For you

「アンジェー。まだかかりそう?」
「ん…もうちょっと…。レイチェル達は先に行ってて?」
もうすでに日も暮れかけた学校の家庭科室で、アンジェリークはお菓子と格闘していた。
今日はバレンタインデー。
伝統あるスモルニィ学園のローズ・コンテストの予選中ではあるが、
出場者4人の少女もこのイベントには当然参加していた。
ここ数日、街へ出かける少女達がチョコレートゲットに燃えていたのは…
言うまでもないだろう。

アンジェリーク・リモージュもロザリアもレイチェルも…それぞれ渡す品物を完成させ、
どうせなら一緒に出かけようとアンジェリーク・コレットを待っていた。
「デモ…」
彼女1人を残していくのは、親友として気がひける…。
「きっともらう人もあなた達のこと待ってるよ」
にっこり笑って促すアンジェリークにロザリアはしょうがないわね、と微笑んだ。
「じゃあ、家庭科室の鍵…預けるわ」
最後の戸締り、よろしくね、と。
金の髪のアンジェリークもその隣で微笑んでいた。
「がんばってね」
「うん」
「それじゃ、行ってくるね」
元気なレイチェルの声にアンジェリークはいってらっしゃいと手を振った。
「さーて…私もあとちょっと…。がんばんなきゃ」
あの人喜んでくれるかな。アンジェリークは幸せそうな表情で再び作りはじめた。




「…遅くなっちゃった…」
アンジェリークは暗い廊下をパタパタと駆けていた。
目的地のドアの前で一度呼吸を整える。それからノックした。
「入れ」
低くて艶やかな声が入室を許可する。
その魅力的な声に今更ながらアンジェリークは、頬を染めた。
「アリオス先生…?」
「アリオスでいい」
2人きりの時はそう呼んでいる。
つまり職員室に残っている人はもういないようである。
ほっとしてアンジェリークはアリオスのデスクに真っ直ぐ向かった。
その間にアリオスはさっさと先程まで向かい合っていた書類を片付ける。
「他の先生達は…」
「もう帰った。こんな時間まで残ってる奴なんかいねぇぞ。
 俺だってお前が来るのを待ってなけりゃとっくに帰ってたぜ?」
「遅くなっちゃったら帰ってていいよ、って言ったじゃない。
 家で渡してもいいんだし…」
でも、とアンジェリークは付け足した。
「待っててくれてありがとう」
ふわりと微笑む少女をアリオスは抱き寄せた。

「ア、アリオス…」
彼の膝の上でアンジェリークは真っ赤になって見上げた。
「誰か来たら…」
「こんな時間に来ねぇよ」
待たされた分これくらいはないとな、と笑う彼にアンジェリークは頬を膨らませた。
「だって…、いつも通りに予選のスケジュールこなして…街行ったり、
 提出分のお菓子作ったあとに、作りはじめたから…
 どうせみんなと違って私はそんなに早くできないもん」
そう言ってアンジェリークはデスクの下の大きな紙袋に視線を落とした。
「今年もいっぱいだねぇ…」
自分よりも先に渡されたプレゼントの山を見下ろし、アンジェリークは溜め息混じりに呟いた。
彼はその誰もが見惚れる容姿と、突き放してみえるわりに意外と
面倒見の良い性格もあって、人気があった。
特に女生徒達の中には本気で惚れている子も存在した。
「どうせ義理だろ。俺はお前のがあればいい」

はっきりとした物言いと、真っ直ぐな視線にアンジェリークは何も言えなくなってしまう。
いつもいつも、どうしてこの人はこういうことが平気で言えるんだろう…と思ってしまう。
そして、ずっと抱えたままの箱を彼に差し出した。
「気に入ってくれると良いんだけど…」
「サンキュ」
アリオスは受け取ってすぐに包みを開けた。
中には小さな丸いチョコレートケーキがいくつか並んでいた。
「へぇ…今年はずいぶんと凝ったものを用意したんだな。
 年々上達してるじゃねぇか」
見た目も可愛らしいプレゼントにアリオスは口の端を持ち上げて感想をもらした。
それを聞いてアンジェリークは嬉しそうに微笑んだ。
「今日ね、新しいレシピを手に入れたの。
 さっそくアリオスにあげたいなと思って…」
今まで考えていたのを取り止めて、急遽こちらにしたのが
遅くなってしまった原因でもあるが。

お茶淹れるね、とアンジェリークはアリオスの上から飛び降りた。
すでに職員室を使いこなせてるあたり、ここでの内緒の逢瀬が
けっこう頻繁であることを表している。
「コンテストはどうだ?」
「んー…やっぱりみんなすごいよ。
 でもね、私もがんばるから。それに楽しいの」
コンテストの出場者に選ばれて、初めて会った人達とも仲良くなれた。
「協力者の人達も…厳しい時もあるけど、すごく優しいし」
アリオスと同様、学園の人気者な彼らを思い浮かべアンジェリークは微笑んだ。
「この前もね、素敵なカード頂いちゃった。☆5個なの」
「どいつだ?」
アリオスの鋭い瞳がきらりと光る。
「? どいつって…みなさんよ」
きょとんとするアンジェリークにアリオスは深く息をついた。
「俺のものに手を出すとはいい度胸じゃねぇか…」
アンジェリークが彼のものだということは、レイチェルしか知らないのだ。
だから、彼らに悪気があるわけではないのだが…。
「アリオスったら…。そういうんじゃないと思うけど? 
 頑張ったご褒美、とか質問に答えられた特典みたいなものだと思うよ」
鈍い少女は相変わらずにこにこと笑っている。
「………。なんかあったらすぐ俺に言えよ。
 即刻、教育的指導をしてやる」
にやりと笑う彼を見て、もしあっても言えないな、と思うアンジェリークであった。


遅めのティータイムを楽しんだ後、2人は学校の駐車場まで並んで歩いてきた。
もはや、外は真っ暗で誰かに見つかる心配はないだろう。
「アリオス…そのチョコどうする…?」
アンジェリークは重そうな紙袋を見て呟いた。
「気になるか?」
「う〜ん…。や、あのね、別にこれくらいでやきもち妬いたりはしないけど…」
妬いてほしい?と悪戯っぽく笑う少女にアリオスは苦笑して軽く額を弾いてやった。
「ばーか」
「もうっ、どうしてすぐそういうことするのー?
 …それより、こんなにたくさんのチョコすぐには食べきれないじゃない?」
アンジェリークは額をおさえて長身の彼を見上げた。
「とりあえず包みを開けて…ナマモノはチェックしとかなきゃね…。
 あと…まぁチョコは長持ちするから多少置いといても平気だけど…」
毎年この処理に悩まされているのは、アリオスではなくアンジェリークである。

実は、絶対彼一人では食べきれないこれらを
アンジェリークも少しだけお相伴に預かっていた。
下手すれば嫌気がさした彼はせっかくの贈り物を捨てかねないからだ。
ただ…さすがに手作りのものにはアンジェリークも手を出すことはできなかったが。
それはもう、アリオス一人に頑張ってもらうしかない。
「メンドくせーから実家に送りつけるか」
「おばさん、甘いもの好きだもんね。
 でも…贈った子かわいそう」
「ずいぶんと余裕じゃねぇか」
「余裕…ていうか…。
 だって…もし私がアリオスにあげたチョコ、そんなふうにされたら、て考えてみると…」
他人を思いやれる少女を優しく見下ろし、アリオスはその肩を抱き寄せ、頬にキスをした。
「アリオス! 学校では…」
「お前がそんな顔するからだ」
「な、私のせい〜?」

「ほら、さっさと車に乗れ」
「はーい」
とりあえず大きな荷物は後ろに置いて…アリオスは言った。
「まぁ、しょうがねぇから今年もゆっくり片付けるか。
 ところで夕飯どうする? 遅くなったから外で食べてくか?」
「んー。一応、朝のうちに下ごしらえはしてあるから、作ってもそれほど
 時間も手間もかかんないけど…アリオスの好きな方でいいよ」
アンジェリークは助手席でシートベルトを締めたあと、大事にしまっておいた
シンプルなプラチナリングを左手薬指にはめながら答えた。
肌身離さず持ってはいるが、学校ではつけてはいない。
アリオスの薬指でもいつのまにか同じリングが輝いていた。
「ならまっすぐうちに帰るか。
 できた奥さんで光栄だぜ?」
魅力的な笑みに見惚れながらアンジェリークも負けじと微笑んだ。
「あら、愛する旦那様のためですもの」

2人、数秒見つめ合い、そしてくすくすと笑い出す。
どちらからともなく頬を寄せ合い、じゃれるように唇を重ねた。
「続きは家でな」
「ばか…」
アリオスがチョコよりも欲しかったものはあと数時間後…手に入ることとなる。


                                      〜fin〜


前々からスウィートアンジェのSecretJardinバージョンを
書きたかったんですよ。
守護聖様達だけじゃなくて、アリオス、教官・協力者の
人達もいるものを。名付けて『スウィートアンジェSpecial』(笑)
この素材セット見つけて、よしっ、これで
スウィートアンジェ書かなくてどうする!?
と思って書きました。

今回はちょっとだけお披露目、て感じで…。
ラストを読めばお分かりのように
この2人すでに結婚しています。夫婦です。
だからアンジェ、高校生に戻ってもらったんです。
さすがに中1相手じゃアリオスさん、手を出せません(笑)
結婚もできません(笑)

今回は妬くアンジェちゃんではなくて、本妻の余裕(笑)
を見せてもらおうかな…と。
機会があればそのうちこちらの世界も
書いていきたいな、と思ってます。

ところで今の段階ではアリオス先生、
担当教科が決まっておりません。
なんとなく、イメージ的に数学か英語かな…。


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