供じゃないもん」
見ている方が心配で少女を後ろから包みこむように抱きしめた。
「そうか? 向こう見てみろよ」
彼の腕の中、視線で示された方を見ると家族連れがいた。
小さな子供がアンジェリーク同様、波に見入って母親に注意されている。
「……いじわる…」
アンジェリークは上目遣いでアリオスを睨む。
その頬が赤いのはきっと夕日のせいばかりではないだろう。

「さて、中に入るか」
夕日が沈むのを眺め、甲板がきらびやかにライトアップされていくのを
見ながらアリオスはアンジェリークを船内に誘った。
「あ、もうそろそろディナーの時間だね」
子犬のように嬉しそうに言う少女に苦笑しつつ、腕を差し出す。
「お手をどうぞ、お姫サマ」
「ありがとv」
くすくすと笑ってアンジェリークは彼の腕に自分の腕を絡ませた。
その姿は船上のどの客よりも幸せそうで、周囲の視線を惹きつけていた。
もちろん、彼はそんなこと一向に気にせず、少女はまったくその視線に
気付くことはなかったが。




一方、事務所の社長室では…。
先程海外出張から帰ってきたオリヴィエが所属モデル達の
スケジュールに目を通していた。
次々と書類をさばいていた手がふと止まる。
「ちょーっとエルンスト?」
「はい」
「これ、なんなのかなぁ?」
彼が手に持っているのはアリオスのファイル。
スケジュール帳の部分には目立つ蛍光ペンでの印。
「今日入ってた仕事ずらしてオフにしてたんだ?」
「はい。どうにかできてしまったものですから」
その言葉に彼の不本意だ、という気持ちが見て取れる。
「今日は彼女と出会ってちょうど1年らしいですよ」
「なるほどね☆」
「しかも…分かっていたんでしょうね。社長がお出かけになった
 直後にこの話を持ち出してきましたよ…」
唯一彼のわがままを止められるかもしれないオリヴィエが
不在だったこともあり、エルンストは渋々アリオスの
スケジュールを調整したのだ。
「まあ…彼女に免じて、ということで承諾しましたが」
きっと今頃あの少女は楽しい一時を過ごしていることだろう。
「記念日なら仕方ないね☆
 アンジェちゃんが喜んでくれるってことで良しとするかぁ」
このあたりがどれだけ2人がアンジェリークに甘いかを表している…。
そして気を取り直して再度ページをめくったオリヴィエは固まる。
「…エルンスト?」
「はい…」
言いたいことは分かる、と言いたげに彼はメガネを押さえ返事をした。
「この先しばらく、点々とあるアリオスのオフって何かな〜?」
ひきつる社長の笑みにエルンストは溜め息を吐きながら答える。
「ですから…記念日、らしいですよ」
「………」

『女は記念日ってのが好きなもんなんだぜ?』
なぜ突然オフを…しかも複数希望するのか尋ねた時の彼の答である。
いつもの不敵な笑みでそう言った。

事務所で2人が諦めの溜め息をついている頃、問題児とその可愛い彼女は
とても幸せな時間を過ごしていたとか…。

                                       〜fin〜

 

ちなみにこれ以外の記念日は
『恋人になった日』とか『はじめて泊まった日』とか…。
そのへんを想定してますが…この2人は
他にどんな記念日を設定してるんでしょうね(笑)
…というかアリオスさん…アンジェちゃんだからこそ
喜んで付き合ってあげるんだろうなぁ…。

これは1周年記念アンケートにご協力して頂いた
方達にお礼としてお送りしたものです。
当サイトの1周年にちなんで、このカップルの1周年創作です。

ラストのアリオスの
『女は記念日ってのが好きなもんなんだぜ?』
発言には反響がすごかったです(笑)
アンジェを喜ばせてあげてるのは確かなんですが…。
あくまでも彼女のため、なんてフリしてますが
実はその後の展開を楽しみにしているのは
アリオスさんの方でしょう。

独り言っぽく書いた「他にどんな記念日があるんだろう」
という問いにたくさんのご意見頂きました。
ありがとうございますv
本当はそのなかでツボだった記念日も
同時にupしたかったのですが、忙しさに断念…。
もう少しして余裕ができたら書きます!

 

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