点火祭
冬の日暮れは早い。 5時頃になると辺りはもう薄暗く、視界が悪くなる。 それなのに、どうして彼だけは判別できてしまうのだろう、と アンジェリークは思った。 学校の駐車場に入ってきた銀の車を見つけて手を振る。 そんな彼女の近くに車を停め、長身の青年が現れた。 「アリオス! 早かったのね」 「珍しいお前の『お願い』だからな」 ある日アンジェリークは手帳を開きながらアリオスに尋ねたのだ。 「アリオス…この日仕事ある?」 「…確か夕方以降は空いてたと思うが…なんかあるのか?」 「えへへ…ちょっとね。5時前くらいに学校に来られる?」 「学校?」 いつもなら騒ぎを恐れて学校付近には来ないように、と言う少女の 意外な誘いにアリオスは眉を上げる。 「うん。たぶんこの日ならアリオスが来ても大丈夫だから…。 ……無理?」 子犬のような表情にアリオスはふっと笑い、彼女の髪をかきまぜた。 「車飛ばして行ってやる」 「安全運転で来てね」 アンジェリークの通うスモルニィ学院は、幼稚園から大学院までもつ 総合学院である。アンジェリークは自分の通う高等部の校舎ではなく、 大学の敷地の方へとアリオスを連れて行った。 目的地へ近付くにつれて人が多くなっていく。 大学の中央にある円い大きな広場は人で埋まっていた。 園児とその親、児童・学生・教職員・老人・絶対ここの学生じゃないだろう、 というカップルなどなど幅広い層の人間でいっぱいである。 途中、実行委員の腕章をした学生にパンフレットとキャンドルを渡され、 アリオスはああ、と納得した。 「点火祭か…」 ―――点火祭――― 主の降誕を祝うクリスマスまでの4週間を教会では アドベント(待降節)と呼んでいる。 これは世の光として生まれた、救い主を迎える準備をする大切な季節である。 スモルニィでは毎年アドベントに入る前の金曜日に、点火祭を行っているのだ。 同じ敷地内にいるとはいえ、滅多に顔を合わせることのないスモルニィの 園児・児童・学生達が集う大イベントである。 もちろんスモルニィ以外の人間でも自由に参加することができる。 「うん。どうしてもアリオスと参加したくって…」 アンジェリークは細長いシンプルな白いキャンドルを 大事そうに持って、はにかんだ。 広場を照らす街灯も、いつもの青白い蛍光灯ではなく、黄と橙の中間の 暖かな色合いのライトで雰囲気を出している。 聖歌隊のひな壇やハンドベル・クワイアのステージを 幻想的に照らし出している。 「よかった…。オープニングに間に合ったみたいね」 普段と違い、混雑した広場でアンジェリークはにこりと微笑む。 「これだけたくさんの人がいたら『アリオス』だって分からないでしょ?」 「確かにな」 辺りは夕闇、そしてラッシュ時の電車の一歩手前、といった混み具合。 いちいち他人の顔など見ていないだろう。 アリオスは周りの人間からアンジェリークを庇うように肩を抱いた。 「ア、アリオス…」 アンジェリークは焦って、顔を赤く染めて彼を見上げる。 「どうせバレねぇんだろ?」 「でも…」 言いかけた時、はじまりを告げるハンドベルの音が響き始めた。 ステージの方に視線が集まる。 その後に、初等部から大学までの幅広い聖歌隊の歌声や、 聖書の朗読、祈祷の言葉などが次々と披露されていく。 長い話の合間にアリオスはぽつりと言った。 「別に俺は信者じゃねぇんだけどな」 分かってる、とばかりに微笑み、アンジェリークは頷いた。 「私もそうだけどね…。せっかく学校でやる素敵なイベントじゃない。 …アリオスと参加してみたかったの」 「きっと周りの奴らもそうなんだろうな」 「もう…いいじゃない…」 そんなことを小声で話している間にメインイベントとなった。 クリスマスツリーの点火である。 広場の中央にある見上げるほどの大きな木。 これに飾られたイルミネーションを点けていくのだ。 最初は院長が木のてっぺんに飾られた大きな星型のライトを点けた。 星が輝いた瞬間、歓声があがる。 そして、幼稚園・初等部〜と順に各部門の代表者達が 木の上から順に数回に分けて電飾に光を灯す。 おかしなことにその度に歓声が聞こえる。 全ての明かりがともると巨大なクリスマスツリーが出来あがる。 「綺麗ね…」 夜の闇に包まれて、オレンジ色のライトを浴びて、様々な色の電球で 輝くツリーは見物だった。 そのツリーを背景に賛美歌が響き渡る。 その後の祝祷が終わると、火の灯ったキャンドルを持った係のものが 散らばって行く。前の人から後ろの人へとはじめに渡されていた キャンドルに火を点けていく。 アンジェリークも前の人からもらった火をアリオスへと分ける。 ひとつの光がふたつになる。 あっという間に広場はキャンドルの明かりでいっぱいになった。 小さな暖かい炎で埋め尽された広場はとても幻想的で…。 「うわぁ…すごい…」 その光景にアンジェリークは溜め息をつく。 「上から見たらすっごく綺麗だろうね…。 レイチェルは校舎の窓からこの光景見てるんだよ」 頭良いよね、とアンジェリークはアリオスを見上げた。 「寒くねぇし…混んでねぇし…絶景を眺められるし?」 「う…アリオス…ヤだった…?」 「だけどお前はこのキャンドル持ちたかったんだろ?」 お見通しの笑みにアンジェリークは頬を染めて頷く。 「ばれてた…?」 「お前の考えそうなことだ」 「………」 キャンドルの炎のせいだろうか…いつもよりも優しく見える彼の笑顔 がとても綺麗でアンジェリークは見惚れてしまった。 終わりを告げるハンドベルの音色を聞きながら、二人は 駐車場へと歩いて行った。 「やっぱりすごく素敵だったね…」 感動覚めやらぬ様子のアンジェリークを見下ろし、アリオスは 口の端を持ち上げる。 「親友と一緒の参加でなくてよかったのか?」 「レイチェルは…別の人と見てるし…。 私は…アリオスと参加したかったの…」 くっとアリオスは喉を鳴らして笑った。 そして人気のない駐車場、ということでそのまま彼女へと口接ける。 外でするには深すぎるそれにアンジェリークは慌てて抵抗しようとする。 「アリオスッ」 「逃げんなよ。 わざわざ俺を点火祭に誘っといて…」 楽しそうに笑い続けるアリオスを見てアンジェリークは嫌な予感を覚える。 「ア…アリオス…? まさか…知って…?」 「行事に興味はなかったが…俺、一応ここの卒業生だぜ?」 「ず、ずるいっ。知ってるなんてひとことも…」 「知らないとも言ってないぜ」 「〜〜〜〜〜〜(///)」 アンジェリークは真っ赤になってそっぽを向く。 そんな彼女を抱きしめながらアリオスは笑いをこらえて言った。 「点火祭に一緒に参加したカップルは上手くいくってジンクスがある、 なんてな」 それはスモルニィに伝わるジンクスである。 アンジェリークはこの前レイチェルにそれを聞いたのだ。 ぜひともアリオスと見たい、と思って彼を誘ったのだが…。 まさかアリオスがそれを知っているとは思ってもみなかった。 「もぉやだぁ…」 「お前の可愛い申し出に俺は嬉しかったけどな」 「…アリオス、絶対知らないと思ったのに…」 何度もジンクスを知ってる彼に向かって、『アリオスと一緒に参加したい』と 言ってしまったことが恥ずかしくて、 アンジェリークは顔を上げられず、彼の胸に顔を埋めた。 「ねぇ…アリオス」 帰りの車の中で思い出したようにアンジェリークは声をかけた。 「ん?」 「アリオスは…在学中に誰かといっしょに見た事あるの?」 行事に興味のない彼が知ってる理由はそれだろうか、と思ったのだ。 昔のことをとやかく言うつもりはないけれど、気になるものは気になる。 「あると思うか?」 「…もしかしたらあるかもしれないじゃない」 「ねぇよ。ただ、行こうって誘いは多かったけどな。 不思議に思ってたらダチが教えてくれたんだよ」 「そうなんだ…」 ほっと息をつくアンジェリークをミラー越しに見て苦笑する。 その直後、ハンドルをきるアリオスを見てアンジェリークは「?」となる。 「アリオス。寮へ行く道と違う…」 「気が変わった」 「へ?」 「せっかくだからジンクス叶えてやるよ」 「っ…明日、学校あるんだから…」 「寝る時間ぐらいやるよ。朝もちゃんと寮まで送ってやる」 「………」 断る理由を先回りでなくされて…。 結局、彼のマンションまで行くことになってしまったのは はたして彼の手腕か、ジンクスか…。 そのこたえは神のみぞ知る。 〜fin〜 |
クリスマス創作第一段ということで点火祭ネタです。 これはうちの学校をモデルにしました。 今通ってる学校はキリスト教の学校でして…。 別に私は教徒じゃないんですけど 点火祭だけは欠かさず参加してます。 本当に幻想的で綺麗なんですよ。 そしてジンクスも本物でございます。 うちの大学、1,2年は山奥のキャンパス。 3,4年は都会のキャンパス、というパターンなんですけど…。 3年になっての点火祭で初めて聞きました。 そのジンクスを。 ずっとエスカレーターで大学まで上がってきた 友人にそれを聞きました。 こちらのキャンパスの点火祭の方が大規模で なんでも高等部が一番盛り上るとか。 アリコレで使えるわ…と思った私は重症でしょうか?(笑) |