Last Dance


   
『信じている』
   皇帝との決戦前に女王陛下と補佐官から受け取った言葉。
   あの方達は知っていたのだろうか。
   皇帝を倒し、宇宙を救うこと。
   それと同じ位の割合で私は彼の腕の中での死を望んでいた。
   彼を倒すくらいならいっそこと、と。
   そんな私にとってあの言葉は重かった。
   そして私は今ここにいる。
   彼女達が用意してくれたパーティー会場に…。



   華やかな会場。宇宙の危機が去った安心感と使命を果たした達成感。
   多少心に引っかかりはあるだろうけど、正の感情で満ち溢れている。
   負の感情を抱えているのは自分だけだろう、とアンジェリークはさらに悲しくなる。
   感謝の言葉を人々に送られ、笑顔で答えてはいるものの、
   ともすれば零れ落ちそうな涙を抑えるのに必死だった。
   (泣いちゃいけない。ここで私が泣いたらみなさんが困ってしまう)
   周りへの気配りが平静さを保つ唯一の支えだった。
   一人きりだったらいくらでも泣いていただろう。
   パーティーは円滑に進み、美しい曲に合わせ、ダンスを踊っている者もいる。
 
   アンジェリークは一通り挨拶を終え、やっとのことで解放された。
   壁によりかかり、ため息をこぼす。
   (アリオス…)
   思わず口に出してしまいそうになった名を慌てて心の中でだけ呟く。
   (もう、だめ…。平気なフリするのは限界…)
   彼のことを思えば悲しみでいっぱいになる。 
   今は彼のことしか考えられないというのに…。
   「楽しい思い出だってたくさんあるのに…」
   楽しい思い出があったからこそ今は悲しいのだろうか。
   一人の世界に入りこんでいたアンジェリークは、
   不意に聞こえた名にはじかれるように顔を上げた。

   「新宇宙の女王陛下は皇帝レヴィアスさえも救おうとしたって話だ」
   「さすが、お心が広い…」
   「どうだかなー。皇帝ってのはかなりの美形だって噂じゃないか」
   女王といっても所詮はまだ17の女の子だろ、と言う青年に話し相手は慌ててたしなめる。
   「お前、なんてことを…。あっ…女王陛下…」
   アンジェリークと視線が合い、二人はしまったという表情をする。
   そして頭を下げると、そそくさと離れていった。
   そんな彼らを眺め、アンジェリークはポツリともらす。
   「私が彼を救おうとした理由…。あながちウソじゃないけどね…。
    ただ見た目なんて関係なかった。彼だから失いたくなかっただけなのに……」



   あの最後の決戦の時…。
   ついに態勢を崩した彼に守護聖達の連携技が繰り出された。彼は避けようともしない。
   これで勝負が決まる、そう思った瞬間に体が動いていた。彼のもとへ走りだしていた。
   「だめっ!」
   「「!!」」
   その場の誰もが、レヴィアスを庇うように抱きしめるアンジェリークの行動に驚いた。
   「この…バカっ…」
   勢いついて床に倒れこんだ二人の体勢では、まともに攻撃を受けてしまう。
   すでに攻撃を防ぐほどの力も残っていなければ、避ける時間的余裕もない。
   しかし、アンジェリークを守りたいという思いが彼に転移の魔導を使わせた。

   「このバカ…自分が何をしたのか分かっているのか…?」
   突然のことだったので、二人は先程の広間からそれほど離れていない
   一室に転移していた。
   いまだに自分の上から動けないでいるアンジェリークに、
   レヴィアスは床に横たわったまま問う。
   俯いたままの彼女の表情は見えない。小さな身体が震えている。
   「分かってるの…。
    女王という立場ならあのまま戦いが終わるのを見届ければよかった。
    あなたの望みを叶えるのなら、放っておけばよかった。
    頭では分かってるのに…勝手に体が動いてたの。
    私がイヤなの…。あなたがいなくなるのは…」
   涙に滲んだ瞳でレヴィアスを見下ろし、アンジェリークは答えた。
   「全てに納得したつもりであなたと戦いに来たのに…。
    本当に『つもり』だったみたい。私は……」
   パタパタとレヴィアスの頬にアンジェリークの涙が零れ落ちていく。
   「…どうすればいい? 
    どうすればこの気持ち、無くせるの?
    教えてよ……どうすれば……っ…」

   途方にくれた表情でアンジェリークはレヴィアスを見つめる。
   「………」
   アンジェリークの瞳に映る彼の表情も同じだったことに彼は気付いただろうか。
   お互いに気持ちと立場が折り合ってくれない。
   愛している。でも一緒には居られない。だけど離れたくない。
   出口が見つからない。
   どちらからということもなく、引き寄せられ、ごく自然に唇を重ねた。
   離れることを恐れるように浅く深く求め合った。
   二人ともこれが最後だと気付いていたから。

   「……ごめんなさい。重かったでしょう…?」
   今更ながらずっと彼の上に乗っていたことに気付き、アンジェリークは退こうとした。
   「…?…」
   しかし彼はアンジェリークを抱きしめ、離さない。耳元で囁く。
   「覚えておけ。俺はお前を愛している」
   「…っ………」
   アンジェリークは驚き、彼の顔を見つめていた。新たな涙が溢れてくる。
   それは、旅の間にも決して言ってくれなかった言葉。
   彼は態度で示してくれていても、好きだとか愛してるだとか、そういった類の言葉は
   聞かせてくれなかった。
   「レヴィアス…」
   「どうせお前の目の前から消える身だった。言葉でまでお前を縛りたくはなかった」
   言葉には力が宿る。一度放った言葉が相手の心に入りこんでしまったら、
   想いは残り、そう簡単に消えはしない。
   彼はふっと自嘲気味に笑う。しかしその碧と金の瞳は優しかった。
   「だが、気が変わった…」
   アンジェリークの頬に触れ、涙を拭う。
   「どうせ、お前の心も身体も俺のものなら…お前の全てを捕らえておこう」
   「レヴィアス……」
   「愛してる」
   それが最期の言葉。そして彼は消えてしまった。



   「アンジェリーク」
   気付けば金の髪の女王と補佐官が目の前に立っていた。
   「お二人とも…こんな所に下りてきて…」
   いいのですか?問いかけるアンジェリークに女王は笑う。
   「いいのよ。気にしないで。ねぇ、ロザリア?」
   「よくはないでしょう。しかし今はあなたに話があるから特別です」
   「私に?」
   アンジェリークはきょとんとした。何か忘れていただろうか…と今までの挨拶や段取りを
   思い出していると、少し顔を曇らせて女王は確認するように言った。
   「あなた、今すぐにでもこの場から抜けたい、て思ってたでしょ?」
   「……そんなこと…」
   ありません、と言いかけたが、誤魔化しきれないと悟り、正直に頷いた。
 
   「彼のこと…まだ私の中では終わってないんです。
    素直に宇宙に平和が戻った、と喜べない。
    もっと他に方法があったんじゃないかって…」
   泣くギリギリ一歩手前の状態でアンジェリークは続ける。
   「ごめんなさい。こんなことじゃいけないって分かってます。でも今はまだ辛い…。
    ここに居るのは辛いです」
   彼を倒したことを喜ぶ宴など、正直なところ参加したくなかったのだが
   自分の立場がそれを許さなかった。
   「あなたには本当に辛い目にあわせてしまったわね…。
    でもこの旅は無駄ではなかったはず。そうでしょ?」
   「はい。彼に出会えたこと、彼を愛したことは決して無駄ではなかった」
   出会わなければよかった。そう思ったこともないわけではないが、
   彼と出会わなければ、愛し愛される幸せも知らないままだっただろう。
   結局出会えて良かったという結論に達する。
 
   「あなた…強くなったわね」
   迷いのない表情で言い切ったアンジェリークを眩しそうな表情で女王は見つめた。
   そしてくすりと微笑む。
   「最後に私達からのプレゼント。表へ出てごらんなさい」
   「外…ですか?何があるんです?」
   「ふふふ、ナイショ。行ってからのお楽しみ」 
   笑って答えてくれない女王に聞くのは諦めて、ロザリアの方に助けを求める。
   「どうせここから抜け出すなら、ついでに外によっても損はないわ」 
   結局、補佐官殿も教えてくれない。
   アンジェリークはとりあえず賑やかな広間をあとにして、外へと続く扉を開いた。

   「いったい何があるんだろう…?」
   広いテラスのどこにプレゼントとやらがあるのだろう、と見渡す。
   ここでよく守護聖達がお茶を飲んでいたのを思い出す。
   今はテーブルも椅子も片付けられていてがらんとしているが…。
   あるのは夜の闇と静けさ、そして降り注ぐ月の光。月は彼を思い出させる。
   「キレイ……」
   ここから見渡す夜の聖地は実に美しい。幻想的な雰囲気に包まれている。
   アンジェリークはもっとよく見ようと手すりの方まで歩き出した。

   「そのまま下に落ちるなよ。岬の時みたいに…」
   後ろから突然聞こえた懐かしい愛しい声。自分と彼しか知らない岬での思い出。
   振り向く前にそこにいるのが誰かなんて分かっていた。
   しかし、信じられないという思いが彼女の言葉を疑問形にした。
   「アリオス…?」
   そこには月明かりを弾く銀色の髪、碧の瞳の青年が立っていた。
   なぜここに? と聞くよりも先にアンジェリークは駆け出していた。
   「アリオス!」
   幻ではないことを確かめるように抱きつく。
   「アンジェリーク…」
   それに応えるようにアリオスも腕の中の少女を抱きしめた。
   少し苦しいくらいのそれに夢ではない、とアンジェリークは安心する。

   「どうして……?」
   「お前と金の髪の女王のおかげだ」
   「え? 私…?」
   女王陛下の計らいだというのは分かる。
   おそらく彼女達の言っていたプレゼントとはこのことなのだから。
   しかし自分が何かしたとは思えなかった。
   「女王の計らいとお前の強い想い。二人の女王の力が最後の時間を与えてくれた」
   もちろんそれに答えるアリオスの想いも必要不可欠だったが、
   敢えてそのことは言わずにいた。
   「そう……」
   「今夜は傍にいてやる。…悪かったな。勝手に消えて…お前を悲しませた」
   「残される悲しみ…あなたは知ってるはずなのにね」
   他にも言いたいことは山ほどある。しかしそれだけにとどめておく。
   「もう一度…会えて良かった……」
   今は、限られた時間の中の幸せに浸っていたい。
   溢れてくる涙をアリオスは拭ってやり、そっと瞼に口付けた。
   「俺はお前を泣かせてばかりだな……」
   「そうよ…アリオスのせいなんだから」
   もう泣くな、と頬に額にキスされてアンジェリークはくすくすと笑い出した。
   「アンジェリーク?」
   「…嬉しい。こうしてまた二人で過ごせるなんて。……もっとして?」
   頬を染めてねだる少女に彼はいつもの不敵な笑顔で答えた。
   「了解」
 
   どれくらいたっただろうか…流れていた音楽が変わった。
   それは聞き覚えのある曲だった。パーティー会場のほうへとアンジェリークは視線を送る。
   「どうした?」
   「最後の曲だわ…。もうすぐパーティー終わるのね」
   女王候補時代、礼儀作法の勉強などで何度かパーティーに出席した。
   最後に流れる曲は決まってこのワルツだった。
   もうそんな時間なんだね、とぼんやり言う少女にアリオスは手を差し伸べる。
   「最後の1曲、お相手願えますか? 姫」
   「喜んで」
   アンジェリークは花が咲くように微笑んで大きな掌に小さな手を重ねた。
 
   「クッ」
   「な、なに?」
   「いや、なんでも顔に出るなぁ、と思って。踊りたいってのも顔に出てたぜ?」
   「…やだっ…ウソでしょ…?」
   真っ赤になった彼女を引き寄せ音楽に合わせてステップを踏み出す。
   しばらくしてアンジェリークは感心したように言った。
   「…アリオス上手だねぇ、なんか意外」
   「お前が下手なんだろ」
   「ひどいわ、そういうことは冗談でも言っちゃダメ」
   「はいはい」
   会話はこんなものだったが、アンジェリークはとても幸せそうな笑顔をしていた。
   思えばここしばらく、悲壮な表情ばかりだった。
   そして幸せそうに笑う彼女を見つめるアリオスの表情も穏やかだった。

   「…終わっちゃったね」
   それでも離れるのがイヤでアンジェリークはアリオスの腕にくっついていた。
   「終わりがあるから始まりがあるんだろ?」
   そう言ったとたん、アンジェリークを横抱きにし、そのままテラスから飛び降りる。
   「きゃあっ!」
   アリオスは難なく着地し、歩き出す。
   「アリオス? どこ行くの?」
   下ろしてくれる気配がないので、せめて邪魔にならないようにおとなしく
   アリオスの首にしがみついたまま問う。
   「人のいないところ。そろそろパーティーはお開きなんだろ?人が出てくる。
    …俺は他のやつに会うわけにはいかないからな。一騒動起きるぜ?」
   「…そうね」
   今、皆が彼を見つけたらどうするのだろう。
   笑って迎えてくれる? それとも…。
   考え込みそうになるアンジェリークに、アリオスはキスを仕掛けてその思考を中断させる。
   「今は余計なことは考えなくていい」

   「アリオス…ここって…」
   着いた先は森の湖だった。アンジェリークを下ろし、アリオスは湖を眺めた。
   いつもは賑わっている湖も今はしんと静まりかえっている。
   水面に浮かぶ月が静かに揺らめいている。
   「お前がこの湖、好きだって言ってたな…」
   旅の途中、森の中で湖を見つけた時、アンジェリークはこの聖地にある
   湖の話をしたことがあった。
   「覚えててくれたんだ」
   久しぶりに訪れたお気に入りの場所に、アンジェリークは嬉しそうに滝の方へ近づく。
   冷たい飛沫に手を伸ばす。
   「覚えている。この湖の別名も、お前が好きそうな言い伝えも」
   「………」
   後ろから優しく抱きしめられ、耳元で聞こえる声に胸が締めつけられる。
 
   「嘘か本当かアヤシイ伝説だが…俺が本当にしてやる」
   「アリオス」
   アンジェリークはアリオスの腕の中でくるりと反転し、向きあった。
   ぶつかる真剣な瞳。
   「俺の人生は一度終わった。だけどまた始まる。必ずお前を迎えに行く」
   「うん。待ってるから。待ってても来なかったら、私が迎えに行くから」
   くすりと二人、顔を見合わせて笑う。
   「愛してる。アンジェリーク」
   「アリオス、愛してる」
   神聖な儀式のように、そっと唇を触れ合わせる。
   次にアンジェリークが瞳を開いた時、彼の姿はなかった。

   「会いに来てくれてありがとう」
   この場にはもういない人にアンジェリークは囁く。
   あの戦いの後、アンジェリークには絶望しかなかった。
   自分の気持ちをどうすることも出来ず、ただ女王の務めを果たすだけだった。
   しかし、今は未来に希望を持つことができる。彼を待つことができる。
   「アリオスはけっこう心配性なのよね…私が元気になるまでは逝けなかったんだから」
   そして湖のほとりにしゃがみこんで思い切り泣いた。
   今なら、ここなら許されるような気がしたから。
   「明日からはちゃんと笑えるようになるから。ちゃんと女王としてふるまうから……。
    今だけは…」
   あなたに恋をした一人の女の子でいさせて…



   アリオス、あなたが転生した時、胸を張って見せられるような立派な宇宙を創るから。
   他のどの宇宙よりも素晴らしいものにしてみせるから。
   だから…生まれ変わって…巡り合える時が来たら 今度こそ愛し合える二人に…。
 

                  
                                        
  〜fin〜

 

タチキ様、どうでしょうか…。
レクイエム本編の切ない話というリクエストでしたが、
ご期待に添えたかどうか不安です。
切ないといっても、後味すっきりタイプと、
心の底にどろっと溜まってそうなタイプと
あるじゃないですか。(こう思うのは私だけ?(笑))
とりあえず前者を狙ってみましたが…。

しかしこれは本編に入るんでしょうかね…。
 もうあとはEDだけってシーンだよなぁ、
と思いながらも書いてしまいました。
イヤ、だって…彼のEDの場合、アンジェリークの立場としては
このパーティー悲しいだけだと思いません?
そんな気持ちからこのお話は出来ました。
 

 

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