You are my ...
レヴィアスは通い慣れた喫茶店の奥のテーブルにノートパソコンを置き、 仕事をしながらアンジェリークを待っていた。 基本的にレヴィアスは自宅で仕事をするので、アンジェリークが学校から直接 彼の家に来ることも多かったが、ここで待ち合わせることも少なくなかった。 「そろそろあの子も帰ってくる時間ね〜」 「そうだな」 ふわふわの金の髪をした店主がレヴィアスにサービスで2杯目のコーヒーを 出しながら微笑んだ。 そのままカウンターに戻らずにこにことレヴィアスを見つめている。 「なんだ?」 「窓の外見る回数が増えてきてるわよ」 「……放っておけ」 客が多すぎず少なすぎず、落ち付ける店内。商品の味も申し分ない。 気分転換に外で仕事をするにはちょうど良い場所だと思った。 なによりもここに自分が訪れると愛しい少女が喜ぶ。 すぐにこの喫茶店は気に入りの場所の一つになった。 ただ一つ、店主が愛しい少女の母親だということを除いては…。 レヴィアスはふいと彼女から視線を逸らしコーヒーカップに口をつけた。 仲が悪いわけではないが、時々やりにくさを感じる。 もとよりこの自分相手にからかおうと企むつわものは目の前の人物以外 いなかった気もするが…。 「ふふ、そんなに怒らないで? ちょっとからかっただけじゃない〜。 それより良いお話があるんだけど?」 「本当に良いかどうかは怪しいがな」 向かいの席にちゃっかり座って頬杖をついている、少女とも見紛う 人物にレヴィアスは溜め息まじりに答えた。 「良いお話だってば。あのね、今度ちょっとうちの会社の方で 新しいプロジェクトがあって…それの下見で夫と私とで出かけてくるの」 ちなみに彼女の言う会社、というのはこの喫茶店の事ではない。 彼女は大企業の社長令嬢だった。 本当は会社を継ぐ事も噂されていたらしいが、優秀な伴侶を見つけた為、 会社はほぼ彼に任せて彼女自身は趣味で喫茶店をやっているのだ。 ただまったく企業にノータッチというわけでもなく、要所要所で関わっている。 どうやら今回もそれらしい。 「1週間か2週間。もしかしたらそれ以上になるかもしれないんだけど…。 学校あるからあの子連れてくわけにもいかないし、 一人でお留守番させるのも可哀想だから…」 にこにこと微笑みながら彼女は娘の恋人に言った。 「あの子のことお願いしてもいいかしら? 貴方がうちに来てもいいし、あの子を連れていってもいいわ」 「………」 突然の申し出に珍しくレヴィアスは返す言葉を探してしまった。 「…普通、そういうことを言うか…?」 確か厳格な少女の父親の激しい主張により今まで外泊は禁止されていたはずだ。 「だって〜、せっかくのチャンスじゃない? あの子の場合、親に内緒でイケナイことするよりOKもらってた方が 気にせずにすむと思って」 「………そうだろうな」 彼女の言うことは事実だろうが、それにしても率直過ぎて返答に困る。 「それに意外に貴方も約束守ったからもういいでしょ、とも思ってね。 あの人の説得は私に任せてv」 「意外だったのか?」 青年の問いに少女のような外見の彼女はこくりと頷く。 「他人の口出しは気にしない方だと思ったわ」 「…それは事実だがな…。 俺はそうだが、あいつは俺と父親の間で板ばさみになるだろう?」 だから少しくらい待ってやってもいいか、とレヴィアスは気長に構えることにしたのだ。 我ながら信じられないほど健全な付き合いをしていると呆れもしている。 「きっとそうよね。ふふ、なんだかあの人よりも貴方の方が大人みたい」 くすくすと笑う彼女はあら、と窓の外を見た。 「取り引き先の人が着いたみたい」 店の駐車スペースにあるレヴィアスの車の隣に それに負けないくらいの高級車が停まった。 「これから見積もりの打ち合わせなのよ」 お茶の約束してたのよ、と聞き間違えたのかと思うくらい気軽に言う。 「南の島のリゾート計画なんだけど『自然をそのままに』がキャッチコピーで けっこう大変なのよね」 「俺には楽しそうに見えるが」 「ふふ、下見とは言え素敵なビーチに行けるんですものv」 気に入ったら滞在期間が長くなるから娘をよろしくね、と微笑む。 「……しばらく帰ってこなくていいぞ」 実家のビジネスといい、喫茶店経営といい、本当に趣味を仕事にしている いい性格だと溜め息をつきたくなる。 それがすべて上手くいっているのだから驚きである。 彼女が関わったプランに失敗はないというのだから ふわふわした外見からは信じられないような才能があるのだろう。 (あいにく娘の方はふわふわした雰囲気だけが受け継がれたようだがな…) 愛しい少女を思い浮かべ、レヴィアスは苦笑した。 突然の依頼だが、しばらく少女と2人きりで暮らせるというのも悪くない。 きっと楽しいだろう。 意外に楽しみにしている自分に気付き、心地良い驚きを覚える。 自覚していた自分の性格はもっと感情の起伏はなかったはずだ。 窮屈な屋敷と人々に囲まれ、いつもどこか冷めていた。 それを突然現れた少女が変えてしまった。 「!?」 「あら?」 レヴィアスの瞳が細められるのと可愛らしい店主が気付くのが同時だった。 今到着した車の運転席から現れたのは仕立ての良いスーツに身を包み、 長めの髪を流した青年。明るい笑顔で助手席のドアを開けてやっている。 そんな彼に母親譲りのふわりとした笑顔でお礼を言いながら 降りてきたのはレヴィアスの待ち人だった。 「あれ、店閉めてたんとちゃう?」 店内に入り、レヴィアスがいるのを見つけて彼は首を傾げた。 「彼は特別なお客さまなのよ。アンジェのね」 「へぇ〜、えっらい男前捕まえたなぁ。アンジェちゃん」 「チャーリーさんっ、レヴィアスは…そんなんじゃ…」 ここで照れてしまって口では否定しかけてしまうのがアンジェリークである。 しかし、その表情を見れば一目瞭然である。 「レヴィアス…? よろしくな」 チャーリーはその名に聞き覚えがあったらしく、一瞬頭の中を探していたようだったが 思い出せなかったようすで、すぐに明るい表情で笑った。 「ああ」 「じゃな、アンジェちゃん。俺は打ち合わせしてくるわ」 「はい、ありがとうございました」 アンジェリークの予想外の登場と見知らぬ青年の登場はレヴィアスには面白くなかった。 「帰り道の途中、ほら、レヴィアスと初めて会ったあの大通りの ところでチャーリーさんに会ったの」 クラクションに驚いて振り返れば彼がひらひらと手を振っていた。 「行き先がうちだし、乗せてくれるって言うからお言葉に甘えちゃった」 奥の席で書類を広げている母親とチャーリーを見ながらアンジェリークは説明していた。 「ずいぶん親しいようだな」 「うん。けっこううちの会社と友好関係あるらしくてしょっちゅう出入りしてるよ」 レヴィアスの不機嫌の理由には気付かずにアンジェリークは楽しそうに続ける。 「実は社長さんなのよ。そう見えないでしょ?」 今日なんか自分で運転してきたし、とアンジェリークは苦笑する。 仕事はできるが奔放な社長に部下達は別の苦労が多いと聞いた。 「何度か一緒にごはん食べに行ったりしたけど楽しい人だよ」 とどめの一言を言ったことにすら気付かず、アンジェリークはにこにこと立ち上がる。 「ちょっと待っててね。制服着替えてくる」 「必要ない。行くぞ」 「え? れ、レヴィアス…?」 仕事道具…ノートパソコンを片手にレヴィアスは出口へと向かっていた。 「だって…」 まだ自分は着替えていない。 いつもはこうしてちょっと話して、着替え終わるのを待ってくれて、 それから出かけていたのに…。 自由業の彼が時間に追われているということは締切前を除いてない。 (どうして〜?) 困惑して、自分の部屋にも行けず、彼の後を追うこともできずに立ち尽くす。 「アンジェ…」 「え〜…と…なんで、急いでるの…?」 「………」 レヴィアスは呆れたような溜め息をつくと実力行使に出た。 「いいから行くぞ」 ひょい、と荷物のようにアンジェリークを小脇に抱えて歩き出す。 「ひゃ…レヴィアスっ! 離してよぉ〜」 アンジェリークはじたばたと暴れるがレヴィアスはびくともしない。 「暴れると落ちるぞ」 例えもう片方の手に持っている商売道具を落としても、決してアンジェリークを 落とすことはない男はあっさりと意地悪げに言う。 彼の言葉にぴたりと止まったアンジェリークだが、またすぐに暴れ出す。 「落としていいんだってば〜。下りるって言ってるのに〜」 「あらあら…」 なにやら騒がしくなった店内に目を向けてアンジェリークの母親は瞳を輝かす。 「痴話ゲンカは2人っきりの時にお願いしたいんやけど…」 「そのケンカの原因のクセに」 苦笑するチャーリーに彼女も微笑む。 「レヴィアス」 出ていこうとする彼らに楽しそうな声をかけた。 「私達、出発は明日なの」 一瞬、驚いたように片眉を上げたレヴィアスはすぐにいつもの表情に戻った。 「承知した」 「よろしくね。アンジェ、いってらっしゃいv」 「マ、ママ〜?」 2人の会話の意味が分からないアンジェリークは「?」をばらまきながら レヴィアスに連れていかれた。 「レヴィアスっ!」 助手席に放り込んで、さっさと車を走らせるレヴィアスに アンジェリークは頬を膨らませて抗議する。 「どうしちゃったのっ? 今日なんだかヘンだよ」 しかしレヴィアスは無言で運転を続けている。 しばらく待ってみても答えてくれる気はなさそうである。 「なんで…怒ってるの…? 私、なんで怒らせちゃったの…?」 突然の理不尽な扱いに怒っていたものの、今では不安の方が大きいらしい。 再度の問いは涙混じりだった。 レヴィアスは内心溜め息をつく。 怒らせたかもしれないと思うくせにどうしてその原因がわからないのだ、と。 鈍い少女らしいと言えばらしいのだが…。 「………」 レヴィアスは車を道の端に寄せた。 「レヴィアス…」 潤んだ瞳で見上げるのも、縋るように名を呼ぶのも卑怯だと思う。 それだけで許してしまいそうになる。 「アンジェリーク…」 少女の名を呼べば怯えたように竦められる華奢な肩。 抱きしめてやりたくなる。 そもそも自分が勝手に嫉妬しただけなのだ。 少女に他意はないというのに。 それでも譲れない部分がある。 はっきりさせておきたい点があった。 「アンジェリーク。お前は俺の何だ?」 「え…?」 見つめ合いに負けて俯いたアンジェリークの頬に触れ、顔を上げさせながら問う。 さらに至近距離で見つめることとなった金と翡翠の瞳が答えを求めている。 しばらく躊躇った後にアンジェリークは呟いた。 「…恋、人…?」 もしかしてもう許されない肩書きなのか、という思いが少女の答えを疑問形にする。 レヴィアスからしてみればどうしてそこで自信をなくすのだ、と頭を抱えたくなってしまう。 どちらかと言えばレヴィアスの愛情表現はストレートである。 それはもう、疑う余地もなくなるぐらいに…。 なのにこの少女はそれでもまだ不安になるらしい。 (まだ伝えきれていない…ということか…) レヴィアスは小さく息をつくと、アンジェリークの髪を梳いた。 「それだけか?」 「…えと…その……」 頬を染め、先程以上に躊躇って小さな声で囁く。 「……婚約者……」 アンジェリークの卒業と同時に結婚する約束をしている。 すでに少女の両親も承諾済みである。 婚約指輪もさすがに学校でつけることはできないが肌身離さず持っている。 「なんだ…分かっているじゃないか」 「え、え…?」 優しく抱き寄せられ、アンジェリークは彼の腕の中できょとんとする。 「そうチャーリーに言ってやればいい」 「あ…」 その言葉でレヴィアスの不機嫌の理由が分かった気がした。 あの時の自分は照れてしまい、恋人であることすらはっきり言えなかったのだ。 逆の立場だったら確かに…ちょっと寂しい。 「ごめんね」 謝罪と共にやわらかな唇がレヴィアスの頬に触れる。 「あの…今度は、ちゃんと紹介するから…」 「ああ」 少女らしい可愛らしい償いにレヴィアスは苦笑した。 深くなくてもいいから唇に欲しかったところだが…。 「照れて言えなかったとはいえ、お前に関係を否定されたうえ あいつとの仲の良さを教えられてはさすがに傷つくぞ」 「う…ごめんなさい…」 しかし、しっかり妬いて機嫌を損ねたレヴィアスがアンジェリークを 振り回していたのも事実で…。 だからきっとこれくらいでおあいこだろうと自分を納得させる。 「俺もお前を泣かせてしまったな…」 わずかに残る涙を指先で拭い、そっと唇を重ねた。 「レヴィアス…」 「これで許せ」 「うん」 アンジェリークと同じように謝罪のキスを送った。 「ん…レヴィ、アス…も…」 苦しいよぉ、と色気のない抗議をする少女にレヴィアスは苦笑する。 やはり触れるだけのキスでは物足りなかったか、しばらく車内で 恋人らしいキスを繰り返していた。 「くっ、息継ぎの余裕くらいは与えているはずだがな」 「なっ…」 余裕有り余るその涼しい笑みが好きだからこそ憎らしい。 上気していた頬がさらに赤く染まる。 「も、も〜知らないっ。キスしないっ」 ぷいと顔を背ける少女を抱きしめながらレヴィアスは可笑しそうに喉で笑った。 「それは無理だな」 「なんでよぉ」 自信たっぷりに耳元で囁かれ、アンジェリークはきゅっと瞳を閉じながら尋ねた。 「お前をしばらくうちで預かることになったんでな。 触れない自信はないぞ」 「…ふ、触れない自信…って……」 きっぱり手を出す宣言をされてアンジェリークはうろたえた。 おかげでその前のセリフの意味に気付くのが遅れた。 「……あれ? レヴィアスのうちで預かる…って…私を?」 どういうこと?と首を傾げる。 「聞いてなかったのか?」 尋ねたらレヴィアスの方が不思議そうな表情を見せた。 「いつ帰ってくるか未定だそうだが、仕事で両親揃って 明日から南の島へ行くんだろう?」 「な、なにそれ〜?」 今初めて知ったアンジェリークは絶叫した。 「あ〜、だからママ、私達がお店出る時なんか企んでるような笑顔だったんだ〜。 しかもレヴィアスには言ってなんで私には言わないのよ〜」 「俺に訊かれても困る」 だいたいあの人物の考えていることは読みにくい。 「絶対、仕事とか言いながら南の島を満喫してくる気だよ。ずるい〜」 「だろうな…」 どう見ても彼女の表情は出張というよりは旅行前のそれだった。 「まぁ、帰ってくるのが遅くなればそれはそれでかまわないがな」 「? ……あ…」 一瞬遅れて彼の笑みを理解したアンジェリークはどんな表情をしたらいいのか 分からない、というような表情でレヴィアスを見つめ返した。 「俺がどれだけお前を愛してるか…どうやらまだ伝わってなかったらしいしな」 意趣返しとばかりに微笑む彼に思わず見惚れて、 慌ててそれどころじゃないのだ、と思い直す。 「あ、あの〜…レヴィアス…?」 「今度はちゃんと教えてやる」 「………」 恐る恐る尋ねれば、きっぱり逃がさないと言われてしまった。 アンジェリークは返答に困ってしまい、ひたすら視線をさまよわせた。 そんな少女の仕種を楽しそうに眺めた後、レヴィアスは車を再び走らせた。 「どうした? 着いたぞ」 屋敷に着いたものの降りようとしないアンジェリークに すでに降りていたレヴィアスはドアを開けてやった。 「レヴィアス…」 「なんだ?」 挑戦するような眼差しをレヴィアスは受け止めた。 「貴方は、私の、何かな?」 その問いかけにレヴィアスは一瞬止まった後、ふっと笑った。 「お前の恋人で、婚約者で…」 ふわりとアンジェリークを抱き上げ、柔らかく微笑む。 「誰よりもお前を愛している…お前の虜だ」 告白という名の降伏。 「……レヴィアス…」 アンジェリークは想像以上の答えをもらい、何も言えずにただ彼の名を呼んだ。 きゅっと彼の首に嬉しそうに抱きつく。 「大好き〜」 「アンジェ…」 愛情表現がまだまだ幼いようにも思えたが、これはこれでいいかと レヴィアスは穏やかな表情で苦笑した。 「だからね…。その…ゆっくり、教えてね」 はにかんで紡がれたその言葉の意味を悟り、レヴィアスは微かに瞳を見開く。 幼い面も残しているくせに、こうして時々はっとさせられる。 「ああ。お前の望むように…」 自分と付き合いはじめてから少女が成長しているのもまた確かで…。 少女と出会ってから自分が変わっていくのも真実で…。 だからこそ、きっと2人で暮らす生活は面白いだろう。 「楽しみだねv 期限付きだけど一緒に暮らせるなんて」 アンジェリークも同じようなことを考えていたらしい。 頬を染めながら微笑んで言った。 「そうだな」 軽く頬に口付け、レヴィアスはアンジェリークを抱いたまま玄関へと向かった。 これから3週間。 新婚カップルも顔負けな甘い生活が続いたとか。 〜 fin ? 〜 |
本っ当にお待たせしました。ゆきえさま。 レヴィアンでパラレル…本サイトでは花葬しかなかったんですよね。 こういうバカップルっぽいのはいかがでしょうか…。 タイトル、my ... の続きは アンジェやレヴィアスさんのように お好きな言葉を入れてくださいませ。 今回、『レヴィアスの嫉妬』がテーマでしたが 私的サブテーマとしてレヴィアスの 降伏宣言も書きたかったのですよ(笑) 妬いてんのを認めてるんだからここで言ってもらおう、と。 彼が唯一素直に降伏する相手じゃないでしょうかねぇ。 アンジェは。 |