☆月○日
今日は、レイチェルとアンジェちゃんとロザリアさんと一緒に、ケーキの町に行ってきたの。 道端で知り合ったおばあさんの家にお呼ばれして、チーズ栗まんじゅうをご馳走になってたら、またドベになっちゃった。 ジュリアス先輩に「そなた、やる気はあるのか!?」ってお説教されちゃったけど、チーズ栗まんじゅう美味しかったなぁ。それに、レイチェルが私の分も取って来たよって言って、スポンジスーパーのカードを交換してくれたの。 いつもありがと、レイチェル。私、レイチェルに迷惑かけてばっかりだね。1人で頑張らないとダメなのに、どうしてこうなんだろう。ローズ・コンテストだって始まったばかりなのに。
そうだ! せっかくレイチェルがくれたカードだもの、明日はケーキ作りにチャレンジしてみよっと。 |
できたてふわふわのスポンジスーパー。
親友のレイチェルが、自分のためにとわざわざ取って来てくれた大切な材料。☆が3つも付いた、少女の手持ちカードの中では1番貴重なベースカード。
家庭科室の調理台の上。カードから出したばかりで湯気まで上げていたそのふわふわスポンジは、少女が他の材料を用意しようと背中を向け、クルリと振り返った時にはもう、見事なまでにひしゃげていた
しかも、グシャリと哀れにひしゃげたそのど真ん中には、見慣れぬ物体が。
「・・・・・お人形さん?」
貴重なスポンジスーパーをベッドかマットレスと勘違いし、大の字になっていたその物体は、少女の怪訝そうな呟きにパチリと目を開けると、面倒くさげに前髪をかき上げながら起き上がった。
その、どう見ても『偉そう』または『横柄そう』な動きに、少女はジッと顔を近付け観察した後、慌ててカバンから取り出したノートをめくり出す。
「ええと〜。もしかして、これは・・・・」
確か、ケーキの授業で習ったはず。
あまりにも可愛いかったから、材料イラストをピンクのマーカーで囲って、花丸と旗もつけたのだ。
「あった! サンタクロースさんね!」
「・・・・誰がサンタクロースだよ」
どこからどう見たって違うじゃねぇか、と悪態をつきながら、スポンジスーパーを使い物にならなくした物体は、身軽に調理台の上に飛び降りた。
「ったく、マジで死ぬかと思ったぜ。あのバカヤロウども・・・・戻ったら、ぶっ殺してやる」
「あ・・・あの・・・」
「ん? ああ、コレおまえのか? おかげで命拾いしたぜ」
偉そうに腕組みをしたまま、ひしゃげたスポンジスーパーを顎で指し示す、身の丈20センチ弱の物体X。
そのサイズは、材料カードに描かれているサンタクロースと間違えるほど小さいのだが、よ〜く見てみれば本人が言うとおり、なるほどサンタクロースでは無いのだろう。
着ている服は、ぼんぼりの付いた赤くて可愛い防寒服ではなく、ワインカラーのジャケットと黒のズボンだし。おじいちゃんと呼ぶには若すぎて、どう見ても17〜19歳くらい。ジュリアス先輩たちと同年代と思われ、当然のごとく真っ白なヒゲも無い。
サンタクロースが銀髪で、金と翡翠のオッドアイだったというお話も、少女は聞いたコトが無かった。
「ホントにサンタクロースじゃないんだ・・・」
ふてぶてしくも堂々とした空からの乱入者と目線を合わせたまま、少女はパチパチと瞬きを繰り返した後、ガッカリした。
「そっか・・・。じゃあ、材料には使えないのね」
「当たり前だ」
抜け目の無い者ならば、この物体Xにサンタの格好をさせて使ってしまおうと考えたかもしれないが、目の前の少女は抜け目無いと言うよりも抜けてばかりである。そんな考えには至らず、素直にガッカリして肩を落とす。
だが、目の前で憮然と腕組みしている身の丈20センチの闖入者へと目を向けると、中腰のままでニコリと笑った。
「ええと・・・・・あの〜、あなたどこから飛んで来たの? もしかして小鳥さん? それとも、天使さま?」
「・・・・・」
どこの世界に、洋服を着て2本足で立つ小鳥がいるのだろう。
天使も然りだ。
この、小さいくせに尊大な態度の少年のどこに、黒・・・いや、純白の翼が見えると言うのか。そんなモノがあったら、青い空をすっ飛ばされ、開いた窓からダイビングしたあげく、スポンジに命を助けられたりはしない。
その前に、少女よ・・・・・普通、動いて喋る身の丈20センチの物体Xと出くわしたら、驚いて逃げるか、助けを呼ぶべきじゃないのか?
「おまえ・・・・よく、間抜けてるって言われねぇか?」
「え? う・・う〜ん。鈍いとかトロいとかは言われるけど・・・・それは言われたコト無いかな? あ、私、コレットよ。スモルニィ学園中等部の1年生なの」
「・・・・コレットね。ま、鈍くさそうだけど命の恩人だしな。一応、覚えておいてやるよ」
「うん。ありがとう」
どうやら、少女コレットの思考回路や感性は、一般人とはかなり違うらしい。
そう判断した物体Xは、相変わらず偉そうに腕組みしたまま自分が飛び込んで来た窓へと視線を巡らしていたが、眉間に大層なシワを寄せるとコレットへと近付いて来た。
「俺の名はアリオス。天使でも悪魔でもねぇから覚えとけ。ところで、ココはいったいどこなんだ? スウィートランドのどこかだってコトはわかるんだが・・・スモルニィの中坊がいるってコトは、学園内か?」
「う、うん。学園の第3家庭科室だけど」
「・・・・・どうやら、随分と派手に飛ばされちまったみてぇだな。まぁ、島を飛び越して海にドボンよりはマシだが。・・・・ん?」
「ん?」
「おい。今の時期、ローズ・コンテストの予選で家庭科室は使えねぇはずだろ。おまえ、何でいるんだ?」
「え? そうなの!? ディア先生、この教室は自由に使って良いからねって言ってくれたんだけど・・・・・私、聞き間違えちゃったのかな」
ココじゃなくて、どこか別の場所だったかしらとコレットは首を傾げる。
しかし、何度も失敗し、何度もディア先生に助言をもらい、コンテストの協力者であるスウィートナイツに出張してもらったのは、確かにこの場所だったような・・・。
ひたすら目を瞬き、首を傾げて考えた後、コレットはコンテスト参加の心得を開いて確認を始めた。
その手にあるコンテスト参加の心得=ローズ・コンテスト参加者の資格に、銀髪のサンタクロースもどきアリオスは、さらに眉間にシワを寄せる。
「まさか・・・おまえがコンテストの参加者なのか? あの伝統あるローズコンテストの参加者が、おまえみたいなトロいガキ・・・」
「??? ええと〜・・・うん。今、予選の真っ最中なの。4人の中で2人だけが予選を通過できるのよ。・・・あ、お空から来たんだもの、こんなコト知ってるよね」
「・・・・空から来たかどうかは関係ねぇだろ」
「そうなの? でも、天使さまって空の上から見ていて、何でも知ってるのでしょ?」
「だから・・・・俺は天使でもサンタでもねぇんだよ。ちょっと事故っちまってな。このサイズにされて、すっ飛ばされたんだ」
そう言って、銀髪の偽天使は自らが飛ばされてきた空を見上げ、遠い目をした。
・・・いや。ボスッと拳をめり込まされたスポンジスーパーから判断するに、遠い目ではなく怒りの目らしい。
いったい、この身の丈20センチの彼の上に、どんな災難が降りかかったのか。
それは、コレットにはとても想像のできない悲劇・・・・じゃなくて、喜劇だった。
「おっやぶ〜ん! おやつの時間ですぜ〜!」
後甲板をドカドカと響かせて走って来た大柄な赤毛の少年に、縞々パラソルの下、ガーデンチェアに座って本を読んでいた銀髪の少年は、本から顔も上げずに生返事をする。
「さっき、スウィートランドからデカイ花火が上がってやしたぜ。コンテスト優勝者が決まったんですかねぇ」
「ん〜? ・・・確か、まだ予選の最中だろ。島の連中の祭り好きは大袈裟を通り越して病気だからな、新しい菓子のデザインが出来上がっただけでパレードするような奴らだし」
どうせ、たいした理由じゃねぇよ。
そう、にべも無く言い切り、キリのいいところまで読んでしまった銀髪の少年は、パタンと本を閉じるとようやく顔を上げ・・・・・・・・・・そこで深々と眉間にシワを刻んだ。
「・・・なんだ? ソレ」
「ああ、もちろん今日の親分のおやつですぜ。コッチは、なまクリームがたっぷりのバナナシェイクで、メインがコッチの、はちみつたっぷりアップルハニーケーキですぜ!」
後甲板を突進してきた時同様の勢いで、赤毛の少年は抱えていたトレーを丸テーブルの上に乗せた。
その際、『乗せた』と言うより『投げた』に近い粗忽さ&乱暴さに、なまクリームが豪快に跳ねたのだが、当の本人はまるで気にしていないらしい。しかも、食器をガチャガチャ言わせながら並べるものだから、焦げ茶色だったトレーは、すでに白茶の水玉模様になりつつある。
やや離れて座り、なまクリームの被害から逃れながら彼の動作を半眼で見つめていた銀髪の少年・アリオスは、毎度のことなので文句も何も言わなかった。
・・・が、しかし。
毎度毎度の水玉の被害はともかく、コチラの被害に付いてはガマンにも限界がある。
「・・・・・聞くがな、ゲルハルト。おまえ、そのドロドロのなまクリームとはちみつまみれのそいつを、食いたいと思うか?」
「は? 俺ですかい? 俺は遠慮しときますぜ、甘いもんは苦手なんで。だいたい、これは甘いって言うより甘ったるくて吐きそうになりますぜ。こんなもん、根っから甘党にできてる女子か、辛味の爽快感を知らねぇお子様くらいしか食わねぇだろうによ。なぁ、親分」
「・・・・・・・・わかってるんだったら・・・・・・・それを俺に持って来るんじゃねぇよ!!」
『スウィートランド・お菓子作りの歴史』
そう書かれた青い背表紙が、赤毛の少年の顔にクリーンヒットした。
「ったく・・・。作っちまったモンはしょうがねぇ。おまえ、責任持ってソレ全部食えよ」
「そりゃ無いですぜ、親分〜。コレは、親分のためにってジョヴァンニのヤツがせっせと・・・」
「あの野郎・・・。おい、そのバカはどこ行きやがった」
「アイツなら、ルノーたちと船室に篭もって何かやってましたぜ。材料カードをたんまり持って行ったから、お菓子作りじゃねぇですかい?」
「・・・・あれほど、船室では調理するなっつったのに」
元々、後輩たちの実験器具やら材料カードのコレクション図鑑やらで足の踏み場も無いと言うのに、いったい今はどんな有様になっているのやら。
完全に足の踏み場が無くなっているのだろう、と想像しつつ、アリオスは足音高く問題の船室へと直行し、乱暴に扉を開け・・・・
そこで、自分と同身長のパチパチはなびケーキに出迎えられた。
「なっ!? ・・・何だコレ」
本来、パチパチはなびケーキのサイズは、大皿に乗る程度である。
しかし、目の前のコレは大皿に乗るどころか部屋の入り口からも出ない。誰がどんな歪んだ思考回路で、こんな大砲ソックリのケーキをデザインしたのかは知らないが、今、眼前でドドンと威嚇しているその勇姿からは、冗談じゃなく本物の弾が打ち出せそうだ。
「あっれ〜? ティータイムはどうしたのさ、アリオス先輩。まさか、今日も僕のデザートを食べてくれなかったワケ? 悲しいな〜、せっかく心を込めて作ったってのにさ〜」
「どうもこうも、あんなモン食えるか! それよりも何なんだ、この巨大な・・・・・って、コッチにもあんのか!?」
わずかな足の踏み場を見つけて室内に入ってみれば、巨大なパチパチはなびケーキの後ろには、やはり巨大なビッグバンアイスティーと、も1つオマケに巨大なとびだすベリークッキーの姿が。
「☆1つの材料カードが余っちゃっててさ〜。1度にたくさん入れたら品質不足も解消されるんじゃないかな〜って思ったんだけど、逆にこんなのが出来ちゃった。ま、これも成功の1つだよね。僕ってやっぱり天才じゃないのかな〜」
「・・・どこが天才なんだよ。どうやって食うんだ、こんなでかいの。食い切れねぇぞ」
「いざとなったらカードの中にしまっとくから、腐る心配だけは無いよ。それよりさ〜、コッチコッチ♪」
空っぽになってしまったカードをヒラヒラ振ってからポイと手離し、ジョヴァンニはアリオスの手を掴むと、足場も無いのに部屋の奥へとグイグイ引っ張って行く。
何度か、本やら紙やらを踏んだような気がするが、ジョヴァンニはまるで気にしていない。アリオスが踏まれた本の持ち主だったら、間違い無くゲンコツものなのだが。
「ルノー、ちょっとそこのカードどかしてくれる? コッチだよ、先輩。ほらほら座って」
「あっ・・・あ・・せ、先輩。・・・どう・・どうしたの・・・?」
「おまえらこそ、カード散らかして何やってんだ? ・・・スーパーソーダにほしのかけら? りゅうせいサイダーでも作んのか? ・・・っと、コッチはとうがらしにしちみか」
とっくに空っぽになってしまったカードだが、上に書いてある文字で何が入っていたかはわかる。
それらを手に取り、いったい何を作ったのかと思案してみたアリオスだが、カードの共通点の無さに加えて、どのレシピにも該当しない。
いったい何を作っているのやら。
と、さらに奥の部屋。つまり寝室から、お菓子と飲み物をトレーに乗せた金髪の少年が出て来た。
「・・・一応、できたよ。多少、見栄えは良くなったと思うけど」
「ホ・・ホントだ。スゴイ・・・スゴイね、ショナ」
「・・・・・別に。僕は飾っただけだから、スゴクは無いよ」
「そっ、そんなコト無いよ。と・・とってもキレイになってるよ。ね・・ねぇ? アリオス先輩も、そ・・そう思うよ・・・ね?」
紅潮した笑顔でルノーに問われるものの。
アリオスには、目の前の物体2つを凝視したまま「何だコレ?」と呟くのが精一杯だった。
まず、左側の飲み物・・・と思われる物体。
透明なグラスに注がれたのは、下の方が濃茶、上の方が透き通った薄茶のグラデーション。よく見ると、光の加減でほんのり紅くも見える。泡がプクプク浮いている辺り、ソーダが入っているのだろう。中で、こんぺいとうが軽快に浮き沈みしていた。
そして、右側のお菓子・・・と思われる物体。
上等なスポンジの中には、フルーツケーキの要領で赤いモノがチラチラ。上には、なまクリームにしてはもったりとした白いものがかかり、さらにその上に雪だるまと天使のカップルが寄り添っている。
「・・・何なんだ、コレは。見たコトねぇぞ」
これまで学んだどのレシピにも、こんな飲み物やお菓子は載っていなかった。スウィートランド独自で編み出された秘蔵のお菓子で門外不出とでも言うのなら納得はできるのだが、そんなもの、自分も含めてスウィートランドの住人でない彼らが知ってるはずが無い。
「まぁまぁ、とにかく食べてみてよ。先輩ってば、いっつも僕が作るお菓子に手をつけてくれないでしょ? だから、今度こそ先輩が食べてくれるようにって、ショナとルノーに手を貸してもらったってワケ」
「・・・・・」
・・・これが、厄介事を引き起こす天才で狼少年の後輩ジョヴァンニが1人で作ったモノであったら、アリオスは口にも入れなかっただろう。まず、てめぇが味見しろとばかりに、彼の口に突っ込んでやったはずだ。
しかし、この見慣れぬ物体の製作にショナとルノーが協力しているとなれば、そうもいかない。
中学1年生で、まだまだ幼さの残る2人が一生懸命・・・かどうか片方のやる気にギモンが残るが、ともかく、『腐った根性』とか『歪んだ性根』なんてものとは無縁の2人がアリオスのために作ってくれたモノである。どんなに甘そうな外見をしていたとしても、ひと口くらいは食べるべきだろう。
「仕方ねぇな・・・」
観念して、アリオスは雪だるまと天使の乗ったケーキに手を伸ばした。
それが彼の運の尽き。
「ん? 甘くて辛い? これは・・・・・・・ミステリーアイスとスポンジスーパーとなぞのもちごめに、しちみととうがらしがブレンド・・・・・・・・・・って、何てモン混ぜてんだ、てめぇら!!」
大慌てで飲み物を流し込むが、次の瞬間、それは盛大に宙を舞う。
「げほっ!! なっ、何だコレ。マジカルコーヒーにスーパーソーダに・・・・・あかワインか!!?」
「さっすが、アリオス先輩!」
「さすがじゃねぇ!! ぐっ・・・げほげほっ!」
「あっあっ・・・だ、大丈夫・・?」
懸命に背中をさするルノーをそのままに、アリオスは諸悪の根源と思われるジョヴァンニに掴みかかる。
それはもう、鬼のような形相で。
「や、やだな〜、先輩ってば。なるべく先輩の好みに合うように色々アレンジしてみただけじゃない。ちょっとしたお茶目なのにさぁ」
「ちょっとしたお茶目で、殺されてたまるか! 殺人的だぞ、この味は。しかも材料の比率、めちゃくちゃに突っ込んでんじゃねぇか! まさか、コレみてぇに俺まで巨大化させようとか企んだんじゃねぇだろうな!!」
つい口走ったセリフだが、ジョヴァンニだったらやりかねない。
ショナから奪い取った悪魔のレシピに目を通し、アリオスは、配合されたムチャクチャな材料とカード枚数に眩暈を覚えた。
「ヒドイな〜、企んだだなんて。僕は、良かれと思ってしただけなのに・・・シクシク。それに、もしも先輩が巨大化なんてしたら、この船アッサリ沈むじゃない。僕、まだ死にたくないし〜」
「当たり前だ! んなコトになるくらいなら、縮んだ方がよっぽどマシだ!!」
ゴチンと怒りの鉄拳を一発。
口走った言葉は、売り言葉に買い言葉。しかし、巨大化するくらいなら縮んだ方がマシなのは、アリオスの心の底からの叫びだった。
それが・・・・いけなかったのだろう、きっと。
「え・・・?」
たった今、胸倉を掴まれてゲンコツを落とされていたジョヴァンニが、支えを失いヨロヨロと後ろに倒れ込む。
「ア・・アリオス先輩・・・!?」
戸惑うルノーの声と、滅多なコトでは表情を変えないショナの驚く顔を見つめ・・・・いや、見上げた時には、ジョヴァンニを先頭に、巨大お菓子たちが盛大な音を立ててドミノ倒しになっていた。
直後、カッと散る火花。
巨大化したお菓子が大砲ソックリだったのがいけなかったのか。それとも、とびだすとか花火とかビッグバンなんて、いかにもな名前がいけなかったのか。ベース材料に、ダイナマイトとかばくはつとかバクダンなんて危険物目白押しを使ったのがいけなかったのか。
気が付いた時には、船室は見事に吹っ飛び。
アリオスは、遥か上空を飛んでいたのだった。
「・・・・で、この軽そうなサイズが災いしたのか、ココまですっ飛ばされて来ちまったってわけだ。わかったか?」
「え・・ええと・・・・つまり、『ふしぎ』と『しげき』の組み合わせは◎ってコトなのね。よくわかったわ」
「・・・・何、聞いてたんだ、おまえ」
呆れて半眼で唸るアリオス。
しかし、むぅっと眉根を寄せて首をかしげているコレットに、やれやれと肩をすくめた
「でもまぁ、コイツのおかげで助かったぜ。あのまま地面に叩きつけられてたら、俺は今頃、あのバカ共の前に化けて出る算段をつけてただろうからな」
「そうなんだ。助かったのは良いコトだよね!」
「まぁな、感謝しとくぜ。・・・・で、おまえはココで何やってたんだ? 予選の準備か?」
「え? ・・・・・・・・・・・・・・あっ、そうだった! そうなの! 昨日、レイチェルがスポンジスーパーを交換してくれたのよ。だから、これでチーズケーキを作ろうと思って」
10数秒間悩んだ後、嬉しそうに言いながらパッと見せる材料カード3枚。
ただし、内1枚は空。
「・・・・・・」
アリオス。カードを凝視。
「・・・?」
「・・・・・・」
その視線が、ひしゃげたスポンジスーパーへ。
「??? どうしたの? このスポンジがどうかし・・・・・・っ!」
そこで、ようやっとコレットは気がついた。
ハッと両手で頬を挟む姿は、そのまま叫べばムンクの叫び。
「どうしようっ! ざぶとん型のチーズケーキができちゃう!」
「できるかっ!!」
それ以前の問題として、スポンジスーパーでチーズケーキは作れない。
スモルニィ学園第3家庭科室。
予選参加者のために用意された神聖な教室に、しばし、聞き慣れない少年の怒号が響いていた。
伝統あるローズ・コンテスト。
スモルニィ学園で毎年開かれ、すでに国を挙げてのお祭り騒ぎとも言える、このコンテストでは、選び抜かれた4人の参加者が特別な称号をかけてお菓子作りの腕を競い合う。
そう。数多いる生徒たちの中で、知識と技術に優れ、探究心に溢れた、エリート中のエリートとも言える選ばれし4人が。
「・・・いいか、チーズケーキの材料は、スポンジにチーズにはちみつだ。まかり間違ってもスポンジスーパーじゃねぇ。・・・・ったく、なんでおまえが選ばれちまったのか不思議だぜ。スポンジの区別すらつかねぇ参加者なんて聞いたこともねぇぞ、おい」
洗練された町並みの雑踏の中。オレンジ色のナップザックを背負い、引率者と友人たちに遅れないようせっせと足を運んでいたコレットは、背後からの呟きに首を巡らせた。
「そうなんだよねぇ。どうして私が選ばれたんだろ? もしかして、これって夢かなぁ」
「俺としちゃ、この状況も含めて、全てが夢であってくれた方が良かったけどな」
コレットが背負ったナップザックの口から上半身を出し、頬杖をついていたアリオスは、改めて自分の現状況を見下ろして溜め息を吐いている。
そんなミニサイズな彼の苦悩に、コレットはピタリと足を止めると「う〜ん・・・」と考え込んだ。
「やっぱり、これは夢なのかしら? 私が参加者に選ばれるなんて、信じられないもの」
賑わう往来のど真ん中に立ち止まり、苦悩する少女。と、20センチ弱の少年。
実にはた迷惑な2人を現実に戻したのは、引率者で協力者で生徒会長ジュリアスのカッカした怒号だった。
「それでは、ココからは各自自由行動とする。何度も来ているのだから、己が何をしなければならぬのか、わかっているとは思うが・・・」
そこで、ジロリとコレットを見つめるジュリアス生徒会長。
「材料カードとレシピを集め、いち早くゴールを目指すのだぞ。決して、観光やボランティアに来ているわけでは無いのだから、周囲に気を取られて迷子になったり、町の子供たちと遊んで時を忘れたり、ゴミ拾いの手伝いなどはせぬように。・・・わかっておるな」
眉間にくっきりとシワを刻んだジュリアス先輩の言葉に、予選参加者である4人の少女たちは、それぞれ元気に返事をした。
現在、ナップザックの中に身を潜めている少年1人は、誰の前科なのか思い当たり、やれやれと肩をすくめていたが。
「それでは、ワタクシは出発いたしますわ」
「みんな、ゴールで会いましょうね!」
「ほらほら、コレット! アナタ、1番トロいんだから早く行かないと。また、ジュリアス先輩に怒られちゃうヨ」
「あ、そ、そうだね」
一声かけて、他の参加者たちは一斉に先を争ってスタートしてしまう。
その背に向かって『頑張ってね〜』と言わんばかりに手を振っていたコレットは、後ろから髪を引っ張られて小さな悲鳴を上げた。
「いたぁい!」
「バカか、おまえ。見送ってる場合じゃねぇだろ。おまえも、とっとと出発するんだよ。俺が協力してんのにビリになってみろ、ただじゃ済まさねぇからな」
その不遜な態度のどこに『協力』の2文字が当て嵌まるのやら。
しかし、彼の言葉は嘘でも冗談でも無い。
コレットの大事な、それも親友レイチェルがトロい少女を思いやってわざわざ交換してくれたと言う、泣けてくるほど貴重なスポンジスーパーを、救助用マットレス代わりにして使い物にならなくしてしまったアリオス。
まぁ・・・・スポンジとスポンジスーパーを履き違えてチーズケーキを作ろうとしていた辺り、彼が降ってこなくても失敗して使い物にならなくなるのは確実だったのだが、降って来てしまった以上、その責任は彼になすりつけられるのだ。
結果。
彼はスポンジスーパーを手に入れて借りを返すため、パニック状態だったコレットを促し、協力者と友人たちを交えてケーキの町に繰り出したのだった。
「ほら、さっさと行け。まずは、その十字路を直進だ」
協力者や参加者たちの姿が完全に見えなくなったのを確かめ、ナップザックから這い出してきたアリオスは、コレットの肩に腰掛けると偉そうに腕を組む。
その指示通りに十字路を直進し・・・・・たところで、いきなりコレットはコケた。
「きゃっ!?」
「うわっ!!」
乗り物がコケれば、乗ってる人間もコケる。・・・と言うより、投げ出される。
「クスン、痛い・・・・また、転んじゃった。・・・・・・・あれ? アリオス、いつの間に降りたの?」
「降りたんじゃなくて、落とされたんだ! おまえなぁ・・・どうやったら、何も無いところで転べるんだよ」
「ゴ、ゴメンね」
往来のど真ん中にへたり込んだまま、コレットはしょぼんと項垂れる。
その手の下で、キラリと陽光が跳ねた。
「・・・何だ、ソレ?」
「え? ・・・・・あっ、カードだわ。ええと〜」
コレットは、《なまクリーム☆×3》を拾った。
「えへ。もしかして、得しちゃったのかな」
「・・・・・・」
転んだ災難など忘れて喜ぶコレットを見上げながら、アリオスは「ココは材料マスじゃなくて何も無いマスだよな・・・?」と、小さく呟いていた。
しかし。
コレットの強運は、これだけに留まらない。
「あ、レシピが当たっちゃった」
「えへへ。ハートを150貰っちゃったよ」
「カード見っけ〜」
「はっ、もしかして得しちゃった?」
福引マスでも、ハプニングマスでも、宝箱マスでも、その運の良さは尽きるコトが無い。
あっと言う間に、材料カードやレシピが集まる。
これだけ幸運尽くしで、どうして最下位に甘んじているのだろうと不思議に思ったアリオスだったが・・・・・答えを知るのは早かった。
「おまえ・・・そのトロさは何とかならねぇのか?」
トロい。とにかくトロい。カタツムリや牛だって、もう少し早いだろうに。
コレットの歩みをサイコロで言うと、1か2。小走りで3。走っても4ってところ。
その上・・・。
「〜♪ コレットさん、コレットさん。レイチェルさんからカードの交換の申し出が入っています。大至急、お近くの店頭までお越しください」
街灯および信号機の下につけられたスピーカーから鳴り響くカード交換の呼び出しに、嬉しそうに近くの店に入ったコレットは、手持ちのカードを広げて「どれが良いかな〜」と悩んだあげく、とんでもないモノを選び出す。
「コレがいいよね。レイチェル、今日はバナナを探すんだって言ってたもの」
「バカ。それは、おまえだって必要じゃねぇか」
「え? でも・・・」
「交換ってのは、自分がいらねぇカードを出すもんなんだよ。コッチのなまクリームにしとけ」
「う、うん。じゃあ、この☆4つのを・・・」
「バ、バカ! 1番良いの出して、どうすんだっ!」
トロい上に、お人好し。さらに言うなら、計画性が無くて行き当たりばったり。全ては幸運任せ・・・・と言うより、彼女から奇跡の幸運をとったら、たぶん何も残らない。
アリオスは、なぜコレットが最下位なのか、海より深く理解した。
と同時に、イライラする。
「ったく。おまえ、間違い無く予選で落ちるぜ。こんなやり方で勝てるほどコンテストは甘いもんじゃねぇぞ」
「え・・・? う・・うん・・・そうだよね・・・私が選ばれたのだって、何かの間違いかなって思うもの」
「へぇ〜、自覚があるわけか。伝統あるローズコンテストも落ちたもんだぜ。最初っから勝つ気も無いヤツを平気で参加させるなんてな。所詮、腐った伝統ってとこか」
「っ!?」
ひどい言葉に、コレットはビックリしてアリオスを見る。
それに対して返ってきたのは、ジロリと冷たい一瞥。
軽蔑したと言わんばかりのキツイ瞳に、コレットはショックで立ち尽くし、その肩の上から塀の上へと飛び移ったアリオスは、真正面からコレットを見据えた。
「そっ・・・そんな事・・・」
「無いって言い切れるのかよ。自信無さそうにウジウジしやがって。おまえ、自分が勝てると思ってねぇだろ。だいたい、勝つために何か努力してんのか? これだけは他のヤツラに負けねぇって、何か自信が持てるモノがあんのか? おまえのは全部、運まかせじゃねぇか。俺はまだ、おまえに会ったばかりだがな・・・・おまえのやってる事は、ただ町中をウロチョロしてるようにしか見えねぇんだよ」
ケーキの町に来る途中に寄ってきたマーケットでも、他の3人は9品目フルに出品しているのに比べ、コレットのは4品目と、激しく偏りが見られた。
これでは、他の連中に勝てないのも道理。
出品されている4つの菓子どれもに高得点が記されていた辺り、菓子作りの腕前は悪くないのだろうが、要領が悪すぎる。このまま行っても3人との差は決して縮まらず、最下位で予選を終えるのは目に見えていた。
勉強不足、認識不足、そして、意欲不足と取られても文句は言えない。
「やる気が無いんなら、とっととやめちまえよ。協力してる町の連中も、採点させられるヤツラも、ライバルたちも、いい迷惑だぜ」
スポンジを使い物にならなくしてしまった借りもあったため、最初こそ『まさかな・・・』と疑問視していたものの、町に出て来てまでこんな姿勢を見せられては、疑問も確定に変わる。第一、堪忍袋の尾も切れた。
キッパリと容赦無く言い放ったアリオスに、コレットはショックを受けたまま呆然としていた。
プイと逸らされ、コチラを見てもくれない色違いの瞳に、ショックで染まっていた蒼い瞳はウルウルと揺れ出す。
「・・・・っ・・・て・・・」
「あん?」
「・・・てる・・・もん。頑張ってる・・・もん。でも・・・」
ウルウルと揺れる瞳から涙が落ちそうになって、コレットはぎゅっと両手を握り締めると、雫が落ちないように空を見上げた。
「でも・・・・どうしたら良いのか・・・わからないんだもん。みんなの真似してみたけど、ついていけない・・・。いっぱい出品したいけど、私、不器用だから得意なお菓子しか作れないし・・・」
何度も練習してレパートリーを増やそうとしたけれど、失敗を繰り返しているうちに出品していたお菓子の人気は下がってしまい、材料を買うためのハートも無くなってしまう。
結局、得意なお菓子だけを出すことしかできなくて。
それをどうしたらいいのかなんて、わからない。参加者に選ばれるまでは、わからない時は何でもレイチェルに相談してきたけれど、今の2人はライバル同士。こんな事・・・言えない。
今だって、遅れている自分を心配してこっそりと世話をやいてくれているのに、これ以上、迷惑なんかかけられない。
「わかってるも・・・1人で頑張らなきゃって・・・でも・・・どうにも出来ないんだもん・・・・・どうしたらいいのか、わからないんだもん・・・」
どんどん先に行ってしまうみんなに、遅れながらもついて行くのが精一杯で。こんな事じゃ負けるってわかっていても、どうする事もできなくて。
何を、どう頑張ったらいいのかも、わからない。
ただ、今の現状を維持する。
それだけが、コレットに出来る精一杯の事。
「・・・・・・」
「こ・・・こんなんじゃ、やっぱり迷惑だよね・・・。ジュリアス先輩が怒るのも当たり前だよね。いっぱい・・・いっぱい、迷惑かけてるよね・・・」
堪えきれなくなったのか、顔を隠してゴシゴシと目元を擦る。
そんなコレットを無言で見つめていたアリオスは、さっきまで少女がしていたように空を仰ぐと、かすかな溜め息を吐いた。
そして、唐突に少女の肩に乗る。
「きゃっ! な、何!?」
「・・・・・あいつらに迷惑かけたくねぇんだろ? だったら、ココでぼやぼやしてねぇで、さっさとゴールしようぜ。じゃなかったら、迷子のアナウンスがかかっちまう」
「あ・・・・」
「俺はイヤだぞ。町中のスピーカーから、怒り狂ったあの金髪野郎の声で、おまえの名前が一斉に連呼されるのは。どっちが近所迷惑だか、わかったもんじゃねぇ」
「・・・・・クス。ホントだね」
つい想像してしまい、コレットは涙目のままクスクス笑い出す。
マイク片手にガンガン怒鳴っているジュリアス先輩と、耳を押さえてスピーカーの近辺から逃げる町の人々の姿が、浮かんで来るようだ。
・・・と言うより、バッチリ経験がある。
「行くぞ。道案内は俺がしてやる。次の曲がり角を間違えたら、おまえ、また町を一周する羽目になるからな」
「あ、う、うん。ありがとう」
「俺が勝手にしてるんだから、礼なんかいい。さっさと走れ」
「は、はい!」
ベシっと首筋を叩かれて、慌ててコレットは走り出す。
途中、何度か転び、そのたびに奇跡の幸運でカードやハートを拾いながら。
「その十字路を直進だ」
「え? あの、でも・・・さっき、アンジェちゃんがアッチに走って行ったよ?」
「いいんだよ。確か、この町はゴールまでの一本道が長いからな。おまえのトロさでもう1周してたら、間違い無くビリだ。先にゴールに向かったって、途中で抜かれるかもしれねぇ・・・。ほら、行け」
「う、うん!」
アリオスの指示通り、コレットはゴール目指して走り出した。
もちろんココでも、途中でカードをゲットし、☆を増やし、あげくに特殊なレシピまで貰いながら。
その反面、すっ飛ばされるマスはキレイに避ける。
(信じられねぇ・・・・。驚異的な運の良さだぜ)
などと、アリオスが呆れつつ思っていた事を、コレットは知らない。
(どうしてだろ? いっつも不安で心細いのに、今日は違うみたい)
なんて、コレットが安堵しながら思っていた事を、アリオスは知らない。
ローズコンテスト予選、第11周目。予選終了まで、残り4周。
初めてケーキの町のゴールをくぐったコレットの到着順位は、2位だった。
☆月△日
今日は、新しいお友達に会ったの。 アリオスって言う名前の空から来た男の子でね、ちっちゃいけど高校2年生なんだって。ジュリアス先輩たちと同い年なんだね。 一緒にケーキの町に行ったんだけど・・・・・アリオスに怒られちゃった。勝つ気でやらないんなら、やめちゃえって。周りに迷惑だって。私、予選で落っこちても仕方ないって諦めちゃってたんだね。それじゃダメだよね。スモルニィのバラを目指すって気持ち、忘れるところだった。 それでね、アリオス行くところが無いって言うから私のお部屋に泊めてあげたんだけど、そうしたら「借りは作らない主義だ」って言ってレシピを選んでくれたの。不器用だってわかってるなら、ちゃんと選んで作らなきゃダメだって、また怒られちゃった。えへ。 ありがと、アリオス。私、もう1回頑張ってみるね。 |
「ええと・・・あと必要なのは、ブルーベリージュースの材料とけんこうアロエゼリーの材料と、それから・・・」
アリオスの指示で書いたメモを片手に、コレットはショップの中をウロウロしていた。
「まっちゃケーキの材料なら、向こうだぜ」
「あっ、ホントだ。それから、ストロベリーティーの材料はココね。ええと・・・・全部5枚ずつで良いんだよね?」
「ああ。とりあえず今のおまえのハートの数じゃ、買えるのはそれが限度だろ」
なんてアリオスは言うけれど、コレットのハートの数は、ケーキの町のハプニングマスでゲットしたり、友人たちから強制的に分け与えられたり、あげく、ゴールでレシピを差し置いてハートを貰ったりしたおかげで、0の数が3つもあった。
よくもまぁ、1周しただけでココまで集められたもんである。
奇跡としか言えない。
「でも、アリオス。ホントに、全部☆1つで良いの? ☆の数が少なかったら、点数下がっちゃうよ?」
「バーカ。おまえ、初めて挑戦するってのにそのまま出品できると思ってんのか? 誰だよ、『不器用だから1度で作れたためしが無いの〜』って喚いてた鈍ガメは」
「え・・・? 私?」
「・・・・他に、誰がいる」
用意してきた袋いっぱいに材料カードを入れ、コレットがショップを出た時には、ハートの数は4桁から2桁へと急降下していた。
すっかり財布(?)の中味を寂しくして、2人は第3家庭科室へと戻る。
「まずは・・・・出品してねぇクッキーからだな。手順はわかってるのか?」
「え? ええ〜と、クイニーアマンの作り方は・・・」
「おいおい・・・」
それでも、授業中にせっせと予習はしたのだ。
昨日、アリオスに指示されたレシピの手順を書き写したノートを、穴が開くほど見つめるコレット。
何度も消しては書き直したその努力の成果を覗き込み、アリオスは腕組みしたまま早くやれと顎でカードを指した。
「頭に叩き込むのもいいけどな、おまえはそう言うタイプじゃねぇだろ。体で覚えてけ。じゃないと、次のを覚えた時に、ところてんみたいに前のが押し出されちまうぜ」
「と、ところてん? ・・・・・・・・そっ、そんなの困るわっ」
つい、頭の中からレシピが押し出されて行くのを想像してしまい、コレットは慌ててお菓子作りに取り掛かった。
「こむぎこに、ミルクに、バターでしょ。これをこうして混ぜて・・・・それから、こうで・・・・」
真剣な顔で、せっせと作業を進めるコレット。
積まれたボウルにもたれかかり、その工程を見守るアリオス。
・・・が、突如、ガクリとコケる。
「美味しさ引き出す呪文だよ。美味しくな〜る、るる、るんるん♪」
「・・・・・おい」
ホントにやる気があるのか・・・と、アリオスが半眼で唸る中、初めてのクイニーアマンは完成した。
いや、訂正。
クイニーアマンになるはずだったモノは、完成した。
「・・・・何だコレ。象に踏まれた焦げアンパンか?」
「え? アンパン? どこどこ?」
「おまえが作ったコレ以外に、何がある!」
「ガーン!!」
偽クイニーアマン。・・・いや、クイニーアマンなどと名乗るのもおこがましい、ハッキリ言って焦げて潰れたアンパンを目の前に、アリオスは苦虫を噛み潰した顔で盛大な溜め息を吐いた。
ショックで固まったコレットのことなど、チラとも見ていない。
「まさか、ココまでヒドイとはな・・・。膨らむどころか盆地みたいに抉れてやがるぜ。おい、やり直しだ。こんなモン、誰も食いたがらねぇ」
「・・・・クスン」
振り出しに戻る。
カードから材料を出し、コレットは再びクイニーアマン作りを開始した。
それを、半眼で見守るアリオス。
「出来たっ!」
「どこがだよ・・・。今度は、しなびた干し柿みたいじゃねぇか。やり直し」
「・・・・あう」
そんなこんなを繰り返し、ようやくクイニーアマンらしき物体が出来上がったのは、材料カードがキレイサッパリ無くなった頃だった。
「ようやく出来たか・・・。まぁ、一応、形はクイニーアマンって言えそうだな。味は悪くねぇから、コレで何とかなるだろ」
「よ、良かった〜・・・・ん? あれ? 味?」
「ほら、とっとと採点してくれるヤツを呼べ!」
「あっ、う、うん!」
あれ? と首を傾げていたものの、顎で壁に取り付けられた内線電話を指されたコレットは、慌ててマーケットに電話をかけた。
その後ろ姿に一瞥くれた後、アリオスは持っていた・・・・訂正。両腕に抱えていた木ベラを使って、出来上がったばかりのクイニーアマンの近くに失敗作4品も並べて置いた。
「ランディ先輩、すぐに来てくれるって!」
「そりゃ良かったな。問題は、ソイツが何点くれるかだが・・・」
と言ってるうちに、家庭科室の外からダダダダダッと突撃音が聞こえて来る。
「・・・おい。ココからマーケットまで、かなりの距離があったよな?」
「え? ん〜・・・歩いて15分くらいかな?」
「それは、おまえの歩みでだろ。一般人なら、少なくとも5分以上はかかるはず・・・」
言ってる途中で、ガラリと豪快に開く扉。突撃どころか、クルクルッと2回転宙返りを決め、グリコポーズで着地する男子生徒。
「やぁ、コレット! やっと俺を呼んでくれたんだね、嬉しいよ!」
「あ・・・こんにちは、ランディ先輩」
動じた風も無くペコリと挨拶をするコレットは、ある意味、大物だろう。
「さっそくだけど試食させてもらうよ。え〜と・・・たくさん練習したんだな。スゴイよ、コレット! 君は努力家なんだね」
象に踏まれたのやら、しなびた干し柿やらに目を止めたランディは、その努力・・・と言うより『よくもまぁ、こんな物体がココまで成長したもんだ』って事実に、いたく感激したらしい。・・・・さらに、ちょっとずつ端が欠けてるところに気付いた彼は、『いくら自分で作ったとは言え、こんなトンデモナイ出来栄えを試食するなんて勇気がいるよな〜』って感心ポイントまで庭園デート並にアップさせていた。
「自信作はコレだね?」
「はい。・・・・あら?」
美味そうだね、などと言いながら、目の前でランディがニコニコ食しているにも構わず、コレットはキョトキョトと辺りを見回す。
(・・・アリオス、どこに行っちゃったのかしら? さっきまで、ココにいたのに)
すぐ傍で、「レシピの価値はまぁまぁだね」とか、「カードの質は良くないかな」とか、「作った回数はまぁまぁだね」などと批評が飛んでいるが気にせず、ボウルをどけてみたり計量カップを持ち上げたり引き出しを開けてみたりと、アリオスがいた付近を捜索するコレット。
(む〜、どこに行っちゃったんだろ? もしかして、砂糖壷の中かしら?)
蟻か? ヤツは。
「そうだね、これなら点数は・・・・58点かな。ずいぶん頑張ったみたいだからね、特別におまけしとくよ」
「え?」
「ん? 聞いてたかい、コレット?」
「え? あ・・・はいっ、砂糖のおまけは58点ですね!」
「???」
どこからかボソリと、「あのバカ・・・」との呟きが聞こえたが、驚いた拍子に真っ赤になって直立不動したコレットの耳には入らなかった。
その姿を、ランディが『緊張のため』と微笑ましく解釈してくれたのは、コレットに付きまとう幸運のおかげだろう。
「ったく、冷や冷やしたぜ」
「あっ、アリオス。どこにいたの? 探したのに」
「ああ。おかげで逃げ回るのが大変だった」
「?」
首を傾げるコレットに苦笑いして、アリオスは再びボウルにもたれかかる。
「深く考えてんじゃねぇよ。とにかく、これでクッキーは問題無いな。・・・っても、☆1つの代物じゃ1周が限度だろうが。おい、やり方はわかったか?」
「え? ・・・ん〜〜〜〜」
「・・・・・」
「むぅ・・・」
「・・・・・聞いてみただけだ。1度で理解できるとは思ってねぇよ」
やっぱりな、と肩をすくめるアリオスに手招きされ促されて、コレットは丸椅子にチョコンと座った。
「いいか。これから当面、クッキーを出品する時はクイニーアマンにしとけ。☆は、その時のおまえのハートの数と相談だが、出来る限り☆4つだ。町に出る時に元になるカードを買って行って、向こうで☆を増やして持って帰ってくる。わかるな?」
「う、うん・・・」
「不思議と、マーケットの連中は同じモノを出しても飽きるってコトが無いらしいからな。大いに利用させてもらうぜ」
そのために犠牲になった、焦げアンパンやら萎び干し柿など4作品に目をやり、苦笑する。
そんな彼に目線を合わせるため、伏せをする犬のような姿勢で調理台に顎を乗せていたコレットは、苦笑しながら近付いて来たアリオスに額を小突かれた。
「おまえが作る菓子な、味の方は悪くねぇんだから見かけさえなんとかすりゃ人気はそうそう落ちねぇと思うぜ。誰だって、見かけがどうこうよりも、本当に美味いモンを食いてぇんだからな」
言って、ちょっと笑う。
まるで食したコトがあるような口振りに、コレットは伏せをしたまま首を傾げた。
けなされたり呆れられた記憶はあるが、味見をしてもらった記憶は無いはずなのだが・・・。
そんなコレットの疑問など気にもせず、アリオスは開きっぱなしのノートに近付くと、転がっていたシャープペンを使って器用にページを捲った。
「他の菓子や飲み物についても、今のと同じ要領で行け。そうすりゃ、安定した人気とハートが入って来るようになる。それを常にキープしながら、他のレシピを攻略していく。あと4周しかねぇけどな・・・・☆4つの菓子を出しまくってりゃ、ギリギリ2位には入れるだろ」
2位までに入る事が出来れば、予選は通過である。
本選は、予選を通過した上位2名での1対1の戦い。その果てに、栄誉ある称号が待っている。
「私が、2位に・・・」
本当に、そんなコトが可能なのだろうか。今だって、なんとかついて行くのが精一杯で、僅かずつとは言えジリジリと引き離されつつあるのに。
「俺が言ってるのは、可能性の問題だ。今のおまえのポジションじゃ、本当に2位に入るためには相当頑張らなきゃムリだろうしな。・・・別に、このまま最下位でも満足だって言うんなら、苦労する必要は無いんだぜ? 俺も、やる気の無いヤツに付き合うほどヒマじゃねぇし」
抱えたシャープペンに寄りかかりながら、アリオスは意地の悪い笑みを浮かべる。
やっぱりムリかも・・・なんて言葉を発したが最後、「じゃあ、勝手にしな」と出て行ってしまいそうな雰囲気で。
だが、そんな雰囲気も、勢い良く扇形に広がった栗色の髪で霧散した。
「私、頑張るっ! 予選に勝てるように、いっぱい頑張るからっ」
「へぇ・・・。それは、他の連中を押し退けても勝ちたいってコトだよな? もちろん、おまえの親友とやらにもだぜ?」
「う・・・・うんっ! せっかく選ばれたんだもの、私のお菓子をみんなに食べてもらいたいのっ。それに・・・・ずっと憧れてたの」
憧れてた、と恥ずかしげに言ったとたん、コレットの頬がピンク色に染まる。
「コンテストの優勝者が貰える称号・・・。私も・・・私も、伝説のスモルニィのバラみたいに、みんなに喜んで貰えるステキなお菓子を作りたいって・・・」
ローズコンテストの優勝者には、称号が与えられる。
その種類は、優勝者の腕前と知識と探究心に応じて、チューリップだのコスモスだのユリだのと、様々な花にちなんで与えられるのだが、その中でも最高と呼ばれ、これまでに誰も到達しえなかったと言われる称号。
それが、『スモルニィのバラ』。
お菓子作りの第一人者であり、美しく聡明な初代学園長の名にちなんで付けられたこの称号に、憧れる生徒は数多い。いや、お菓子作りを愛する者ならば、この称号こそが最大の目標と言える。
「ふん、ずいぶんと大きく出たじゃねぇか。けど、目標がでかいのは悪くねぇ。ウジウジと縮こまってるよりも、ソッチの方がよっぽど俺は好きだぜ」
「え? ・・・・・うん、頑張る!」
頬を染めたまま、コレットは嬉しくなって微笑みかけた。
その微笑みに、アリオスは唇の端だけ上げて応えると、抱えていたシャープペンでノートをコツコツと叩く。
「だったら、さっさとこなしちまうぞ。おまえがマスターしなきゃならねぇのは、まだ8品もあるんだからな。それが終わったら、町に行ってカードとハート集めだ」
「うん!」
「俺は地図を写してるから、完成したら呼べよ」
言いながら、アリオスはノートの下敷きになっていた各町の地図を引っ張り出すと、調理台の隅の方に引き摺って行った。
どうやら、折れたシャープペンの芯とキャラメルの包み紙を使って、自分用に地図を書き写すつもりらしい。
「うんっ、私も頑張らなくっちゃ!」
腕まくりをして、コレットは材料カードを求めて紙袋をゴソゴソと漁り出す。
が、材料カードを取り出し並べたところで、ハタとその動きを止め首を傾げた。
「・・・・あれ? アリオス、どうして地図描いてるの???」
「あぁ?」
トコトコと近付いて来たコレットにアリオスは面倒くさそうに顔を上げたが、いきなり顔を近づけられて驚いたのか、寝起きのごとき眼光で眉間にシワを寄せた。
だが、そんな眼付けにも怯まず、ピッタリと目線を合わせたまま不思議そうな顔をするコレット。
「・・・あのな。いくらこの俺でも、馴染みのねぇ町を9つも頭に叩き込むのはムリなんだよ。それに、その時のおまえの状況に応じて、ルートだって多少変えなきゃならねぇだろ」
ひと口に『ケーキの町』と言っても、材料カードが手に入りやすいルートもあれば、品質を表す☆が増えやすいルートもある。それに、各町ごとに配置されたハプニングマスにだって、特徴の違いがあるのだ。
全てを記憶の中に納めるのは不可能。
そうキッパリと言いながら、アリオスは新しい地図の材料にするためにキャラメルの包みを剥ぎ、中味をコレットの口に放り込んだ。
広がる甘味を幸せそうに味わいながら、コレットは「そうなんだ〜」と納得する。
10数秒後。60度だった首の傾斜は、120度になったが。
「あれ? と言うことは・・・アリオスも、カードを探しに町に行くの? ・・・もしかして、アリオスも予選の参加者だったの!?」
「・・・だから、何を聞いてたんだおまえは」
盛大な溜め息。
トコトコと歩み寄ったアリオスは、渋面のままコレットを見上げたが・・・・。
「きゃっ!?」
突如、デコピンを食らわせると、小さな鼻を摘まみあげ・・・るのはムリなので、両手で挟んだ。
「ひゃうっ、なにふふの〜〜〜〜!?」
「いいか、よく聞けよ。俺はコンテストの参加者でもねぇし、この学園の生徒でもねぇ。好き好んで町に行きたいわけでもねぇんだよ! どっかの、救いようもねぇほどトロいガキが身の程知らずな挑戦するっつーから、協力してやるだけだ!」
わかったか! と、鼻は開放されたものの、も1度デコピンを食らわされ、コレットは額を押さえて涙目になる。
「む〜・・・・アリオス、ヒドイぃ」
「おまえの寝とぼけた脳みそには、それくらいでちょうどいいんだよ。人が協力してやるって言ってんだから、素直に礼言っとけ」
「あ・・・うん。ありがとうっ」
間違い無く、わけがわかっていないに違いない。弾かれたようにペコンと頭を下げたコレットに、アリオスはやれやれと溜め息を吐いた。
そのまま、しばし待つ。
しばし・・・・・いや、カップヌードルが出来上がるほど、待つ。
「・・・ええと〜・・・・あの、どうしてアリオスは私に協力してくれるの? 私、アリオスと昨日お友だちになったばかりなのに」
「・・・お友だちはともかく。3分もかかって、やっと理解したか」
ハァ〜と、3分振りに再び溜め息。
そんなアリオスの姿に、『疲れたのかな〜』などと別な意味で正解なコトを考えながら、コレットはやはり首をかしげていた。
アリオスとは昨日、初めて会って、お友だち(コレット限定)になったばかりで。なのに、ちょっと思い返してみるだけで、たくさん助けられている事に気付く。
レシピを選んでくれたり、助言をくれたり、励ましてくれたり。
怖い目で睨んだり、時々イジワルだったり、デコピンもしたりするけど、やっぱり、良くしてくれてるとしか思えなくて。
こんなに良くしてくれるのはどうしてなんだろう。
そんな思いで穴が開くほどジッと見つめると、アリオスは一瞬だけ視線を逸らしたものの、すぐにやれやれな表情で肩をすくめてみせた。
「あのな、そこら辺の犬コロだって、一宿一飯の恩義は忘れねぇだろ。俺は、これからしばらくおまえんちに厄介になる予定だしな。それの先渡しだ。わかったか」
とても、ご厄介になる方とは思えない偉そうな態度。
島を飛び越えるほどの距離をすっ飛ばされ、あまつさえ、こんな知的好奇心と人体解剖の誘惑にかられそうなサイズになってしまったアリオスに、コレットの元以外の行き場が有るとはとても思えないのだが、そんな事、鈍い少女が気付こうはずも無い。
ただ単純に、コレットは嬉しかった。
しばらくがいつまでかはわからないけれど、アリオスが一緒にいてくれると思うと、1人ぼっちで不安だった気持ちが消えて行くようだ。
「それに、おまえの菓子作りの腕が上がらねぇと困るんだよ。俺も、いつまでもこんなサイズじゃいられねぇしな」
そう言った後、アリオスはニヤリと笑った。
ギブ&テイクって知ってるか? と。
「なぁに、それ? ギブって・・・ええと〜」
「要するに、持ちつ持たれつってやつだ。俺は、おまえに協力してやる。スモルニィのバラでもキノコでもいいから、とにかく優勝できるようにな」
「・・・キノコ・・・」
協力は嬉しいが。優勝はしたいが。なぜ、キノコ・・・?
伏せの姿勢のまま首を傾げそうになったコレットに、アリオスはニヤリと笑ったまま「その代わり・・・」と続けた。
「おまえには、材料カードを集めて作ってもらいたいモノがある。・・・・できれば2度と口には入れたくねぇんだが、元のサイズに戻るには仕方ねぇ」
最後の方は、ブツブツと不満気な呟きになってしまったのでよくわからなかったが、互いに協力し合う、と言うのだけは理解できた。
「ええと、つまり・・・アリオスのためにお菓子を作れば良いのね?」
「ああ。菓子と言えるかどうか疑問な代物だったがな。見た目はともかく、味は悪魔が作ったとしか思えねぇし。・・・だが、俺が元の姿に戻るには、恐らくソレしか方法はねぇ」
食して、『縮んだ方がマシだ』などと心底から思ったせいで、こんな有様になってしまったのだ。だったら、同じ状況で逆の事を思えば、元のサイズに戻れる・・・・と思う。
たぶん。
「まぁ、そう言うわけだ。とりあえず、今はおまえが予選通過するのが先だが、それが済んだら俺のために働いてもらうぜ」
「う、うん! 思いっきり頑張るわ!」
「ずいぶんな意気込みだな。まぁ、期待してるぜ」
そう言って、アリオスは無意識に右手を差し出したのだけれど・・・。
「・・・・チッ、忘れてたぜ。このサイズじゃムリか」
アリオスの手のサイズは、コレットの指のサイズと同じ。握手どころでは無い。
しかし、コレットの方も、アリオスが手を差し出したことで、条件反射のように右手を差し出していた。
しばし2人で顔を見合わせた後、小さな小指の先は、彼の手に絡められる。
「指きり。ね」
「クッ、指きりか・・・。いいぜ、約束だ」
片や、最下位のポジションから予選通過を果たし、ローズ・コンテストで優勝するために。
片や、材料カードを集め、悪魔のレシピを完成させて元のサイズに戻るために。
偶然、または奇跡としか思えない出会い方をした2人は、今ここに手を組んだ。
これが、最強のパートナーであったのか、それとも最凶のパートナーであったのかは、神のみぞ知る。
その後。
抜け目の無い狡猾なブレインの教えに従って、ふらふらになりながらも最大級の努力を尽くした最下位の少女。
彼女の、奇跡としか言いようのない予選第2位突破の逆転劇に、ローズコンテストは近代稀に見る嵐のような盛り上がりを見せたのだった。
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