1月1日

「5・4・3・2・1…」
皆の元気な声がそろって秒読みをする。
「ゼロー!」
それぞれに持っていたクラッカーの音がいっせいに弾けだす。
大晦日の夜、アリオスの所属事務所でカウントダウンパーティーが
行われていた。もっとも大きな部屋で気のおけない人達ばかりが
集まって騒いでいる。そんななか、アンジェリークは隣に立っている
長身の青年ににっこりと微笑みかけた。
「今年もよろしくね、アリオス」
「ああ」
返事と一緒に彼の唇が降ってきた。
一瞬のキスにアンジェリークは呆然と目を見開き、
そしてすぐに頬を染めて彼を睨む。
「こんなところで…」
「ベッドの方がお望みか?」
「っアリオス!」
俺はもともとそのつもりだったんだけどな、とアリオスは口の端を上げた。
いつのまにかアンジェリークがこのパーティーに誘われていて、
必然的にアリオスも出席するハメになったのである。
彼女を一人でここへやるほどお人好しではない。
「私にはそんなつもりないもん…」
真っ赤な顔のままアンジェリークはオリヴィエ達に呼ばれて、
そちらへパタパタと駆けていった。


アリオスはそんな彼女を見守りながら、グラスに口をつけた。
後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきたのはその時だった。
「ほー、あれがうわさに聞く君の彼女か…
 なかなかかわいい子だね」
「! …カティス。なんだってここに…」
「ひどいな。今日のドリンクはうちの提供だよ。
 今オスカーと一緒に追加分を運び終えたところだ」
苦笑するカティスはこの事務所からすぐ近くにあるバーのマスターである。
アリオスは学生時代、そこでバイトをしていた。
「サラやオスカー、他にもいろいろな人に話を聞いて…。
 ぜひ会ってみたいと思ってたんだよ」

まるで父親のように言うその人を見て、アリオスはある考えが浮かんだ。
「…まさか…あんたがあいつを誘った犯人か?」
クリスマスもなんだかんだ言ってパーティーをやって、結局二人でいられた
時間は少なかったのだ。今回こそは二人きりにさせろとアリオスの皆へ
のチェックは厳しかった。
…そのはずなのに、アンジェリークはいつのまにかパーティーのこと
を知っていて当然のように、行こう、と微笑んだのだ。
そんな彼女にアリオスが勝てるはずもなく…。

「だって店には彼女連れてきてくれないじゃないか」
「…たりめーだろ」
「だからお嬢さんに招待状送ったんだよ」
まさか俺から届くとは思わなかっただろう、と自慢げに笑うマスターを見て
アリオスは息をついた。
「会いたかったんだよ。君を幸せにすることができる女性と…」
その言葉とまなざしは本当の家族のようで…。
だからこそアリオスは怒りきれない。
そんな時、いつものメンバーの輪の中で談笑していたアンジェリークが
二人のほうを向いた。
しっかり隣をキープしていたオスカーが何か教えているようだ。
オスカーと一言二言交わし、アンジェリークがアリオスのもとへ戻ってきた。


「こんばんは、はじめまして。アンジェリークです」
ぺこりとカティスにお辞儀をする。
「はじめましてお嬢さん、カティスだ」
「あの…カティスさんのお店でアリオス、バイトしてたんですってね…。
 バイトやめてもお店には行ってるって…」
「ああ。君もあと少し経ったらおいで」
「はい、ぜひ…」 
それで…とアリオスをちらりと見て何か聞きたそうな、
でも口篭もる少女を見て、カティスは優しく尋ねてやった。

「何を聞きたいんだい?」
「あ、あの…オスカーさんに聞いたんです。
 あそこでアリオスとオスカーさん…一晩で何人の女性を
 口説けるかって勝負したとかしないとか…」
横でウォッカを飲んでいたアリオスが急にむせた。
それに対して、カティスはとても楽しそうに笑った。
「はっはっは。そういえばそんなこともあったような…」
「ばかっ、信じんなよ」
疑惑の瞳を向ける少女にアリオスはくだらない、とばかりに言い放つ。
「勝負はどうだったの…?」
それでも引かない少女にアリオスは答えようとしたが、
カティスの落ち着いた声の方が先だった。
「勝負はアリオスが…」
「勝っちゃったんですか?」
それは彼がそれだけ魅力があるということの証明でもあって、誇らしい気も
するが、自分以外の誰かを口説く彼は想像したくない、という複雑な
表情でじっと見あげる少女が可愛くて、カティスは苦笑した。

「『そんなくだらねーことにつきあってられるか』と言って辞退したんだよ」
勝負は始まることすらなく終わったのだ。
「そうなんですか…」
あからさまにほっと胸をなでおろす仕種に
アリオスは意地悪な笑みを浮かべた。
「お前はどっちだと思ったんだ? ったく、俺がそんなことするかよ」
お仕置きとばかりに軽く柔らかな頬をひっぱられ、
アンジェリークはじたばたともがいた。
「アリオスひどい〜」
両頬を押さえ、アンジェリークは文句をもらす。
「俺を信用してねー罰だ」
2人のやりとりを見ていたカティスは温かい笑みを浮かべた。
昔の彼とは違う。
それが自分のことのように喜ばしい。


「それじゃ…おやすみなさい」
アンジェリークは飲み続けている人達に挨拶をしてその部屋を
離れようとした。
「おやすみー☆ 明日は早いからね」
「はい、楽しみです」
オリヴィエの言葉にアンジェリークは嬉しそうに微笑む。
花のようなその笑顔に誰もが見惚れた。
だからアリオスのアンジェリークを抱く腕に力が込められる。
「行くぞ」
「え? ア、アリオスここにいなくていいの?
 私ちゃんと部屋教えてもらったから一人で行けるよ?」
「狼が何匹もいるんだ。一人にさせられるか」
「なーに言ってんの。一番危険な狼はあんたじゃない」
「俺は良いんだよ。なぁ、アンジェ?」
綺麗な顔で意味深に微笑まれ、アンジェリークは赤くなって視線を逸らした。
「…知らないっ」

今夜のパーティーに来た者はだいたい飲み明かすのだが、さすがに
アンジェリークはそこまでつきあえない。
なおかつ明日は朝一でアリオスと初詣に行くのだ。
理由があり、アンジェリークは今夜は事務所の一室を借りることとなった。
こじんまりとした部屋だったが、必要最低限の物はあり、過ごしやすい
雰囲気に整えられている。
シャワーを浴び、バスルームから出てくると、アリオスがベッドに腰掛け、
グラスを傾けていた。
「飲みたいならあっちに戻ってていいのに」
「バーカ。お前がいないんなら行ってもしょうがねーだろ」
「……ん……お酒の味がする」
引き寄せられるままに口接けたあと、アンジェリークはポツリともらした。
そんな彼女の唇に再度触れ、そして彼女専用の微笑みが向けられる。
「そのうち酒も教えてやるよ」
キスを教えたように、愛し方を教えたように…。
「うん、ずっと一緒にいてね」
アンジェリークも幸せそうに微笑んだ。


「…ん…アラーム…?」
まだ日が昇ったばかり、目覚ましのアラームに気付き、
アンジェリークは目を覚ました。
勝手知ったる自分の部屋でもアリオスの部屋でもなくて、
一瞬その在り処を探してしまった。
慌ててベッドから出て、アリオスが起きる前に止めた。
「さーて、と…。アリオス起こさなくちゃ」
呟いたセリフに笑い声が返ってきた。
「俺を起こさないように焦ってアラーム止めたくせに…。
 そのお前が俺を起こすのか?」
自分のやってることの矛盾を指摘されてはじめて、
アンジェリークはそれに気付いた。
確かに彼を起こすなら、そのまま鳴らしっぱなしにしておけば良かったのだ。
「い、いいのっ。私がアリオスを起こしたかったの」
なんともかわいい言い訳にアリオスは喉を鳴らして笑った。


アンジェリークがわざわざここに泊まった理由。
それはアリオスがお酒を飲んでしまうので車で帰れない、という理由も
あったが、一番の理由は別にあった。
鏡の中の自分をじーっと見つめる。
いつもとは違う姿に別人のようだ、と自分ですら思ってしまう。
いつもは下ろしている髪を上にまとめあげて。
薄い桃色の振袖姿の自分を見る。
着物に合わせた少し濃いめのメイクがなんだか慣れなくて…。
「うん、すごく似合ってるわよ。かわいいっ」
「朝早くから、本当にありがとうございます」
「ふふふ、そんなの気にしないで。
 どーせ徹夜で飲んでんだから早いも遅いもないって。
 早く披露しておいで、みんな喜ぶわよ」
せっかくの元旦だし、ということで『着物+一流スタイリストのセット』
という実に魅力的なお誘いがあったのだ。
(…アリオス、なんて言うかな……)
鏡の中の自分にいまだに違和感を持つアンジェリークはふと
不安になった。

「おはよう、アンジェリーク」
「あ、セイランさん。あけましておめでとうございます」
昨夜は見かけなかった人物の登場にアンジェリークは笑顔をみせる。
「いつ来たんですか?」
「さっきだよ。君の着物姿を見に来たんだ。
 うん、やっぱり似合ってるね。今度着物もデザインしてみようかな…」
君といるとどんどん創造力が湧いてくる。
セイランの微笑みにアンジェリークは頬を染めた。
メンズしかデザインしなかった彼はアンジェリークと出会ってからレディース
も手がけている。アンジェリークをイメージしたものだそうだ。
光栄というべきか、恐縮というべきか…。
「セイランさん…」
「その姿、みんなに見せてあげようか」

セイランのエスコートでアンジェリークは皆のもとへ連れて行かれた。
「おー! アンジェちゃんかわええな〜。うちに持って帰りたくな…
 アリオス〜…男前がすごむと怖いで……」
冗談やんか、とチャーリーがアリオスの肩を叩く。
こんな調子でアンジェリークは嬉しいお褒めの言葉を皆から頂いた。
「アリオスは…?」
「なんだ?」
「その…これ、どうかな…?」
期待と不安が入り混じった顔。喜ばせる言葉なんて知っているけれど。
「いまさらだろ。まだこれ以上なんか聞きたいのか?」
さっさと行くぞ、といってしまうアリオスをアンジェリークは追いかける。
「もう、待ってよ。アリオス」
素直じゃないねぇ…。
アンジェリーク以外は皆、内心同じことを考えていた。


「少し時間はかかるが…歩くか」
「うん」
こんな日に車で出掛けようものなら渋滞に巻き込まれる。
電車を使ってもいいが、歩いてでも行ける距離。
それならのんびり二人で歩いていくのも悪くない。だが…
「…歩いていけるか?」
「ん?」
「その慣れない格好で」
「うん、大丈夫。行こ?」
アリオスのさりげない優しさに胸が温かくなる。
アンジェリークは嬉しくてアリオスの腕に抱きついて歩き始めた。

「アリオス…優しいくせに意地悪なんだから」
「あ?」
アンジェリークが頬を膨らませて呟いた言葉にアリオスは眉を上げる。
「さっき…」
「ああ、…んだよ。わざわざ俺が言わなくてもさんざん
 誉められてたじゃねぇか。他になんて言やぁいいんだよ」
俺はそんなに表現力豊かじゃないぜ?と肩を竦めるアリオスに
アンジェリークは捕まえていた彼の腕を引っ張った。
「別に…特別な言葉が聞きたいわけじゃなかったのっ。ただ……」
ただアリオスがどんなふうに思ってくれたのか知りたかった。
贅沢を言えば、言わせてみたい言葉があったけど。
言われてみたい言葉があったけれど…。

「私は、アリオスの言葉が聞きたかったのっ」
他の誰かの誉め言葉ももちろん嬉しいけれど…。
知りたいのは『彼』の気持ち。
そう思ってしまうこと自体、彼女がどれだけ彼に惚れこんでいるかを
表していて…。
それを素直に表に出してしまうところが実に彼女らしくて可愛らしい。
アリオスはくっと笑って彼女の耳元で囁いた。
「っ………ア、アリオスっ!」
耳まで赤くしてアンジェリークは彼を睨み上げる。
「なんだよ。お望み通り言ってやったじゃねぇか」
「なにもそこまで言わなくてもいいのっ……」
小さな拳を振り上げる彼女の手をあっさり捕まえて、アリオスは
意地悪く笑う。
「こんな人の多いところで暴れんなよ? 人が見てるぜ?」
話しながら歩いているうちに、二人はとっくに目的地に着いていた。
「〜〜〜アリオスの意地悪っ」

別にアンジェリークが暴れても暴れなくても二人は目立っていた。
長身、美形、黒のレザージャケットを着こなす青年に、
薄い桃色の振袖姿の可愛らしい少女。
歩くたびに揺れる振袖が蝶の羽のようで。
薄い桃色も彼女の可憐さを見事に表現しているようで。
単独でも目立つのに、セットになれば人の目を引くことは必至である。
しかし、片方は他人の目を気にしない。
もう片方は他人の目に気付いていない。
どれだけ目立っていようと、周囲の羨望の眼差しは
二人にはあまり関係ないようだった。

「元旦に初詣なんて…疲れるだけじゃねぇか」
なんでそんなに行きたがるのかわからない、とアリオスは
やっとついた賽銭箱の前で溜め息をついた。
「ほら、やっぱり、1年の最初の日にお願い事した方が
 神様きいてくれそうじゃない?」
アンジェリークは宥めるように微笑む。
「別に神に願う事なんてねぇな」
「…ひとつも?」
だったら無理につれてきて悪かったかな、という顔をする少女を見て
アリオスは笑った。
「俺の願いはお前が叶えてくれるからな」
「もう…アリオスったら……」


「……………」
「おい、大丈夫か?」
戻ろうとする人混みのなかで、アンジェリークは辛そうな表情を見せた。
先程までの元気がない。
「ん、平気…ちょっと人混みに酔ったかな…」
しかしその笑顔は弱々しくて、その顔色は白を通りこして青い。
アリオスの袖を小さな手が縋るように掴んでいる。
「全然平気そうには見えねぇけどな」
こんな時でも心配かけまいと無理をする少女が、愛しくて
でも同時に腹立たしくもあって…。
いやがられるのは承知で抱き上げた。
「ア、アリオス!?」
案の定、アンジェリークは突然横抱きにされた驚きと
まわりの視線に対する恥かしさとでアリオスに抗議の瞳を向ける。
「おとなしくしてろ」
「…はい」
ぴしりと言い放つ彼にアンジェリークは頷くしかなかった。

「ほら、これでも飲んどけ」
「ありがと」
帰り道の途中にある小さな公園で休んで、冷たいお茶を飲んだら
ずいぶんと気分がすっきりとしてきた。
「…ごめんなさい、迷惑かけちゃって」
耳を伏せた子犬のような表情でアンジェリークはアリオスを見上げた。
そういう顔をされると、ついいじめてやりたくなってしまう。
「クッ、別に慣れてるからな。気にすんな」
「アリオス……それフォローじゃない…
 あー! アリオス、おみくじ引いてくるの忘れた」
そんな彼女にアリオスは安心したような笑みを見せた。
「もう大丈夫そうだな」
「うん。今度こそ、本当に平気だから」
「まぁ念の為、うちで休んどけ。
 着物は俺が事務所に行く時にでも、持って行けばいい」
帰りはアンジェリークを気遣ってタクシーを拾って帰ることとなった。


「あれ…ゼフェルまだ帰ってないんだ」
もう一人のアンジェリークと初日の出を見にいくと言っていたのだが…。
「私達の方が早かったみたいだね」
「そうだな」
普段着に着替えようとアンジェリークはアリオスの部屋へ向かった。
すでに彼の部屋には何着か洋服のストックがある。
「せっかくの着物、脱いじゃうのもったいない気もするけどね…」
「じゃーずっと着てるか?」
「あ〜…それはちょっとヤかも…。けっこう着物って疲れるよね」
慣れない格好はやっぱりするもんじゃないのかなぁ、と笑いながら
アンジェリークは後ろの帯に手を伸ばすが上手くできない。
「…ん……っと……」
「手伝ってやろうか」

笑いを含んだ声にアンジェリークはぎくりと後ろを振り向く。
初詣に行く途中、彼に囁かれた言葉が脳裏によみがえる。
「え、や、いいっ。自分でできる…っていうかなんでアリオスがいるのっ?
 アリオス向こう行ってていいからっ」
「ここは俺の部屋だぜ?」
「う、じゃ…私があっち行く」
必死に逃げようとするアンジェリークをアリオスは
クックと笑いながら抱き止めた。
「遠慮すんなよ」
「遠慮なんかしてない〜」
片手でアンジェリークを抱き止めながら(拘束、とも言う/笑)
後ろの帯を簡単に解く。
「知ってるか? 
 着物って着るのには時間かかるが、脱がすのは一瞬だぜ?」
「アリオスのバカ〜! 元旦の昼間から……」
「昨夜はできなかったからな。その分だ」


……そんなわけで初詣に行くまでは普通の正月の過ごし方だったのだが、
後半部分はとても人には言えない元旦となったのであった。


                                 〜fin〜


こんな終わり方で許されるんでしょうか? 玻璃様…。
リクエストは『初詣に行ったアンジェが人混みに酔って、
  アリオスに介抱(?)してもらうお話。
バカップル度は200以上で』(メールより抜粋/笑)だったはずです…。

きっと私が初詣を上手く書けないのはここ数年
お参り行ってない不届き者だからですかね。
大晦日&元旦といえばライブとか…ライブとか…(笑)


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