Angel kiss
「…おい」 そろそろ日が暮れる頃、アンジェリークを寮へと送る途中 アリオスは半分呆れたような表情でふいに立ち止まった。 「きゃ…?」 つないだ手のおかげでアンジェリークもその場に立ち止まらざるを得ない。 「もぉ…こんな人通りの多いとこで急に止まっちゃ…」 「今日はどうしたんだ?」 アンジェリークの抗議を質問で遮る。 「どう…って?」 アンジェリークは聞き返しながらも思いきりうろたえる。 「なんか落ち着きねぇぞ。他に用事でもあるのか?」 「別に…なんでもないよ?」 泳いだ視線で微笑んでみても説得力は欠片もない。 もともと隠し事のできないタイプなのだ。 何か隠してます、と言わんばかりの表情で平静を装おうとしている アンジェリークの髪をかきまぜ、アリオスは苦笑した。 「ならいいけどな…」 さして切羽詰まったようすは見られない。 深刻な悩み事ではないのだろう。 (いけないいけない…。アリオスってば鋭いもんね…) アンジェリークは整った横顔と艶やかな銀髪を見上げながら 気を付けなきゃ、と心の中で呟く。 絶対に彼に感付かれたくない。 「くっ、なに見惚れてんだよ」 あまりにもじっと見つめるものだから、ついからかいたくなってしまう。 「…見惚れてないもん」 「そうかよ?」 わざと顔を寄せれば頬を染めておろおろする。 どんな美人でも3日もすれば見慣れるという言葉があるが、 この場合当てはまらないらしい。 アンジェリークはいつまでたってもドキドキする。 彼の表情ひとつ、仕種ひとつに振り回される。 それを時々分かってやってる意地悪な彼だということに 気付いていないあたりが、さらにからかわれる原因でもあるのだが…。 「アリオス〜〜(///)」 困った顔で視線を返すのが可愛らしい。 アリオスは喉で笑うとついでとばかりにその頬にキスをした。 「っ! ア、アリオスのばかぁっ。もう知らないっ」 数歩分だけ先を歩く少女の後ろ姿を見ながらアリオスは息をつく。 お姫さまのご機嫌を損ねたおかげでこうなってしまったのである。 それでもちゃんとついてきているかしらと頻繁に後ろを振り向く仕種が たまらなく愛らしい。 (気にするくらいならさっさと許せばいいのにな) 惚れられた強み、とでもいうのだろうか。 …怒らせることをしておきながらこれである。 もともと彼女も本気で怒ってるわけではないのだが、きっかけが掴めないのだろう。 しかし、少々気にかかる。 いつもなら頬を染めて睨まれるくらいですんでいたはずだった。 (今日ようすがおかしかったのと関係あんのか?) 結局、そのまま歩いて交差点の信号待ちで追いついた。 ぽんと栗色の頭の上に手の平を置く。 「そろそろ機嫌直せよ」 「〜〜〜」 アンジェリークはむ〜と上目遣いに睨みながら返答に困っている。 「いつものことだろ」 「…そう…なんだよね…」 アンジェリークは諦めにも似た溜め息をつく。 人前でのスキンシップに抵抗があるのに、かまわず彼が仕掛けてくるのは いつものことで…。 そんな少女の性格を分かってるから頬へのキスにとどめているあたりが 彼の譲歩だということも分かっていて…。 結局、許してしまう。 恥ずかしくて困るけど触れられるのはいやじゃない。 …嬉しいかもしれない。 だからこそ思う。 「アリオスの…バカ…」 頬を膨らませてアンジェリークは呟く。 「どうして、アリオスは…そういうコト平気でできちゃうの?」 「お前が好きだからに決まってんだろ」 「っ…」 ぱっと顔を赤らめた後、アンジェリークは意外にもさらにご機嫌斜めな顔になる。 「なんだよ?」 「じゃあ…そういうコトできない私はアリオスのこと、好きじゃないみたいじゃない…」 「………?」 信号が変わって歩き出す少女を眺めながらアリオスは首を傾げた。 さっきの件はもうすでに怒っていないようすなのに なぜいまだに機嫌が悪いのかが分からない。 そしてアリオスはどちらかといえば気が長い方ではないから…。 「アリオス!?」 少女の肩を抱き、進行方向を変えた。 寮への帰り道ではなく、彼のマンションへと。 「不機嫌の理由を聞くまで帰さねぇ」 せっかくのデート、自分がからかって怒らせているならともかく、 身に覚えのない事で少女の機嫌が悪いのは気に入らない。 原因がわからないまま別れるつもりはなかった。 「で? さっさと白状するんだな」 腕を組んで向かいのソファに座るアリオスを見ながらアンジェリークは 困った表情で答えあぐねている。 「俺がなんかしたか?」 「ううん。アリオスはなにも悪くない」 「だったら学校でなんかあったか?」 それにも首を振るばかり。 「本当に…なんでもないのよ? そういうんじゃないの。…ありがとう」 心配ないよ、と微笑んで見せる。 逆にアリオスは長い前髪をかきあげ、眉を顰める。 「なんでもないのに今日ずっと上の空だったってわけか?」 「上の空なんて…そんなことないよぉ」 「じゃあ言い方変えてやる。 なんか別のこと気にかけてるみたいだったぞ」 アリオスの言葉にアンジェリークはぎくりと固まる。 「…そんなことないもん」 視線を落としたはずみに腕時計の針が視界に入る。 「あ、もうそろそろ帰らなきゃ…」 ちょっと苦しいかな、と思いつつそれしか逃げる理由が思いつかなくて 使ったコーヒーカップを持って立ち上がった。 「アンジェ…」 「本当に、なんでもないの。 アリオスが心配することなんにもないよ」 不覚にもこうと決めたら意外に強情な少女から聞き出すことはできなかった。 玄関先でアリオスは溜め息をついた。 日も暮れた今、1人で帰すつもりはないので車で送るところである。 「だったらいいんだがな…ったく俺にも言えねぇことかよ」 「だから本当に言うようなことじゃないんだってば…」 憮然とする彼にアンジェリークは苦笑する。 自分を心配してくれているのが分かる。 黙っているのは悪いかな、と思うけれど言えない。 アンジェリークは靴を履くため屈んだ彼の隣りで視線の高さを合わせた。 「ね、アリオス…」 「あ?」 不機嫌そうな声で、でもちゃんとこっちを向いてくれる。 それだけなのに嬉しい。 アンジェリークはきゅっと彼の襟元をつかんで、そっと薄い唇にキスをした。 「!」 「あ、あのっ…だから…その…っ。 いっつもアリオスからしかしないし…。 でも、ちゃんと私からだってしたいしって思って…」 初めての彼女からのキスに驚きに目を見張るアリオスの前で アンジェリークは彼以上に動揺して弁解している。 「今日は…絶対、私からしようって思ってたの…」 湯気が出そうなほど真っ赤な顔を俯いて隠す。 つきあいはじめてしばらくして、アンジェリークがこうして密かに決意したものの… 暗いからチャンスだろう、と思ってた映画館では いくら暗くても人がたくさんいる、ということでくじけ…。 その後に入ったカフェではちょうど店の奥の席で死角だし 今度こそ、と思ってたのにテーブルを挟んだ距離というのは意外に遠くて挫折した。 どうして彼はいつもあんなに簡単にできるのだろう、と思った。 そして最後のチャンスが移動中。 しかし人の往来があるところではとてもできないし、なにより身長差が痛かった。 多少ヒールのある靴を履いていても彼にキスするには屈んでもらうか、 かなり頑張らないと無理である。 「アリオス…私、今日は変だったって言ったじゃない?」 「…ああ」 やっと納得いったとアリオスは頷いた。 今日ずっと感じていた違和感はタイミングを一生懸命見計らっていたからである。 「もぉ〜…笑わないでよ〜」 自分にキスするために必死になっていたのだ。 肩を震わせて笑うアリオスをアンジェリークは頬を染めたまま睨む。 「しようと頑張ってたのに全然できなくて…なのに アリオスがあっさりしちゃうんだもん」 「くっ…悪ぃ」 それであんなに怒ったのか、と今なら分かる。 「確かに…どんなに問いつめても言えるわけねぇよな」 キスしようとしてた、なんて本人に向かってこの少女が言えるわけがない。 「そこまで笑うことないじゃない〜」 依然と笑いやまないアリオスにアンジェリークは頬を膨らませる。 「ひどぉい…。するんじゃなかった…」 せっかく勇気を出したのに。 そりゃあこんなところでムードも何もなかったしで減点かな、とは思うけど。 呟いて拗ねる少女をアリオスは強く抱き締めた。 「お前、どうしてそんなに可愛いんだよ?」 「っ!」 突然の殺し文句に言い返す間もなく唇を奪われた。 「…ンっ…ふ……アリ、オス…?」 息さえまともにできない激しさに戸惑いを隠せない。 深さを角度を変えて何度も重ねるそれに終わりがないのでは、と思う頃…。 ガチャリと音を立てて玄関のドアが開いた。 アリオスとアンジェリークが室内にいる今、それができるのは1人だけである。 ここに住んでいるアリオスの弟、ゼフェルはドアを開けて凍りついた。 確か…今日は外でのデートでここに泊まる予定はなかったはずだが。 (俺か? 悪いのは俺か?) 不可抗力だろうと思うのだが、むしろこんなところでいちゃついてる2人が悪いと 思うべきなのだが…。 とっさにそう思ってしまったのは兄の教育の賜物だろう(笑) 「あ…ゼフェル…」 アンジェリークが真っ赤になってアリオスからぱっと離れた。 「よぉ、お早いお帰りだな」 対称的にアリオスは涼しい顔で弟を迎える。 それが余計に恐ろしい。 「あー、えーと…」 ここで回れ右して逃げるべきか謝るべきか…ゼフェルが迷っていると 天の助けか、アリオスの携帯が鳴った。 ちょっと待ってろ、と合図して移動する兄を見送りながらほっと息をつく。 「えーと…ごめんね、ゼフェル…」 相変わらず真っ赤な顔で、ずるずるとしゃがみ込みながらアンジェリークが 恥ずかしそうに笑った。 「あー…もう別にいーや…おめーのせいじゃねーし」 乾いた笑いが玄関に響く。 「でも…ゼフェルには悪いけど、助かっちゃったかな…?」 「?」 「なんかね…。ちょっといつもと違ったの…。 ……食べられるかと思った」 そんな感じのキスだったの、と頬を染めて言う。 「え…?」 それを聞いてゼフェルは再び凍りつく。 アンジェリークがそう言うくらいなら…それだけ本気のキスだったのだろう。 というか、鈍いアンジェリークはともかくアリオスは本当に食べる気だったのだろう…。 それに思い至ったゼフェルは慌てて立ちあがる。 「どうしたの?」 「俺、出かけてくる。アリオスには今日は帰らねぇって言っといてくれ」 「え…でも…アリオスが待ってろって…。 私ももう帰るよ?」 わざわざ家を空けなくてもいいよ、と首を傾げる。 「本当に帰すかアヤシイよな…」 「ゼフェル?」 ゼフェルの独り言にアンジェリークが問いかける。 「おめーも大変だよな…。 まー俺は念のため出かけてくる。じゃあな」 「うん…?」 ゼフェルの方が慌しくて大変そうだけど…?と不思議そうな表情で アンジェリークは彼を見送った。 「…ゼフェルは?」 電話を終えて戻ってきたアリオスにアンジェリークは伝言を伝えた。 「逃げやがったな…まぁ、許してやるか」 「アリオス?」 「なんでもねぇよ」 「そぉ?」 よくわかんないけど通じ合ってるあたり兄弟だよね、とのんびりと納得する。 そして靴を履こうとしてアリオスに抱きすくめられた。 「ア、アリオス?」 「悪いが予定変更だ。帰さねぇ」 「ええ〜」 「せっかくお前が誘ってくれたんだ。応えねぇわけにはいかねぇだろ」 「なっ…? 誘っ……」 思ってもいなかった言葉に絶句する。 遅まきながらゼフェルの行動の意味に気付く。 「違う〜。…キスしたかっただけだもん」 「その続きもしようぜ」 少女の可愛らしいキスは嬉しいし、その為に一生懸命だったのも嬉しいが アリオスにはそれだけでは足りない。 「だめ〜! 帰るの〜」 こうしてしばらく2人の攻防戦が続いたとか…。 〜fin〜 |
『Anniversary』の独り言で 「他にどんな記念日があるんだろう?」と 書いたところ嬉しいことに色々なご意見を頂きました。 今回はその中のひとつです。 『はじめてのキス』 ただし注釈として『アンジェから』とつきますが…。 アリオスさんは『天使陥落』でさっさとしております(笑) で、一生懸命キスしようとしてるアンジェちゃんでした。 アリオスさんったら幸せものだなぁ…。 続きはあなたの心の中で…ってことで(笑) 諸事情により、今回はアンジェが泊まったと 明言できませんので…。 『make love』でアンジェからキスしてるんですよね。 ということは今回のお話はそれよりも 前でなくちゃいけなくて…ということです。 だから続きはあなたの心の中で、なのですよ(笑) でもこの展開、アリオスがGoしないわけないですよねぇ…。 そろそろ本当に年表作らないと 書いている私でさえ頭の中混乱しそう…(笑) |