シンデレラへのプレゼント
「何が良いカナ〜♪」 レイチェルは後ろにエルンストを従え、鼻歌交じりで雑貨屋めぐりをしていた。 もうすぐ大好きで大事な親友の誕生日。 恋人の誕生日同様、気合を入れてプレゼントを考える。 彼女が喜んでくれるものは…と試行錯誤することさえも楽しくなる。 「どうせっ? 当日はあの男がアンジェをほぼ独占するのよねっ? だったらそれに負けないプレゼントをあげなくちゃ!」 握り拳を固めて燃えるレイチェルにエルンストが冷静な突っ込みを入れた。 「あの方に負けないような物…などそうそうないと思いますが?」 なんでも手に入るだろう彼からのプレゼントに加え、 どこかのホテルのスイートに泊まってるかもしれないし、 雰囲気のあるディナーを楽しんでいるかもしれない。 「甘いネ。エル」 ちっちっち、とレイチェルは人差し指を振って微笑んだ。 それは小悪魔の笑み。 「アンジェに喜んでもらえて、なおかつあの男に負けないモノ。 必要なのはお金じゃなくてアイデアよ」 レイチェルはようやく『それ』を見つけて微笑んだ。 レイチェルが『あの男』と呼んでやたらライバル視している相手…アリオス。 つい先日、親友の恋人となり婚約者となった男である。 あまりの手の早さにレイチェルはなんとも言えない複雑な気持ちで 2人を祝福したばかりだったのだ。 親友、アンジェリークが訪れたブティックの店員だと思っていた彼は なんとそこを経営する大会社『ラグナ』の社長で…。 彼女と会ったその日のうちに次のデートの約束を取り付け、 そのデートで恋人の座を手に入れて…出逢って半月あまりで 婚約まで持っていってしまった。 あのおっとりアンジェリークを相手によくそこまで辿りつけた、と誉めてやりたい気持ちと 少しは苦労しろ、と面白くない気持ちが半々。 それでも、アンジェリークが幸せなら…と喜んであげようと思ったのに。 「アンジェもあの男のことが好きだったんだし? 恋人になって…早いとは思うけど婚約までしたのもまー良いと思うケドっ?」 真剣な付き合いだと自他共に分かりやすいから、それは良いのだけれど…。 「どーしてっ! アンジェがあの男の企画のイメージモデルやんなきゃなんないのよ〜?」 「それは…いろいろと事情があってですね…」 「頭では分かってるっ。 分かってるケド〜」 ただでさえ、お互い恋人がいる親友同士は一緒にいる時間が多少なりとも 減ってしまうのが一般的なのに…。 やたら独占欲の強いアリオスのおかげでアンジェリークは滅多に自宅に帰ってこない。 撮影や打ち合わせなどがあって、一緒にいた方が効率が良いなどと 理由を付けて彼女を放さない。 一応彼の言っていることは事実なのでアンジェリーク本人も その理由を疑いもせず、素直に信じて外泊続きである。 結果、レイチェルはアンジェリークと会う機会が極端に減ってしまった。 「学校があるし」と思っていたが、『ラグナの社長の婚約者』を狙ってやってくるマスコミ対策と モデルの打ち合わせ等で数日は学校に来られない状況が続いたうえ、もうすぐ冬休み。 なんだかとっても面白くないレイチェルなのであった。 「これでちょっとは気分がすっきりするかな〜?」 可愛らしくピンクの包装とリボンで飾られた包みを抱いて微笑む彼女の真意は… 恋人であるエルンストにも分からなかった。 一方、レイチェルに思いっきり恨まれているアリオスはと言えば…。 「くしゅんっ」 「風邪でも引いたか? 気をつけろよ?」 噂されてる張本人に代わってくしゃみを引き受けてしまった少女の額に触れていた。 「う〜ん、風邪じゃないと思うけど…」 アンジェリークは大丈夫、と微笑んだ。 「無理はすんなよ? スケジュールキツかったら調整するからな」 「アリオス…」 気遣ってくれる彼の優しさに感激して抱きついて…直後に後悔した。 「お前の体調が悪かったら、さすがに抱けねぇからな。 ああ、でも症状によってはヤって熱下げるって選択肢もあるよな…」 「っ! ば、ばかっ! アリオスのえっち!」 にやりと口の端を上げる彼の腕の中でアンジェリークは対して効き目のない 文句を言うしかなかった。 しかし、ふと彼の言ったことが気になって首を傾げる。 「…具合悪いのにしちゃ…逆効果なんじゃないの?」 「今度俺かお前が風邪引いたら試してみるか」 「しないってば〜」 やはりレイチェルに恨まれるのは当然かもしれないアリオスだった。 アンジェリークの誕生日の翌日は日曜日。 どうせ寝かせてもらってないだろうアンジェリークを気遣って レイチェルは昼下がりにアリオスのマンションを訪れた。 本当はアンジェリークの自宅に行くべきなのだが、最近はここが アンジェリークの生活の場となっている以上仕方がなかった。 彼女の父親も「結婚する前に一緒に暮らしてお互いの生活習慣に 慣れておいた方が良い」と反対するどころか認めてしまっているのである。 「まったく、理解あるって言うかなんて言うか…」 レイチェルは溜め息を吐きつつ、インターフォンを鳴らしたのだった。 実は当日だけではなく、次の日も彼女を離す気はなかったアリオスだったが 当の彼女にお願いされてしまったので諦めたようだった。 「私、ここ1週間ほど休んだり遅刻したり早退したりでまともに学校行ってないのに 明日から期末テストなのよ〜。 せっかくレイチェルがテスト勉強見てくれるって言うのに…」 学校に行かせてやれなかったのは自分のせいでもある。 おまけに学生らしく勉強をしようとする彼女相手に、アリオスが文句を言えるはずもなかった。 「その分、埋め合わせはしろよ?」 という脅し文句はあったが…。 「コンニチハー。元気だった?」 「ええ。いらっしゃい、レイチェル」 「リビングで良いかな。それとも私の部屋の方が良い?」 「アンジェの部屋まであるの?」 「余ってる部屋があるから好きに使えって…」 「さすがだね…」 「レイチェル?」 突然一緒に暮らし始めたにも関わらず、何の不自由さも感じさせないあたりは さすがとしか言いようがない。 「んー、なんでもないよ。 じゃあ、アンジェの部屋にしよ?」 そっちの方が落ち着くデショ、とレイチェルは提案した。 「ところでアリオスはいないの?」 「うん。 ちょっと出かけてくるって言ってたから…すぐに戻ってくるとは思うけど」 「ふーん…」 「アリオスに用事?」 「べつにー。タダ文句言ってやろうと思ってただけ。 さては…逃げたな?」 レイチェルの言葉にアンジェリークは笑い出す。 「文句だなんて…。 それにアリオスが逃げるわけないじゃない」 どちらかと言えば、受けて立ってやると笑うのが彼だろう。 「勉強するって言ったから…気を遣ってくれたのかもしれないね」 「それもそうだね。じゃ、はじめよっか。 このレイチェル様が見てあげるんだもの。 絶対高得点間違いなしダヨ☆」 「ふふ、頼りにしてます」 各教科の要点を復習し終わったところで、アンジェリークは昨日アリオスが 用意してくれたホールケーキの残りとお茶をテーブルに並べた。 彼女からティーカップを受け取りながらレイチェルは訊ねてみた。 「ね、昨日はどうだった?」 「え?」 「アリオスにお祝いしてもらったんでしょ?」 「う、うん…」 真っ赤に頬を染めるアンジェリークを見て、もう何も聞くまい…と悟ったレイチェルだった。 「どんなプレゼントもらったのか…とかイロイロ気にはなったんだけど…。 ま、深くは聞かないでいてあげるヨ…」 「あ、ありがとう…」 そこでお礼を言われるのもなんだか複雑である。 レイチェルはあさっての方向に溜め息をひとつ吐いた。 しかし気を取り直してにっこりと微笑む。 「その代わり、コレ受け取ってよ」 そして、大きな包みをアンジェリークに渡したのだ。 「レイチェル、ありがと〜」 両手で抱えるほどのプレゼントを受け取ってアンジェリークは嬉しそうに微笑む。 「開けてみてヨ」 「うんv」 「気に入ってもらえると良いんだケド…」 日が暮れかかり、レイチェルが帰ろうとしたのとアリオスが戻ってくるのがほぼ同時刻だった。 見送ろうとしたアンジェリークが玄関のドアを開けようとしたら、 外側からドアが開かれたのである。 「きゃっ…」 「なにやってんだ?」 少女を抱き止めたアリオスが呆れたように眉を上げる。 「アリオスが急に開けるんだもん〜…」 「自宅のドア開けんのにいちいちお伺い立てるかよ」 「はい、そこいちゃつかない。 ワタシがいないとこでやってちょうだい」 レイチェルはアリオスの腕の中からアンジェリークを助け出して、べーと舌を出す。 「まだいたのかよ…」 「邪魔モノは帰りますよーだ。 テスト勉強も終わったし、プレゼントも渡したし」 挑戦するかのように笑ってアリオスを見上げる。 「プレゼント、アンジェも気に入ってくれたみたいだし。 ワタシも選びに選んだかいがあったヨ♪」 「ほぉ…?」 2人の間で火花が散るが、当のアンジェリークは気付く様子はない。 「アンジェ、ここでいいよ。 また明日ね☆」 「うん。 今日はありがとうv」 アンジェリークは親友に手を振り、帰ってきたアリオスと共に室内に戻る。 「あいつから何をもらったんだ?」 「えへへ。コレ〜」 アリオスの問いにアンジェリークは自分の部屋にぱたぱたと取りに行き すぐにそれを抱えて戻ってきた。 それは少女が両手で抱えるほど大きいイルカのぬいぐるみ。 「可愛いでしょv」 「へぇ…。意外だな」 「?」 水色のイルカを抱きしめたまま首を傾げている少女の方が可愛い。 口には出さず、涼しい顔でその頬に口付けながらアリオスは言った。 「俺に対抗して選んだワリにはけっこう普通だったな、ってな…」 「対抗なんて…どうしてそうなっちゃうの?」 アリオスといい、レイチェルといい、なぜこうも臨戦態勢なのだろう?と 鈍いアンジェリークはその理由が分からない。 ただ、アリオスからのキスに真っ赤になって戸惑うだけである。 「くっ、分からねぇなら気にすんな」 「ア、アリオスっ? ちょ…待っ…」 さらに与えられる口付けが深くなり、本気のそれとなってくると アンジェリークは慌てて身を捩った。 「埋め合わせはするって言ったよな?」 「で、でもぉ…まだ早いよ〜」 まだ日が暮れたかどうかの時間である。 「ごはんだってまだなのに…」 「明日はテストなんだろ? だったら早めに寝ないとまずいだろ」 「そ、それはそうなんだけど…」 押し問答をしながらもすでにアンジェリークはほとんど脱がされ、押し倒されている。 テスト期間の間くらいお預け、という発想が出てこないあたり実にこの2人らしい。 表には書けない内容がしばらく続きますので少々お待ちください…。 何度も愛し合って…アリオスの腕の中で眠りにつこうとしていたアンジェリークが 思い出したように身体を起こした。 「どうした?」 「忘れるところだったわ」 ソファの上に乗せていたイルカを抱えてアンジェリークはベッドに戻ってきた。 「そのぬいぐるみがどうかしたか?」 「あ、アリオスもぬいぐるみだと思った? 私も最初そう思ったんだけど…これ、ぬいぐるみじゃなくて抱き枕なんだって」 アンジェリークはぎゅっとイルカを抱きしめながら微笑んだ。 「抱き枕だぁ?」 「うん。 これ抱いてるとよく眠れるよってレイチェルが…」 「………」 イルカを抱いて隣に潜り込むアンジェリークを眺めていたアリオスは 「やられた…」と今更ながら気付いた。 「確かに肌触り良いもんね。 気持ち良い〜v」 イルカに頬をすり寄せ、アリオスにも「ほら」と差し出す。 アリオスはそのつぶらなイルカの瞳を睨み返す。 それは大の男でも震え上がりそうな程の不機嫌な視線。 「………そういうことかよ」 レイチェルの真意に気付き、アリオスは眉を顰めた。 「アリオス?」 「なんでもねぇよ」 「アリオスも抱きたい? あ、明日貸してあげようか?」 本気でボケる少女の両頬をひっぱり、アリオスは不機嫌も露に低い声で言った。 「いらねぇよ。 俺がんなモン抱きたがると思うか?」 「いひゃい〜…。 じゃあ、なんで急に機嫌悪くなっちゃったのよ〜」 「………」 しかし、不機嫌の理由を素直に言ってやるのも癪で…。 「お前が俺の抱き枕だろうが」 「…えーと…?」 「もういい、さっさと寝ろ」 意味が分からなかったアンジェリークは首を傾げている。 先程あれだけ激しい運動をしてもけろりとしていたアリオスは違う意味で疲れ、 溜め息を吐きつつ、アンジェリークの髪をくしゃりとかき混ぜた。 「うん…? おやすみなさいv」 何も知らない天使は無邪気にアリオスの頬におやすみのキスをして微笑んだ。 レイチェルがプレゼントした抱き枕のおかげでアンジェリークは アリオスの隣でそれを抱きしめ、すやすやと眠っている。 それがなんともアリオスには面白くない。 いつもはアリオスがアンジェリークを抱いて寝ていたのだが… 今夜はけっこうな大きさのイルカが邪魔で少女を抱くことができない。 アンジェリークが喜んで、なおかつアリオスに対するちょっとした意趣返し。 「やるじゃねぇか…」 アリオスがレイチェルをライバルとして認めた瞬間だったとか…。 それ以降… アリオスはアンジェリークが抱き枕を抱く余裕などなくなるほど、ギリギリ限界まで 抱くようになるのだが…原因が分からない少女は「…どうしていつも激しいんだろう…?」 と首を傾げるばかりだった。 もちろんそんな相談を恥ずかしがり屋の少女が親友にするはずもなく…。 原因は分からずじまい。 一番の被害者は誕生日の主役だったアンジェリークなのかもしれなかった。 ちなみにイルカの定位置はベッドではなくソファになってしまい、 時々アンジェリークのお昼寝のお供をするくらいにしか使われていないとか。 〜 fin 〜 |
色々なものを頂いているお礼にアミさんのお誕生日に 合わせて「アンジェの誕生日は12月の頭あたり」 という設定で書いていたのですが…。 しかし、お渡しした日は1月……。 しかもこの話の主役はアリコレカップルなんだか レイチェルなんだか…。 あ、アリオスVSレイチェルかも…。 読む人の判断にお任せいたします。 アミさんに「ありがとうございました」と 「これからも期待しています」の気持ちを込めて…。 |