Sweet Battle Royal

11月22日。
1年で2番目に学校に行くのがちょっとだけ憂鬱になる日。
「今日は2人でサボるか…」
アリオスはアンジェリークを抱きしめたままベッドから出ようとしない。
「も〜、教師がそんなコト言わないの」
少女の窘めを聞き流し、白いすべらかな肌の上を手の平がたどる。
「っ〜〜〜。
 ダメ…だってばぁ…朝から」
昨夜だって誕生日プレゼントだとかなんとか言って
なかなか寝かせてくれなかったというのに…。
そしておそらく同じ口実で今夜もそうなるというのに…。
「これくらいないと行く気が起きねぇ」
「アリオスっ!」

結局、強引な彼のせいで朝から時間をロスしてしまった。
いつもならアンジェリークは電車で登校するのだが、
今日はアリオスの車に一緒に乗せてもらった。
周りに自分達の関係を知られるわけにはいかないので
普段は別々に学校に行くのだが、今日は遅刻ギリギリだという事で特例にしたのである。
学校に着く手前でアリオスは車を停めた。
さすがにこのまま校内に入るわけにはいかない。
「じゃあ、教室でな」
「うん」
別れ際にキスをして、2人はそれぞれ挑むような気持ちで校舎に入った。



「あ〜あ。やっぱりすごいね」
昼休み、レイチェルは窓の外を眺めながら感心していた。
「仕方がないよ…。人気あるもん」
アンジェリークはお弁当を広げながら困ったように微笑む。
視線の先は職員室に戻るところを生徒に囲まれている銀髪の教師の姿。
少女達は手に手に綺麗にラッピングされたプレゼントを持っている。
まさにそこは戦場と化していた。
「誕生日が休みの日と重なれば楽だったのに、って言ってたわ」
唯一2人の秘密の関係を知っているレイチェルはちっちっちと指を振る。
「甘いヨ。そしたら前日か次の日に渡されるだけじゃん」
「…そっか」
レイチェルとアンジェリークは顔を見合わせるとくすりと笑った。

アリオスとアンジェリークが登校するのに気が進まなかった理由がこれである。
アリオスはプレゼント攻めにあい、アンジェリークはそれを見守るしかないから。
ちなみに1番行きたくない日は2月14日だったりする。
プレゼントに告白がついていたりするから厄介である。
「今日さ、先生ギリギリの時間に学校来たのってこれがあるからでしょ?
 朝早くから職員室とか駐車場に張ってた女のコ達が空振った、て言うの
 耳にしたんだよね」
レイチェルの言葉にアンジェリークはそうか、と手を叩いた。
サボりたいなどとぬかしたうえに、朝から人には言えない事をしでかされた
その裏にはこういう考えがあったのか、と感心する。
…実際のところはアリオス本人にしか分からないが。
彼の場合、計算して動いていそうでもあるし、欲望に忠実なだけな気もする。

アンジェリークは小さく溜め息をついた。
彼は素敵だから憧れる気持ちはよく分かる。
好きだからプレゼントを渡したい、という気持ちも分かる。
自分だって彼女達以上にそういう気持ちを持ってるから。
それでも彼は自分のものなのに、と思う気持ちが消えてくれない。
「…学校でも独り占めするわけにはいかないものね」
自分に言い聞かせるように呟いて、アンジェリークは
アリオスと少女達から視線を逸らせた。


「オリヴィエ先輩。パフェの町へ連れてってくださーい」
「オッケー。それじゃ行こうか」
レイチェルの元気な声にオリヴィエは振り返る。
ローズコンテスト候補者4名+オリヴィエ達が
廊下を歩いている時、彼ら以上に目立つ人だかりが目に入った。
今日は授業時間以外は常にアリオスの周りはこんな状態だった。
一見普通の受け答えをしているが、内心ではかなりうんざりしてるなぁ、と
アンジェリークは彼の表情を見て同情する。
休む時間などほとんどなくて疲れてるだろうな、と。

すれ違う際、アンジェリークは軽く会釈するだけで通りすぎようとした。
が、オリヴィエがアリオスに話しかけたおかげで立ち止まることになった。
「は〜い、色男さん。今日は一段とすごいねぇ。
 犯罪だけは起こさないようにね☆」
「教師に向かって良い度胸だな…。
 これから町へ行くのか?」
アリオスはオリヴィエなりの挨拶に口の端を上げ答えた。
チャンスとばかりに人垣を突っ切って彼らの方へ移動する。
周りの女生徒たちは突然現れたもう1人の学園のアイドルに歓声を上げる。
「本当にプレゼントの山だねぇ」
彼が抱える荷物を眺めながら感心したようにオリヴィエは言う。
「でも、オリヴィエ先輩の時もこんな感じでしたよね」
「そうでしたわね」
くすくす笑っているアンジェリーク・リモージュとロザリア。
「先生フリーだからみんな期待しちゃうんだよ。
 ウソでも彼女いる、とか言っときゃいいのに」
「それもそうだな…」
レイチェルの素知らぬ顔での提案にアリオスまで普通に頷く。
アンジェリークはそれをぼんやりと見つめていた。
自分は2人ほど上手にお芝居ができない…。
話せば話すほどボロが出てしまいそうで…。

「さて、そろそろ行こうか。遅くなっちゃうと困るしね」
「はーい」
アンジェリークはオリヴィエ達の後を追いかける前に、何も言えずただ彼を見上げた。
金と翡翠の優しい眼差しとぶつかる。
「頑張れよ」
「はいっ、アリオス先生。いってきます!」
励ましの言葉にアンジェリークは顔を輝かせて頷いた。



「コレットはアリオス先生にもうプレゼント渡したの?」
「え、ええっ?」
各自で町を回っている途中、オリヴィエに会ったので一緒に歩いていた
アンジェリークは手に入れたカードを落としそうになった。
「な、どうして…オリヴィエ先輩…」
「ふふ〜ん。このオリヴィエ先輩に隠し事は無理だよ☆
 さっきのあんたの目、まるっきり恋する乙女だったじゃない」
明るく笑う彼の言葉にアンジェリークは思いっきりうろたえる。
「そんなに…分かりやすい、ですか?」
「鋭い人には分かるだろうねぇ。怖がらない怖がらない。
 別に言いふらしたりしないから」
「先輩はそんなことしないですよ」
アンジェリークはふわりと微笑む。
その笑顔に目を細めながらオリヴィエも微笑んだ。

「でも、あの激戦区には入っていけないですねぇ…」
アンジェリークは穏やかな笑みでのんびりと言う。
「みんな、アリオス先生に渡したくて一生懸命だから…私はいいです」
第一、もうプレゼントは22日になった瞬間に渡してあるし、
誰よりも早く『おめでとう』は言ったのだ。
「遠慮する必要なんてないのに。行動あるのみだよ。
 だいたいあんた達いい雰囲気じゃない?」
「え?」
単なる教師と生徒という関係を装っていたつもりなのに、それを覆す彼に
アンジェリークはびっくりして見つめ返す。
「せ、先生は…あくまでも私のこと生徒としてしか見てませんよ」
学校にいる間はそうしようと2人で決めたのだ。
「どうだかねぇ。あんたを見る目がやけに優しい気がするんだよ」
「………」
何も言い返せず頬を染める少女の反応をオリヴィエは楽しそうに見つめる。
「教師と生徒って一般的にタブーだけどさ。
 したいようにするのが良いよ。
 あの男ならそういう常識ムシしそうじゃん」
「そ、ですよね」
アンジェリークはクスクスと笑い出した。本当のことである。
自分が教師だとか、アンジェリークが高校生だとか…。
そういうことは二の次で彼はプロポーズしたのだ。

「ありがとうございます、オリヴィエ先輩」
優しく励ましてくれるオリヴィエに感謝しながら、それと同時に
心の中でごめんなさい、と謝る。
親身になってくれているのに自分は本当の事を隠してる。
レイチェル以外は誰も2人が両想いどころか結婚しているなど知らない。
これはきっと卒業するまで変わらないと思うけれど…。
「私、アリオス先生が大好きです」
本当のことは言えないけれど、嘘もつかない。
「ん、いい笑顔だね。頑張るんだよ」
「励ましてくださったお礼にあとで作ったお菓子持っていきますね」
「楽しみに待ってるよ」



町から戻りお菓子を作って店に出品し、やることを終えたアンジェリークは
屋上に来ていた。そろそろ日が暮れる。生徒は帰らなくてはならない時間だ。
「オリヴィエ先輩、喜んでくれて良かった」
ふふ、と微笑んで横の荷物を眺める。
それはオリヴィエに渡したものと同じケーキ。
「アリオスは…喜んでくれるかな。甘いものあまり得意じゃないんだよね…」
しばし風に吹かれながら、景色を眺めていたアンジェリークはポツリと呟いた。
「も…帰ろっかな」
フェンスにこつんと額を当てる。
家に帰ってごちそう作って…待っていれば彼は帰ってくる。
彼は旦那様で自分はその奥さんで、帰る場所が一緒で…。
「幸せなはずなのに…私って欲張りだなぁ…」
学校でも彼を独占したいだなんて…。

「どこが欲張りなんだよ?」
「きゃあっ」
ふいに後ろから抱きしめられ、アンジェリークは悲鳴をあげた。
「な、アリオス…ど…して? ここに……」
「それは俺が聞きたいな。屋上は立ち入り禁止だぜ?」
屋上への扉の鍵はかけられていて、生徒は出入りできないはずだが…。
「ドアのすぐ横の窓…。鍵壊れてるの」
親しくなったゼフェルから教えてもらった。
1人になりたいならそこがオススメだと。
「くっ、あいつろくなこと言わねぇな」
この少女が窓をよじ登って出入りするなど誰が想像するだろう。
「あの…鍵、直しちゃう?」
だったらゼフェルに悪いことしたな…と不安そうに見つめる少女の髪をかき混ぜる。
「別にそれは俺の仕事じゃねぇからな」
「ありがとv」

「だけど屋上にいるなら見つからない場所にいろよ」
出入りしている窓から見られる場所や、フェンス際など向かいの校舎から
見える場所にいては見つかるのも時間の問題である。
アリオスも屋上に人影を見たのでやってきたのだ。
「あ、そうか…」
彼に手をひかれながらアンジェリークは頷いた。
「ここならどこからも見られねぇだろ」
「うん、次からは気を付ける…っ」
軽く重ねられた唇にアンジェリークは真っ赤になって固まる。
「…アリオスッ。学校じゃダメだって…」
「ここなら誰にも見られねぇだろ。
 ったく、こんな場所があるんならさっさと教えろよ」
にやりと笑う彼は教師の時の表情とは違って…。
「ア、アリオス…?」
ちょっと待ってと言う前に再度口を塞がれてそれはかなわなかった。


「オリヴィエに自慢されたぜ。バースディケーキをもらった、てな」
なんで俺じゃなくてあいつにやってるんだ、と
追求されアンジェリークは苦笑する。
「励ましてくれたお礼にね。もちろんアリオスのもあるよ」
アンジェリークは自分の荷物を指す。
「ただ…渡しに行く機会がなくって…家でもいいかな…って」
アリオスの腕の中で身体を彼に預け、アンジェリークは呟いた。
「アリオスの周り…女のコいっぱいなんだもん。
 『アリオス先生争奪戦』って言葉がぴったりだよね」
拗ねた響きが可愛らしい。
「みんな…学校でしかチャンスないんだもん。
 私は家に帰ればアリオスと一緒にいられる。
 学校では私がみんなのアリオス先生を独り占めしちゃダメだもん…」
そうは言うものの彼の背にまわす腕は離れようとしない。

「だけど…やっぱりヤなの…」
アリオスが自分のことを想ってくれてるのは分かっているのに、
それでもやっぱり彼に好意を持つ人達が近付くのは見たくない。
彼は自分のものなのだ、と言えないのがもどかしい。
「わがままだよね」
「アンジェ…」
他人の為にジレンマを抱える少女が愛しくて
アリオスは頬に額にと口接けた。
「…『争奪戦』とやらにお前も参戦すりゃ良かったんだ。
 速攻で勝たせてやるぜ?」
お前しか欲しくない、そう囁かれてアンジェリークは真っ赤になる。
「…そうなるのが分かってるから素直に参加できないのよ」
勝つのが分かってる勝負に参加するのは他の子に悪い気がする…と。
2人間近で視線を合わせ、くすくすと笑いだした。




数日後
教室で交わされていた会話をアンジェリークとレイチェルは聞くともなく聞いていた。
「ねーねー、先生が珍しくネクタイしてたのよ」
「ああ、そういえば今日会議あるもんね」
「でね、誰かが素敵なネクタイですねって言ったら…なんて答えたと思う?」
「なに?」
「誕生日に彼女からもらったんですって」
「ええ!」
がたん、と机がズレる音に一瞬会話が途切れたがすぐにはじまった。
「やっぱアリオス先生彼女いたんだー」
「今まではっきり言ってなかったけど、いない方がおかしいよねぇ」
「あの先生が選ぶくらいだから…きっと大人で美人で完璧なヒトなんだろうねぇ」

…などという会話が流れていく中、先程騒音を立てた2人は
ひそひそと内緒話を繰り広げていた。
「…アンジェ…。今年の誕生日にあげたのってもしかして…」
「うん…ネクタイ。今日してる…」
「でもどうせなら奥さんにもらった、て言っときゃ良かったのにねぇ」
「レイチェル…それ私だってバレた時、めちゃくちゃ怖いから…」
さすがにそれは危険すぎる…。


アリオス先生の彼女は大人で美人で完璧なヒト、という噂が広まり
彼の追っかけが多少なりとも減ったとか…。
おかげでアンジェリークの気苦労も少しだけ減ったとか。
それでも卒業まではまだまだ苦労が多そうである。


                                         〜fin〜

今年の誕生日ネタはどうしよう?ということで
この2人になりました。

内緒の関係っていうのは
楽しそうな反面、苦労が多そうですよねぇ。

糖度は珍しく冒頭部分が1番高かったかな?(笑)

 


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