6月の花嫁
よく晴れた日、緑に囲まれた大きな教会。 幸せな2人を祝福する人々。 真っ白な衣装に身を包んだ本日の主役達。 アンジェリークは僅かな緊張と興奮に頬を染めながら隣の彼を見上げた。 「ありがとう。アリオス」 「なんだよ、いきなり」 ふふ、と笑ってアンジェリークは珍しくフォーマルな格好をしている 彼の腕に甘えるように抱きついた。 「アリオス、こういう場所嫌がるかと思ったからあんまり期待してなかったんだ」 「よくわかってんじゃねぇか」 「それでもここにいてくれてる」 だからありがとうなのだと微笑んだ。 「だったら当然礼は期待していいんだろうな」 にやりと笑みを浮かべた彼に肩を抱き寄せられ、アンジェリークはうろたえた。 「だ、ダメだよ。今は…」 「誰も見てねぇよ」 「もぅ…」 この場の空気とさりげなく強引な彼に流されてアンジェリークは瞳を閉じた。 しかし、互いの息が触れそうなその瞬間、2人は意外なモノに遮られた。 「そこ〜! 私達より幸せそうな世界作っちゃダメよ」 よく通る少女の声とブーケが飛んできたのである。 「お姉ちゃん…」 アンジェリークは見られていたのかと真っ赤になってうろたえながら 今日の主役であるウェディングドレス姿の従姉を見た。 ふわふわの金髪をまとめて、いつもよりも大人っぽく見える。 彼女の雰囲気そのもののドレスがよく似合っている。 また彼女のパートナーと並べば一枚の絵画のように素敵だった。 「だからってわざわざタイミング見計らって邪魔するこたないだろ」 少女を庇うようにブーケをキャッチしたアリオスが不満げに肩を竦めた。 「貴方に投げたんじゃないわ。アンジェにプレゼントしたのよv」 しっかり邪魔をしておきながらすまして微笑む少女にアリオスは 返す言葉を探して…そして苦笑した。 「………そうかよ」 確かに花嫁のブーケは女の子なら欲しがるものだろう。 アンジェリークも式が始まるまでは密かに狙っていた。 しかし始まれば綺麗な従姉と神聖な式に見惚れてしまって忘れていた。 皆が教会の外に出てからは冒頭であったように後ろの方で彼と話していた。 周囲から見ればいちゃついていた、とも言うが。 「ほらよ」 アリオスはアンジェリークに白と桃色のかわいらしいブーケを渡した。 「いいの?」 「俺が持ってても仕方がねぇしな」 「ありがとう〜」 ぱっと顔を輝かせてアンジェリークは大事そうにブーケを受け取った。 「次の花嫁が決まったわねv」 「お、お姉ちゃん(///)」 「単なるジンクスだろうが…」 アンジェリークはブーケを抱えたまま真っ赤になった。 「貴方にあげるにはもったいないくらいの良い子なんだからね」 「はいはい」 「お姉ちゃんってば〜」 式を終え、賑やかな披露宴も無事に終わり、アンジェリークはアリオスの車で帰るところだった。 昼間の花は膝の上にある。アンジェリークは窓の外に式を挙げた教会を見つけて呟いた。 「素敵だったねぇ」 「くっ、今日はそればっかりだな」 「アリオスはなんとも思わなかったの?」 「めでたいことだとは思うぜ。だけどお前程感動はしねぇな」 淡々とハンドルをさばきながらアリオスは苦笑した。 自分が少女のように感動していたらそれは絶対似合わないだろう、と。 「もぉ、冷めてるんだから…」 アンジェリークも苦笑する。 「アリオスらしいけどね…」 それきり車内は静かになった。アンジェリークは黙ってブーケの花びらを撫でている。 「言いたいことは言っとけよ?」 「え、な、なんにもないよ」 「くっ、相変わらず嘘が下手だな」 小さく喉で笑うとアリオスは車を停めた。 「まだそれほど遅くもないし、少し歩こうぜ」 「夜の教会って神秘的だけど、ちょっと恐いね」 寄り道ついでに教会近くまでやってきたアンジェリークはアリオスの腕にそっと触れた。 教会は素敵だけれど鬱蒼とした木々に囲まれているここは夜1人では歩きたくない。 「昼間はあんなにはしゃいでたくせに」 からかいの笑みと言葉と共にふわりと肩を抱き寄せられる。 「アリオス…」 「だったら帰るか?」 「ううん、もう少し…」 このままがいい、とアンジェリークははにかみながら言った。 「景色もいいし」 高台にある教会からはすぐ近くの海を見下ろせた。 昼の日光に煌く景色も素晴らしかったが、適度にライトアップされた夜景も負けていない。 「人もいないしな」 「ば、ばか…」 近づく整った顔に頬が染まる。 呆れるくらい甘いキスを繰り返し、アンジェリークの思考が止まりそうになる。 「…ん、アリオス」 力が抜けて崩れ落ちそうな身体をアリオスは抱き止めた。 「ちょ…待って」 なかなか終わらないキスにアンジェリークはストップをかける。 「も…」 呼吸を整えようとしても彼の唇が許してくれない。 最初のうちはよかったものの、さすがに呼吸困難は困る。 「死んじゃうよぅ」 甘い声で紡がれるどこか笑いを誘うかわいらしい抗議。 アリオスは少女を抱きしめたまま肩を揺らした。 「いじわる…」 「お前がだんまり決め込んでたからな」 明らかに自分に聞きたい事がある様子なのに言えないでいる。 気付いた以上は放っておくことなどできない。 「本当になんでもないんだってば〜」 「…そうか?」 不敵な笑みを浮かべ、少女の顎に手をかけ僅かに上向かせる。 「今度は待ったナシな」 「ア、アリオス〜…」 じたばたと彼の腕の中から逃れようともがく。 しかし彼から逃げられるわけがない。 「…っ、わ、わかった。言うから〜」 真っ赤になって睨み上げていたが、やがて視線をそらせて呟いた。 「………」 「聞こえねぇよ」 苦笑しながらアリオスはアンジェリークに耳を寄せた。 「…ブーケの、ジンクス…どうなのかな、って思っただけ」 「アンジェ…」 アリオスの意表をつかれたような表情にアンジェリークはますます 視線を合わせまいと俯いた。従姉と自分はそう年も変わらない。 その彼女の言葉だけに遠いと思っていたそれが急にリアルに感じられた。 まだ自分には先のこと。でもまったく考えなかったわけでもない。 ずっと一緒にいられたらいいな、と思うのだからきっと望んでいる。 でも…。 『次の花嫁が決まったわねv』 『単なるジンクスだろうが…』 昼間の従姉と会話していたアリオスの反応はいつも通りと言えばいつも通りだが、 実に冷めたものだった。 (もしかしたら思ってるのは私だけ…?) そんなことを考え始めたら抜け出せなくなってしまった。 (今付き合ってるからって結婚するのが当たり前ってわけでもないしね…) 今、愛されてる自信はある。でもその先はわからない。 彼の未来、一緒だと嬉しいけど縛る権利は自分にはない。 また腕の中で黙り込んでしまった少女の考えが手に取るようにわかってしまい、 アリオスは苦笑する。 「無駄な心配すんな」 栗色の髪をかきまぜてこっちの世界にもどしてやる。 「……(///)」 何も言い返せずにアンジェリークは彼を見上げ、乱された髪を直した。 「無駄って…」 「そうだろうが。俺がお前以外の女を選ぶとでも思ったのかよ?」 当たり前のように告げられた言葉に悩んだことがばからしくなってしまう。 ふっと笑みがもれる。 「だって…アリオスってば単なるジンクスとか言ってたじゃない? もしかしたらそう望んでるのは私だけ?って考えちゃうよ」 「ばーか。ジンクスで結婚なんてしたくないだけだ。 俺は俺の意思でお前を選んでんだぜ?」 「アリオス…」 絶対なんてありえない。 なのに…。 「絶対そのうちプロポーズしてやる。楽しみに待ってろよ」 彼が言うなら信じられる。 「今じゃないんだ?」 くすくすと笑う少女にアリオスも微笑んだ。 「今言ってもつまんねぇだろ?」 「そういう問題〜?」 「楽しみはとっとけよ。 指輪とシチュエーションとプロポーズの言葉と…。 お前の好きそうなやつ用意してやる。 ほら、帰るぞ」 「うん」 アンジェリークは当たり前のように差し出された手に引かれて歩き出した。 「そういや…」 「なに?」 「さっきあっさり聞き流しそうになったけどな…」 「?」 顔を覗き込まれてアンジェリークはきょとんと彼を見つめ返した。 「っや、やぁらぁ〜」 柔らかな頬を横に引っ張られ涙目でアリオスを睨む。見た目に反してかなり痛いのだ。 「くっ、なかなか美人だぜ?」 「ばか〜」 いつもは言ってくれないくせにどうしてここで言うのだ、と意地悪な彼の腕をぽかぽか叩く。 大体どうして自分はこんな仕打ちを受けなければならないのか。 やっとのことで解放されたアンジェリークは頬を押さえて抗議した。 「アリオスのばかぁ。ひどいよ〜」 「ひどいのはどっちだよ」 「へ?」 「お前は俺と他の奴が一緒になるかもしれねぇって思ったわけだ」 「だって…」 さっきまで確かな言葉をもらったことはない。 彼は自分にはもったいないくらい素敵だと思う。 自惚れてもいいものだろうか、とちょっと不安にもなる。 それを口に出したならば周囲の人間が揃ってアンジェリークの方こそアリオスには 勿体ないと断言してくれたただろうが…。生憎その機会は今までなかった。 アリオスはわざとらしく溜息をついた。 「こんなに愛してるのにまだ分かってねぇようだな」 「…アリオス?」 アンジェリークは嬉しいはずの言葉なのに心持ち青ざめた。 金と翡翠の瞳が月明かりに楽しげに煌めいている。 アンジェリークのさらさらな髪を梳き、その一房を弄ぶ。 まるで髪にまで神経が通っているみたいにドキドキした。 真っ赤になってぎゅっと瞳を閉じると、彼が低く喉で笑った気配を感じた。 (しょうがないじゃない…。アリオスと違って慣れないよ〜) いつまでたっても飽きない反応を返す少女を アリオスは普段は見せない素直な穏やかな表情で見つめている。 彼女が瞳を閉じているからこその表情。 アンジェリークが見たならばどうして出し惜しみするのだと頬を膨らませたことだろう。 指先に絡められていた髪がそっと引き寄せられる。 「アリオス…」 瞳を開ければその一筋に彼が愛しげに口接けるのが視界に入った。 アリオスと視線が合っただけでりんごのように赤くなる。体温が跳ね上がる。 (な、なんで〜? もっとえっちなキスだっていっぱいしてるのに) アンジェリークが半ばパニック気味に硬直しているとアリオスはそんな少女に微笑み、 ぞくりとするほど魅力的な声で囁いた。 「誘うなよ…」 「っ…」 自分のことは棚上げしてなぜそうくるのだ、と文句を言いたいところだが それどころではなくなってしまった。口を塞がれていては何も言えない。 立っていられなくなりそうな情熱的なキスに酔わされる。 「っん…」 縋るように彼の首に腕を回せばさらに強く抱きしめられた。 深さを、角度を変えながら際限なく重ねる。 次第にアンジェリークアも受け止めるだけではなく、応えはじめる。 アリオスは切なげな吐息を漏らす唇に触れそうな距離で囁いた。 「ったく、誘うなって。やりたくなるだろ」 「なっ…誘ってなんか…だって、私…」 ストレートすぎる言葉にアンジェリークは動揺しまくる。 「俺はかまわないがどうせお前ここじゃいやだとか言うだろ?」 「あ、当たり前でしょ〜っ。アリオスのバカ〜」 艶やかな雰囲気をぶち壊すのに十分な少女の声が静かな夜に響いた。 「それに…どっちかって言えば…アリオスの方が… その…誘ってた、と思うんだけど…」 車内に戻ってアンジェリークは頬を膨らませた。 自分は断じて誘ってなどいない、と主張する。 絶対彼の行動の方がそれに該当する。 頬を染めながらの精一杯の主張にアリオスは笑って言った。 「お前の反応はどれをとってもおもしれーんだよ」 「面白いって…」 別に彼を笑わせようとしてるわけではないのに…と視線を落として不本意そうに呟く。 ふっと暗くなった気がして視線を上げると運転席にいるアリオスが 身を乗り出しているところだった。 彼の身体が月明かりを遮る。そっと抱きしめられる。 「面白くて可愛くて…もっと可愛がってやりたくなるんだよ」 誘ってるも同然だろう? と憎らしいほど綺麗な笑みで言われて なんと答えたらいいのかわからなくなる。 「…・……知らない」 アンジェリークは困って彼の胸に顔を埋めた。 「なぁ」 「なに?」 少しの間、そのままでいたアンジェリークは顔を上げた。 「このまま俺の部屋行こうぜ」 本当はアンジェリークの自宅に送り届ける予定だったけれど…。 「帰したくなくなった」 さっきの続きをしようとさらりと言ってしまう。 「……もぉ……」 アンジェリークははにかんでアリオスの背に腕を回した。 「怒られたら一緒に謝ってよね」 とは言ってもすでに家族公認の関係だが…。 「なんだ。今日は素直だな」 いつも最初は照れてなんだかんだ言って逃げようとする。 それを落とすのもまた楽しみのうちなのだが、今日はあっさりと同意をもらえた。 これはこれで嬉しい。 「今日は嬉しいことがあったから…」 アンジェリークは本当に嬉しそうに微笑んだ。 その笑みがとても綺麗で目を奪われる。 「従姉の結婚式か?」 アンジェリークは首を横に振る。 「それも嬉しいけどね。 アリオスがプロポーズしてくれるって約束してくれた」 「そんなことか」 アリオスとしては当然のことだと思っていたため、何かしてやったという感覚はない。 「まだ実際にしたわけでもねぇのに?」 「約束してくれただけでこんなに嬉しいなら、その時は泣いちゃうかもね」 素直な少女が愛しくてアリオスは華奢な身体を強く抱きしめた。 そしてそれだけでは終わらないのがアリオスで…。 「とりあえず今日も泣かせてやるよ」 「…っ」 囁くついでに耳朶を甘く噛む。 びく、と反応する様子を楽しみながら先を進めようとする。 「だ、ダメだってば〜。帰ってからっ」 流されてくれるかと期待したが、やはり少女のストップがかかった。 「ねぇ…アリオス」 明け方のアリオスの部屋…今にも眠ってしまいそうな表情と声で彼の名を呼ぶ。 「くっ、悪かったな。さすがにもう寝かせてやるよ」 アリオスの腕に身体を預けながら、アンジェリークは微笑む。 「んーん…。アリオス、悪くないよ」 欠伸を噛み殺しながら首を振る仕種が愛らしい。 再び欲しくなる気持ちを抑えて、話の先を促した。 「で、なんか言いかけてなかったか?」 「ん…あのね…」 「了解」 「ふふ、ありがとv」 彼の返事を聞くと、よほど眠かったのかアンジェリークはすぐに眠ってしまった。 まだあどけなささえ残るその寝顔を見つめてアリオスは微笑んだ。 「お前の望む通りに…」 軽く口接けて彼も眠りにつく。 『アリオスとならいつ結婚しても幸せになれるけど…。 結婚式はやっぱり6月がいいなぁ…』 可愛らしい6月の花嫁の姿が見られるのは確かだろう。 アンジェリークの高校卒業後の6月か、それとももっと未来の6月か。 周囲を驚かせるだろう在学中、来年の6月か。 それは運命の女神でも6月の守護女神でもなく、アリオスだけが知っている。 〜fin〜 |
以前にミナミさんのサイトで『June Bride』をテーマに 創作やイラストを公開していたのです。 その時に私はこれを書きましたです。 2人の結婚式は他の皆様が素敵に 書(描)いてくださるだろうなぁ、 と考えてこんな話にしてみました。 冒頭部分でアリオスとアンジェの結婚式?と 思ってくださったなら大成功です。 |