Happy Birthday, My honey 2
アリオスが車を停めたのは、海辺のショッピングモール。 今流行りのデートスポットでもある。 「なんか希望はあるか?」 どこのブティックに入ろうかと迷っているアンジェリークにアリオスは訊いた。 「えーと…可愛くて…高くないとこ」 「金額は気にすんなよ」 「でも、私そんなにお金持ってきてないし」 「俺が持ってる」 例え恋人であろうとも人に買わせるのには抵抗のあるアンジェリークは 困ったような顔をする。 「…そうだな。じゃあ、今日は…俺が買ってやる代わりに俺に選ばせろよ」 着せ替え人形になれ、と言われアンジェリークは苦笑した。 「ヘンなの選ばないでよ」 アリオスはMAPをざっと見て、アンジェリークに似合いそうな店を決めた。 仕事柄、そういったことには詳しいのだ。 店内を一歩きしながら、実にすばやく服を選び抜く。 アンジェリークはそのすばやさと、店に並ぶ服たちに目を輝かせている。 「アリオスは服買う時、悩んだりしないの?」 「別に悩まねぇな。それに撮影に使ったものとかをもらうことも多いし」 「そうなんだ」 「お前はいつも悩むよな」 彼女とならそんな時間も嫌いではないが、今日の目的はショッピングではない。 早めに切り上げてしまいたかった。 アンジェリークは数着の服を手渡され、試着室へと入る。 「なんなら手伝ってやるぜ」 「…バカっ」 周りの人達に聞こえるのではないか、とアンジェリークは焦って拒否する。 幸い気を利かせた店員のおかげでそれはなかった。 「これがいい」 何度目かの着せ替えでアリオスは頷いた。 「ホント? 私もこれ気に入ってたの」 嬉しそうにアンジェリークは笑う。 シックな赤、ワインレッドのフレアワンピース。 ところどころに白やピンクが配置されている膝丈ほどのもの。 ちょっと敷居の高いレストランでも大丈夫といった程度の服。 先程もらったネックレスをつけてみると色合的にもよくあっている。 ブレスレットもはずさずにいてもよさそうだ。 「なんか変な感じ。考えてみれば全部もらい物だわ」 鏡を見つめてアンジェリークは苦笑した。 「このまま着ていく」 アリオスは店員にカードを渡し、靴をアンジェリークに差し出す。 「その服ならこれだろ」 「…うん」 さすがにローファーはまずいだろうな、と思っていたアンジェリークは アリオスの準備のよさに感心する。いつの間に見つけてきたのだろう、と。 次に訪れたのは近くのホテルにあるカフェ。 そこからの見晴らしは良く、海が見える。 「とりあえずなんか食わねぇとな」 「うん、もうお腹ぺこぺこ」 「腹の虫がなってただろ」 「なってないもん、失礼ね」 遅い昼食を軽く食べながら、アンジェリークは周りを見る。 窓の外に広がるのは先程の巨大なショッピングモールと観覧車、そして海。 「ね、アリオス。次どこに行く?」 「どっちに行きたい?」 逆に限定して聞き返されアンジェリークは少し考える。 観覧車か、海か…どちらも魅力的である。 「クッ、どっちにも行きたいって面だな」 「…分かるの?」 「当たり前だろ?」 お前のことならなんでも分かる、そんな不敵な笑顔を返され アンジェリークは赤面する。 「先に海に行くか。冬の海だぜ? 日が落ちてからじゃ寒すぎるぞ。 その後に観覧車に付き合ってやる」 「両方いいの?」 「どうせ今夜は帰さねーんだからそれぐらいかまわない」 「………ありがとう」 にやりと笑うアリオスに複雑な気持ちを抱えながら、 アンジェリークはとりあえずお礼を言った。 「久しぶりだね、ここの海」 コートを着ていてもやはり冬の海辺は寒い。 アンジェリークは自分の肩を抱くアリオスを見上げながら懐かしそうに言った。 「ああ。あの時はまだこんなに建物多くなかったよな」 あっという間にいろんなレジャー施設が建てられ、一大観光スポットに なってしまっていた。 思い出したようにアンジェリークが微笑む。 「どうした?」 「アリオスとの初めてのデート思い出してた」 彼が最初に連れてきてくれたのはここだった。 まだ、それほど有名でもなかったこの地でのんびり過ごした。 「デートだって自覚はあったのか。そりゃ光栄だな」 このおっとりした少女は他人から寄せられる恋愛感情にとことん疎い。 ただ遊びに連れて行ってもらっただけ、あの時はそういう感覚だったかも しれない、とアリオスは思っていたのだ。 「お前本当に鈍いからな…」 言外にもうちょっと成長しろ、と言われアンジェリークは上目使いに睨む。 「だけど、アリオス強引だから関係ないじゃない」 「バーカ。あの時はお前相手だからそうせざるを得なかったんだよ」 「じゃ、なんで今も強引なの?」 今はちゃんとアリオスのこと大好きよ、とアンジェリークは笑う。 「強引って…例えば?」 アリオスは意地の悪い笑みを返す。 「え、だから…その…」 「言ってみろよ」 ただでさえ言いにくいことなのに、碧の瞳に間近で見つめられ、 アンジェリークは口篭る。 「そしたら少しは考え直してやるかもしれないぜ?」 「…っ、ど、どうせそんな気ないくせに…」 「分かってんじゃねーか」 アリオスはそのまま掠めるようなキスをした。 「アリ…」 人がいるのに、と止めようとするアンジェリークに奪うように口接ける。 本日2度目の本気のキスに少女は潤んだ瞳で抗議する。 「だから、こういうところが強引だって…」 「それでも、お前は俺が好きだろ?」 自信たっぷりに言い切るアリオスにもはや何も言い返せない。 実際に彼の言う通りなのだから…。 (でも…こんなふうにはっきり言えちゃうものなの…?) 自分の手を引いてくれる温かい手を感じながら、 アンジェリークは観覧車へと歩いて行った。 「見てアリオス、すごい! きっと今が一番きれいな時間だよね」 高度を上げていく観覧車の中でアンジェリークは歓声をあげる。 今はちょうど日が沈む時間帯。 空は朱と濃紺の2種類からなるグラデーション。 太陽の最後の輝きが海と街を染める。 そして街の灯りが輝き出す。 計算されて作られた光の海は幻想的に煌いている。 アリオスは向かい側ではしゃぐアンジェリークをしばし眺めていた。 その視線に気づきアンジェリークは赤くなる。 「アリオス…どっち見てるの…。景色見ないと…」 「見てるさ。お前の背景としてな」 「………」 「アンジェ…来いよ」 窓に張りついていたアンジェリークに向けて腕を差し出す。 彼の心地良い低い声と、その仕種にアンジェリークは逆らえない。 不安定な観覧車の中、ということもあってアンジェリークはそろそろと 彼のそばへと近づく。そして差し出された腕に攫われる。 「アリオス…。せっかくだから外見ようよ。 ほら、もうすぐてっぺん…」 アリオスの腕の中でアンジェリークは最後の抵抗をする。 「ちょうど半分てことか…。残り8分。何ができると思う?」 アンジェリークの抵抗むなしくアリオスは彼女だけを見つめている。 観覧車の残りの半分、2人がどうなっていたのかはご想像にお任せする。 観覧車から降りたあと、連れて来られたところは近辺に立ち並ぶ 有名ホテルのうちのひとつだった。 勝手知ったる、といった様子のアリオスに手を引かれ、 エレベーターで上の偕まで登る。 着いた先は展望レストラン。 壁一面がガラスで夜の海と光の海が見渡せる。 客のランクもそこそこ上がる。 「アリオスこんなすごいとこ…」 いつもの気楽なデートとは違う趣向にアンジェリークは戸惑いを隠せない。 「たまにはいいだろ? そんなに緊張するほどのもんでもないぜ」 「それはアリオスだからでしょ?」 アリオスならこんなすごいレストランでも馴染んでしまう存在感がある。 しかし…ただの女子高生の自分は…。 「お前も十分通用すると思うけどな。 どうしてもいやだってんなら予約キャンセルするが?」 「予約してあるの?」 そこまでしてくれていた好意をアンジェリークが無下にするわけはない。 結局緊張しつつもアンジェリークは足を踏み入れたのだった。 最初にあった緊張も席につき、アリオスとの食事が始まってしまえば どこかに消えてしまっていた。 「アリオス! 見て、外。雪だわ。 これもアリオスのプレゼント?」 かなりのワインを飲んだにもかかわらず、顔色が全然変わらない アリオスの前でにっこりと笑う。 「すごいだろ?」 アリオスもアンジェリークに合わせて微笑む。 「ありがと、アリオス。大好きよ」 アリオスは仕事の関係でよくこういう所で食事をする羽目になる。 これも仕事の一環、と思い退屈で窮屈な時間を我慢していたのだが…。 そんな時ふと思ったのだ、こいつとなら面白いかもしれない、と。 ここに誘った理由はそれだった。 デザートのシャーベットを楽しそうに掬う少女を見ながら、アリオスは 自分の考えが間違っていなかったことを確信した。 彼女のおかげでこういったタイプの店を嫌いにならずにすみそうだ。 本当に感謝されるべきなのは彼女の方だ、とアリオスは心の中で呟いた。 「アリオス…帰らないの?」 レストランを出て下へ降りたと思ったら、アリオスは真っ直ぐフロントに行った。 「行くぞ」 「ええ?」 フロントから戻ってきた彼の手にはカードキー。 「もしかして泊まるの?」 アンジェリークの驚きはまだまだ続いた。 彼に導かれて入った部屋はとても広くて豪華で…。 アンジェリークは後日、ここがスイートだったということを知った。 「アリオスぅ、今日かなり豪華すぎ…」 現実主義で庶民派な少女はどこか咎めるような視線を送る。 「クッ、素直に喜んどけよ」 「だって…」 アリオスは座れば沈みそうなソファに腰掛け、アンジェリークを抱き寄せる。 「しばらく会えなくなるからな」 「あ…」 そうだ、とアンジェリークは思い出す。 アリオスはもうすぐ仕事で海外に飛ぶ。 コレクションや現地でのロケなど、早く帰ってきても3週間。 次に会えるのはかなり先のこと…。 「その前に夢物語みてーなデートも悪くねぇだろ?」 確かに年頃の女の子なら夢見る素敵なデートだった。 素敵な服を買ってもらって、遊んで、豪華なディナーにホテル。 「すごく嬉しいけど…嬉しすぎて不安になっちゃいそう」 本当に夢だったら、どうしよう…と。 アンジェリークは柔らかく微笑む。そのなかに微かな寂しさが混じっている。 「バーカ」 そんなアンジェリークの額にキスし、冷蔵庫を指差す。 「開けてみろよ」 彼女の身体を解放し、アリオスは少女の行動を見守る。 「アリオス!」 冷蔵庫は開けたまま、アンジェリークがアリオスのもとに 戻って抱きついてきた。 「ありがとう!」 中には小さなホールケーキ。 アリオスが特別に用意させたものである。 急いでケーキとシャンパンを持ってきて、アンジェリークは 皿とグラスを2人分、用意した。 ちゃんとキャンドルまでついてあるあたりがさすが、というべきだろうか。 せっかくだから使うか、とアリオスは部屋の灯りを消し、ライターで キャンドルに火を灯す。 「ハッピーバースデー、アンジェリーク」 「アリオス、ありがとう…」 キャンドルの暖かな光が幸せそうなアンジェリークの笑顔を照らす。 そして一瞬の暗闇。その中でアリオスはアンジェリークにキスを贈った。 すぐについた灯りの下でアンジェリークが次に見たものは アリオスが差し出すプレゼント。 小さな包みを受け取り、開けていいかと尋ねる。 中身は一本の口紅だった。キャップを取り、その色を見てアリオスに問う。 「私に似合う…かな?」 その色は今までアンジェリークが持っていた色とは違っていた。 今までよりもいくらか大人っぽい色。 「俺が見立てたんだぜ?」 「そっか…そうだよね」 仕事上、アリオスはメイクに関しては並みの人より知識がある。 そんな彼が自分のために選んだ色なのだ。 アンジェリークは納得する。 アリオスは考えていた。 自分に釣り合おうと努力している少女。 だけど、そんなにすぐできることでもなくて。 たまにどこか臆病になってしまう少女に自信を与えたかった。 彼女が負けてしまわないような色で、 だけどちゃんと背伸びが出来るだけの色。 「今度会うときはそれつけて来いよ」 「うん」 「他の男の前ではつけんなよ」 「アリオスったら…」 「きっとすぐにキスしたくなるに決まってる」 そんなわけないよ、とアンジェリークはくすくすと笑う。 自分の魅力を全然分かってない少女に、アリオスは内心溜め息をつく。 が、すぐに気を取り直し、アンジェリークを抱き上げた。 「最後にもうひとつプレゼントやるよ」 「あ、あの…アリオス?」 そう言ったアリオスの笑顔にアンジェリークは心持ち引きつった笑顔をみせる。 「ケーキは? シャンパンは?」 「あとででいい」 「で、でも…」 アンジェリークを片腕で抱えたまま、もう片方の手でケーキもシャンパンも 冷蔵庫にしまってしまう。 「今日はお前の誕生日だからな。特別サービスしてやるよ」 「い、いいっ。いらないっ」 アリオスの腕の中でじたばたともがく。 「遠慮すんなって」 「ほら、それに明日、アリオスお仕事あるでしょ?」 「なくなった。なんならもう一泊してもいいぜ?」 「ええ?」 昨夜急に仕事が入ったのは、同じ事務所のモデルが急病だったからだ。 だから彼とアリオスのスケジュールを入れ替え、明日の仕事はなくなったのだ。 これほどのメリットがなければ、アリオスが大事な彼女の誕生日を迎える 瞬間、彼女の側にいることを諦めるはずがない。 ふかふかのベットに押し倒され、アンジェリークはいまだに抵抗する。 「あ、でも、もうすぐ私の誕生日終わるし…」 あと10分もすれば日付けが変わる。 「そしたら、これから海外へ行く俺への餞別ってことにするか」 どちらにしろ譲る気はないらしい。 「3週間分しようぜ」 「え、や、うそ…でしょ?」 「もう黙ってろって」 彼女の唇を自らのそれで塞ぎこんでしまう。 まったく、これではどちらがもらう方でどちらが贈る方なのか わかったものではない。 彼の『特別サービス』とやらがどれほどのものだったかは、 翌日、アンジェリークはおろか、アリオスでさえ目を覚ましたのが 昼近くだったことから推測していただきたい。 〜fin〜 |
いかがでしたでしょうか? エリイ様のご希望通り「激甘」にしたつもりですが…。 アリオスの誕生日創作「darling」の対となる創作です。 だから最初と最後はダブらせたのですが…。 どっちにしろアリオスの方が幸せそうだな(笑) そして実はこの創作から「遅く起きた朝は…」 につながっていたりします。 この創作を気に入ってくださった方はエリイ様に感謝☆ コメントにあった「honey」バージョンは本当に 冗談で言って(書いて)みただけでした。 彼女のリクエストがなければ きっと日の目を見ることはなかったでしょう。 まさか本当に書くことになるとは思わなかった(笑) ちなみにホテルのケーキサービスは実際にあります。 いとこと旅行に行った時、彼女の 誕生日が重なっていまして…。 旅行の手配をしてくれた彼女の姉(旅行会社勤務) が用意してくれてました。 突然頼んでもないケーキが部屋に運ばれて、 かなり驚いた記憶があります。 |