桜雪
「もうすぐさくら散っちゃうね…」 きっかけはポツリと漏らしたアンジェリークの一言だった。 アンジェリークは先日、レイチェルをはじめとする学校の友人達と お花見に行ってきたのだ。 「みんなと一緒で…楽しかったけど、アリオスとは行けなかったね」 あいにく彼は最近仕事で忙しくてそのような時間はなかった。 仕事じゃしょうがない、来年は一緒に行こうね、と微笑む少女が脳裏から離れなかった。 「あ、アリオスからだ」 夕食後、自分の部屋に戻ったアンジェリークはアリオスからのメールを見た。 「アリオス、なんだって?」 同室のレイチェルがベッドの上で雑誌を広げながら尋ねる。 「…えーと…その…」 口篭るアンジェリークにレイチェルは近寄り、携帯の液晶を覗き込んだ。 『寮の側にいる。出られるか?』 簡潔な夜のデートの誘いだった。 「…あの人はどうしてこう…」 どこまでもマイペースなのだろう。レイチェルは大きく溜め息をついた。 今からアンジェリークに寮を抜け出せるかと訊いている…。 今から出かけたらもちろん門限までには帰れない。 「で、アナタはどうするの?」 答は予測できるのだがとりあえず確認しておいた。 「せっかく来てくれてるんだし…会いたいな…」 ごめんね、というような表情でアンジェリークは微笑んだ。 「外、今日は寒いからね。あったかいカッコで行くんだよ」 親友の優しい言葉にアンジェリークはふわりと笑って頷いた。 寮の裏門を出て少し行くと、いつもの場所に銀色の車が停めてあった。 側に立つ長身の人影を見つけるとアンジェリークは駆け出した。 「アリオス!」 飛び込んでくる少女をアリオスは抱き止めた。 「どうしたの? しばらくは忙しいんじゃ…」 見上げる少女の額にキスして彼は微笑んだ。 「さっき終わらせてきた。夜桜見物といこうぜ。 夜の桜はまだ見てないだろ?」 「…うんっ」 アリオスとお花見に行きたい、その願いを叶える為に彼は仕事帰りでも来てくれた。 アンジェリークは彼に抱きついて感謝の意を伝えた。 夜の森林公園は静まり返っていた。 そろそろ桜も終わるころ、平日真っ只中では花見客も見られない。 そのうえ、桜が咲いた後だというのに今日はやけに冷え込んでいた。 春になりかけて冬が戻ってしまったような寒さだった。 それでもはらはらと舞う花びらに囲まれてアンジェリークは歓声をあげた。 「すごい綺麗。それに貸し切りみたいだね!」 闇にぼんやりと滲む薄いピンクの光景にただ瞳を奪われる。 大きな池に映っている桜の木も、水面で揺れている花びらも 幻想的な雰囲気を作っている。 「昼間見るのとなんだか違う感じがする」 車を停めて、後からゆっくりと歩いてきたアリオスに振り向いてそう言った。 「…綺麗すぎて怖い」 ヘンだよね、と桜のアーチをアリオスと並んで歩きながらアンジェリークは呟いた。 「どっか別の世界に引き込まれそう…」 おまけにこんなに花が咲いているというのに寒い変な日だし。 「なんだ、知ってんのか? その話」 「なに?」 首を傾げるとさらりと栗色の髪が揺れた。吐く息が白くなっている。 「舞い散る桜の花びらは人を異世界へ導くんだと。 二度と帰ってこれない」 「うそ…」 背筋が寒く感じたのは気温の低さか、話の内容ゆえか。 アンジェリークはアリオスの腕に抱きついた。 「どうせ迷信だろ」 別に驚かせるつもりはなかったのだが、役得は役得として アンジェリークの肩を抱き寄せる。 「そ…だよね」 自分に言い聞かせるように少女は同意した。 しかし彼から離れる様子はなかった。 「でも…そういう話ができるの分かる気がする…」 花びらに誘われるままどこかへ行ってしまってもおかしくない雰囲気がある。 しかし怖がっていたはずのアンジェリークはくすりと笑った。 「だけど今なら怖くないな。アリオスがいるし」 「どこかへ消えるとしても一緒だろうな」 「うん。アリオスならどこでもうまくやってけそうだし?」 要領いいもんねー、と含んだ笑顔でアンジェリークは笑っている。 「…言ってろよ」 二人の視線が絡んで笑みが浮かぶ。 どちらからともなく頬を寄せ、唇を重ねた。 「…っ! ……アリオスっ…こんなトコで」 いつのまにか服の下に忍び込んだ彼の手にアンジェリークは抗議の瞳を向けた。 「桜の下でってのも風流だろ?」 背中には桜の木。両脇は彼の腕。正面は逃がさないという彼のいじわるな笑み。 「ば、ばかっ…風流もなにも…」 とんでもない理由付けにアンジェリークは真っ赤になって反論する。 しかしそんなことくらいで退く彼ではない。 「…んっ…アリオス、ずるい…」 思考が止まるくらいのキスを仕掛けてくる。 そのまま流されてしまいそうになった少女の視界の端で白いものが舞った。 「!」 桜の花びらかと思ったそれは雪だった。 「アリオス!雪だよ!」 首筋に唇を這わせていた彼にアンジェリークは楽しそうに言った。 それまでの艶やかなムードはどこかへ行ってしまった。 「寒いとは思ってたけど…雪が降るなんて…でも、なんだか嬉しいね。 得しちゃった気分」 雪が降って駆け回るのは犬だっただろうか…。 アンジェリークはまさしく子犬のように木の下から駆け、空を見渡せるところへと出た。 「俺は損した気がするがな…」 ちっと舌打ちをして彼も空を見上げた。 「すごい光景だよね…。桜と雪が一緒に舞ってるよ」 寒いのと濡れるのを防ぐためということで車の中へ戻った アンジェリークは窓に張りついて「きれーい」と外を眺めていた。 「まぁ、滅多に見られるもんじゃねぇよな」 「うん。ぱっと見、区別つかないねぇ。…そういえば桜も雪も似てるよね」 アンジェリークは窓から離れ、運転席の彼を振り返って言った。 「綺麗で、でもすぐに消えちゃうところ」 寂しげな笑みで外に視線を戻す少女をアリオスはそっと抱き寄せた。 「アリオス?」 「それでも、また来年現れるだろ?」 毎年その季節の到来と共に姿を見せてくれる。 破られることのない約束のように。 「…そだね」 アンジェリークは抱きしめてくれる腕をきゅっと掴んだ。 「私達は幸せだね。1年中会えるから…」 「アンジェ…」 「きゃあ!? ア、アリオス?」 抱きしめられ、そのまま押し倒され、アンジェリークは悲鳴を上げた。 「ちょ…ちょっと待ってっ…。なんで…」 「なんでって誘っただろうが」 可愛らしい表情と仕種で、あんなセリフを言われたらたまらない。 「そんなつもりじゃないもん」 「どっちにしろ、さっき途中で止めちまったんだ。続きしようぜ」 「や、やだっ。ここじゃやだ!」 外の桜よりも染まった頬でアンジェリークは首を振る。 「どうして?」 耳元で聞こえる低い艶やかな声にぞくりとする。 耳朶を甘く噛まれて、長い指先が素肌に触れて…鼓動が早くなる。 「だって…狭いし」 「それはそれで燃えるだろ?」 「…っ…」 拒む理由は憎らしいほど綺麗な笑みに一蹴されてしまう。 「でも…っ」 すでに半ば脱がされている服を抱きしめて真っ赤になってアンジェリークは言った。 「ここでこんなコトしたら…もう乗れなくなっちゃう…」 とても恥かしくてしばらくはこの車に乗れなくなる。 必死な表情で言う少女にアリオスは吹き出した。 理由があまりに可愛らしすぎる。 どうしてこの少女は数えきれないほど体を重ねた今もこうも純粋なのだろうか。 「…どうせ子供っぽいですよ、だ」 アンジェリークはいたたまれない気持ちで身体ごと背けた。 「アンジェ」 アリオスはそんな少女の裸の肩に口接けた。 宥めるような仕種にアンジェリークは顔だけ彼の方に向けた。 「ひとつ忠告しといてやるけどな」 「なに?」 「抵抗されるとかえって燃える」 「え…」 くっと笑う彼に反してアンジェリークは心持ち青ざめた。 その反応を楽しみながらアリオスは譲歩とばかりに提案してやった。 「ここでするのと、帰ってから『思いっきり』するのとどっちがいい?」 「………っ」 親切にも選択肢を与えてやったぜ?と微笑む彼を前に アンジェリークは悩むハメになった。 〜fin〜 |
これ…お花見創作、といって良いのでしょうか…? 裏一歩手前&夜桜というリクエストを頭に叩き込んでいたら… アリオスさんってば「花よりアンジェ」になってしまいました。 ラストの選択、アンジェはどっちを選んだんでしょうね。 続きはあなたの心の中で…てことで(笑) とむ様、いかがでしょうか…。 これは忘れもしません。 3/31の東京の出来事です。 桜が咲いてるというのに雪が降りました。 翌日から北海道旅行に行くゼミ仲間と 雪のありがたみがなくなる…と話していましたよ。 私的に夜桜の思い出は日本武道館の周辺の桜ですかね。 あの日も3/31でした(笑) ライブ終わったあとに見た夜桜がすごく綺麗でした。 昼間も綺麗だったんですけどね。 ここのイメージで書きました。 |