魔法の薬 -後編-

なんとか命の危機を脱したオスカーとチャーリーは宿に戻る途中でルヴァに会った。
「おやぁ…2人ともどうしたんですか?」
なんだか疲れた顔してますよ、とのんびり笑っている。
ルヴァの問いに2人とも笑って誤魔化すしかなかった。
「それよりもちょうど良かったですねぇ。
 ちょっと2人に協力してほしいことがあるんですよ」

宿についてからルヴァは話し始めた。
「今日骨董品屋のおじいさんとお話をしていたんですよ」

すっかり茶飲み友達になった彼らは新しく入荷した品物について話していた。
「それで昨日坊ちゃんに譲ったのが、これなんですよ」
「面白い名前ですねぇ。『Sleeping Beauty』ですか。
 そんな童話がありましたねぇ」
しげしげとビンの中の錠剤を見つめ、ルヴァは老人に尋ねた。
「なんでもこれを飲んだ者は深い眠りにつき、誰かに口接けをしてもらわないと
 目覚めないとか」
「物語そのまんまですねぇ」
「そして、その起こした相手を好きになってしまうという代物らしいが…」
どこまでが本当か怪しいものだ、もう少しまともなものを
仕入れてほしいものだ…と老人はぼやく。
「効果は実証されてないから何とも言えないが…
 悪用してくれるな、と言って少しだけ譲ったんですよ」
ルヴァ様はにこにこと笑って聞いていた数秒後、そのままの笑顔で言った。
「あー…悪用以外の使用方法ってあるんでしょうかねぇ…」

ちなみにこの時すでにアンジェリークはこの薬のおかげで眠りについていた。
…つまりばっちり悪用されていた。
やっかいなのはレオン本人に悪用している自覚がないことだろうか…。


「で、協力ってのは何をすればいいんだ?」
なかなか本題に入らないのでオスカーが直接的に訊いた。
「あ〜、はい。それでですねぇ。
 その薬とまた新しく息子さんが仕入れてきた『魔法の薬』シリーズの
 成分調査と効果について研究してみようと思いまして…」
おじいさんにも頼まれましたし、と彼はやっと本題に入った。
「その協力がなんで俺達なんだ?」
エルンストあたりが妥当じゃないか、とオスカーは首を傾げる。
「ええ、成分調査なら私1人で十分なんですけどねぇ。
 その他のことはあなた達の方が適しているかと…」
「はぁ…?」
「他に薬は2つあって『シンデレラ』とノータイトルなんですよ」
「効果はなんでしょ? ルヴァ様」
「あ〜、簡単に言えば惚れ薬と媚薬ですねぇ。
 他にも『人魚姫』とか『赤ずきん』とか…いろいろあるらしいですよ」
とりあえず危なそうな薬を2つ頼まれたんです、となんでもないことのように言う。
「「………」」
爽やかにそういうことを言わないでほしい…。危うく聞き流すところだった。
ましてやそういう調査に自分達が適しているなどと…。
「こういう怪しい商品に詳しそうなチャーリーと
 さほど人格は変わらないだろうオスカーに協力をお願いします」
人選の理由がまたよく特性を把握していて余計悲しくなる…。

「…人格変わらないだろうって…まさか飲めと?」
「成分調査はもう店内でしてきたんですよ。
 そういう効果も期待できるかも知れませんねぇ、という
 程度の結果でしたけどね」
だからあとは人体実験あるのみだと。
「まぁ…本物やったら大儲けやろな〜」
「大丈夫です。薬の効き目が切れるまで責任持って隔離してあげますから」
ルヴァの顔がどこか楽しそうなのは気のせいだろうか…。
人権よりも知的好奇心の方が彼の中では勝っているらしい。

「ま、待てっ、ルヴァ。とりあえず『Sleeping Beauty』はパスだ。
 すでにお嬢ちゃんが飲んでいる」
「アンジェリークが…ですか?」
目を丸くするルヴァに先程までの領主邸の経緯を説明した。
「そうですか…まぁ、きっとアリオスがなんとかしてくれるでしょうね…」
楽観的に呟いたルヴァ様は、じゃあ残りの2つをあなた方に
試してもらいましょうか、と続ける。
「待て、お嬢ちゃんが心配じゃないのか?」
「そうや! あっちを解決するのが先なんとちゃいます?」
必死に逃れようとする2人。
なのに地の守護聖様はいつも通りの笑顔で答える。
「アリオスなら中和剤等、なんとか解決策を見つけますよ。
 見つからなくてもアリオスが起こせば問題ないじゃないですかぁ」
アンジェリークがアリオスを好きなのはあまりにも明らかで…。
薬の効果が出ようと出まいと変わらない。
2つの水が入ったコップにひとつずつ薬を入れてルヴァはそれぞれに差し出した。
「効果がないかもしれませんし。あってもちゃんとフォローしますよ」

どうしても逃げたい彼らは最後の手段、身代わりを挙げる。
「何も俺達じゃなくても…教え子達でもいいんじゃないか?」
彼らならいつもルヴァの手伝いをなにかとしている。だが…。
「未成年にこの手の薬はまずいんじゃないですかねぇ、オスカー?」
「………そうだな」
こういうことを気にするくらいだから、判断力を失っているわけではなさそうである。
いたって正常らしい。
つまり、どうあっても本気で実験をするつもりである…ということになる。
これだから研究熱心な人間は困るとオスカーとチャーリーは顔を見合わせた。
そこへアリオスがタイミングよく帰ってきた。




話は少し前にさかのぼり…アンジェリークとアリオスは途中まで馬車で
送ってもらったあと、宿までの道を歩いていた。

「この馬鹿。あれだけ注意しろって言ったじゃねぇか」
アリオスのお説教にアンジェリークは叱られた子犬のようにうなだれる。
「だって…これは大丈夫って言ってたし…」
「安全性を強調されたものなんて怪しいに決まってんだろ」
「う……だって…」
「だって、なんだよ?」
まだ言い訳する気なら言えよ、と彼の鋭い瞳がアンジェリークを捕らえる。
「レオンさんにアリオスのことが好きなのかって訊かれて…うんって答えたの。
 そうしたら、じゃあ仕方がないね…て。もう諦めてくれたと思ったの…」
謝ってくれたし、だからもう平気だと思ったのだ。
「……お人好しが…」
彼の言う『仕方がないね』はおそらく『もう薬を使うしかない』という意味だったのだろう。
アンジェリーク本人には飲まされた薬はただの睡眠薬だということにしている以上、
そのことは言えなかったが。
睡眠薬よりもやっかいな薬だと知らせたところでなんのメリットもない。
そんなことを知ったらどうやって自分が起こされたのか絶対悩むハメになるだろう。
ちなみにレオンはアンジェリークが眠っている間にアリオスによって
しっかり締め上げられていたらしい…。

アリオスがどうやってアンジェリークを起こしたのか…。
後程、オスカーやチャーリーに問い詰められたがアリオスは黙秘を通した。
お得意の魔導で解決したか、普通に目覚めのキスをしたかは
アリオスのみぞ知るところである。


「…ごめんなさい…」
目を覚ました時のアリオスのほっとした表情が忘れられない。
本当に心配させてしまったのが分かった。
「分かったなら、もう少し慎重になれよ」
「うん…」
「あんな奴に惚れたお前なんて見たくないぜ…」
「なんか言った?」
「さぁな」
アリオスの独白を追及しようとしたが、彼はさっさと歩いて行ってしまう。
「もう、待ってよ。アリオス!」



そして、宿のロビーにはルヴァとオスカーとチャーリーの3人がいたのだ。
オスカーがしめた、とばかりにアリオスに声をかける。
「お嬢ちゃんはどうした?」
「すぐ来るだろ」
宿の見えるところまでは一緒だったのだ。
「…どうやって起こしたんだ?」
「どうでもいいじゃねぇか。それよりなんか酒でも…」
今日はやたら疲れた、と言ってウォッカを注文しようとしたアリオスに
オスカーがテーブルの上のコップを差し出した。
「これやるよ」
コップの中の透明な液体を見てアリオスは眉を顰める。
「水はいらねぇよ」
それは怪しげな薬が溶けているにも関わらず、透明な水そのものだった。
「それが普通の水とちゃうんやで」
彼の言う通り、普通どころではない代物である。
「あー…アリオス、それは…」

「あ、ルヴァ様、オスカー様、チャーリーさん」
「あー…アンジェリーク。お帰りなさい。
 身体の調子は大丈夫ですか?」
ルヴァの問いにどうしてそのことを知っているのだろう、と思ったが
アリオスがいるのを見て彼が話したのかもしれないと納得する。
だからアンジェリークはルヴァとそのまま会話を続けた。
「大丈夫ですよ。よく寝たおかげで元気なくらいです」
「それは安心しました〜」
アンジェリークとの会話に入ってしまったため、ルヴァのアリオスへの警告は
中断されてしまい、異変に気付いたのはアリオスが膝をついた時だった。
「ウォッカの方が良い」と勧められた飲み物には興味を示さなかったのだが
珍しい酒だから試しに飲んでみろ、と執拗に言われたので少し飲んでしまったのだ。
一重にモルモットになるのを嫌がったオスカーとチャーリーのおかげである。
「アリオス!? どうしたの?」
アンジェリークが慌てて駆け寄った。
ルヴァは実験から逃げた2人に尋ねた。
「どっちを飲ませました?」
「…どっちと言われましてもなぁ…」
「どっちがどっちだか俺達知らなかったからな…」
2人は分からないと首を振るばかり。
「あ〜…困ったことになりましたねぇ…」
「まぁ、フォローはちゃんとしてくれるって聞いてたからどうにかなるんだろ」
「フォローはしますが、どちらを飲んだかわからない事には対策の立てようも
 データの取りようも…困ってしまいますねぇ…」
…困っていたのはあくまでも実験に関してらしい。

そんな3人の会話を聞く余裕などなく、アンジェリークはアリオスを支える。
「どうしたの?…もしかして今日体調悪かった?」
おろおろしながらアンジェリークはアリオスの額に浮かぶ汗を拭う。
「えーと…とりあえずタオル持ってくるね」
部屋まで行く時間も惜しいのでロビーにいる従業員にタオルを借りる。
アンジェリークが離れた隙に、ルヴァはアリオスに声をかけた。
「あー…すみません。止めようとは思ったんですが…。
 アリオス、惚れ薬か媚薬を飲んじゃったんですよねぇ…」
「…っ…おまえら…」
とんでもないセリフに思わず我が耳を疑いたくなった。
やたら勧めるから変わった味でもするのかと思ったら…それどころではない。

今日は絶対厄日だ、と思う。『薬日』と書き換えてもいいかもしれない。
散々アンジェリークから妙な薬を避けてたというのに今度は自分が…。
しかもとんでもない薬である。
「ちなみに即効性ですが…どちらを飲んだか分かりますかねぇ?」
この状況でそういうことを訊くか?とも思ったが答える余裕はない。
(…くそっ…どうしろってんだ)
「アリオス…身体熱いよ? 熱あるの?」
心配そうに覗き込む少女を引き寄せ、掠れた声で囁いた。
「アンジェ…悪いが付き合ってもらうぜ」
「? …っん」
そしてアリオスは自分が飲んだ薬入りの水を再度口に含むと
そのままアンジェリークにも飲ませた。
妙な薬から守っていたはずなのに、まさか自分が飲ませることになるとは
思いもしなかった。

もう効き目が現れているこの状態を1人で処理しろと言うこと自体に無理がある。
だからと言って、そのままのアンジェリークを付き合わせたら絶対に泣かすことになる。
手加減できそうもない。
だったら、アンジェリークにも同じ状況になってもらう。
それが彼が考えた結果だった。この間わずか一瞬。
誰も止める事などできなかった。

「アリオス! お嬢ちゃんになんてことを」
「うるせー、てめーが言うか?」
アリオスはアンジェリークを抱き上げ、来たら殺す、な鋭い瞳で彼らに宣言した。
「俺達が出てくるまで誰も部屋に近付けるなよ」


結局3日ほど面会謝絶状態になったらしい。
このおかげで出発日も延期になったとか…。



〜余談〜

「アリオスのバカ〜。もうみなさんと顔合わせられない〜」
いつまでもベッドから出てこられないアンジェリークは毛布を頭まで
被って抗議していた。
すでに平然と彼らに会ってきたアリオスはその側に腰掛け、毛布越しに軽く叩いた。
「あいつらにはお前ががひどい風邪を引いちまって、俺が看病している
 ってことにしたらしいぜ。移るとまずいから近付くなって…。
 少々無理のある『理由』だけどな」
「………信じてくれたの?」
苦笑気味なアリオスの言葉を聞いて、アンジェリークはそっと顔だけ出した。
「まぁ…あの3人以外はそう思ってるんじゃねぇか?
 今回の件はあいつらのせいだからな。
 せいぜい頑張って誤魔化すぐらいするだろ」
それを聞いてやっとアンジェリークは身体を起こした。
「いつまでも…ここで隠れてるわけにはいかないんもんね…」
「その通りだ。だいたいなんで今更そんなに恥ずかしがるんだよ」
「…だって…いつもは、みなさんに内緒で…だったじゃない」
たった3人とはいえ、知られているのとそうでないのとでは全然違う。
泰然としているアリオスの方が普通ではないのだ、と思う。

「そう言えば、あいつ…レオンが何度か様子を見に来てたらしいぜ」
「え…」
あの後アンジェリークがどうなったのか心配して見舞いに来たのだが、
当然会える状況ではなくて…。
面会謝絶とだけ言われても素直に引き下がらなくて、オスカー達が苦労したらしい。
「で、結局どうしようもないから本当のことを言ったんだと」
「え゛…」
アリオスは凍りつくアンジェリークを抱き寄せながらくっくと笑った。
「さっき会ったんだがな…お前のこときっぱり諦める、て言ってたぜ」
「そう…なんだ…」
ほっとしたが、あまりにもあっさりしていてどこか釈然としない。
「アリオス…なんか他に隠してることない…?」
珍しく鋭いことを言う少女にアリオスはキスを仕掛けて誤魔化した。


アンジェリークの疑問は正しかった。
アリオスはかなり省略して結果を伝えていたのだ。
もう大丈夫だと知らせるため、ロビーに下りて行ったアリオスはレオンに会った。
「あの者達が言っていたことは本当なのか?」
彼の問いにアリオスはふっと意地の悪い笑みを見せる。
「ったく、さんざんだったぜ。
 あんたの所で一騒動あった後に仲間に一服盛られるとは…」
「………」
「おかげで3日…4日か? 楽しめはしたけどな」
「私が許せないのはアンジェリークまで巻き込んだことだ」
あのような清らかな少女を…と拳を握り締める青年にアリオスはくっと喉を鳴らす。
「夢を抱くのは勝手だがな。あいつは俺の女なんだぜ?」
多少泣かせることになっても決して拒んだりはしない、と。
傲岸不遜が似合う表情で絶対の自信を持って言い切る。
「…っ…」
「何もかもが自分の思い通りにいくなんて思わないことだな、お坊ちゃま」

レオンが諦めたというよりもアリオスが諦めさせた、と言った方が正しい。
…こんな会話が繰り広げられていたことなどアンジェリークはもちろん知らない。
せっかく気付きかけたのに、結局素直に彼のキスに誤魔化されてしまった。


そして一行が旅だった後、騒動の原因となった骨董品屋の例の薬の注意書きには
効果持続期間が約3日と付け足された。
地の守護聖様はしっかり依頼・実験のことを覚えていたらしい。


                                           〜fin〜

…表のお話のはずなのに…(泣)
途中から話の流れが……ごめんなさい…。
レオンくんが活躍するかと思わせつつ、
それ以上に活躍したのは「薬」でした…と(笑)
タイトル通りですしね。

アリオスさんがもう一つの方の薬を飲んでたら
話はもうちょっと違ったんでしょうねぇ。
あ〜、でもそれだったら何の変化も
起きなかったかもしれませんね…。
もともとお互いが好きなんだから。


 

   
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