夏祭り
アンジェリークはアリオスとの待ち合わせ場所、彼の所属する事務所のラウンジにいた。 知っている声に振り向いて微笑む。 「待ち合わせ?」 「はい。アリオスと一緒にお祭りに行くんです」 デートなんてしょっちゅう、それこそ数えきれないほどしているというのに、 この少女はいつもはじめての時のように嬉しそうに頬を染める。 そんな可愛らしい少女を眺め、オリヴィエはにこりと笑った。 「ふ〜ん…。いいコト思いついた★ おいで、アンジェちゃん」 「え、でも、ここで待ち合わせ…」 「だーいじょうぶ♪ ちゃんと彼には伝わるようにしとくから」 結局、何か企んでいる様子のオリヴィエにアンジェリークは引きずられていった。 「よし、かわいいかわいい。お祭り行くならこれくらいしなくちゃ。 次はメイクだね」 「オリヴィエさん〜…。嬉しいですけど…」 とある一室でアンジェリークは複雑な顔で首を傾げる。 「お仕事大丈夫なんですか…?」 慣れたようすの手元を見ながら心配そうに尋ねる。 確かラウンジで会ったのは偶然で…他に予定があったのではないのだろうか? 「少しくらい寄り道しても平気な仕事だからね」 気にしなーい、と軽い口調で言われアンジェリークは苦笑する。 こう見えて仕事はきっちりこなす人である。 そう言うからには本当にそういう仕事なのだろう。 「それよりもこっちの方が私には重要★」 ちょっと目を閉じててね、と言われてアンジェリークは素直に言うことを聞く。 「こういうコトさせてくれる人、なかなかいなくてねぇ」 元スタイリスト現社長の彼はつまらなそうに言う。 「オリヴィエさん直々にセットしてもらうのはやっぱり抵抗ありますよ」 事務所の人間ならなおさらだろう。 「唯一の楽しみがあんただよ。飾りがいもあるし」 最近カティスの甥っ子マルセルには警戒されて飾らせてもらえない。 「それは逃げますよ。男の子なんですから」 アンジェリークとオリヴィエは顔を見合わせてくすくすと笑う。 男の子だが彼はそこら辺の女の子よりかわいいのだ。 オリヴィエの手にかかればさらに磨きがかかる。 アンジェリークでさえ、一瞬女の子かと思ったほどだったのだ。 「アンジェ!」 オリヴィエと談笑していたアンジェリークは勢いよく開いたドアの方を向く。 乱れた銀髪をかきあげる恋人の登場にアンジェリークは 立ち上がり、彼の側へ歩み寄る。 「アリオス。どうしたの? そんなに慌てて…」 「どうしたもなにもあんなメール送られたら…」 アリオスは忌々しそうに言いかけて、しばしアンジェリークに見惚れる。 涼やかな水色の生地に赤い金魚が泳いでいる。 金魚同様に赤い帯とリボン。 珍しく髪を結い上げていて、アンジェリークが首を傾げると髪先が揺れた。 普段と違う雰囲気の浴衣姿に瞳を奪われた。 内心『ナイス、オリヴィエ!』と賞賛を送る。 彼の視線にアンジェリークははにかんだ。 「あのね、オリヴィエさんがお祭り行くなら浴衣着なきゃ…って。 メイクとかも講義付きでやってくれたの」 着方教わったんだよ、と嬉しそうに言う少女を引き寄せる。 「似合ってるぜ」 囁いて頬にキスするとアンジェリークは頬を染め、上目遣いに抗議した。 「…オリヴィエさんいるのに…」 「感謝なさい。いいもの見られたでしょ?」 ふふん、と勝ち誇った笑みを浮かべるオリヴィエにアリオスは憮然と言い返した。 「まぁ、それは感謝してやってもいいが…。 もう少しまともなメールよこせ」 「…?」 そういえばさっき彼は何か言いかけていたな、とアンジェリークは思った。 いったいどんな呼び出し文句だったのだろう、と訊こうとしたが アリオスの疑問の方が先に発せられた。 「………。今回は全部こいつがやった、て言ったよな…」 アリオスは社長をこいつ呼ばわりしてアンジェリークの瞳を覗き込む。 「う、うん…?」 「…こいつの前で脱いだのか?」 「っ!」 心なしか低い声での問いにアンジェリークは瞬時に真っ赤になる。 アリオスにしてみれば当然の疑惑。 アンジェリークにしてみれば思いもよらない追求。 焦って口をぱくぱくしているアンジェリークをアリオスは金と翡翠の瞳でじっと 見つめて答えを待っている。 「バカだねぇ。ちゃんと洋服脱いで浴衣羽織るまでは外にいたよ」 あんたと違って紳士だよ、と可笑しそうにオリヴィエが言うまでアンジェリークは 凍りついていた。 「ア、アリオスのばかっ」 やっとのことで小さな拳を握りしめ、そう叫んだのだった。 結局、これのせいでアリオスを慌てさせたメールの内容を アンジェリークが訊く機会はなくなってしまった。 「もぉアリオス、オリヴィエさんに失礼よ」 オリヴィエに見送られ、事務所を出たアンジェリークは頬を膨らませる。 「そんな人じゃないもん、オリヴィエさんは。親切で浴衣まで貸してくれたのに」 「どうだか…」 アリオスはあさっての方を向く。 「それに…私にも失礼なんだからね」 彼の黒い服の袖を掴んで言うアンジェリークにアリオスは視線を戻した。 「?」 「私は…アリオス以外の人には…」 言いかけて、潤んだ瞳をアリオスから逸らす。 それでも彼女の言わんとしていることは伝わるから…。 アリオスは苦笑して少女を抱き締めた。 「悪かった」 「私…信用ない?」 腕の中で拗ねたような声が聞こえた。 「信用はしてるが…お前がかわいいから心配なだけだ」 「アリオス…」 そのうえぼけ〜としてるから余計に心配なんだとは言わなかったが。 ここでそれを言えばさらに拗ねてしまう。 目的地はもうすぐ。それまでに機嫌を直しておかなくては。 心配しなくともアンジェリークは吊るされた提灯のやわらかな光と露店が 見えはじめると楽しそうに瞳をきらきらさせていた。 金魚すくい、ヨーヨー釣り、射的…。他にもたくさんあるゲームを 興味深そうに眺めている。 「どれをやりたい?」 「やっぱり、基本は金魚すくいでしょ」 「お前にできるのかよ」 「じゃ、勝負」 苦笑混じりの声にアンジェリークは挑戦状をつきつけた。 結果はもちろんアリオスの勝利だった。 意外にアンジェリークもがんばっていたが。 「わりと金魚すくいは得意だったのに〜」 アリオスの紙、いつまでたっても破れないんだもん、と笑う。 「ばーか。実力の差だ」 「…次の勝負は」 そして懲りずにアンジェリークは次の種目を探し始めた。 「アリオスどうしてなんでもできるの?」 ひとしきり店を回って、心底不思議そうにアンジェリークはアリオスを見上げる。 「さぁな。次はなにが欲しい?」 アリオスはおもちゃの銃片手に不敵に笑う。 先程からアンジェリークが指定する場所をほぼ確実に仕留めている。 「んー…そこの端の」 「これ終ったらなんか食うか?」 「…どうして分かったの?」 そろそろお腹は空いてきたけれど遊ぶのに食べ物は邪魔である。 だから後でいいや、と思っていたのだが。 かたん、とアンジェリークの希望通りの商品を落としてアリオスは喉で笑った。 「お前、さっきから菓子ばっかり狙わせてるぞ」 普通ここはぬいぐるみとかが相場じゃねぇか?と指摘され アンジェリークは頬を染めた。 そんな仕種はかわいらしく、本当に飽きないやつだとアリオスの口元は意地悪げな 笑みが刷かれていたが、瞳は愛しさ溢れる眼差しで少女を見つめていた。 「りんご飴おいしそう♪ あ、でもわたがしもいいよね」 ゲームの時以上にアンジェリークは目移りしている。 他にもやきそば、お好み焼き、とうもろこし、かき氷等定番メニューが並んでいる。 屋台をのぞく度にアンジェリークが瞳を輝かす。 「両方買うか。お前なら余裕で食えるだろ」 「失礼しちゃう」 当たり前のようにアリオスが買ったのでアンジェリークは取り出した財布を どうしようかと困ってしまう。 「これくらい自分で出すよ?」 「『これくらい』なんだから気にすんな」 俺を財布代わりにしとけ、と微笑まれアンジェリークは頷いた。 「ありがと」 両方とも手渡されアンジェリークも微笑んだ。 「もちろん礼はもらうぜ」 アリオスは口の端を上げるとアンジェリークの顔を引き寄せた。 「なっ…アリオスっ」 頬へのキスにアンジェリークは思いきりうろたえる。 人込みの中はかえって目立たないのだが恥ずかしいものは恥ずかしい。 「暴れると浴衣が汚れるぞ」 両手の自由がきかないまま逃げようとするアンジェリークの動きが アリオスの言葉で止まる。 「っ〜〜〜」 アリオスはくっと笑うと抵抗できない少女を抱き寄せ歩き出した。 「…分かってて2つとも買ってくれたんでしょ…」 「お前が欲しがってたから買ってやったまでだぜ?」 心外だな、という声で言っているクセに表情は罠にかかった獲物を 満足そうに見つめるそれではないだろうか…。 「そういうことにしときましょうか」 アンジェリークは小さく笑うと彼に寄り添った。 彼の体温を感じられるのは嫌いじゃない。好きである。 ただ、まだ自分には場所を選ぶ理性がある。 「でも、あんまりくっつくとアリオスも汚れちゃうんだからね」 しっかり釘もさしておいたが。 座れるところを探して、結局人気の少ない場所まで来てしまった。 「アリオスもいる?」 ふわふわのわたがしを一口サイズにちぎって差し出したら指まで食べられた。 「……これごとあげる」 アンジェリークは真っ赤になって棒ごと差し出した。 「くっ、もういらねーよ」 やっぱり甘いな、と呟いたもののアンジェリークから受け取った。 とりあえずりんご飴を片付けるまでは持っていてやろうと思っただけだった。 「久しぶりに食べたな…」 「そうなの?」 「自分からは買わねーよ。ガキの頃だな、買ったのは」 「あ、私もね、お祭りの時パパにこういうお菓子買ってもらって 結局ごはん食べられなくなっちゃって…ママに呆れられたなぁ」 昔を思い出しながらアンジェリークはくすくすと笑った。 「アリオスは? やっぱりゼフェルと一緒に行ったりした?」 「まぁな。あの頃はまだ後ろをついてくる素直なガキだったのにな…」 いつからあんなに生意気になったんだか、と苦笑する。 そんな彼にアンジェリークはわざと明るく微笑んだ。 「だってアリオスの弟だもの。しょうがないじゃない」 「どういう意味だよ」 「言葉通りの意味よ?」 「…甘いな」 「あ、ごめんね。なんか飲み物買ってくる」 ぽつりともらしたアリオスの言葉にアンジェリークは慌てて彼の腕の中から 抜け出し、ベンチから立ち上がろうとする。 アリオスはそんな少女を笑いながら抱き止めた。 「別にこういう甘さは悪くない」 再度唇を重ねられ、アンジェリークも躊躇いがちに彼の首に腕を回した。 「帰りに事務所に寄らなきゃね」 アリオスに身体を預けながらアンジェリークは思い出したように言った。 「浴衣、返さなきゃ」 最初に着ていた服も荷物になるから置いてきてしまった。 「今から行っても遅いだろ。明日俺が返しといてやる」 営業時間を終えてからわざわざ入るのはいろいろと面倒なのである。 アリオスの言葉に甘やかされてるかも、と思いつつアンジェリークは微笑んで頷いた。 「おねがいします」 「言ったな?」 「え?」 アンジェリークよりも上機嫌な笑みを見せるアリオスを不思議そうに見つめる。 「俺が明日それを返すってことは、今夜中に渡してもらわないとな?」 「?」 「ここで別れる前に渡すか、俺の部屋で渡すかだ」 着替えも持っていないのにここで彼に浴衣を渡すのは無理である。 彼の部屋まで行ったら絶対渡すだけじゃすまされない。 「もうひとつ、寮まで一緒に行こ?」 急いで部屋で着替えて渡すから、と。 逃げ道を提案するも今日は車がないという理由で却下される。 「…それって最初から選択肢ないじゃない〜」 明日学校あるのよ〜とアンジェリークは訴える。 「無茶はさせねぇよ」 「………」 たいてい彼がそう言う時はなかなか寝かせてもらえない(笑) アンジェリークは疑わしげな瞳でじっとアリオスを見上げる。 「…約束する?」 「ああ」 彼のこの手の約束はやはり一向に信用ならない、ということを アンジェリークが身をもって知るのはあと数時間後である。 〜fin〜 |
さくらさまに頂いたイラストをもとに書きました。 あの素敵なイメージをここで 崩していないことを祈ります…(笑) イラストが「アンジェにわたがしとりんご飴を 与えておいて手を出すアリオス」でしたので そうなるように書いてみましたが…。 感謝を込めてさくらさまに押し付けさせていただきます(笑) |
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