Happy Birthday, My honey 


 時刻は午前0時ちょうど。アリオスは撮影のため、スタジオの中にいた。
 しかし、今はセットからやや離れたところで携帯をかけている。
 彼女はこの時間なら、勉強をしているか、それを終えてルームメイトと
 くつろいでいるはずだ。1コールがやけに長く感じる。

 ふいにコール音が途切れ、嬉しそうに自分の名を呼ぶ彼女の声が聞こえた。
 アリオスの表情も自然と柔らかくなる。
 スタッフ一同、仕事でもこの笑顔を見せたらまた新しいファン層が増える
 だろうに…もったいない、とため息をつく。
 しかし、これは彼女専用なのだ。どうしようもない。
 アリオスは微笑みながら、勝ち誇ったように言った。
 「ハッピーバースデー、アンジェリーク」
 そばにいる親友とやらよりも俺のほうが早かっただろ? と。

 「終わったか? アリオス」
 「ああ、それじゃ始めようぜ」
 「ったく、どっちが主導権握ってんだか…」
 オスカーのぼやきにアリオスはハッと笑う。
 「今日、この日に、仕事引き受けてやっただけでもありがたく思いやがれ」
 大切な彼女の誕生日、本当なら日付けが変わるその瞬間からそばにいて
 やりたかった。誰よりも早く抱きしめておめでとう、と言ってやりたかった。
 そしてそのまま寝かさないつもりだったのに…。
 急な仕事が入ってしまった。
 最大の譲歩で午前0時の前後5分は休憩をいれろ、と言ったのだ。
 アリオスの彼女最優先説は業界では有名である。
 もはや誰も異を唱えようとするものはいない。
 彼女は、誰とも共演することのなかったアリオスの最初で最後の
 相手なのだから。
 「いつもながら…ずいぶんと可愛がってるんだな」
 「可愛がりがいがあるからな」
 いいかげんお前もあいつに手を出すのを諦めろ、と表情が語っている。
 「さーて、さっさと終わらせるか。一度家に帰ってから
  お嬢ちゃんにバースデープレゼントもやりたいしな」
 「甘いな。学校が終わったら即、俺とデートだぜ? いつ渡すんだ?」
 

 今年のアンジェリークの誕生日は土曜日だった。
 だから放課後の時間も平日より長い。アリオスとのデートも長くなる。
 午前中の授業を終え、逸る気持ちを抑えつつ帰り支度をしていた
 アンジェリークに他の女生徒達の話し声が聞こえてきた。
 「外、見た?」
 「なにかあるの?」
 「すっごいカッコイイ人が誰かを待ってるのよ」
 窓から身を乗り出し、会話を耳にしたレイチェルがアンジェリークに尋ねた。
 「アレがアナタの彼?」
 「…ちがうと思うけど」
 超人気モデルのアリオスがそんな目立つことをするわけがない。
 というかそんなことをしたらもっとすごい騒ぎになっているはず、と思い
 アンジェリークは否定しながら窓の外を見た。
 
 「…あ…」
 「なに、やっぱり彼?」
 アンジェリークは鞄を掴むと慌てて校門へと向かい出す。
 レイチェルがそのあとをついていく。
 「違うけど知ってる人。彼の仕事仲間、というかお友達」
 校門から少し離れた歩道で、通りがかる女生徒達の視線を受けとめ、
 微笑み返しながら彼はアンジェリークを待っていた。
 「オスカーさん!」
 息を弾ませ、お目当ての少女が駆け寄ってくる。
 こういうところが実にかわいいと、オスカーは思う。
 「どうしたんですか? こんな所に…アリオスに何か…?」
 悔しいことに彼女の心の中は別の男で占められているが。
 「ご挨拶だな、お嬢ちゃん」
 オスカーは苦笑をもらしつつ、持って来た小さな箱を渡す。
 「ハッピーバースデー、お嬢ちゃん」
 「え?」
 
 反射的にそれを受け取ってしまってから、アンジェリークは
 不思議そうな顔をする。
 「わざわざ、このために…?」
 「もちろん。この後、奴と約束してるんならここで捕まえるしかないからな」
 冗談めかして言いながら、オスカーは誰をも魅了するような微笑みを浮かべる。
 実際、遠巻きに見ていた少女達はすでに落ちている。
 対してアンジェリークはそんな素振りはみえず、ふわりと微笑む。
 「本当にありがとうございます。…でもいいのかな…。
  私なんかがもらっちゃって…」
 オスカーを慕う女性が多いのを知っているアンジェリークは少し
 躊躇いの表情をみせる。
 「俺がやりたいだけだ。お嬢ちゃんは素直に受け取ってくれればいい。
  そして微笑んでくれれば十分だ」
 「もう…オスカーさんったら…開けていいですか?」
 ふふ、と笑いながらアンジェリークはオスカーが頷くのを見て包みを解く。
 
 「わぁ、かわいいっ」
 それは小さなバラをかたどったネックレス。
 薄いピンクと真紅のバラがあしらわれている。
 「…高かったんじゃ…?」
 「お嬢ちゃんが気にするような額じゃないさ。大丈夫、そんなに
  重いもんやるとあいつが怒るからな。たいしたものじゃない。
  遠慮しないでもらってくれ」
 自分を気遣う少女を安心させるようにオスカ−は軽く肩を叩いてやった。
 「気に入ってもらえたなら良かったんだが…」
 「すごくかわいいです。ありがとうございます、オスカーさん」
 今、この瞬間は確かに自分に向けられている微笑み。
 愛しさが抑えきれなくて、彼女の頬にキスをした。
 「お礼はこれで十分だ」
 「オ、オスカーさん!?」
 突然のことにアンジェリークはぱっと頬を染める。
 「じゃあな。デート、楽しんでくるんだぞ」
 オスカーは用事はすんだとばかりに停めておいた車の方へと歩いて行った。
 
 「アンジェ!? 今の人は…」
 「オスカーさんっていってね、彼のお友達」
 キスされた頬をおさえて、またからかわれた…とぼやいている。
 レイチェルはそんな彼女を見て、あの人絶対本気だと思うんだけどなぁ、
 どうして気付かないかなぁ、このコはという感想を持つ。
 「…あんなイイ男の色仕掛けを平気でかわす、ていうか気付かない
  アナタを尊敬するよ…」
 「まさかぁ、冗談だよ、きっと。あの人すごくモテるのよ」
 「…なんかアナタの彼氏がどんな人なのかすごく気になるよ」
 この天然入ったお嬢さんを惚れさせた男というのは一体どんな人なのだろう?
 その答はすぐに知ることとなる。
 
 寮へと向かう道の途中でアンジェリークが前方の
 シルバーメタリックの車に目を止めた。
 「あ、あの車…」
 レイチェルはイイ車だね、とメーカー・車種・値段をずばりと言い当てる。
 「ちがう…そうじゃなくて…」
 アンジェリークが言い終えないうちに、レイチェルはその車のそばで煙草を
 吸っていた男性に気付き、目を丸くする。
 「よぉ、アンジェ、遅かったな」
 「え? まだ約束の時間30分前よ…?」
 銀色の髪に碧の瞳、均整のとれた長身。そこにいるだけで圧倒される。
 煙草をふかす仕種はどこかでカメラがまわっているのではないかと
 思うほどきまっている。
 
 (彼が…アンジェの彼氏…?)
 正直意外だと思った。本当にお嬢さん、といった彼女の相手としては…。
 年なんてひとまわり近く違うはず。
 世間に公表されている彼のプロフィールを思い出しながら
 レイチェルは冷静に計算していた。
 (それに遊び慣れてそう…)
 いかにも大人の男、な彼に親友としての心配が浮かび上がる。
 しかしその次の瞬間、そんな心配は消え去る。
 彼の瞳に微かに揺らめいているのは…たぶん嫉妬。
 先程のアンジェリークとオスカーのやりとりを思いだし、聡いレイチェルは
 ああ、と納得する。残念なことにアンジェリーク本人は気付いていないが。
 
 「さっさと行くぞ」
 助手席のドアを開けてやり、アンジェリークを乗せる。
 そして、レイチェルに視線を向けた。
 「あんたがレイチェル、か?」
 「そうよ。ハジメマシテ」
 「こいつ、今夜は帰らない。よろしくな」
 「OK」
 彼にどこまで私のことを話しているんだろう、と思いながらもレイチェルは
 任せてよ、と頷いた。
 そしてアンジェリークが窓から顔を出す。
 「あ、あの、レイチェル…このこと他の人には…」
 「分かってる」
 確かにこれがバレたらかなりの大騒ぎになるだろう…。
 安心させるようにレイチェルは微笑んだ。
 「デート、楽しんできてね。いってらっしゃい」

 「アリオス、私まだ着替えてないよ…?」
 約束の時間は30分後のはずだ。
 寮に帰って、着替えて準備をしてちょうど良い時間。
 「…あっちのやつは気づいてたみてーだってのに」
 これ見よがしに溜め息をつかれアンジェリークはさらに『?』を浮かべる。
 「服なら適当なところで買ってやる」
 制服のままでは面倒が増える。
 「アリオス?」
 どうして機嫌が悪いの? と瞳が訊いている。
 「…ったく」
 アリオスは鈍い少女を引き寄せ、頬にキスをした。
 「っ!」
 頬にキスされるだけならいつものことだが、
 触れた唇が離れたと思った瞬間、アリオスの温かい舌を感じた。
 白い頬を彼の舌が伝い、アンジェリークは身を竦める。
 「消毒だ」
 
 「あ…」
 今更ながらアンジェリークは気づいた。
 オスカーとのやりとりを彼は見ていたんだ、と。
 「アリオス…」
 真っ赤になってしまったアンジェリークはぽつりと言った。
 「オスカーさんと…間接キス…」
 「………」
 アリオスは本当に…本当に嫌そうに顔をしかめた。
 「お前…そういう言い方はよせって…」
 そしてアンジェリークはお仕置きとして
 昼間にしては官能的すぎるキスを仕掛けられたのだった。

 「あいつに何をもらった?」
 「ん、ネックレス。かわいいでしょ」
 嬉しそうにオスカーからのプレゼントをアリオスに見せる。
 確かに華奢な彼女の首に似合いそうなつくりだ。
 その腕には銀のブレスレット。
 「こんなの持ってたか?」
 「今日ゼフェルにもらったの」
 繊細な銀細工に天然石がはめこまれたもの。
 「器用だよね、これ自分で作ったんだって」
 今朝、照れたような顔をしたゼフェルにこれを渡された。
 「いろいろと世話になってるしな」
 ブレスレットに直接リボンを着けただけの包装がいかにも彼らしい。
 アンジェリークはにっこり笑ってお礼を言い、どうせ袖に隠れちゃうし、と
 その場でつけたのだった。
 
 一方、寮に戻ったレイチェルはロザリア女史からたくさんの包みを
 受け取った。
 「アンジェリークに届け物よ。そういえば今日は彼女の誕生日よね」
 それらを部屋へと運び込む。
 海外にいる両親から来るのは分かるのだが、それ以外はなんなのだろう
 と差出人をチェックした。
 「はー? あのデザイナーセイランにウォン財閥の社長?
  こっちは…確かアリオスの所属事務所の社長、じゃなかったっけ?」
 情報通なレイチェルはすらすらと贈り主の肩書きを述べる。
 「まるでかぐや姫への贈り物ね。彼も大変だね…」
 まったく天使なんだか小悪魔なんだか…とレイチェルは半ば呆れて
 積まれた箱達を眺めた。

                              〜to be continued〜

 


前置きが長すぎたせいで2人のデートが
なかなか始まりませんでした。
…ということでまだまだ続きます。

 

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