天使の休日 2


 階段を登りきると柵の向こうに海が見渡せた。
 太陽の光を反射し、水面がきらきらと輝いている。
 「キレイ…」
 さっきまでの景色とは全然ちがう光景に目を奪われる。
 「…あ、かわいいデザインの柵」
 なぜかそこに座ってみようとする(笑)アンジェリークをアリオスは引き止める。
 「わざわざそんなとこに座らなくても俺の膝の上があるだろ?」
 「え……」
 アンジェリークはとんでもないことをさらりと言う彼を見上げ、
 どう反応したらいいのか戸惑っている。
 期待通りの反応にアリオスは笑って、続けて言う。
 「だけど、お前につぶされたらかなわねーからやめとくか」
 「そ、そんなに重くないもん、アリオスのバカっ」
 またからかわれたのだと気付き、アンジェリークはどこかほっとして小さな
 拳を振り上げた。本気だったとしたらそれはもう、かなり恥ずかしい…。
 まばらだが、他の人だっているのだから。
 アンジェリークの振り上げた手を難無く捕まえ、アリオスはそのまま歩き出す。
 「行くぞ、海見たいんだろ?」
 「うん」
 
 アンジェリークは素直に手を引かれ、海に面している方へと歩き出す。
 途中、風の流れに乗って噴水の細かい飛沫が飛んできた。
 「この辺にいたら噴水の水で濡れるな」
 アンジェリークの頬で光る水滴を拭いながらアリオスは苦笑した。
 くすぐったいのとなんだか恥ずかしいのとでアンジェリークもくすりと笑う。
 「そんなに濡れちゃうわけじゃないけど…お弁当食べる時は
  下の野原の方がいいかもね」
 「そうだな」
 
 噴水の側を離れ、二人は草地を歩き回った。
 丘の端の方で立ち止まり、アンジェリークは海を眺めた。
 「思い出すね…。こうやって二人で海を見たよね」
 「ああ、噴水のとこと違って柵がねーんだから気を付けろよ?」
 「わかってるって」 
 真っ青な波が寄せては返していく。
 「なんだかこんな光景だけ見てるとすごく穏やか…」
 本当はこの大陸全体が危険に晒されているというのに。
 そしてこの大陸が救われるかどうかは自分の働きにかかっている。
 言葉の裏に微かに滲む不安に気付き、アリオスは
 アンジェリークの肩を抱き寄せた。
 「アリオス?」
 「女王様も大変だよな…。前回といい、今回といいとんでもない責任
  押し付けられて」
 「ううん、私よりも陛下の方が大変だわ。
  陛下の身体にかかる負担は半端じゃないもの。
  私はこうやって自由に動きまわれる分、気が楽よ?」
 儚げな見かけのわりに、中身はタフな少女はアリオスに笑顔をみせる。
 「それに、ここに来たおかげであなたに会えた。
  こうやってこっそり会うこともできる。
  この危機がどんなに大変な試練でも、私は感謝してる」
 
 「アンジェ…」
 「確かにとても不安だけどね…。でも嬉しいの。
  あなたに会えた。ただそれだけが…。
  そして強くなれるの。絶対守ってみせるから」
 「頼もしいな」
 アリオスの言葉にアンジェリークはうんと頷く。
 「この大陸を守らなきゃ、て気持ちはもともとあったけど…。
  あなたと再会したこの大陸は私にとって『特別』だから」
 だから絶対守ってみせる。
 「お前なら出来るよ。愚痴ならいくらでも聞いてやる。お前の気晴らしに
  付き合ってやる。今の俺にできることはそれくらいだけどな…」
 「ううん、そんなことない。こうやってあなたと会って私が
  どんなに元気をもらってるかアリオスは分からないだろうけど…。
  私あなたに救われてるのよ?」
 「俺が?」
 「うん。だからずっとそばにいてね」
 今度こそ…ずっとそばに…。
 「了解」
 
 「なんかおなかすいちゃったね」
 シリアスな空気を吹き飛ばすためアンジェリークは明るく言った。
 せっかくのデートなのだから明るく楽しくいきたい。
 「お弁当食べよ? がんばって作ってきたんだ」
 「まともなもんだろうな?」
 「し、失礼ね、アリオスってば。私これでも料理は得意よ」
 「食べるのが得意なんじゃねーのか?」
 「もうっ…」
 柔らかい草の上に座り、バスケットを開け、中のものを取り出しながら
 アンジェリークはふといいことを思いついた、と言わんばかりに微笑む。
 
 「じゃあ、今度はお弁当持ってこなくてもいい太陽の公園に行きましょ」
 「あ?別にかまわないが…?」
 「あそこのカフェテラスでランチ奢ってくれるって言ったものね」
 「ああ」
 「パフェも一緒に食べてくれるのよね」
 「…ちょっと待て…」
 アンジェリークの反撃の意思に気付き、アリオスは待ったをかける。
 「本気か?」
 ランチを奢るのは何ともない、というか当たり前だろう、と思う。
 しかし…その次はできれば遠慮したい。
 以前確かにそんな話をした気もするが…。
 まさかこの恥ずかしがりやな少女が本気でそれをやってくれと
 言うとは思っていなかった。
 「次の日の曜日、楽しみにしてるね」
 少女は答えをはぐらかすように微笑んだ。
 
 アンジェリーク自身が言った通り、彼女の料理の腕前はなかなかの
 ものだった。食後のお茶を飲みながらアリオスは言った。
 「本当に得意だったんだな…」
 「おいしかった?」
 「ああ。料理は苦手科目だとばっかり思ってたぜ」
 アリオスの返事にアンジェリークはかわいらしくガッツポーズをとる。
 「苦手だったよ。でも、いつかアリオスに食べてほしくてずっと
  練習してたの。今は料理得意だって胸を張って言えるわ」
 「ずっと…て」
 その言葉はまだ再会してから日が浅い二人にはそぐわないような気がした。
 アリオスはもしかして…とアンジェリークに聞きかえした。
 「ずっと、て…ずっとよ。アリオスといつか会えるって信じてたから
  あの時からずっと…。それに料理してると気が紛れたしね」
 その言葉がアリオスの胸を締めつける。
 どれだけ彼女に辛い思いをさせたかが分かるから。
 そしてどれだけ彼女が健気に自分を信じていたかが分かるから。
 謝罪の言葉なんかはふさわしくないから、ただ抱き締めた。
 「アリオス…」
 
 二人でいるとあっという間に時間が過ぎていくように感じる。
 もう空が茜色に染まっていた。
 ここへ来ていた人々は皆、すでに家路についている時間だ。
 どうせだから海に沈む夕日を見てから帰ろう、ということになった。
 「青い海もきれいだけど、赤い海もきれいだね」
 だけど、どうしてだろうか。
 夕焼け色に染まったアリオスの真っ直ぐな視線に落ちつかない。
 自分の顔が赤いのは、夕焼けのせいだけではないだろうと
 アンジェリークは頬をおさえた。
 「お前、トロいくせに敏感だよな」
 そして彼女の頬に触れる。
 おそらく無意識のうちに彼女はアリオスの気持ちを感じ取って、
 緊張していたのだろう。
 抱き寄せて、上を向かせて口接ける。
 アンジェリークはアリオスの首に細い腕を回した。
 しばらく続くじゃれるようなキスにアンジェリークは幸せそうに
 くすくすと笑っていた。

 唇が離れてアンジェリークは楽しそうに微笑んだ。
 「アリオス。約束したよね?」
 彼女の手にはアリオスのチョーカーがあった。
 「お前…」
 
 以前アンジェリークはアリオスのチョーカーをつけてみたいと
 言ったことがあった。そこでアリオスは自分の首に腕を回して
 外すことができたら貸してやると答えた。
 ただし、アリオスは立ったままで、という条件で。
 『それって抱きつかなきゃできないじゃない』
 自分からそういうことはなかなかできない少女は頬を膨らませる。
 『つまり、貸してやらないってこと?』
 『バーカ、読み違えんなよ。レンタル代が高くつくぞってことだ』
 そんな会話をした記憶がある…。
 
 アリオスの首に腕を回す機会など、アンジェリークの場合こういう時しか
 ない。そう思って挑戦したのだが…。
 「ほぉ、俺とのキスを片手間にそんなことしてる余裕があったのか…」
 アリオスは意地の悪い微笑みをみせる。
 「ア、アリオス…? なんか…目、怖いよ?」
 「人が手加減してやってれば…」
 何が手加減なんだか、というつっこみは置いとくとして…。
 アンジェリークは心持ち青ざめる。
 「ってことはもっと上級技使わせてもらってもいい、てことだな?」
 「え、え? アリオス、ちょ…待っ…」
 それは先程の優しくて甘いキスとは全然違っていた。
 あまりの激しさにくらくらする。絡む舌にめまいをおぼえる。
 とても立ってなどいられない。
 アンジェリークはぼんやりする頭の中で、確かにこれだったら
 他の事なんてできないだろうなぁ、と思った。

 気付けば、柵に浅く腰掛けた彼の膝の上にいた。
 あたふたとそこから下りようとする彼女をアリオスは腕の中に閉じ込めた。
 「どうせ誰にも見られやしねーよ」
 「でも…」
 ふと、まわりの暗さを感じ、アンジェリークは空を見上げる。
 その色は紫紺。
 「あー!もう日が沈んじゃってる」
 結局、彼のおかげで夕日が海に沈むところは見逃したのだ。
 「見るためにここに残ったのに…」
 「また次があるだろ」
 アリオスは苦笑する。
 女王である彼女に手を出すことに僅かな迷いはあった。
 正確にいえば彼女を手に入れることに迷いがあったのではなく、
 手に入れたため、彼女を汚してしまうことを恐れたのだが…。
 それは杞憂だったと確信する。
 彼女の純粋さは誰も侵すことなどできない。
 その強さは彼女だけが持ち得るもの…。

 「お前、昼間俺に救われてるっていったよな…」
 「え? うん」
 「逆だ。お前が俺を救ってるんだよ」
 彼女は何度か瞬きをしたあと、嬉しそうにアリオスに抱きついた。
 「私があなたを救えたの?」
 「ああ」
 「そして、あなたも私を救ったの。私達、お互いに助け合えるのね。
  それってとっても素敵なことだわ」
 アンジェリークは彼の膝の上できれいに微笑んだ。

 少し遅いお帰りとなったアンジェリークは送ってくれたアリオスに礼を言う。
 「ありがとう」
 「ああ。他の奴らがいなければそのまま泊まってってやるんだけどな」
 「もう、アリオスったら…」
 「見つかるとまずいからさっさと帰るとするか」
 ドアの前で一度立ち止まり、アンジェリークに何かを投げた。
 「あ…」
 それはアリオスのチョーカー。
 「次に会う時まで貸してやるよ。レンタル代ももらったことだしな」
 にやりと笑うアリオスにアンジェリークは真っ赤になって抗議する。
 「アリオスの…バカっ」
 「じゃあな」
 彼女の文句など気にもせず、アリオスは不敵に笑って出ていった。
 
 「本当にもう…アリオスのバカ…」
 でもその表情はとても穏やかで…。
 彼のチョーカーにそっとキスをする。
 「また会いに行くね」

                                〜fin〜
  

 

天空バージョンのアリオスが見つからず、
疲れ果ててた私に、ご自分のサイトで
「攻略情報」のページ作る前に教えて下さった
tink様に感謝の意を込めて捧げます☆

思ったよりも長くなってしまいました…。
会話にばらつきがないように、
つなげようと努力しましたが、この結果です…。
例えるならあれもこれも、と詰め込みすぎたお弁当?
食べ過ぎ・むねやけにご注意くださいませ。
(自分で書いておいてなんですが…)

心配なのはリクエストにちゃんと
応えられたかどうかです。
いかがでしょうか?

 

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