Trick or Treat !
「こんにちは。今日はありがとうございます」 アンジェリークはアリオスの隣でぺこりと頭を下げる。 ここはアリオスの所属している事務所の衣装室のひとつ。 アリオスと出会って以来、顔馴染みとなりつつある スタイリストの女性はにっこりと笑った。 「気にしないで。 私も楽しんでるんだし」 そしてアンジェリークの肩に手を回したまま離そうとしないアリオスに向かって 呆れた表情をする。 「アリオスさーん。Aスタで撮影じゃなかったっけ?」 「どうせ準備に時間かかってんだ。 待ち時間はどこでどうしようと俺の勝手だろ?」 何が悪いんだ、とばかりに不敵に笑って肩を竦める仕種が 嫌味なくらいに決まっている。 すでに撮影準備のできた『モデルアリオス』と話をしたなど 事務所内の者にすらうらやましがられる恵まれた状況なのだが… あいにく彼女はそれに感謝する気はさらさらない。 そういう性格だからこそ、アリオスにも普通に話せる相手として認識されている。 さらに彼の大切なアンジェリークを預かる役目すら時々任せられることがある。 二人のやりとりを聞いているとさすがはサラの専属スタイリストだと アンジェリークはよく思ったものだった。 「エルンストさんが探し回るハメになっちゃうじゃない。 そっちの方が時間かかっちゃいそうだけど…?」 彼女はアリオスの腕から逃げ出そうとしている真っ赤な少女を見て微笑む。 「アンジェちゃん第一なのは分かるけど、それなら早く行って早く仕事片付けた方が 一緒にいる時間長くなると思うんだけどねぇ」 「エルンスト達にはここにいるって言ってきてあるぜ?」 問題ないだろう、とばかりに言い切るアリオスに彼女は諦める。 「まったく…どうせアンジェちゃんの衣装、 当日まで内緒にされたくないだけなんでしょ〜」 「違うな。この俺が衣装選びを手伝ってやるって言ってんだよ」 「はいはい。とりあえず該当しそうなのはこの辺に選り分けておいたわよ」 「サンキュ。アンジェ、好きなの選べよ」 「うん…と言っても…」 アンジェリークは様々な衣装を目の前にしばし悩む。 「いったいどんなのがいいのかなぁ…」 とりあえず一番手近にあった服を手に取ってみる。 「それはパスだな」 「なんで?」 まだろくに見てもいないのに却下されて アンジェリークは首を傾げてアリオスを見上げる。 「それロングじゃねーか」 「そうだけど…?」 アンジェリークが手にしていたのは裾が足元まである黒系のロングワンピースだった。 「つまらねぇ」 「? なにが…?」 「俺が見ててつまらねぇだろ。 どうせならミニにしろよ」 「なっ…」 臆面もなくリクエストするアリオスにアンジェリークは瞬時に頬を染める。 「行きたくもねぇパーティーに付き合ってやるんだぜ? それくらいはしてもらわねぇとな」 予想通りのアンジェリークの反応を楽しみながら アリオスはからかうような笑みを浮かべる。 「…アリオスのえっち」 「お取り込み中悪いけど…」 すっかり二人だけの…割り込む隙間もない会話に呆れたような声がかけられた。 「アリオスさん、Aスタいってらっしゃい」 「準備できたのか?」 「今さっき私が内線電話取ってたでしょう。 準備OKのお知らせよ」 「電話? 鳴ってたか?」 そうだっけ…?とアンジェリークも一緒に首を傾げている。 「………分かってはいたけど…あなた達…本当に二人だけの世界ねぇ」 お互いに夢中で周りをいくらでも無視できてしまう二人に感心すらしてしまう。 「あ、あの…ごめんなさい、その…」 あたふたとうろたえる姿は心底可愛い。 アリオスが夢中になるのも、オリヴィエ社長をはじめ 皆が甘やかすのもよく分かるが…。 だからと言って、今ここでアリオスをさっさと撮影スタジオに行かさなければ 自分が撮影スタッフにお説教をいただくか泣きつかれてしまう。 それは絶対に避けたい。 「スタジオのみなさんがお待ちよ。 アリオスさんのリクエスト通りのものを私が見立ててあげるから 安心していってらっしゃい」 不満そうなアリオスを撮影現場に行かせたのはやはりアンジェリークだった。 「いってらっしゃい、アリオス。 ここで待ってるから頑張ってきてね。 …早く戻ってきて?」 そしてデートの続きをしよう、とはにかんで言われたらやる気が起きないわけがない。 「ああ、待ってろ。すぐに戻る」 背を屈め、アンジェリークの額にキスをしてアリオスは衣装室を出ていった。 「なるほど…仕事前にアンジェちゃんに会わせとけ、ってのはこれの事なのね」 「え? なんですか、それ?」 額とはいえ人前でキスされたアンジェリークは真っ赤になりながら訊ねた。 「エルンストさんや社長が話してたのを聞いたことがあるのよ」 『下手な餌で釣るよりアンジェリークさえ側においておけば良い』 「………」 実際、彼は仕事に入れば文句の付けようもないモデルだが、 そこに至るまでがかなりの問題児だった。 しかしアンジェリークと付き合いだしてからは実に分かりやすくなった。 今のアリオスは可愛い恋人中心である。 モチベーションの上下はアンジェリーク関連になると思って良い。 あの天上天下唯我独尊なモデルアリオスが たった一人の少女を大事にしているのも傍から見ていて微笑ましい。 「いい変化よ。貴女出逢うまでは冷めた人だったからね」 これは昔のアリオスを知っている者なら誰もが思うことだった。 「私がアリオスを…変えた…?」 「そうよー。私達感謝してるわよ?」 彼女は大げさでなく本気でそう思って頷いた。 「だったら…嬉しい…かな…」 本当に嬉しそうに頬を染めて微笑む少女が可愛くてたまらない。 アリオスがいたならできなかったが、今ならできる。 アンジェリークをぎゅっと抱きしめて彼女は言った。 「ホントかわいいわ〜。 お姉さんに任せなさい。もっと可愛くしてあげるから!」 10月31日。 アリオスはアンジェリークを連れて某有名高級ホテルに車を停めた。 慣れた様子でホテルに入り、パーティー会場であるスイートルームへは 向かわずにまず控え室に寄る。 控え室…と言っても今夜泊まるつもりで予約した部屋だが…。 「ほら、着替えてこいよ。 遅かったら手伝いに行くからな」 「もう、アリオスったら。必要ありませんっ」 衣装の入ったバッグをアンジェリークは受け取り、隣の部屋へと向かった。 アリオスはソファに腰掛け、取り出した煙草に火を付ける。 「そんなに面白いモンかよ…?」 あの日、衣装を選んでからアンジェリークは今日を楽しみにしていた。 アリオス自身はまったく興味がなく、行く気がなかったのだが 少女一人で行かせるつもりはない。 オリヴィエやオスカーをはじめとする面々が喜ぶだけではないか。 それに…アンジェリークがどんな衣装を着るのかも気にはなっていた。 結局、アリオスが撮影を終えて衣装室に戻ってくる頃には アンジェリークは衣装を決め、厳重に衣装バッグに仕舞い込んでいたのだ。 どんなものかはアリオスもまだ知らない。 「お待たせ〜。どう?」 数分経ってアンジェリークはアリオスの前に現れた。 少女の衣装は黒のタイトなミニワンピースとロングブーツ。 ビスチェのようなデザインで大胆に開いた首から胸元にかけては 黒のリボンチョーカーが揺れている。 「…その格好で行くのか?」 可愛いことは可愛い。 いつも可愛い系統の服ばかり着ている少女には珍しいセクシー系の服だが 意外によく似合っている。 確かにリクエスト通り見ていて楽しいが、他の男共には見せたくないと思ってしまう。 「…似合わない…かな…?」 アリオスの言葉と僅かに顰められた眉にアンジェリークは視線を落とす。 「なんでそうなるんだよ?」 「だってあんまりイイカオじゃないんだもん…」 「ばーか。似合ってるから言ってんだ」 アリオスはアンジェリークを膝の上に乗せて抱きしめた。 「俺が見る分にはいいが… お前の肌を他の野郎共に見せたくねぇ」 「っ…アリオス」 露になっている白い肩に口接けられ、アンジェリークは慌てて声を上げた。 「ダ、ダメだよっ。 これからパーティー行くんだから!」 惜しげもなく晒されている太腿を撫で上げる彼の手を止める。 「そ、それに、ほら! さすがにこの格好で歩くわけじゃないのよ? …恥ずかしいじゃない」 アンジェリークは衣装バッグから取り出したものを羽織る。 足元まである長い黒のマント。 首の辺りで紐を結んで止めるだけのそれは肩など露出していた肌を ほとんど隠してしまった。 後ろからはマントが歩いているようにしか見えない。 「コレと帽子で完成」 これまた黒い三角帽子を取り出して被れば、可愛らしい魔女の姿である。 「なるほど…魔女か」 アリオスはいくらか気を取り直してアンジェリークを眺めた。 「うん。ところでアリオスは? 今日のハロウィンパーティーは仮装が絶対条件よ?」 アリオスの興味がなく、しかしアンジェリークが参加したがったのは… お祭り好きなオリヴィエやチャーリーが主催する業界関係者のなかでも 親しい者を集めたハロウィンパーティーである。 主催者二人の考えることらしく、今回のパーティーは ハロウィンに相応しい仮装をしてくること、という添え書きがあった。 しかしアリオスは別段いつもと変わりない。 襟ぐりの広い黒のセーターと黒のパンツ。 「確かに黒系の服着てるけど…」 それで許してくれるほど甘い連中ではないはずである。 「本当に他に何も用意してないの?」 「するわけねぇだろ」 「…やっぱり…?」 予想通りだね…とアンジェリークは笑った。 ハロウィンらしくジャック・オー・ランタンなどで飾られたスイートルーム。 自分達が今までいた部屋と同じ構造なのに雰囲気がまるで違う。 アンジェリークはわくわくしながら会場へと入った。 「アンジェちゃん。可愛い〜!」 妖艶な悪魔の格好をしているサラがアンジェリークを見つけるなりぎゅっと抱きしめた。 「うちのスタイリストが見立てただけあるわね」 「ホントだね☆ かわいくて、でもちょっとセクシーで」 オリヴィエも人のことを言ってる場合ではないほど どきりとする衣装に身を包んでいるが…。 女性だか男性だか迷ってしまう不思議な魅力の悪魔である。 「お嬢ちゃんの新しい魅力発見だな」 「やっぱ招待して良かったなぁ〜。こりゃ可愛い魔女さんや。 で、アリオス? あんたは」 「てめーだって普通にタキシードとマントじゃねぇか」 アリオスが不満げに言い返すとチャーリーはちっちと指を振った。 「普通とちゃうで。ほら、ドラキュラ伯爵」 小道具の牙まで見せてにっこり笑う。 「あ、本当だ」 「今夜はアンジェちゃんの血を頂くかもやで?」 「なに言ってやがる」 牙を覗き込んだアンジェリークの顎を持ち上げるチャーリーに蹴りを入れつつ、 アリオスは無防備な恋人を抱き寄せた。 「アリオスっ」 「ったく。冗談の通じない男だな」 「…お前はなんなんだよ?」 サラ、オリヴィエに負けないオスカーの姿を眺める。 カメラマンではなく被写体としてでも十分に通じるだろう。 「悪魔の類だろうがな…」 彼の黒尽くめの格好からアリオスはそう呟いた。 「どうせ誘惑系の悪魔じゃねぇのか」 「オスカーさんは狼男さんじゃないんですか?」 首を傾げて言うアンジェリークに周囲が一瞬止まる。 そして皆笑い出した。 「あはは☆ そうだよ。オスカー。あんたそっちの方が似合ってたじゃん」 「そうやなぁ。 これはこれでハマってると思ったけど狼の方が合ってるな」 「アンジェちゃん、上手いこと言うわね〜」 「お嬢ちゃん…そんな風に俺のことを…」 「はっ、てめーの日頃の行いが悪ぃんだろ」 「なんだと。それよりアリオス、お前はどうなんだよ。 普通の服じゃないのか」 「黒系の服なだけで許されると思ってんの? 甘いよ、それじゃ普段のあんたと変わんないじゃない☆」 「じゃあ、俺はここで帰るとするかな。 アンジェ、行くぞ」 それこそ狙い通り、と言わんばかりにアリオスは口の端を上げる。 ここで皆で騒いでいるよりはアンジェリークと部屋にいた方がイロイロと楽しめる。 しかし、アリオスの思い通りにはいかなかった。 アンジェリークが思い切ったように口を開いたのだ。 「あ、あのね。アリオス! 私ちゃんとアリオスの分、用意してあるの」 「あ? 今更着替える気はねぇぞ」 「うん。着替えなくても大丈夫だから。 ちょっとだけ待っていてくださいね」 そう言うとアンジェリークは再びアリオスを引っ張って一緒に部屋へと戻った。 小さめのバッグを持ってきたアンジェリークは中のものを取り出しながら説明した。 「アリオス…絶対準備しないだろうな、って 衣装選んでた日に言ってたら用意してくれたの。 私もアリオスのこの姿見たいから持ってきちゃった」 「あいつとお前が選んだのか?」 なんとなく嫌な予感を覚え、アリオスは眉を顰める。 「ちょっと屈んでもらえるかな…?」 しかし少女の真摯な懇願には逆らえない。 「………おい、アンジェ?」 視界に映った鏡の中の自分の姿にアリオスは屈んでやったことを後悔した。 「あのね、私が魔女だから…アリオスはその使い魔の黒猫さん」 …なにゆえ大の男がネコ耳など着けねばならないのか。 アリオスは思いっきり大きな溜め息をつく。 「本気で言ってんのか?」 冗談じゃない、と凄んでみせたのだがネコ耳姿では格好がつかない。 それ以前に凄んだところで無意味だったが…。 「アリオス…可愛い〜v やっぱりこれにして正解だったわ!」 アンジェリークはきゅっとアリオスの首に抱きついて喜んでいた。 つまりこれで勝負はついた。 「そうだ、首輪もあるのよ? つけてあげるね」 「………………。 ………アンジェ…覚えとけよ」 ぽつりと漏らした低い声ははしゃいでいるアンジェリークには届かなかった。 二人が皆のところに戻ると全員がじっとアリオスを見る。 「アリオス…お前…」 「言うな」 オスカーの声に明らかにアリオスは不機嫌そうな声と表情で答える。 「意外に似合うじゃん☆」 「似合うじゃな〜い。アンジェちゃんが選んだの?」 「はい。アリオス、いっつもかっこいい姿しか見ないから たまにはこういうのもいいかな、なんて…」 可愛いでしょう、とご満悦な笑顔でアンジェリークは微笑む。 「私の使い魔のネコさんです」 彼の黒いセーターの腕に抱きついて見せびらかすように言う。 「黒い服着てるからちょうどええな。 しっかし…ずいぶんこわそうな黒猫やで」 「首輪までしてるじゃないか。 ご主人様はお嬢ちゃん、というわけか…」 先程のアリオスと違うところは黒いネコ耳ともうひとつ。 シルバーのチョーカーは赤い革の首輪チョーカーになっていた。 飾りに小さな金の鈴がついていて動けば微かに澄んだ音を聴かせてくれる。 「こんなに可愛いご主人様なら俺も飼われてもいいな。 お嬢ちゃん?」 「もう、オスカーさんってば…」 「付き合ってられるか…」 アリオスは仲間内からの大絶賛ですら うっとうしいとばかりに部屋の端にあるソファに向かう。 彼らからの視線だけでなく、ここにいる人間の注目を集めながら。 「さすがだな…お嬢ちゃん」 「素直に付き合ってあげてるあたり、ホントあの子に甘いよねぇ」 あのアリオスにこんな格好をさせられるのは 世界広しと言えどもアンジェリークだけである。 かなり感心しながらオリヴィエ達は アリオスとその後を追いかけるアンジェリークを見送った。 「アリオス〜、なんで似合うのにご機嫌斜めなの〜?」 どっかりとソファに長い脚を投げ出しているアリオスに ワイングラスを渡したアンジェリークは首を傾げる。 本気で分かっていないから頭が痛い…。 アリオスは息を吐くと受け取ったワインを一気に飲み干した。 「こんなモン似合うって言われて喜ぶ男がどこにいる?」 ソファの後ろに立つ少女を真っ直ぐ睨み上げても、 ネコ耳がついているのでいっそう微笑ましいだけである。 「〜〜〜っvv アリオス〜、かわいい〜。大好き!」 アンジェリークは怯えるどころか頬を染めて後ろからアリオスにきゅっと抱きついた。 さらさらの銀色の髪を梳き、黒い耳にそっと触れる。 そしてまるで彼女の方がネコのようにアリオスに頬を擦り寄せる。 「………」 少女の腕に頭を抱かれ、不覚にもアリオスは返す言葉が見つからなかった。 この少女にしては珍しい。 人前でのスキンシップは極端に恥ずかしがるはずなのに。 (こいつ、本気で俺をネコとして見てねぇか?) 可愛がられるのは男としてかなり不本意だが、 しかし彼女からのスキンシップは悪くない。 「…そんなとこで突っ立ってないでこっち来いよ?」 開き直ったアリオスはにやりと笑うとアンジェリークをソファに乗せた。 「ねぇ、アリオス…」 「ん?」 ごろごろと彼の腕に抱きつきながら アンジェリークは期待に満ちた瞳でアリオスを見つめた。 「実は尻尾もあるんだけど…」 「………好きにしろ」 もうここまで着たら尻尾のひとつやふたつ、どうでもいい。 アリオスは後で覚えてろよ、と心の中で呟きつつ溜め息をついた。 「大好き〜。あとで記念撮影しようね」 ちゅ、と頬に口接けられアリオスは内心頭を抱えた。 撮影…するとしたらカメラマンはオスカーに決まっている。 懐くアンジェリークの肩を抱きつつ、ネガは絶対にこちらが押さえておかなければ、と 思ったアリオスだった。 「ふふ、しっかり懐柔されてるわよ」 「どっちがネコだか分からんがな」 羨ましいことだぜ、と肩を竦めながらオスカーは苦笑した。 「まぁ、アリオスの貴重な姿を見られたことは今日一番の収穫だな」 「ファンが見たら喜ぶだろうねぇ♪」 「でもアリオスに見せる気はないんちゃう?」 「だろうな…」 「ママ〜」 サラは服の裾を引っ張る小さな子供を抱き上げると優しく微笑んだ。 「あら、お帰りなさい。ファルゥ」 「いっぱい」 彼は小さな体には少々大きい袋を持ってサラに見せる。 「たくさんもらったのね。 ちゃんとありがとうは言った?」 「言ったよ」 趣旨が趣旨なのでこのパーティーには子連れで来ている者も少なくない。 小さな子供達はハロウィンらしくパーティーの出席者達の ところへ行ってはお菓子をもらっていたのだ。 「あそこのお兄ちゃん達のところは行った?」 「?」 首を傾げる愛息子にサラは微笑む。 オリヴィエ達には最初にもらったが、その時アリオス達は部屋で着替えていたため、 まだファルゥとは会っていない。 「あの魔女のお姉ちゃんと黒猫のお兄ちゃん」 「ネコっ。まだ」 「いってらっしゃい」 「うん」 ここで見るには珍しい黒ネコに瞳を輝かすファルゥは 母親の腕から下ろされるとパタパタと走っていった。 「ええのんか? あそこに行かせて」 「だって、そろそろ助けに行かないと。 アンジェちゃんのピンチだもの。 でも私達が行くとアリオスに睨まれちゃうし〜」 くすりと笑うサラにチャーリーは「ああ…」と納得したように苦笑した。 「アンジェちゃんが懐いているのは見てて微笑ましいけど、 アリオスが手を出したらここではまずいもんなぁ。 シャレにならん」 本人が聞いたら時と場所はわきまえる、と仏頂面で言い返されそうだが あくまでもアリオス基準のTPOであることは分かりきっている。 「アンジェ…」 「アリオスっ…や…どこ触って…」 少女の身体を覆うマントのおかげで周りには分からないのをいいことに 悪戯をしかけるアリオスをアンジェリークは真っ赤になって睨む。 「こら、ダメ、だってばっ。 こんなトコで…」 綺麗に無視するアリオスにアンジェリークは頬を膨らませる。 「ご主人様の言うコトが聞けないの〜っ?」 「くっ…」 半泣き状態でそんな風に言われても可愛いだけである。 大人しく引き下がれるわけがない。 今日1日はかなり譲歩してアンジェリークに付き合ってやっているのだ。 「そんなんで言うこときけるかよ。 俺がペットのしつけ方、教えてやろうか?」 耳元で囁かれてびくりと震える。 「ばか〜」 「Trick or Treat !」 ふいに子供の元気な声が聞こえ、アンジェリークは慌ててそちらを見る。 「あ…」 アリオスも尻尾を軽く引っ張られ、ソファの下を見下ろした。 (傍から見ていた者達はその怖いもの知らずな行為にひやひやしたが…) お化けの格好をした可愛らしい子供。 「Trick or Treat !」 にっこり笑って再度お決まりの言葉を言う。 「かわいい〜。ちょっと待ってね」 用意していたお菓子をアンジェリークはその子に渡す。 「ありがとう!」 「ちっ…こんな隅の方まで来るガキはいねぇと思ったんだけどな」 無邪気に邪魔されたアリオスは不満げに 銀の髪をかきあげながらもお菓子を与えてやる。 「ママが行ってらっしゃいって言ったの」 子供が指さして示す方向にはサラがいる。 それに気付いた彼女はひらひらと手を振った。 「え、サラさん? …ってことはきみがファルゥくん?」 話には聞いたことがあるが会ったのは初めてである。 「うん。アンジェお姉ちゃんとアリオスお兄ちゃんだよね? ママに聞いたことある」 「よろしくね。 やっぱりサラさんの子供さんね。かわいい〜」 きゅっと抱きしめるアンジェリークにファルゥがびっくりしたように頬を染める。 「アンジェお姉ちゃん」 だがすぐに嬉しそうにファルゥもアンジェリークに抱きついた。 相手は子供だと分かっている。 動物や小さな子供など可愛いもの好きな少女にしてみれば 当前の反応だと分かってはいる。 それでもアリオスは面白くない。 「こら、ファルゥ。 アンジェお姉ちゃんは俺のだからな」 「アリオスったら…」 「分かってるよ〜。 ママとパパみたいに仲良しなんだよね?」 にっこり笑う子供に今度はアンジェリークが頬を染める。 サラとパスハの仲の良さは世間一般の夫婦の比ではない。 あの二人と並べられるのは私的には認めがたいものがある。 「そういうわけだ。 分かってんならもう邪魔はすんなよ?」 残りの菓子全部やる、とファルゥの袋にざらざらと入れ 小さな頭をくしゃくしゃとかきまぜた。 「アリオスお兄ちゃん。ありがとうっ」 じゃあね、と手を振って母親のところに戻るファルゥを見ながら アンジェリークはアリオスを見上げた。 「全部あげちゃって良かったの? まだ他の子達が来るかもしれないのに」 「必要ねぇよ」 アリオスはソファから立ち上がると歩き出してしまう。 「もう部屋に戻るしな」 そろそろ子供達は寝る時間。 一次会は終わる。 アリオスに二次会に参加する気はない。 「続きしようぜ。邪魔されねぇところでな」 「………ばか」 アンジェリーク達は皆に挨拶をして(アンジェリークは残ったお菓子をファルゥに渡して) 部屋へと戻ってきた。 「ファルゥくん可愛かったよねぇ。 あ、もちろんアリオスも可愛かったけど」 「…もう二度としねぇ」 「え〜、もったいない」 被っていた帽子をテーブルに置きながらアンジェリークはくすくすと笑う。 「アリオス…今日はありがとう。楽しかった。 …アリオス?」 「アンジェ…」 後ろから抱きしめられ、くらりとするほど魅力的な声で囁かれた。 「Trick or Treat?」 「え、え? だってお菓子もう全部あげちゃったからないよ? それにアリオス…お菓子なんていらな…」 笑いを含んだ眼差しにアンジェリークははっと気付く。 「菓子がねぇんじゃ仕方ねぇよな?」 『Trick or Treat…いたずらが嫌ならお菓子をよこせ』 つまりお菓子をあげなければ、いたずらが待っているわけで…。 「ア、アリオス〜。ずるい〜! ファルゥくんに残りのお菓子あげちゃえって言ったのアリオスじゃない〜」 首もとの紐を解いてアンジェリークのマントをはらりと落とす。 「今日は散々付き合ってやったんだぜ? こんな格好までしてな。 ご褒美がなくちゃペットもグレるぜ?」 にやりと笑うアリオスをアンジェリークは頬を染めて睨む。 「もぉ…」 黒い尻尾が楽しげに揺れているのは気のせいだろうか…? 嫌がりながらも最後までこの格好でいてくれた彼を見上げる。 いつもとは違うアリオス。 カッコいいのにどこか可愛くて…。 アンジェリークは苦笑し、くるりと振り向くとアリオスに抱きついた。 「〜〜〜おい…」 勢いがつきすぎて絨毯の上に押し倒してしまった。 とっさに少女を庇いながら倒れたアリオスは眉を顰めて文句を言いかけた。 しかし、アンジェリークの次の行動のせいでそれは口にできなかったが。 アンジェリークはアリオスの首輪のチョーカーにそっと口接けて微笑んだ。 「イタズラ…して?」 「っ!」 いつもの笑顔なのにハロウィンの魔法か、格好が格好だからなのか 今日はやけに妖艶で……不覚にも言葉をなくす。 どきりとさせられる。 「くっ…覚悟しろよ? しっかり見返りはいただくぜ」 アリオスは喉で笑うとアンジェリークの頬に触れ、引き寄せた。 使い魔アリオスがご主人様アンジェリークからご褒美を それはもうたくさん 〜 fin 〜 初出 2003.08.15発行 『Sweet Calender』 |
アリオスの災難…? でもラストでもとは十分取ってますよね…。 やっぱりアンジェの方が災難かな。 ファルゥ初お目見えですv ちなみに私はネコ耳好きというわけじゃなかったはず…です。 どちらかと言えば、アリオス同様 「大の男がネコ耳なんて…」だったはず。 ハトアリのボリスにハマった現状を考えると 自信持って否定できない…(笑) |