全て思い出してみれば、なんとも滑稽な話だぜ。 血の復讐を遂げるため、強大な力を手にし正統な皇帝として 故郷に帰還する。 それだけを目的に宇宙を彷徨い、その旅路の果てに天使と戦った過去。 ・・・いや、前世と言うべきか。 あの時、俺は天使に敗れて死んだのだから。 そう仕向けたのは俺自身で、差し伸べられた慈愛の手を払いのけてまで 消滅を選んだのも俺だ。 生きる目的に迷いを覚えた時から、俺にはもう、 その道しか残っていなかったから。 天使を殺せず、仲間も失ったその時の俺には、愚かな意地だと知りつつも 信念に殉じるしかなかった。 それが・・・どうだろうな。 あれだけ自分に言い聞かせ、血を吐く思いで天使への愛も心も 捨て去ったっていうのに、俺はまたこいつに会っちまった。 しかも、記憶が無いのをいいことに、性懲りも無くこいつに惚れ、 その来訪を心待ちにしてたってわけだ。 「恥知らず、この上ねぇな」 右手で顔を覆って自嘲の笑みを零せば、目の前で凍り付いていた 蒼い瞳が見開かれる。 差し伸べようとして宙に持ち上がったまま静止した両手。 言葉を失い震える唇。縋るような眼差し。 食い入るように見つめて来る天使の恐れが如実に伝わって来て、 しかもそれが、自分が去って行く事への恐れだとわかるから、 俺は嗤うしかなかった。 過去に俺が何をしたか、どんな卑劣な罠にかけたか覚えているだろうに。 信じていた相手に裏切られた痛みは、そう簡単に忘れられるものじゃないだろうに。 「バカだよな・・・。ホント、呆れちまうくらいに・・・バカだよ」 本当に、救いようが無いほどに。 「アリオス・・・」 哀しげな声で、天使が俺の名を呼ぶ。 その音が、掠れて小さく震えている。 震える唇でムリヤリ声を絞り出せば、声が掠れて揺れるのは当然だ。 ・・・けど、そうまでしても、天使は俺の名を呼びたかったらしい。 俺の名がアリオスであるのだと、今一度、知らしめたいかのように。 「アリオス・・・か。俺の真の名は」 脳裏に甦る、忌まわしき名。 けれど紛う事なき自分の名。 それを口に乗せようとしたとたん、 凍り付いていたはずの天使の両手が俺の胸倉を掴んだ。 「いいえ、あなたはアリオスよ! アリオスだわ! 私の・・・私のアリオスよ・・・。私の大好きな・・・」 ポロポロと、涙を零す。 まるで、俺が真の名を呟いたが最後、消え失せてしまうかのように、 怯えを色濃く滲ませて。 それでも決して視線を逸らそうとはしない。 震える唇も、何度も俺の名を、『アリオス』と言う名を繰り返し続ける。 涙の奥で蒼く揺れる瞳。血の気を失って震える唇。 『その瞳と唇には、絶対に覚えがある』 ・・・覚えがあって当たり前だよな。 柔らかく微笑む、澄んだ蒼い瞳。 桜桃のような小さな唇。 それは、あの短い旅の間、ずっと見つめ続けたもの。 触れたくて、想いのままに貪りたくて。 出来るものならば、永遠にこの手に閉じ込めて、 俺だけをその瞳に映したいとまで思いつめるほど。 けれど、それは許されぬ事。 俺には信念があった。共に過ごして来た仲間もいた。 それは、この天使だって同じだ。 仲間と願いと、俺たちにとってその2つは、決して交わらぬ 平行線の上にあるものだった。 口にする事はもちろん、態度に表す事さえも許されぬ想い。 1度求めてしまえば、止められなくなるとわかっていた。 それに・・・俺が求めたならば、きっとこの天使は応えるだろう。 闇の中で罪に塗れるとわかっていても、その純白の羽を広げて 俺の元に堕ちて来るだろう。 ・・・だから、告げぬ代わりにせめて、少しでも長く自分の姿を 映して置きたくて見つめ続けた。 滅び去る最後の瞬間まで、色褪せぬままに記憶に刻んでおきたかった。 さすがに、転生してまで覚えていたのは驚きだが。 想いっつーか・・・、ほとんど執念だよな。 必死に見上げて来る天使から目を逸らす。 10年も共にいたアイツらの事はまるで覚えていなかったってのに、 たった数ヶ月過ごしたコイツの事は、執念深く覚えていたなんて。 確かに、これは裏切りだろ。 それを言ったら、コイツに惚れた時点で裏切りもいいとこだけどな。 とった行動はともかく、死の瞬間まで心の中で ずっと求め続けていたのは、コイツなんだから。 ハートの女王・・・いや、キーファーが言う通り、 俺はアイツらを裏切り、捨てたんだ。 それも2度も。 「ハッ、どうしようもねぇ男だぜ」 俺はもう、嗤うしか無かった。 懸命に、否定に首を振っている天使が見えるが、嗤いは止まりそうもねぇ。 脳裏を過ぎるのはアイツらの顔。 わけがわからなかったはずの、言葉の数々。その表情。 寂しそうな、哀しそうな、喜んでいるような、ホッとしたような。 複雑な感情をない交ぜにして、俺を見つめていた表情。 覚えがあって当たり前だ。 ソレは、俺がアイツらの元に帰り付いた時に見たものと同じだったんだから。 天使を捨てて、ひと時の仲間を裏切り、アイツらの元に戻ったあの夜、 俺を出迎えたヤツラが見せたもの。 『本当に、いいのか?』と目で訴えかけていたアイツらの、複雑な思いを表したもの。 ・・・とっくに、バレてたんじゃねーか。 自嘲すればするほど、嗤いは止まらない。 アイツらだけじゃねぇ、俺は、裏切り踏みにじったヤツラにまでその顔をさせたんだ。 虚空の城の玉座でまみえた時に。 愚かにも、俺が仲間に戻るんじゃないかと期待していたアイツらに。 そして、天使の広場でオスカーに。 「バカだよな・・・」 俺なんかに会えて、喜んでるんじゃねぇよ。 傷つくなよな・・・俺がおまえの事を忘れてたぐらいで。 おまえに仲間だ、なんて思われる資格は俺にはねぇんだよ。 おまえと過ごした時間も、全部嘘で塗り固めた時間だったんだから。 「ホント・・・バカだよ・・・」 嗤いながら呟けば、見上げて来る瞳がまたポロポロと涙を零す。 「アリオス・・・」 名を呼んだだけの囁きは、『どこにも行かないで』と聞こえた。 耄碌したか? 俺も。 ・・・けど、事実なんだよな。 お人好しなおまえは、俺がどんなに救いようのねぇ悪党でも許しちまうんだよな。 許して、求めちまうんだよな。 「悪ぃな・・・」 ポツリと、謝罪の言葉を落とす。 とたんに、見開かれた瞳が大きく歪んだ。 雫を散らすほどに首を振り、言葉ではなく行動で訴えかけてくる。 俺の首に両腕を回して。力の限りに縋り付いて。 「悪い・・・な。どうしようもねぇんだよ、俺は」 「やだっ! そんなの、やだ! どこにも行かないでっ、離れて行かないでっ。 もう、私を置いて行かないで!」 体を震わせ、首筋に顔を埋めて、懸命に俺の服を握り締めて縋りつく天使。 その脆そうな背を見下ろして、俺はもう1度呟いた。 「どうしようもねぇんだよ、俺は・・・。 どんな罪を背負っても、どれだけ詰られても、それでも・・・」 天を仰ぐ。 眼裏に過ぎる9人に許しを請うように。 「コイツだけは手放せねぇんだ」 震える華奢な体。 壊れそうなその背に腕を回し抱き締めれば、硬直していた体から ゆっくりと力が抜けて行った。 「アリオ・・ス・・?」 「うん・・・?」 恐る恐る。そんな風に見上げて来る瞳に小さく苦笑して、 俺は縋り付いていた腕をしっかりと背に回させると、壊さぬように 華奢な体を力強く抱き締めた。 抱き締めながら、懐かしい顔を思い浮かべる。 悪ぃな・・・、世話の焼ける主で。 次に会えた時は気が済むまで殴られてやるから、許せよ。 脳裏に浮かぶ9つの幻。9つの色鮮やかな魂。 薄暗い城での悲壮な別れの表情ではなく、明るい光の下で 小さくなっていった晴れやかな表情を思い浮かべて、アリオスはまた笑う。 それがいつの事になるかはわからないが、きっとまた会えるだろう。 その時、どんな関係で出会えるかはわからないが、 願わくば主従関係などではなく、敵対する関係でもなく、 普通に、対等に付き合えるような関係で。 平気でど突き合えるような関係で。 ・・・・・・っと、アイツらに殴られる前に、オスカーに殴られなきゃならねぇか。 あと、あのお人好し連中にも。 ・・・けど、果たして殴られるだけで済むか? 腕の中に大切に少女を包み込み、泣き笑いで見上げて来る頬に 額に瞼にと唇を寄せながら、俺は強烈な右ストレートが 飛んで来る予感に苦笑していた。 望み、求め続けた柔らかな唇に触れた時には、 そんなこれからの事なんか、意識の遥か彼方だったがな・・・。 |
アミさま、リクエスト以上の創作をありがとうございました〜! ギャグあり、パラレルあり、でもサイドストーリー&シリアスも 入っていて…そしてしっかりアリアンなところがv 全ての要素が入っていて嬉しいです。 アリオスさんのモノローグってことで彼がどれだけ アンジェにめろめろなのかがひしひしと伝わってきますよねv アリオスの暴れっぷりもアンジェの罪状もさすがです(笑) 不思議の国の住人の『彼ら』にも笑わせてもらいつつ、 そして、切なくさせられました。 転生した彼らにも会いたいなぁ、と思いましたよ。 これ以上書くと長くなっちゃいますのでやめときますか(笑) 次のページにはさらに嬉しい頂きものが♪ |