天使の休日 

 
 日の曜日。アンジェリークを送り出したレイチェルは緑の守護聖に声をかけられた。
 「これから皆でルヴァ様のところでお茶するんだ。レイチェルもどう?」
 彼の抱えているカゴからは甘いクッキーの香りがふわりと漂っている。
 おそらく焼きたてなのだろう。
 「ハイ、喜んで」
 館の庭にはすでに先客がたくさんいた。皆思い思いにくつろいでいる。
 そんななか、ランディがレイチェルに問いかけた。
 「ところでレイチェル。アンジェリークは?」
 「朝から出かけてますけど…?」
 レイチェルは逆に問いかけるようにしながら答えた。
 彼女の質問に答えたのはゼフェルだった。
 「なー、あいつ日の曜日いっつもどこ行ってんだ?」
 「いつも出かけてるけど、誰とも一緒じゃないよね」
 マルセルも不思議がっている。気付けば他の守護聖達も気になるようで、
 こちらの会話に注目している。
 「さぁ…。一人で気ままにお散歩でもしてるんじゃないですか?
  ここの人達とも仲良くなったと言ってましたし…。
  あ、それともどこかでカッコイイ人見つけたとか」
 「なにぃ!?」
 「なんだって!?」
 「うそ!?」
 レイチェルの冗談に素直に反応する少年達を見て、苦笑しながらルヴァが言った。
 「そんなに気になるのなら、今度本人に聞いてみればいいじゃないですかぁ」
 どうやら皆、休日に天使の姿が見られないことが寂しいらしい。


 「アリオス!」
 皆の天使は約束の地を訪れていた。
 レイチェルの冗談は当たらずとも遠からず、といったところだろうか…。
 この地でアリオスと再会して以来、アンジェリークは頻繁に通っていた。
 一度彼には諦めろ、ここには来るな、と言われたが、めげずに足を運んでいる。
 もう二度と彼を失いたくなかった。
 今度こそ二人で幸せになりたくてがんばっている。
 そのかいあってか、近頃の彼はよく笑顔をみせてくれる。
 日の曜日は一緒にいろいろな所へ遊びに行くようにもなった。
 「よぉ、今日はどうすんだ?」
 「日向の丘に行きたいな」
 
 水音が近くなってきた、と思うと日向の丘へと続く遊歩道が見えてきた。
 草木の濃い緑と小鳥のさえずり、涼やかなせせらぎの音。
 自然溢れる地にアンジェリークは目を輝かせる。
 「あー、見てアリオス、すごい滝!」
 小さな橋の上でアンジェリークは無邪気に指をさす。
 その姿はまだ幼くて、だけどとても愛しくて…。
 自然とアリオスの表情は柔らかくなる。
 「滝といえばアレだよな」
 「アレ…って?」
 アンジェリークはちょっと考えた後、ぽんと手を叩いた。
 「流しそうめんよね! 私、一度ああいうとこでやってみたいな」
 「お前な…。ずいぶんと豪快だな。そんなに食いたいのか?」
 そうくると思っていなかったアリオスは肩を震わせ笑っている。
 「だって、普通の流しそうめんって、なかなかめんが取れなくって…。
  あれぐらい大きければきっと取りやすいわ」
 「そうだな。お前の場合、不器用だから食う食わない以前の問題だよな」
 依然と笑いを抑えきれないままのアリオスにアンジェリークは頬を膨らませる。
 「私、不器用じゃないもん」
 「はいはい。じゃ訂正な。不器用じゃなくてトロいんだな」
 「もうっ」

 ぷいっと顔を背け、足早に歩いていこうとするお姫様の機嫌を直すため、
 アリオスは声をかけた。
 「いいもの見せてやるよ」
 「なに?」
 もともとアンジェリークも本気で怒っているわけではない。
 すぐにアリオスの側に戻ってきて彼の手元をのぞきこむ。
 「…草笛?」
 「ああ。見てろよ」
 そして艶やかな緑の葉を口元へあてる。
 「あ、すごいっ。鳴った!」
 「お前も吹いてみろよ」
 葉を手渡されアンジェリークは躊躇する。
 「どうした?」
 「だ、だって…間接キスになっちゃう…」
 頬を赤らめ、真面目に言う彼女の髪をアリオスはくしゃくしゃとかきまぜた。
 「ばーか。そんなのあとでいくらでも直接してやるから気にすんな」
 「な、なんでそうなるのよ、もう…」
 文句を言いつつ、アンジェリークは草笛に挑戦してみるが、
 いくら吹いても音が出ない。
 「…鳴らないよ。アリオスは鳴ったのに」
 「やっぱりお前不器用なんだな」
 
 クッと笑うアリオスに今度こそアンジェリークは拗ねてしまった。
 「ひどい、アリオス。何も言ったすぐそばで証明してみせることないじゃない」
 そういえば、先程そのネタで彼女をからかったばかりなのだ。
 機嫌を直させるつもりがいつのまにか逆効果になっていた。
 (こいつをからかうのは楽しいからな…)
 どんな表情でも愛しくて…自分だけに見せて欲しくて
 こういうやりとりがついクセになってしまっていた。
 「悪かった。機嫌直せよ」
 後ろを向いてしまった彼女を抱きしめ、耳元で囁く。
 それだけでアンジェリークは座りこみそうになってしまうというのに、
 アリオスはアンジェリークを振り向かせ、優しく口接ける。
 あくまでも謝罪のための優しいキス。
 「ず、ずるい…アリオス…こんなの」
 すでに怒りなど跡形もない。
 結局どれだけ自分が彼に溺れているのか思い知らされる。
 アンジェリークは甘い溜め息をひとつもらした。

 滝のそばを離れて、他愛無い話をしながら、小さな川沿いに日向の丘の
 ほうへと進んでいく。
 「ここの草や木ってみんな元気よね」
 まわりを見渡し、アンジェリークは嬉しそうに言う。
 そして一本の大きな木の下で立ち止まった。じっと上を見上げる。
 「おい、またろくでもないこと考えてんじゃねーだろうな」
 「え? ちがうよ。ただ…ランディ様とかゼフェル様・マルセル様達が
  喜びそうな木だなって」
 「あいつらが?」
 「うん。こういう立派な木の上からの景色って素敵なんですって。
  ここからだと滝が見えるかしら」
 「サルじゃあるまいし…お前も登ったのか?」
 「…聖地で一度だけ、誘われて」
 ふふ、と舌を出してアンジェリークは白状する。
 「きれいな眺めだった…きっとアリオスも気に入ると思うわ」
 にっこりとアンジェリークは微笑む。
 「それは俺にも登れ、てことか?」
 「無理にとは言わないけどね。そうそう、意外にゼフェル様が一番きれいな
  景色見えるところとか知ってるのよ。ランディ様はどちらかというと
  どれだけ高く登るかにかけてるし。マルセル様は…」
 
 笑顔で話すアンジェリークをアリオスのわざとらしい大きな溜め息が遮った。
 「アンジェ。俺の前で他の男の話はどうかと思うが?」
 「他の男って…だ、だってそんなんじゃ…」
 誤解だ、と言おうとしてはたとアンジェリークは気がついた。
 「アリオス…妬いてる?」
 「さぁな」
 「もう、そういうんじゃないのに…」
 ちょっぴりご機嫌斜めな彼の横顔を見つめ、苦笑する。
 「ね、アリオス」
 内緒話をするかのようにアンジェリークは小さく手招きをした。
 仕方なくアリオスは彼女の希望通りに少し背を屈めて、耳を貸す。
 「!」
 何を言われるのかと思ったら、彼女の唇がつん、と自分の唇の端に触れた。
 あれ、ずれちゃった…と当のアンジェリークは恥ずかしそうに微笑んでいる。
 「機嫌直して?」
 その笑顔は確かに彼の愛しい天使の微笑みだが…。
 「お前な…。そんな真似どこで覚えてきやがった…」
 アリオスは内心頭を抱える。対してアンジェリークはきょとんとしている。
 「どこって…ついさっき、アリオスから…」
 「………」
 ……確かにこれは自分の常套手段だった…。
 もちろん貴重な彼女からのキスは嫌なわけはないのだが…
 先程、彼女がずるいと言ったわけを身をもって知ったアリオスだった。
 
 「…アリオス?」
 「ああ、なんでもない」
 「もう怒ってない?」
 「ああ。そろそろ日向の丘のほうへ行くか。
  いつまでもここにいてもしょうがないしな」
 「うん」


                            〜to be continued〜

 

意外に長くなってしまったので
区切ってしまいました…。
ホントにいつまで遊歩道でいちゃついてるんだか。
「こんなバカップル話が続くのか…」
とひかれないことを祈るのみ、です

 

もう帰りましょう / 日向の丘へ行きましょう