Happy Birthday, My darling
11月22日 午前0時。 時計の針がその時刻を指した瞬間を狙って彼の携帯のナンバーを押した。 1コールめ。彼ならこの時間にかけても大丈夫なはず。 2コールめ。だけど明日は仕事があると言ってたから…もしかして迷惑? それでも『今』彼へ届けたい言葉がある。 誰よりも1番最初に贈りたい。 3コールめの途中で自分の名を呼ぶ彼の声が聞こえた。 アンジェリークは彼がまず自分の名を呼んでくれたことに嬉しくなる。 そして幸せそうな笑顔で言った。 「お誕生日おめでとう、アリオス」 「アンジェリーク!」 元気な声に振り向くと、下校時でざわついている教室の入り口で 手を振っている金髪の少女がいた。 片手にはいつも持ち歩いている手帳。 「アンジェリークは今日…予定通り?」 「うん。ごめんね、レイチェル。おねがいね」 「任せてよ。でもやっぱ今日は多いねー。 明日休みだもんね」 手帳にチェックを入れながらレイチェルは感想をもらす。 彼女がチェックしているのは今夜外泊する寮生の人数である。 スモルニィ学院高等部女子寮には現在特別なルールが存在する。 普通に寮の管理人、ロザリア女史を通しての外泊、という方法もあるのだが、 いかんせんいろいろと規律が厳しい。 結果、バレなきゃいいかという無断外泊が増え、 それに比例し女史が気付く件数も増えた。 一応名門校なのに…と頭を抱えていたところ、 新しく寮長となったレイチェルが寮生だけに提案した。 正規の外泊方法以外で外泊したいものは寮長に申告するように、 女史にバレないようにフォローしておくから、と。 そのかわりレイチェルにさえ申告せず、バレた場合はそれ以降の 裏ルールでの外泊は禁止。あまり頻度が多い場合にもチェックが入る。 つまり、遊びたいざかりの高校生なんだし、ハメをはずさなきゃたまには 大目に見るよ、というルールである。 彼女が学院一の情報通である理由はこれが原因のひとつかもしれない。 アンジェリークの場合、現在家族は海外にいるので、ちょっと実家に 帰る、という理由が使えない。 よってたまに、レイチェルのお世話になっているのだ。 「ま、アナタの場合、今日は特別だよね。 彼氏の誕生日だもんね」 意味ありげに微笑まれアンジェリークは顔を赤らめる。 「レイチェルってば…」 「しっかし、用意周到な彼だよね−。 誕生日が祝日の前だなんて…」 「レイチェル…それ本人には関係ないって…単なる偶然だよ…」 「あはは、わかってるって。で、これからデート?」 「ううん。彼、仕事があるから。だから家でごちそう作るの」 アンジェリークの表情はレイチェルでさえ抱きしめたくなるほど可愛らしい。 「こんなかわいいコをゲットした幸せ者はどこのどいつなんだか。 早く紹介してよね」 「ふふ…そのうちね」 一方、かわいい彼女をゲットした幸せ者はというと…。 「これでラストだ」 オスカーの一言で撮影は終わる。アリオスは満足そうに笑った。 「やればできるじゃないか」 「お前な…何様だよ」 「今や、撮らせてもらえるだけでもありがたい、カリスマモデル様だろ?」 「…確かにそうだが…」 オスカーは諦めのため息をつく。 確かに態度にふさわしい実力はあるのだが…。 今日、アリオスは到着するなり言ったのだ。 『さっさと終わらせるぞ』 一発撮りでいくぞ、というオーラに周りは緊張せざるを得なかった。 実際にそうと言わなかったのは彼なりの譲歩かもしれないが。 撮影にはとても時間がかかる。 撮影中に日付が変わることも珍しくはない。 しかし今日はさすがにそれだけは避けたかった。 撮影が終わったのは5時過ぎ。まずまずだろう。 「サンキュ」 アリオスはスタッフに感謝をつげる。 滅多に見せない彼の表情に女性陣の腰が砕けたのは言うまでもない。 「そんなに早く帰りたいのはお嬢ちゃんのためか?」 「…まぁな」 昨夜の彼女の声と笑顔が脳裏に浮かぶ。 「ごちそう作って待ってるそうだ」 彼女と出会うまでは自分の誕生日なんか気にしなかった。 こんな自分は想像できなかった。 柔らかい表情のアリオスを珍しい、と思いながら聞いていた オスカーは眉をしかめた。 「…お前聞いてなかったのか?」 「何を?」 「オリヴィエの使いで…今エルンストがお嬢ちゃん達に会いに お前ん家行ってるぞ。招待状持って」 「招待状?」 「お前のバースデーパーティー」 「…んだと?」 主役に無断で何やってやがる、と怒りかけた(主役だからこそ知らされ なかったのだが)その時、携帯が鳴った。 「アンジェリーク?」 電話の相手はかわいい彼女だったようだ。 「あのね、今エルンストさんが来ててね。 パーティー行きませんかって」 「ああ、それか…」 無視しろ、と言いかけたが彼女の嬉しそうな声に遮られる。 「私も行っていいの? 邪魔にならない?」 そんな声でそういうことを言われたら逆らえない。 「……ああ。待ってるぜ」 「ゼフェルもいい?」 「あいつもいるのか?」 「もちろん」 せっかくの誕生日、たった一人の家族が祝わなくてどうする、と説得して 逃げようとするゼフェルを捕まえ、準備を手伝わせていたのだ。 「買い物付き合ってもらって、お料理も手伝ってくれて…」 二人に気を利かせてどこかへ行くつもりだったらしいが 頷いてからはけっこうアンジェリークに協力的だったようだ。 「ほぉ?」 「だ−っ、余計なこと言うな、アンジェリークっ」 ゼフェルの叫び声が聞こえてくる。 そして電話を奪ったのかゼフェルが代わりにでた。 「無理矢理付き合わされてるだけだからなっ。 買い物だって荷物持ちだし…」 「ずいぶんと楽しそうだなぁ、ゼフェル」 「う…とにかく、会場でな」 アリオスのなんだか怖い声にゼフェルは慌しく電話を切った。 「切りやがった…」 そのやりとりを見てオスカーはクックッと笑っている。 「なに弟相手に脅してんだ」 「人が労働してる間に、一緒に買い物行って料理してただと」 自分のためだと分かってはいるが、釈然としないものがある。 独占欲の強い彼は口の端を上げて微笑んだ。 オスカーもそれを聞いて同じように笑う。 「それはまた…何気においしい役を一人占めだな…。 ゼフェルが来たら歓迎してやろう」 大人気ない大人二人の会話に、遠く離れた自宅にいたゼフェルは くしゃみをひとつした。 パーティー会場は小さすぎず大きすぎないイタリア料理店。 本日貸し切りの店内には大きなテーブルがいくつも置かれ、 その上には色とりどりの料理がのっている。 基本的には立食パーティー、座りたければ壁際のテーブルセットかソファに… というスタイルだ。内輪だけのパーティーなので、皆ラフな格好で 来ていたがやはり業界人が多い。 場が華やかになる。 アリオスの誕生日を祝うため、もともと少しおしゃれをして来ていた アンジェリークは意外とその空気に馴染んでいた。 「アリオス!」 アンジェリークはしかたなしに最初の挨拶をしたアリオスに花のような 笑顔で駆け寄る。そんな少女を一瞬だけ抱きしめた。 それ以上やると彼女が怒るからだ。 人前でもそういうことを一向に気にしないアリオスには少々つまらない。 「びっくりした。こんなパーティー用意されてたんだね」 大事にされてるね、と自分のことのように喜ぶアンジェリークにアリオスは笑った。 「バーカ。そんなの口実にすぎねーよ。 どいつもこいつも挨拶まわりで忙しそうだろうが」 意外にこの世界ではそういったまめな、地道な作業が大切なのである。 「そんなものなの?」 それに、このパーティーの企画者オリヴィエとチャーリーの意図は ビジネスのこともあるだろうが、第一は『滅多に会えないアンジェリークと 堂々と会える』、こちらだと確信している。 オスカーがいるのはもちろんだが、こういうパーティーは平気ですっぽかす セイランでさえいるあたりが、その確信を裏付けさせる。 「気がのらねーが俺も行ってくる。すぐに戻る」 彼女の頬にすばやくキスをする。 「悪い虫がいっぱいいるからな。気を付けろよ」 「アリオスったら…」 「ゼフェル」 「分かってるって」 お前が防波堤になれ、という呼びかけに素直に頷く。 放課後からずっと彼女を独占していた後ろめたさと、 単に彼女の側は居心地がいいという理由から。 (……めんどくせー…) ようやく挨拶を終え、壁際の大きなソファに腰を下ろす。 はーっとうんざりした息を吐き出していると、 アンジェリークが小皿を持ったままやってきた。 ちなみにずっと一緒だったゼフェルは今、オスカーとセイランに遊ばれている。 「…怒ってる? それともどっか調子悪い?」 「…なんでだ?」 心配そうな瞳を見て、自然と微笑が浮かぶ。 彼女といると癒される。 「だって、ここ…しわ寄せて…」 細い指先がアリオスの眉間にそっと触れる。 アリオスはアンジェリークの腰を抱き寄せ、隣に座らせた。 「お酒も最初の乾杯の時の一杯だけだし…料理にも手をつけないし…」 離れていたわりにアンジェリークはよく見ていたようである。 まさにその通りだった。 「これくらいなら食べられる?」 アンジェリークが持ってきたのはフルーツの皿だった。 特に好き嫌いのないアリオスの、比較的好きなものばかりを選んでのせている。 「サンキュ。別に調子悪いわけじゃない。 まぁ…ちょっとはムカついてるけどな」 「え?」 「どいつもこいつも俺の女に目をつけやがって」 「アリオス…」 アンジェリークは顔を赤らめて、みなさんそんなつもりじゃないと 思うよ、とフォローをする。 アリオスも離れている間、しっかりとアンジェリークを気にしていた。 オスカー・セイラン・オリヴィエ・チャーリー・エルンスト…彼らだけでも うっとうしいのに、他のモデル仲間やスタッフまでもがけっこう彼女に 声をかけてきていたのだ。 「一次会終わったら帰るぞ」 二次会まで付き合ってられるか。 「いいの? 主役なのに」 「騒ぎたい奴らの集まりになるだけだから大丈夫だ。 俺はお前がいればいい」 「………」 あまりにストレートな言葉にアンジェリークは頬を染めるばかりである。 ニ次会の会場へと移動する連中と別れを告げるさい、ゼフェルはオスカーの 家に泊まることにした、と兄に報告した。 「…ヘンなこと教わってくんなよ」 「こねーよっ。ったく、人がせっかく気ぃ使ってやってんのに…」 ゼフェルは心外だとぶちぶち文句を言っている。 「冗談に決まってんだろ。じゃあな」 二人はアリオスの車に乗りこむ。 「あ、だからアリオス、お酒飲まなかったんだ」 シートベルトを締めようとしていた手を止めて、アンジェリークが呟いた。 最初からこうやって帰るつもりで、酒好きのクセに飲まなかったのだ、と気付いた。 タクシーで送ってもらっても別にかまわないのに。 二人の空間を大切にしてくれるアリオスの配慮に嬉しくなる。 「今ごろ気付いたのか」 「あれ、でも…なんで料理は食べなかったの? 別に運転に差し支えはないし…今まであのフルーツだけしか 食べてないってけっこうおなかすくんじゃ…」 「『ごちそう』作ってあるんだろ?」 不敵に笑う彼はとても優しくて…。 アンジェリークは思わず彼に抱きついた。 「アリオス、大好き!」 マンションに帰って、アンジェリークは急いで料理の仕上げにかかる。 「あと焼いたり、あっためなおしたりするだけなの。 あ、その間にお風呂入っちゃう?」 「ああ」 もういつでもお嫁にいけるアンジェリークの言葉に笑みがもれる。 アリオスが戻ってくるとテーブルには確かに『ごちそう』が並んでいた。 「すげーな」 「うん。がんばった」 だから彼がこの料理のことを忘れずにいてくれて、 外では食べなかったことがとても嬉しい。 「ちゃんとケーキも焼いたの。 アリオスとゼフェル用に甘さ抑えたから大丈夫だと思うんだけど…」 「安心しろ。お前が作ったんなら食うよ」 アンジェリークは嬉しそうに微笑む。 そしてワインを取り出した。 「これはゼフェルからのプレゼント」 安物ではない…ちゃんとアリオスの好みに合うタイプを選んである。 「さっそく開けるか。お前も付き合えよ」 「うん。少しだけね」 アリオスの食事が終わる頃、アンジェリークは小さな包みを差し出した。 「こっちは私からのプレゼント」 小さな彼女の手の平にも乗るくらいの小さな箱。 中には小さなピアス。 シルバーのそれに埋めこまれているのはアリオスの瞳と同じ色の石。 翡翠。 「本当はエメラルドとかにしたかったんだけどね」 そして今日、自分がつけていたペンダントをはずしてアリオスに見せる。 「おそろいの買ったの。 だからちょぉっとエメラルドじゃキツいかなって」 照れたようにアンジェリークは笑った。 「どう…かな…?」 気に入った? と訊く瞳がとても愛しくて。 だから抱きしめて、言葉ではなく彼女の唇に答えを与えた。 「そのうち『おそろい』の指輪を買ってやるよ」 「え? それって…」 アリオスは少女の問いに答えるように微笑んだ。 「待ってるね」 アンジェリークは嬉しくて、アリオスの頬にキスをした。 珍しい彼女からのキスにアリオスは一瞬驚く。 「今日は誕生日だから、特別」 恥ずかしさのため、視線を逸らせてそう言う彼女はとても愛らしい。 「それじゃ、最後にもうひとつプレゼントもらうかな」 「え、でも。まだ…片付け終わってない」 キッチンに戻ろうとするアンジェリークを抱き止めて、キスを仕掛ける。 「…んっ……」 抵抗できなくなったところで彼女を抱き上げ、キッチンではなくアリオス の部屋へと続くドアを開ける。 「も、もぉ…アリオス…強引、なんだからっ…」 もちろん最後にして最大のプレゼントをアリオスが頂いたのは言うまでもないだろう。 〜fin〜 |
お約束の誕生日ネタです。 しかしdarlingてどうよ…と自分でつっこんでしまいました(笑) いや、でもこれバカップルだし。 むしろそれでOK? とか開き直って書きました。 あとで、honeyでアンジェが誕生日って パターンもできるわ(バカ…) とムリヤリ納得しました。 この2人はどこまでいくんでしょうね…。 自分で書いててなんですが、なんか砂吐くどころか 砂糖とかはちみつ吐いてしまいそう…。 |