『窮鼠、猫を噛む』って諺がある。 追い詰められたならば、ネズミだって猫に噛み付く。 タイムリーな事に寡黙な眠り『ネズミ』を加えたウサギ泥棒たちが、果たして 目の前の猫・・・っつーより、怒り狂った俺に噛み付けるものかどうか甚だ疑問だがな。 噛み付くようなら、容赦無く踏み潰してやるぜ!! 俺は、やっと手が届くと思ったアイツを連れ去られた怒りで目の前が真っ赤に なりながら、狭い通路を駆け抜け、広がったその光景に思わず目を見開いた。 長い通路を抜けたらそこは、なぜか崖っぷちだった。 まぁ・・・今更、何があっても驚きゃしねぇが。 そのギリギリの位置に置かれている鳥かご。 その鳥かごの前、凭れかかるようにして項垂れているのはピンク色の少女。 遠すぎるのと障害物が多いのとで安否が良くわからねぇが、 たぶんアイツの事だ、ヤツラのパスワークのせいで目でも回したんだろう。 そんなアイツの前には、俺の視界を立ち塞がるように腕組みする白クマがいた。 数が3人足りないが、どうせ奇襲でもかけてくるつもりだろ。 お得意のパターンだからな。 思った通り、躊躇いもせずに白クマに向かって歩を進めたとたん、 視界の端から唸り声と共に飛び掛ってくる影。 「ココは通さない! 通サナイカラナァ!!」 狂気を孕んだ叫びは、どこか聞き覚えがある。 我が身を省みないその襲い掛かり方も。 だが・・・コイツら、素手でどうしようってんだ? 飛び掛ってきたソイツを、俺は剣の柄で殴り倒した。 アホか。9人総がかりでも負けるくせに、1人きりで、 それも素手で俺が倒せるわけねぇだろうが。 一瞬だが、俺の注意は地に転がったボウシ屋に向いた。 ・・・ソレが、狙いだったのかもしれない。 俺の視界の端で動いた、柔らかなピンク色の影。 ハッと顔を上げた時には、日頃のトロさをかなぐり捨てて起き上がった アイツは、驚いた白クマの横をすり抜けると、両手を広げて一直線に 俺の元へと駆けて来ようとしていた。 そのすぐ脇の茂みから、アイツめがけて俊敏な影が飛び出して来る。 「バカ! おとなしく寝てろっ!!」 潜んでいた眠りネズミだ。ターゲットは、俺ではなくアイツ。 そう悟った時には俺は駆け出し、一瞬の後にアイツと暗殺者との間に 立ち塞がっていた。 走って来た・・・わけじゃねぇ。一瞬で、跳んだ。2人の間に。 アイツを守り、ヤツを叩き伏せるために。 跳んだ勢いのままに、俺はアイツを腕の中に庇い、 襲い掛かって来たヤツに扉すら破壊する蹴りを食らわせる。 吹っ飛んだ眠りネズミは、追いすがろうとしたボウシ屋と衝突し、 2人揃って地面を転がった。 それを横目に、俺は抱き締めていた少女の顔を上げさせる。 「大丈夫か、アンジェリーク!」 「ええ、だいじょーぶ! あなたが守ってくれたんだもの、うふっ☆」 「・・・・・・」 ピシッ。 「っ!! てめぇ、もう1回死んでみるか、ああ!!?」 「キャ〜、アリオス様ったら怖〜い!」 俺が抱き締めていたのは、ピンクのワンピースを着て 栗色の髪のヅラを被った、チェシャ猫だった。 ソイツを、ズリズリと歩腹前進して来た2人の上に投げ捨てる。 「ぐえっ!」 「アリオス様ったら、乱暴しちゃイヤン〜」 「・・・重たい、どけ」 積み重なった3人組。それでもまだ、歩腹前進してくるつもりらしい。 鬱陶しさに、俺はモンスターさえもビビらせる本気の眼光をソイツらに向けた。 ・・・ヤツラは、ビビるどころか恍惚となったが。 「懐かしい目だ・・・」 「まさか、俺らが食らう側に回るとは思わなかったけどな。 でも・・・俺は本気ですよ! あの子を取り返したかったら、俺らを倒して行ってください!」 「そう簡単に返しちゃ、面白くないからね〜。 叩きのめされでもしなきゃ、引く気はサラサラないよ」 すでに叩きのめされて地に這いつくばっているくせに、まだぬかすか。 冷淡に見つめる俺の前に、性懲りも無く立ち上がって来る3人。 だが、やはりその手に武器は無い。 素手。手ぶら。 さっきの妙な雷撃を使う必要も無く、剣でなぎ払ってやるだけで真っ2つになりそうだ。 それは、額に汗を滴らせている3人組が、1番良くわかっているようだが。 「そこまでして、俺の邪魔をしてぇのか・・・」 素手で剣に立ち向かい、棺桶に両足突っ込むような暴挙を冒しても、 俺にアイツを渡したくねぇのか。 思って、自嘲に俺は笑った。 その笑いに、可愛くないピンクのウサギが口を尖らす。 「ホント、アリオス様ってば人の気持ちには鈍いんだよね〜。 特に、僕らの気持ちには鈍いよね」 「そうそう、勝手に何でも決めちゃうんだよな。 俺たちって、そんなに信用無いのかよ」 「・・・同感だ。語ってくれたならば、幾らでも道はあった」 ・・・何言ってんだ、こいつら? ハートの女王同様、わけのわからない事を言い出した3人を、 俺は黙って見詰めていた。 こいつらと過去に関わりがあったらしい事は、もう否定しねぇよ。 どうも、事実らしいからな。けど、相変わらず言ってる意味はサッパリわからねぇ。 口々に不満を喚く3人を見つめ、俺は背後に立つ白クマへと振り向いた。 見つめて来る瞳は、同じだ。 アイツらと同じ、燻る不満を映したような。少し困ったような。 そのブルーの瞳を見つめて、俺は1度軽く目を瞑ると、 手にしていた長剣を音高く大地に突き刺した。 「え・・・?」 鈍く光る刀身。 ソレには見向きもせず、俺は白クマの背後に隠されている鳥かごと、 その中にいるであろう少女を目指して歩き出す。 「ちょ、ちょっと待てよ! 行かせないって言っただろ!」 「そーそー。武器を捨てたって、容赦はしないからね〜」 「これで・・・ハンデ無しだな」 ザザッと回り込んでくる3人組。 真剣な顔のボウシ屋。口を尖らせたままのチェシャ猫。眉を寄せている眠りネズミ。 身構える3人の前に進み出た俺は、足を止める事無くヤツラの攻撃範囲内に侵入する。 そして・・・。 ゴチ!! ゴチ!! ゴチ!! 3人組は、容赦無いゲンコツの前に崩れ落ちた。 「俺の前に立ち塞がって、いいと思ってんのか? ああっ?」 「す・・・すいませ・・・うげっ」 地面に突っ伏した3人組。 その背中を容赦無く踏ん付けて越え、俺は障害物を難なくクリアした。 残るは、唖然としている白クマ1匹だ。 「そこをどけ。それとも、力ずくがいいのか?」 「親分・・・」 ヤツラに食らわせた眼光を、今度は白クマに放つ。 だが、ソレに対するヤツの表情は、コイツらのように恍惚としたものじゃなく、 どこか寂しげで物悲しい色に満ちたものだった。 まるで、天使の広場で出会ったアイツを思い出させるような・・・。 「・・・本気なんすね、親分。・・・いや、今更っすかね。 もう、とっくの昔にわかってた事っすから」 どこか、悟りの境地のような、微笑さえ浮かべた表情で深く息を吐き出す白クマ。 その表情に、その言葉に、睨みつけていたはずの俺の眼差しは薄れていく。 記憶に無い目の前の男。記憶に無い周りの奴ら。記憶に無い言葉の数々。 けれど、この表情は・・・。 沸き上がって来た記憶に押されるように、俺は顔を顰めたまま数歩後ずさっていた。 寂しそうな、哀しそうな、でも・・・どこか嬉しそうな、ホッとしたような。 複雑にプラスとマイナスの感情が入り混じった表情。 つい最近、天使の広場で出会った赤い髪の青年に。 もっと以前に、どこかの城の玉座から見下ろした、複数の者たちに。 さらに前、整然と並んで自分を出迎えた者たちに。 俺は、確かに見たはずだ。 その時の胸の痛み。今も、思い出せば甦るソレは、幻じゃないはずだ。 「おまえ・・・」 何か、思い出せそうな気がした。 知らぬ間に使えるようになっていた雷撃のように。 ドラゴンロードの頭部を黒焦げにした力のように。 一瞬で、距離を跳び越えた時のように。 抵抗無く力が溢れてきたように、失われていた記憶が霧の中から 戻って来るような気がしていた。 「親分・・・」 そう、呼ばれていた事があるような気がする。 ずっと以前、遠い昔に、俺の傍にはコイツらが・・・。 シリアスな空気は、突然の地鳴りと振動に、見事に邪魔されたが。 「うわっ! うわわっ!!」 ボウシ屋の叫び声に、シリアスムードもなんのその。 俺と白クマは何事かと振り返り・・・。 次の瞬間、2人揃って驚愕のあまり目を剥いた。 「なんで、こいつが生きてんだよっ!?」 「・・・さすがは最強のモンスターだ」 「納得してる場合じゃないってば〜! アリオス様もゲルハルトもっ、さっさと逃げないと2人とも死ぬかもよ〜!?」 死ぬかも・・・じゃなくて、間違い無く死ぬだろうな。 怒れる黒焦げドラゴンロードの突進を、真っ向から食らったら。 もしも、第一撃をなんとか堪えられたとしても、吹っ飛ばされちまえばそれで終わりだ。 ここは、底も見えない崖の突端なわけだし。 落ちりゃ死ぬ。 「親分! ここは一先ず!」 大慌てで背後に隠していた鳥かごを引っ掴み、突進コースから跳躍する白クマ。 俺の手で、と言いたいところだったが、ヤツがアンジェリークを連れて 逃げてくれた事で、俺は多少なりとホッとした。 俺は、あの死に損ないを倒さなけりゃならねぇから・・・・・・・・って、おいっ!! 「お? なんか軽い・・・って、うおっ!!?」 パスしまくって振り回したのが悪かったのか、はたまたドラゴンの背に 垂直落下した時点でいかれてたのか、跳躍する白クマの手にあるのは、 鳥かごの上半分。檻の部分だけだった。 つまり、それに繋がってたはずの底板と、その上にコテンと倒れた肝心の 時計ウサギは、突進するドラゴンロードの真ん前に置き去りだ。 「ばっ、バカ野郎!!」 怒りのままに突進して来るドラゴンロード。 その勢いは、白クマが逃げようとも、前方にあるのが鳥かごの 底板だけだろうとも、止まらねぇ。 怒りの矛先たる俺が逃げなければ、なおさら止まらねぇだろ。 「アンジェリーク!!」 俺は、逃げる気なんざサラサラ無かった。 ギャラリーは騒いでるけどな。 アイツを置いて、どこに逃げろってんだよ。 アイツがいなきゃ、どこに行ったって同じだろ。 結果、ギャラリーの逃げろコールも無視して、俺は倒れたアイツを 抱き起こそうと覆い被さる。ソコに突っ込むドラゴンロード。 俺たちを乗せた底板は、勢いよく空を飛んだ。 潰されなかっただけ、遥かにマシか。 「うわあああっ! アリオス様が〜〜〜〜!!」 「冗談じゃないって! どうするのさ〜!」 「・・・大変だ!」 「親分、後ろっ! 後ろだっ!!」 崖っぷちからの警告(大半が悲鳴)に振り向けば、そこには しつこいドラゴンロード。 どうやら、勢い余って向こうも飛び出しちまったらしい。 この、底も見えない奈落の上に。 くわっと大口を開けてブレスを吐き出そうとする姿からは、 戦闘意欲しか伺えないけどな。執念だぜ。 「この・・・っ!」 敵は最強モンスター。足場は空飛ぶ底板。武器は無し。 左手には守るべき少女。 果たして、この状況で俺に勝ち目はあるのか? それ以前に、武器の無い素手状態で、コイツを黒焦げにした力が もう1度繰り出せるものかどうか。 しかも、繰り出せたところで、さっき同様に効かない可能性は大きい。 コイツ、ピンピンしてるわけだし。 「・・・なんて、弱音吐いてる場合じゃねぇか。できなくても、やらねぇとな。 おまえだけは守らなきゃならねぇ。 ・・・でないと、俺の存在価値なんてねぇよ」 腕の中の少女を強く抱き締め、ぐったりとしたその耳元に囁きながら 右手をかざした俺は、全神経を集中させてありったけの力を放とうとした。 体の奥から沸いてくる、不思議な・・・魔導と言う名の力を。 だが・・・。 カクン。 それより先に、抱き締めていた少女の首があらぬ方向に折れた。 「なぁっ!!?」 最愛の、何を捨てても選ぶと決めた唯一の少女。その細い首。 慌てて両手で頭部を引っ掴んだとたん、それは見事にポロリと外れる。 パタッと倒れる上半身。両手の中に収まった栗色の小さな頭。 長い髪を風に靡かせるその愛らしい顔は・・・・・・・・・ ペコちゃん。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」 その瞬間、俺は完全にぶち切れた。 「てめぇらっ!! どこまで俺をおちょくれば気が済むんだっ!!!」 空飛ぶ底板に亀裂が走る。 当たり前だ! 死に向かう思いで守ってみれば、ただの人形だぞ! ふざけんなっ!! 怒りまくる俺。その足元から、ピシピシと亀裂を走らせる底板。 現在の自分の危機的状況なんざ、完璧に頭からすっ飛んでいた。 ただ、目の前に迫った凶悪な面。 その横っ面を、怒りにかられたままグーで殴りつける。 それがドラゴンロードだったと気付いたのは、哀れを誘う鳴き声が 聞こえてきてからだ。 そして、己の状況を思い出した俺の目の前で、横っ面を張られて 仰け反っていたドラゴンロードは、突然飛んで来た無数の剣に 串刺しにされ剣山と化し、容赦無い魔導を浴びせられて墜落して行った。 後には、最強モンスターの悲壮な鳴き声が残る。 ・・・ああ、空飛ぶ底板と、時計ウサギ型ペコちゃん人形と、俺もか。 ・・・・・って、何でアイツらが!? 自分の目を疑うのは簡単だ。幻と思い込むのもな。 けれど、見上げる斜め上方。 落下する底板に合わせて、どんどん遠ざかって行く崖っぷち。 そこに、ズラリと並んだ9つの人影は、どんなに目を瞬いてみても 消えはしない。 カポッとヘアバンドの白クマ耳・・・じゃなくてウサギ耳を外す、3月ウサギ。 手に残った鞘を見つめ、もういらないとばかりにポイ捨てする眠りネズミ。 シルクハットをブンブン振っているボウシ屋。 妖しげな投げキッスを贈るチェシャ猫。 無表情ながら、どこか穏やかに見える少年トランプ兵。 着ぐるみの中身・・・と思われるイモムシ。 寂しそうなスペードのキング。 そのキングにしがみついて、泣きそうな顔をしているハリネズミ。 そして・・・傲慢な笑みを浮かべるハートの女王。 その指が、スッと俺の横、空飛ぶ・・・ではなくて 今や空落ちる底板の下方を指差す。 つられて視線を転じれば、そこに見えるのは、いつの間に現れたのか 底板を先行するようにフワリフワリと降りて行くパラソルと、 風に翻るピンクのワンピース。さらに、聞き覚えのある楽しそうな鼻歌。 間違っても、ペコちゃん人形は鼻歌など歌わない。 今度こそ正真正銘、探していたアイツに間違いない。 まるで、ココに紛れ込んだ当初のような光景に、虚を突かれて 俺は呆然と瞳を見開いていた。 揺れながら降りてゆくパラソル。 途切れる事の無い、聞き覚えのある鼻歌。 手を伸ばせば、届きそうな位置にいるアイツ。 だが、求め続けたアイツに手を伸ばすよりも先に、 俺は遥かに遠い崖っぷちへと振り返っていた。 まるで見送るような9つの影は、そのままの場所で変わらずに佇んでいる。 重力に引かれるまま遠ざかり、輪郭も薄れ、影さえもおぼろになって行く彼ら。 3月ウサギ、眠りネズミ、ボウシ屋、チェシャ猫、トランプ兵、 イモムシ、スペードのキング、ハリネズミ、ハートの女王。 妙なヤツラ。そうとしか形容できない、9つの影。 なのに・・・なぜだろうな。もう顔も見えないのに、点でしか 認識できないのに、妙に懐かしい気分になるのは。 遠ざかっても、見えなくなってしまっても、懐かしいと・・・・・・思う。 そう、思える。 そんな俺の郷愁を消し去るかのように、パラソルに導かれた底板は どこまでも落下。視界を染めるのは、当初のような濃紺一色で、 落ちるごとに段々色が濃くなり、暗雲が立ち込めるように暗さが増して行く。 けれど・・・そんな薄れて行く視界の中でも、俺は確かに聞いていた。 懐かしさを覚えるアイツらの声と。俺を呼ぶ、愛おしい声を。 遠のいて行く複数の声。代わりに近付いて来る可憐な声。 それが誰のものか、わかっているから俺は目を瞑った。 声を受け止めるように、求めるように、手を伸ばした俺の上に 射し込む眩しい光。応える柔らかさ。 光揺れる緑。澄んだ青。 柔らかく頬に触れるのは、温もりに満ちたそよ風と・・・白い織手。 日差しをバックにして視界に飛び込んで来た不安そうな表情に、俺は 頬に這わされていた小さな手のひらに自分の手を重ね、眩しそうに目を細めた。 軽く瞼を閉じてからゆっくりと開けば、変わらずに見つめてくる蒼い瞳が ホッと和み、優しい微笑へと変わってゆく。 何よりも愛おしく、替えがたい少女。 アンジェリーク。 「良かった。アリオスったら身動きもしないんだもの。 なんだか、このまま目が覚めないんじゃないかって心配しちゃった」 心底ホッとしたように告げて、嬉しそうに笑いかける。 その姿をマジマジと見つめて・・・。 俺が最初に取った行動は、起き上がってその栗色の頭に触れることだった。 形の良い頭を撫で、滑らかな髪に指を差し入れて、ついでに ツムジの辺りを掻き分けてみる。 「??? 何してるの、アリオス?」 ・・・ねぇな。どこにも・・・。 髪を掻き分け探せども探せども、やっぱり無い。 あの、モコモコのウサ耳が。ついでに、パラソルも無い。 落し物だったハートのペンダントは、しっかりとその首元を飾っている。 「・・・・・・夢か」 真っ当に考えてみれば、それが当然の答えだろ。 雲を眺めていた俺。草原に寝転がっていた俺。少女を待ちわびていた俺。 そのまま眠っちまっても、ちっとも不思議じゃない。 「夢・・・か。・・・そうだよな。・・・当たり前だよな」 低く呟いてみる。 自分に言い聞かせるように。 あんな珍妙な世界が現実にあったら、たまらない。 あんな、バラが木立に咲くような、扉が宙に浮かんでいるような、 しかもソレが木のウロに繋がっているような。 育ててる人間の常識を疑いたくなるような世界があったら・・・。 それがこの土地に。 コイツが慈しみ、懸命に両手を広げて守り『育てている』この アルカディアにあったりしたら・・・。 シャレにならねぇ・・・。つーか、人目に付く前に抹消するぞ。 コイツの人に自慢できないチャームポイントは、食欲大魔人な ところだけで充分だ。 夢で良かったと、俺は深い溜め息を吐いた。 そんな夢を見た自分の脳みそ具合については、 全く気付いてもいなかったが。 ・・・気付いていたら、大木に頭を打ち付けていたかもしれない 「アリオス、夢見てたの? ・・・もしかして、怖い夢?」 安堵の溜め息を吐いている俺の姿に、あまり良くない夢だったのでは ないかと、アンジェリークは肩を竦めて不安そうな目をする。 「おまえが怖がってどうすんだよ。別に、怖い夢じゃないさ。 ・・・・・いや、怖い夢・・・か」 どこまでも駆けて行くコイツ。捕まえられない自分。 それはそれで、怖い夢と言えるだろう。 結局、最後まで捕まえられなかったわけだし。 「追いかけても、追いかけても・・・か」 自嘲気味に笑い、未だにスッキリとしない頭を軽く振る。 不思議で珍妙な世界。それ以上に、キワモノ揃いだった住人。 軽く目を瞑るだけで、脳裏に刻みついてしまった幾つもの顔が 眼裏を過ぎって行く。 懐かしい。 そんな思いと共に刻み付けられた、9つの顔が。 「アリオス・・・?」 黙りこんでしまった事に不安を覚えたのか、伺うように 小首を傾げて覗き込んでくる愛らしい瞳。 幼さを残すこの瞳に自分の姿を映したくて。 華奢なこの体を捕まえたくて。そのまま離したくなくて。 どこまでも追いかけて行った。どこまでも、追うつもりでいた。 この世で唯一と定めた少女。 何を捨てても、誰を裏切っても選ぶと。 決して手放さないと決めた最愛の女。 俺の・・・・・・天使。 「思い出したぜ、全て。おまえのことも、俺自身のことも・・・」 低い言葉を落としたその数秒後、心配げに伺っていた瞳が凍りついた。 |