Treasure

「どうしたの? アンジェリーク」
目の前で手をひらひらと振られてアンジェリークはハッと親友を見た。
「あ…ごめんね。ぼぅっとしてた…」
「疲れた?」
今日はたくさんの書類に目を通したもんね、と苦笑するレイチェルに
アンジェリークは微笑んだ。
「大丈夫。あと少しだし、がんばろ?」
「オッケ♪」
そして2人は黙々と続きをこなす。
宇宙の発達に伴い、最近仕事の量が増えてきた。
今も夕食を終えてからの残業である。
ようやく全部を終わらせ、一息ついたところにアリオスが帰ってきた。

「おかえりなさい」
嬉しそうに微笑んで、アンジェリークはアリオスを迎える。
「こっちの仕事は終わったのか?」
「ええ、ついさっき」
これで今日の執務は終了だし、いつものごとく新婚バカップルな
やりとりが続くのかと思っていたレイチェルは少々驚いた。
「このデータはレイチェルに見てもらってくれる?
 私ちょっと先に行ってるね」
アリオスが現地で採ってきたデータをチェックするのはレイチェルの役目だから
それは不思議ではない。
ただいつもならそれが終わるのを待っていて、アリオスと一緒に散歩をしながら
2人の私室へ帰るはずなのだが…。
「おい、アンジェ…?」
今日はさっさといなくなってしまった。

部屋に残された2人が顔を見合わせる。
「アナタなんか怒らせるようなコトした?」
「してねーよ」
心外だ、と言わんばかりの顔でアリオスが否定する。
「だいたい、俺が戻ってきた時あんな嬉しそうな顔してたじゃねぇか」
「……ま、ね…」
事実なのだが、本人にこうも平然と言われると親友として少々癪に障る。
「それに俺が怒らせたままにしておくわけないだろ」
まず本気で怒らせたことはほとんどない。
いつも、からかって頬を膨らませる程度だ。
それもすぐに機嫌が直るし、直らない場合は直させる。

「だったらなんだろう…?」
「補佐官殿こそなんか聞いてねぇのか?」
レイチェルは首を横に振る。
「なんか…考え事してるな、て感じたけど」
「それは俺も気付いていた」
ここ数日、ふと意識をどこかにやっている少女に気付いていた。
「宇宙の育成関係でも人間関係でもこれといって問題はない」
彼女が悩むような事があるのだろうか、と密かに調査したし、
本人にさりげなく問いかけたこともあった。
しかし収穫はなかった。
「じゃあ、やっぱりアナタが嫌われただけかな…」
「どうしてそうなるんだよ」
冗談だと分かっているが、聞き捨てならないことを言ってくれる
少女にアリオスは憮然と言った。
「だってアナタ置いて帰っちゃったじゃない」
「それでもあいつが俺を嫌うことはねぇよ」
自信たっぷりで言い放つ青年にレイチェルは苦笑した。
「…ベタ惚れだもんねぇ…」



「……どうしよう〜〜〜」
話題の中心であるアンジェリークはベッドの上で仰向けになり、困り果てていた。
「黙ったままなんて無理だし……言うって決めたし…」


先日の定期検診でこっそりと女医に言われた。
「おめでとうございます」
「え?」
わけがわからず首を傾げるアンジェリークに彼女は微笑んだ。
「御子様ですよ」
「………」
きょとんとした顔で女医を見つめる。
「え、ええ〜〜〜!」
たっぷりの空白をおいてから驚きの声を上げる。
こんなに可愛らしい反応を返す、まだまだ幼い女王に手を出すのは
どうかしら、と彼女は夫である青年に心の中で問いかける。
(まぁ…アリオス様の気持ちも分からないでもないけれど…)
同性の目から見ても愛らしい少女である。

「まだまだ見た目では気付かれませんが…報告は私からしましょうか?」
この少女のことだから、おそらくなかなか言い出せないに違いない。
「あ、いえ…。アリオスには…私、から…言いたい、です……」
アンジェリークは真っ赤な顔で必死に話す。
「みなさんにも…もう少しだけ、内緒にしていてくれますか…?」
「分かりました」
その一生懸命な様子に笑みが漏れてしまう。
「きっとアリオス様も喜んでくれますよ」
励ますように肩を軽く叩き、少女を医務室から送り出したのだった。


「赤ちゃん…いるんだ…」
そっと衣服の上からお腹に触れてみるが全然分からない。
「アリオスと私の子…」
すごく嬉しい。だけど同時に怖い。
「アリオス…どう思うかな…」
喜んでくれたら嬉しい。子供なんか欲しくない、と言われてしまったら悲しい。
「どっちだろう…」
考えながら、執務の疲れのせいかアンジェリークはそのまま眠ってしまった。


「アンジェリーク」
仕事を終わらせ、部屋に戻ってきたアリオスは少女の姿を探した。
いつも駆け寄って来る少女が来ない。
…ということは考えられる居場所は限られる。
予想通り、ベッドの上に探していた少女の姿を見つけた。
「寝るならちゃんと布団かけて寝ろよ?」
軽い羽根布団を上からかけてやり、その横に腰掛けた。
栗色の柔らかな髪を梳いて呟く。
「お前、何を隠してる…?」

ふっと目を覚ますと静かに見守ってくれている優しい眼差しとぶつかった。
「あ…今、何時!?」
がばっと勢いよく起きあがる少女にアリオスは苦笑した。
「まだそんなに経ってない」
時計を見てほんの10分ほどだったと気付き、アンジェリークはほっとした。
「そっか。なんか今日は大変だったね。アリオスもお疲れ様」
「ああ」
「じゃあ、私シャワー浴びてくるね。早く寝て、明日に備えなきゃ」
「アンジェリーク」
どこかわざとらしい明るさに苛立ちを覚え、少女の細い腕を掴んで止めた。
「? アリオス、先に浴びたい?」
外まで出かけてくれたもんね、だったらどうぞ、とボケた気遣いをしてくれる。
こちらのセリフは間違いなく天然である。
アリオスはくっと喉を鳴らした。まったく、毒気を抜かれてしまう。

「どうせなら一緒がいいけどな…」
「…それはダメ」
少女を抱き寄せ、ベッドに逆戻りさせる。
膝の上に座る羽目になり、弱い耳を甘く噛まれて
アンジェリークは真っ赤になって固まった。
「アリオス…?」
次が来る(笑)、と思っていたアンジェリークはただ抱き締めるだけの
彼を不思議そうに覗きこんだ。
「アンジェリーク…」
「なぁに?」
イロイロと仕掛けてくる彼の腕はすごくドキドキするし、狂わされるけれど、
優しく抱き締めてくれる彼の腕はとても安心できる。
アンジェリークは彼の胸に頬を当て、背に腕を回して抱き返した。

「俺に隠してる事ないか?」
身体が密着しているから、少女の僅かな動揺は容易に伝わってきた。
「あの…」
アリオスの瞳が真っ直ぐすぎて…なんでもないとは言えなかった。
(今言わなきゃ…)
「この前の定期検診の時……先生に言われたの」
彼の真剣に聞いてくれる表情に、大丈夫だからと心の中で呟く。
(アリオスなら受け止めてくれる)
だが、告白しようと決めた瞬間に不安が走る。
思い出すのは先週の日の曜日のデート。
「……っ。……体重、ちょっと増えちゃった…」
「はぁ?」

もっと重大な告白だと思っていたアリオスは拍子抜けした。
実際の隠し事は本当に重大ニュースなのだが…。
「…重いでしょ? も、下ろして…」
俯く少女をまじまじと眺め、ポツリと言った。
「どれくらいだ? 変わったようには思えねぇ」
相変わらず少女の身体は羽根が生えているかのようだし、
抱き心地も変わらない。
むしろ最近忙しい執務と、それなのに減らない運動量(笑)のおかげで
少し痩せたか、と思っていたくらいだ。
「…1kgくらい」
「別に気にするようなことじゃねぇと思うけどな」
「男の人には分からないもん…」
アリオスは少女の機嫌を直すため、横を向いていたその頬に口接けた。




翌日の昼休み。
執務室に戻ってきたアリオスはレイチェルに迎えられた。
補佐官殿1人だけ。
「あれ? どっかで待ち合わせでもしてたんじゃないの?
 アンジェ、すぐに出かけたよ」
「………」
アリオスは腕を組んで、静かに息を吐く。
「あの馬鹿…。やっぱりまだなにか隠してやがるな…」
金と翡翠の瞳がきらりと鋭く輝いた。
「行ってくる」
「……。ちゃんと聞き出してくるまで戻ってこなくてもイイよ。
 てゆーか、いい加減気になるから聞き出すまで戻ってきちゃダメ☆」
「…了解」
実はなんにも話してくれない親友にレイチェルも密かに限界にきていた。
アンジェリークに関しては息の合う2人が強く頷き合う。


「ああ〜…。私のばかぁ……」
一方、アンジェリークは1人で膝を抱えていた。
もう何度目の溜め息かわからない。
「本当にな…」
「っ! …アリオス」
どうしてここが分かったのだろう、と見上げてくる少女にアリオスは
不機嫌な表情のまま言ってやった。
「お前、なんかあったら大抵ここにいるだろ」
約束の地に。
険しい表情に彼の怒りをひしひしと感じて、アンジェリークは後退るが
あいにく背が大樹の幹に当たり、これ以上は逃げられそうもない。
しゃがみこんでアンジェリークと目線を同じくするアリオスから慌てて視線を逸らす。

「いい加減にしねーと怒るぞ」
「…アリオス、もう怒ってる…」
「ほぉー。口答えする余裕はあるわけだ」
優しく少女の頬に触れ、自分の方を向かせる。
その優しい仕種が余計にアンジェリークを怖がらせる。
耳を伏せた子犬のようにびくびくする少女を見つめ、アリオスは言った。
「俺にも言えねぇようなことなのか?」
その声は先程とうって変わって静かで真摯だった。
「俺じゃ頼りにならないか?」
大事な女が悩んでいるのに何もしてやれないのか?
そう尋ねる彼の方が苦しそうだった。
「そ、そんなことないっ。アリオスはとっても頼りになるわ。
 あなたは何があっても私の為に動いてくれる…信じてる」
「だったら…」
泣きそうな顔で否定してくれる姿を愛しく思いながら彼女の言葉を促した。
「言えよ。黙ってんのもそろそろ辛いだろ?」
すごく穏やかで優しい声だった。
そっと包みこんでくれる彼の腕をきゅっと掴み、その胸に囁いた。
「…………の…」
「?」
小さすぎる囁きは彼の耳には入らなかったらしい。
アンジェリークは真っ赤な顔で、今度はアリオスの耳元で囁いた。
「…赤ちゃんが、いるの」

「本当か!?」
一瞬、表情が固まったアリオスはすぐにアンジェリークの顔を覗きこんだ。
「うん」
「なんでさっさと言わねーんだよ」
「アリオス…困るかな、て…」
「困るかよ。こんな嬉しいこと」
彼の表情は本当に嬉しそうだった。
アンジェリークはほっとした様子で再度尋ねる。
「…嬉しい?」
「当たり前だろ?」
「よかったぁ……」
くたりと彼の胸に身体を預け、アンジェリークは大きく息を吐いた。

「どうしてそんなに躊躇ってたんだ?」
アリオスはしっかりとアンジェリークを抱き直しながら首を傾げた。
「だって…」
「困る理由なんかないだろ? 俺達結婚もしてるし」
夫婦の間に子供が出来ることは当たり前である。
「やることやってんだしな」
むしろ出来て当然だろう、と。
「……そう、だけど…」
平然と言われた言葉にアンジェリークは頬を染めた。
できればもう少しデリカシーというものを交えて言ってほしかった…。





話は先週の日の曜日に戻る。
静かな、誰もいない野原でゆっくりと過ごしていた。
そこへ珍しく人の声がしたのだ。
アリオスはアンジェリークの膝枕から起き上がった。
「珍しいな…」
「本当ね」
何もない野原に来る者など自分達くらいだった。
その珍しい来訪者は小さな子供達。2人の姿を見つけると駆け寄って来る。
「おねーちゃん達、デート?」
おさげの可愛らしい女の子が無邪気に尋ねる。
「え、ええ…」
「そうだぜ。だから邪魔すんなよ?」
「アリオス…」
子供相手にアリオスはアンジェリークを抱き締め、そんなことを言う。

「僕達もデートなんだ」
小さな男の子は自慢げに胸を張る。
「ここ、いっぱい花が咲いてるから喜んでくれるって思って」
「そうね、ここは素敵だもんね…」
そんな仕種が可愛くて、アンジェリークは微笑みながら頷いた。
「おねーちゃん、ダブルデート、しよう?」
一目でアンジェリークとアリオスを気に入った彼らはそう提案した。
アンジェリークに向けて言ったのは、おそらく彼女に言った方が
承諾してもらえるから。アリオスに言ったら絶対断られる。
「ダブル、デート…って…」
ぱちぱちと瞬くアンジェリークは後ろのアリオスの溜め息を聞いた。
「どこでそういうこと覚えてくんだ…。ませガキが…」

結局はデートというよりも家族4人でピクニック、の雰囲気だった。
日が暮れる前に子供達を帰した2人はもう少しだけ、その場にいた。
「あー、疲れた。どうして子供ってのはあんなに元気なんだ…」
「アリオス、良いパパぶりだったわよ?」
彼らの遊び相手をしてぐったりしている彼にくすくすと笑う。
「嬉しくねぇ…。もともとガキは苦手なんだよ。
 なのにやたら懐かれるし…」
「本当は優しいの、見抜かれちゃうのよ。きっと…」
「………。もう当分ガキの相手はしたくねーな」
うんざりした顔でアリオスはそう言ったのだ。




「アリオス…子供苦手だって…言ってたじゃない…?」
だから報告するのを躊躇ってしまった。
「それが理由か?」
「私はすごく嬉しいんだけど…アリオスはヤかなぁ…て思っちゃって」
アリオスは脱力したようにアンジェリークの肩に頭を乗せた。
「アリオス?」
銀色の髪が少女の頬をくすぐる。
「ばーか。あれはよそのガキの場合だよ。
 俺とお前の子だぜ? 二つ目の宝ができて嬉しいぜ」
「二つ目?」
「一つ目はお前だ」
誰にも譲れない宝物。生涯かけて守り通す。
アンジェリークは感激に瞳を潤ませる。
「アリオス大好き〜」
ギュッと抱きつく少女を受け止め、苦笑しながら囁いた。
「だったら約束しろよ?」
「何を?」
「子供にかまけて俺をほったらかしにすんなよ?」
どこかかわいい独占欲にアンジェリークはくすくすと笑い出す。
「しないよ。だってアリオスも私の宝物だもの」
いつまでも笑い止まないアンジェリークを止めるため、アリオスは軽く唇を重ねた。



「おめでとう〜。なんだそれならそうと早く言ってくれればいいのに♪」
その足で執務室に帰り、レイチェルにも報告した。
自分のことのように喜んでくれたレイチェルが、ふいにわざとらしく溜め息をついた。
「確かにおめでたいけど…さらに子供が増えるのかぁ…」
「さらに…って? 他にも赤ちゃん生まれるの?」
首を傾げるアンジェリークにレイチェルは微笑んでみせる。
「ここにおっきな子供と小さな子供がいるじゃない」
レイチェルは面倒見るのが大変だなぁ、とぼやいている。
執務室にいるのはレイチェルとアンジェリークとアリオス。
つまり彼女が指しているのは…。
「わ、私子供じゃないもんっ」
純粋さゆえのお子様。
「こいつはともかくどうして俺もなんだよ」
アンジェリークに関しては融通のきかない駄駄っ子。
「わかんないなら別にいいけどー」
彼らの中で最年少の少女はにっこりと笑った。

「それはともかく、教育係は私ね」
やる気満々の瞳でレイチェルは宣言した。
「それは嬉しいけど…なんで?」
確かに教師として申し分ない知識を持っているが、タダでさえ忙しい身なのに…。
「もしアナタそっくりのかわいい女の子だったら立派なレディになるよう教育するしー…」
楽しそうに言葉を続ける。 
「ダンナそっくりの男の子だったら…素直でかわいい〜性格に育ててみせるから!」
「…レイチェル…」
「見てみたいと思わない?」
外見はアリオスそっくりで中身はアンジェ並の可愛らしさ。
アンジェリークはちらっとアリオスを見て、また視線を戻す。
「ちょっと…見てみたいかも…」
「お前らなぁ…」
アリオスが大きく溜め息をついた。
「育てんのは俺らだ。お前の好きにさせるかよ」

それでもすでにアンジェリークは『可愛らしいミニアリオス』を想像し頬を染めている。
レイチェルの煽動はかなり強力らしい。
やはり影の支配者は彼女かもしれない新宇宙だった。


                                           〜fin〜

 

お待たせしました、ふゆさま。
相変わらずこの設定だと平和でほのぼの〜、という
雰囲気でしょうか…?

ところでふと思ったんですが
女王陛下な時に出産できるんでしょうかねぇ…。
まぁ、オリジナル設定、ということで。

アンジェリークが悩む理由を作るのにちょっとだけ悩みました。
結婚する時にはまだ子供いなかったし、
結婚後の話しかないよなぁ…と。
でも、基本的に私はアリオスと同意見なので〜(笑)
なんとか作った理由…ベタかもしれませんがこれが精一杯。。。
アリオスなら言われる前に気付きそうだな、とも
思いましたが今回は気付かないままでいてもらいました。

 

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