cocktail rhapsody  episode 0

 

「アリオス、それどうしたの?」
仕事から帰ってきたアリオスが抱えているいくつもの箱を見てアンジェリークは目を丸くした。
「コレクションが終わってな。関係者からいろいろもらったんだ」
「お酒ばっかり…」
アンジェリークには分からなかったがそれらは数万はくだらないという代物ばかりだった。
「ちゃんと心得てる奴らが多いってことだ」
アリオスは口の端を上げてそう言った。
彼に贈るなら酒、これは暗黙の了解だった。
「さっそく開けるが…お前も飲んでみるか?」
「いいの?」
たくさんのラベルを見ながらアリオスは彼女にも飲めそうなものを選んだ。
「このシャンパンくらいなら大丈夫だろ」
この時彼は気付くべきだった。
一番飲み易そうなものを選んだといっても、あくまでも彼へ贈られた酒達の中のひとつ。
一般的にはそれよりも弱いものがいくらでもあるということを。



「アリオスもっと〜」
グラス一杯でアンジェリークは頬を火照らせ、楽しそうに笑っている。
アリオスの部屋で飲み始めてほどなく、の状態である。
「お前、やっぱり弱ぇんだな」
ボトルを取り上げたアリオスは想像できていた、と溜め息をついた。
「やめとけ、早いペースで飲むな」
「アリオスはー、いっぱい飲んでるじゃない」
代わりに口元に差し出されたチーズを食べながら、アンジェリークは不満そうな表情をする。
呂律の回らない状態で文句を言うが、きいてやるつもりはない。
「俺はいいんだよ」
「ずるい〜」
「酒は無理して飲むもんじゃねぇ。自分にあった飲み方にしとけ?」
「だって、それおいしーんだもん」
頬を染め、潤んだ瞳で睨むその様子がかわいくて、誤魔化すようにキスをした。

「もっとv」
それでもねだる少女にアリオスはさらに彼女からボトルを遠ざけた。
「ダメだ」
「違う〜」
そしてふいにアンジェリークの柔らかな唇が触れた。
「こっち」
「………」
普段は滅多にしてくれない積極的な行動にアリオスは一瞬固まった。
「あははー。びっくりした?」
きゃっきゃと無邪気に笑う少女に一瞬とはいえ驚かされたのが癪で、
口の端を上げて言い返す。
「これくらいできたら驚いてやるよ」
「ん……」
仕返しとばかりに深く激しいキスを与えてやった。



「あーつーいー…」
しばらくアリオスの腕の中でじゃれていたアンジェリークはそう呟くと
彼の膝の上から下りた。
「まぁセーター着てりゃ暑いだろうな」
そしてアンジェリークは冷たい飲み物に手を伸ばす。
しかし、のろのろとしたその動作は楽にアリオスに先を越された。
「やめとけって」
「…いじわる〜」
「お前なぁ…」
涙を滲ませ振り上げられた小さな拳を受け止めてアリオスは思った。
飲ませるべきではなかったか? と…。
「今水持って来てやるから…アンジェリーク?」
ぷいっと背中を向けてしまった少女。
何をするのかと思えばセーターを脱ぎ出した。
「暑いんだもん」
「………」
アリオスが絶対彼女に外で飲ませまい、と思った瞬間である。

キャミソールの隙間から覗く下着がフロントホックだということに気付き、
今夜は脱がしやすいな、とつい無意識に考えた。
しかし彼女がこの状況ではいやでも冷静になってしまう。
珍しく理性の方が勝り、彼は立ち上がった。
「すぐ戻ってくるから大人しくしてろ」
「は〜い」
アンジェリークはご機嫌な様子でいってらっしゃいと手を振って彼を見送った。

「のど乾いちゃった…」
アリオスが水を持ってきてくれるのを待っているはずなのに、アンジェリークは
そう言うと小さなテーブルの上をぼんやりと見つめた。
そこにあるのはアリオスのグラス。
中にあるのは琥珀色の飲み物。
「お茶〜v」
酔っ払いを一人にしておくのは良くないことである…。


アリオスが戻ってきた時にはアンジェリークはテーブルの上でうたた寝をしていた。
すぐに自分のグラスの中身がないことに気付き、アリオスは溜め息をついた。
「こら、お前俺の飲んだだろ」
あれはけっこうキツいはずだぞ、と少女の頭をペしペしと叩く。
「んー、アリオスのお酒飲んでないよ。私が飲んだのお茶だもん…」
そのまま再び眠ろうとする少女を起こして水を渡した。
「はいはい、とりあえず水飲め。寝るならちゃんとベッドで寝ろ」
…もはや子どものお守りと大差ない。
「今お茶飲んだからいらない〜」
聞き分けのない子どものように顔を背ける少女にいい加減アリオスも疲れてきた。
もともと気は長くない。
これまでの面倒見の良い振る舞いもアンジェリーク相手だからこそできる芸当だ。
「…そうかよ」
声を押さえるようにそう呟くとアリオスはグラスに口をつけた。
そのままアンジェリークの顎を捕らえ、唇を割る。
「…っん…」
伝わり損ねた水が口の端から零れる。


「アリオスー♪」
繰り返し飲まされた水のおかげで眠気はとんだようである。
単なる酔っ払いに戻った、とも言うが。
「お前酒グセ悪ぃな…」
今度は懐いてくる膝の上の少女を抱き返してやりながらアリオスは呟いた。
ころころと表情を変える、小さな子どもか子猫を世話している気分にさせられる。
そしてまだそっちの方がマシだな、と思った。
きゅっと抱きつかれた熱く火照った素肌や潤んだ瞳、甘い声に理性を試されているようだ。
こんな彼女も悪くはないが、本音を言うならばもう少し艶やかに酔ってほしかった…。
もう何度目か分からないほどの官能的なキスにアンジェリークは頬を染めたまま微笑んだ。
「アリオス…しよ?」
「あ?」

不覚にもその意味を図りかねて、アリオスはつい聞き返した。
「イヤ?」
それをノーサインだと取ったアンジェリークはしょんぼりしたように呟いた。
「やっぱり…私なんかじゃ…」
「バカ、そんなんじゃねーよ」
泣き出しそうな彼女の瞼に口接けた。
「お前がそんなこと言うのは初めてで…驚いただけだ」
宥めるようにキスをして…しかしその手はすでにキャミソールの下で鍵を外していた。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「…ん…?」
翌朝、アンジェリークは目を覚まして自分を抱いたまま眠る彼を見つめた。
「え…と…?」
なんだか身体がいつもより気だるげな感じがする。
白い肌に散る赤い跡にアンジェリークは「え?」と跳ね起きた。
「どうした?」
「あの…アリオス…私、昨日…」
おろおろと隣で横になる彼を見下ろす。
「珍しかったな。お前が積極的になるのは」
「ええっ!? 冗談…だよね?」
驚くアンジェリークにアリオスの方が眉を顰めた。
「お前まさか…」
「なんにも覚えてないんだけど…」
信じられない…とばかりに青ざめる少女にアリオスの方が額を押さえた。
「こっちの方が信じたくねぇ…本当に覚えてねぇのか?」
「うん」
静かにパニック気味な少女を落ち付かせるべく抱きしめつつ、アリオスは溜め息をついた。
昨夜は珍しく彼女が誘ってくれて、しかも積極的で。
欲しいだけ奪って、あれだけ愛し合ったのに。
この敗北感はどういうことだろうか…。

「もうお前、酒飲むな」
疲れたような彼の声にアンジェリークは「?」と思いながらも頷いた。
確かに記憶をなくすようなことはもうしたくない。
そんな彼女を確認しながらアリオスは改めて溜め息をついた。
「ったく…まじかよ」
「アリオス…?」
きょとんとする少女の問いかけに答えることなく、ただ寄りかかるように彼女を抱きしめていた。
今までにないくらいの夜だったのに彼女が覚えていないとは…。
自分だけ覚えていても意味がないではないか。




金輪際、アリオスはアンジェリークに酔うほど飲ませないよう、
また、酔った少女には手を出さないようにしようと心に決めたはずなのに…。
その決意もむなしく曲げさせられ、やっとその気になったとたん躱される、という
苦い経験をするのは…もう少し先のことである。


                                          〜fin〜


…これが前ページで言った
『以前飲ませて大変だった』時のお話です。
アンジェ壊れてますねぇ…。
そして最強です(笑)
アリオスさんも敵いません。

アリオスが酔ったアンジェに手を出すのを
前ページで躊躇ってた理由はこれです。
彼が紳士だから、という理由ではないのですよ(笑)

 


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