AURORA

「お嬢さん、もう店も閉めるし安くしてあげるよ」
日が沈みかけて、空が赤と青に染まる頃、
アンジェリークは声をかけられて露店を覗き込んだ。
「…キレイですね」
台の上には様々なアクセサリーが所狭しと並んでいた。
楽しそうにそれらを眺める表情はただの年頃の少女である。
「あ…」
ふっとひとつのペンダントを見つけ、今まで眺めているだけだったのだが
初めて手にとってみた。
「おや、それが気に入ったかい? いい目を持ってるね」
今日店を閉めたら次の場所へ移動するからこの街最後のお客としてサービスするよ、
と店のおばさんに言われアンジェリークは心が揺らいだ。
「うーん…どうしよう…」
あまり物に執着しない自分が欲しいと思うのは珍しい。
お金も一応個人個人で自由にできるものを持っている。
が、しかし今の状況でアクセサリーなど買ってもいいのだろうか、と躊躇ってしまう。
(防具の指輪やイヤリングとは違うしねぇ…)

「モノがいいからサービスしてもちょっとだけお嬢さんには高いかねぇー…」
アンジェリークの躊躇いをそう解釈し、だけど…と彼女はにっこり笑って言った。
「後ろの彼氏に買ってもらいなよ、ねぇお兄さん?」
「え?」
どういう事かと思い、後ろを振り返ると
2、3歩離れた壁に寄りかかる長身の銀髪の剣士がいた。
「ア、アリオスっ…。いつからいたの…?
 あ、おばさん、彼はそういうんじゃなくて…」
前と後ろに向かってわたわたと弁解するアンジェリークの側に来て
アリオスはくしゃりと栗色の髪をかきまぜた。
「くっ…。お前本当に気付いていなかったんだな」
「もう。いたんなら声かけてくれればいいのに…」

アリオスはアンジェリークが店先で足を止めてから、わりとすぐに通りかかった。
声をかけようかとも思ったが、あまりにも夢中に物色していたので
しばらくそっとしておこうと考え直したのだ。
アリオスに気付いた女性がアンジェリークに知らせようとするのを
身振りで制して少しの間静観していた。
「声かけても気付きそうになかったけどな」
「そんなことないもん。でも先に宿に戻ってても良かったのに」
アンジェリークは彼が待っていてくれた嬉しさを隠すように呟いた。
「もう暗くなってんのに1人で放っておくわけにもいかねぇだろ」
「…アリオス…」
気付けば空に赤みはなくなっていた。
濃くなっていく夜の色に月が輝き出している。
思ってた以上に立ち止まっていたらしい。

「…で? どれを見てたんだ?」
「ん…これなんだけど…」
アンジェリークは素直に手の平の上のペンダントを見せた。
華奢な銀の十字架(クロス)。
うるさくない程度に細工が施され、中心には貴石がはまっている。
「いいんじゃねぇか?」
いくらだ?と財布を出しながら店員に尋ねる。
「い、いいよ、アリオス…。悪いし…」
「別に遠慮するほどのモンでもないだろうが」
「でも…」
こういう言い合いになると勝つのは決まってアリオスである。
2人の会話に微笑んでいたおばさんはサービスだと言って
さっきアンジェリークに言った値段よりも安くしてくれた。
「こんなに素敵なクロスなんだから、神様もきっと祈りを聞いてくれるよ」
「ありがとうございます」


帰り道、二人で並んでゆっくり歩いていたアンジェリークは
アリオスを見上げてにっこりと笑った。
「ありがとう、アリオス。すごく嬉しい」
彼にだけ見せる笑顔が愛らしい。
「これね、一目見て思ったの。
 アリオスみたいだなって。だから嬉しい」
「俺みたい?」
「うん。この細いクロスはアリオスの剣みたい。色はあなたの髪の色。
 真ん中の宝石はあなたの瞳と同じ。チェーンとクロスを繋げる細工が
 施された金の止め具も…。なんでだろう?
 あなたのイメージに重なるの」
首を傾げながらじっと自分を見つめる視線にどきりとする。
金…それは自分が隠している瞳の色。力を秘めた色。
アンジェリークにはばれていないはずなのに…。

「お前の想像力はすげーな」
からかうように返すしかなかった。
それでもアンジェリークははにかんで頷いた。
「自分でも思う。もぉ、ちょっと共通点あると『あ』って思っちゃうし。
 何か見てもすぐにアリオスとの思い出、浮かんできちゃう」
雪を見たら一緒に窓から眺めたあの夜のこととか。
紅葉を見たら2人で郵便やさんをやったこととか。
「重症だなぁって。自分でも呆れるくらい…」
素直に胸の内を語る少女が自分には眩しすぎる。
そしてそれ以上に愛しい。


「おばさんが言ってた…ご利益、あるかな?」
「ハッ、宇宙の女王様がどこにいるともしれねぇ神とやらに何を願うんだよ」
「ん…正確に言うと神様にお願いしたりはしないけどね…」
こんなこと言っちゃいけないのかもしれないけど、と付け足した。
「神様の存在を否定するわけじゃない。
 でも、神様が人間を助けてくれるとは思ってない…」
「意外と現実的だな」
「アリオス…私をなんだと…」
アンジェリークは抗議の瞳を向ける。
しかしアリオスは笑ってとりあってくれない。
「今までのお前の行動見てたらしょうがねぇだろ」
「もう…」
失礼しちゃう、と頬を膨らます様はまだまだあどけない。
「…だって、神様が人間を助けてくれるんだったら、悲しむ人なんていなくなるよ?
 でも現実はそんなことない。私がこの宇宙に来たのがいい証拠。
 結局、人間は自分の力でどうにかしなきゃいけないんだよ」
蒼のエリシアを握り締めて呟いた。
「まぁ、それは同感だな…」
アリオスもそれに頷いた。
あの日、神などいないと思い知った。信じられるのは自分と力。
それさえあれば復讐は叶う。今の自分ならそれができる。
しかし今、本当に望むものは…。

「だけどね。人はなんでもできるわけじゃない。
 だから誰かに助けてもらうんだよ」
アリオスの思考をアンジェリークの言葉が遮った。
「私は神様に救いを求めるよりも信じる人にお願いする。
 信じられる人が私の神様よ」
「…賢明な判断だ。女王をやってるだけあるじゃないか」
宇宙の生死を左右する以上、あまりのんびり迷っている暇などない。
やれるだけの事をやり、できないことはできる人に任せる。
それが今までの新宇宙の執務で学んだこと。
「私の親友…レイチェルっていうんだけどね。すっごい優秀なの。
 信頼できる補佐官よ。今も私の宇宙を守ってくれている」
ふと悲しげな瞳でアンジェリークは遠く離れた宇宙に思いを馳せた。
「なのに今の私の願いは…」

今胸に抱く願いが自分勝手なものだという自覚はある。
だけど、諦めることなどできない…。
「皇帝を倒してこの宇宙を救うことじゃねぇのか?」
アンジェリークは瞳を丸くしてアリオスを見た。
「なんで…? それは願いじゃないよ。やるべきことだもの。
 ひたすらそれに向かって努力するだけだわ」
不思議そうな顔で自分を見上げる幼げな、それでいて強い光を宿す瞳に『女王』を見た。

「私の願いは前に言ったわ。…アリオスにね」
「俺に?」
「うん。あなたは私の神様よ」
「?」
要領を得ない様子の彼にアンジェリークはくすくすと笑いながら言った。
「オーロラ。見に行こう?」
それ以上の追求を避けるかのように岬の方へと先に歩き出す。
「まだ出歩く気か?」
「行きたいならアリオスを誘えって言ったじゃない」
アンジェリークは勝者の笑みで振り向いた。



「今日は見えないみたいだねぇ…」
今の時期はよく見えるんじゃなかったっけ…と残念そうに呟く。
「まぁ、こういう日もあるだろ」
さっさと宿に戻ろうとするアリオスの袖をアンジェリークは掴んだ。
「も…ちょっとだけ…。待ってみよう、とか…思わない?」
期待半分、断られる覚悟半分で見上げる瞳は卑怯だと思う。
断ることなどできないではないか。

雪を払った岩をベンチ代わりにして、2人はしばらくそこにいた。
寒さが2人の距離を自然と縮める。
「…いつまで待つ気だ?」
少女を後ろから温めるように抱きながらアリオスは問いかけた。
「ごめんね…。もう帰る?」
立ち上がる気配はないままアンジェリークは答えた。
「それはどっちでもいいけどな。
 ただ、なんでそんなに粘ってるのかが気になっただけだ」
「だって…どうしてもアリオスと見たかったんだもん。
 次なんてあるのか分からないのに…」

アンジェリークの言葉がアリオスは密かに気になった。
もうそろそろ…『アリオス』はいなくなる。
そんなことを彼女が知るはずもないのに…。
その真っ直ぐな瞳に見透かされている?という錯覚を覚える。
自分の過去と罪、現在と未来の罪。
「いつまでも一緒にいられるわけじゃないんでしょ?
 少しでもたくさんの思い出を作りたい」
顔だけ振り返ってアリオスを見つめながらそう言った。
「ずっと一緒にいたいけど…」
認めたくはない。諦めたくない。
それでもいっしょに過ごせる時間は残り少ないだろうと気付いていた。
壊れたロッドを直せそうな情報を手に入れ、この旅も終幕に近付いている。
旅が終われば…。
「あなたにはあなたの人生があるもんね」
彼女に女王としての生き方があるように、彼にも彼の生き方があるはず。
「全部捨てて来てくれなんて言えないもの」
自分が全てを捨てて彼だけを選ぶ…その覚悟もないわけではないが
彼の重荷になりそうで、今の段階ではなんとも言えない。
「だから、今…一瞬だけでも重なった時間を大切にしたい」
「アンジェリーク…」
どちらからともなく、唇を重ねた。
冷たい空気で冷えた互いの唇を温めるかのように何度も触れ合う。

「私がいけない事考えてたから…オーロラ出てきてくれなかったのかなぁ…」
アンジェリークはアリオスの腕の中でポツリと呟いた。
「なんだ?」
「女王の責任とか…新宇宙の未来を…この恋と秤にかけた。
 許されないことなのにね」
泣きそうな顔で微笑むのが痛々しい。華奢な身体をそっと抱きしめた。
「そんなこと気象には関係ねぇだろ」
そんな理屈が通るのならば、それは自分のせいだろう。
幻想的な美しさを誇るオーロラにも、真っ白な心の持ち主である少女にも釣り合わない。
「第一、秤にかけただけだろ? 悪い事じゃない。
 お前は実行したりしない」
自分と彼女に言い聞かせるように囁いた。
彼女が言った通り、今は一瞬2人の時間が重なっているだけなのだ。
いつまでも重なり続けることはあってはならない。
それを望んではいけない。

近付きたいけれど近付けない。

彼女といると癒される。旅の間で思い知らされた。
この少女は名前の通り、天使なのだと。
血で染まった自分が触れてはいけない存在。
自分の立場も彼女の立場も無視して攫うこと…できないことではない。
心のどこかで彼女も望んでいるのだから。
だが、そうすると同時に全てのものに優しい少女が傷つくのも分かっている。
だから束の間の夢で終わらせる。
短いけれども幸せな甘い夢。

「アリオス…」
偽の名を呼ぶ心地良い声に応える。
「アンジェリーク…」
言葉にすることは自らに禁じているから…想いを伝えるために触れ合う。
唇が離れ、切なげな吐息をつく少女に微笑みかけた。
「このままお前の部屋に行くか」
アンジェリークは瞬時に頬を染めたけれど、嬉しそうに頷いた。
「オーロラはまた今度ね」




しかし、再び岬へ行く前にアリオスはいなくなってしまった。
彼が抜けてから一度だけこの街を訪れたが、岬には行かなかった。
1人で行っても意味がない。


「アリオス…」
アンジェリークは彼が買ってくれたクロスに口接け、祈りを捧げた。
彼のした事は裏切りだと人は言う。それを否定することはできないけれど…。
「それでもあなたは私の神様よ」
まだ信じている。愛している。

―――そばにいて―――
彼がこの願いを叶えてくれることを信じている。
「ずっとずっと…そばにいて…」
彼と離れて気付いてしまった。自分は彼だけを選べてしまう。
追いかけることに躊躇いはない。
だからできるだけのことはやるつもりだ。
後は差し延べた手を彼が取ってくれるかどうか。
罪だとわかっていても、願うことは止められなかった。


しかし、少女の願いはすぐに叶えられることはなかった。
少しだけ…遠回りをして彼は少女の願いを叶えることとなる。

                                       〜fin〜

 

自称オーロラ3部作の2話目(笑)です。
1話目が『Reincarnation』の岬のイベントシーンで、
2話目が今回の見に行ったけれど見られないシーン。
で、3話目が『HONEYMOON NIGHT』でちらりと触れた
やっと約束を果たすシーン。
勝手に自分の中でストーリーはできてました。
せっかくですから3話目もおまけ程度に書こうかと思ってます。


今回はLUNA SEA の「AURORA」を聴いて書きました。
曲が合ってるというよりも歌詞がですね、一部
あ〜、これアリアンにぴったり!おまけにタイトルもぴったり!
ということで…。

オリジナルの曲よりもピアノ曲用に
アレンジされたものの方がこの創作には合ってる気がします。
ピアノバージョンばっかり聴いてました。



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