眠れる大地の惑星、リバータウン。
一行がこの惑星に滞在している途中、いつものごとく人助けをしていた。
「本当にありがとうございました」
「よかったですね」
毎回恒例の最後のやりとりを聞きながら、半ば強引に付き合わされたアリオスは
よそ見をしていた。というよりもさっさと酒場にでも行きたい、とか考えていた。
意識を他のところにやっていたのがまずかったのだろう。
助けた少女と話していたアンジェリークが笑顔で振り返った。
「行きましょ、アリオス」
「ああ」
しかし歩いていく方向が宿の方ではない。
「おい、どこ行くんだ?」
「だから、お礼にお茶ご馳走してくれるって…」
「いらねぇよ」
お前一人で行ってこい、と回れ右しそうになったアリオスの腕を
アンジェリークは捕まえる。
「だって…断りきれなくて〜…1人じゃやだし…」
潤んだ瞳で見上げられ、結局アリオスはアンジェリークのお願いには敵わない。
「…すぐに帰るぞ」
「うん、ありがと」
大きな邸に招かれ、アンジェリークは仲良くなった少女マリーとお茶を楽しんだ。
横には手持ち無沙汰な様子のアリオス。
頃合を見計らって退席しようとしていたが、部屋に入ってきた人物のおかげで
そうもいかなくなった。
アンジェリークより少し年上に見える。20歳を越えたくらいだろうか。
「レオンお兄様。今日、この方達にお世話になったんです」
誰だ、と言う顔をする青年に少女は今日の出来事を説明する。
「妹がお世話になりました。ありがとうございます」
そして、初めてアンジェリークを見つめ、彼は固まった。
「あの…?」
「なんて可愛らしい…」
「え?」
熱のこもった眼差しにアンジェリークはきょとんとする。
「そのうえ、見知らぬ人間に手を差し伸べる、お名前の通り美しき天使の心」
「……え…」
歯の浮くセリフにアリオスが舌打ちしている横で
この先が読めないアンジェリークはぱちぱちと瞬いていた。
「捜し求めていた私の妻にふさわしい」
「はぁ……。…えぇっ?」
ワンテンポ遅れて気が付いたアンジェリークは真っ赤になって後退った。
アリオスとアンジェリークがやっとの事で宿に戻ってきたのは夕食の時間だった。
「遅くなってしまってごめんなさい…」
「こんな時間までどこへ行っていたのだ?」
父親のようなことを言うジュリアスにひたすら謝るアンジェリーク。
女王候補時代の習慣がなかなか抜けないと見える2人だった。
「まぁまぁ。おそらくアリオスと一緒だろうと思ってましたからぁ、
それほど心配はしてませんでしたが…」
今度からは連絡を入れてくださいねぇ、とのんびり助け舟を出してくれる
ルヴァにアンジェリークは感謝する。
「アリオスと一緒だからこそ、別の心配もあるんだがな…」
「はっ、それはあんたにも言えることじゃねーのか、オスカー?」
そして、悠然と腕を組んでアリオスは微笑む。
「今回は俺に感謝しろよ?
本当にこいつ、帰ってこられなくなるところだったんだからな…」
「ア、アリオスっ…」
「どういう事だ?」
アリオスの気になる言葉に全員興味を示す。
アンジェリークのなんでもないですから、という言葉は黙殺される…。
そしてアリオスとアンジェリークは昼間の出来事を話した。
マリーという小さな少女の手助けをしてあげたこと。
その少女の邸に招かれたこと。
そこで出会った彼女の兄に気に入られたこと…。
そこまで話すと一行にざわめきが広がる。
「俺のお嬢ちゃんになんてことを…」
「オスカー様…」
「いつあんたのものになったのさ」
眉を顰めるオスカーにオリヴィエがすかさず突っ込む。
「で、結局どうやって逃げきったんだよ?」
ゼフェルが続きを促した。
話は少し前にさかのぼる。
「こ、困りますっ。私、旅の途中で…」
「婚約だけして、旅が終わったら戻ってきてくれればいい。
領主夫人だよ。何不自由ない暮らしを約束しよう」
旅が終わればアンジェリークは新宇宙に戻る。女王として。
領主夫人などやってる場合ではないし、すでに暮らしに不自由はしてない。
なにより自分にはもう好きな人がいる。
なんとなく、出張中に口説かれる妻子持ちのビジネスマンの気持ちだなぁ、
と焦っているわりにそんな事を考えたアンジェリークは相当のつわものだろう。
もちろん妻子は、レイチェルとアルフォンシア(新宇宙)である。
アンジェリークはあたふたと断ろうとしているが、その辺の事情を
言うわけにはいかず、もともと断るのが苦手な性格なうえに、
今は突然のプロポーズに混乱している。
そして相手は生まれてこのかた『自分の思い通りにいかなかった事がない』を
地で行くような青年。
アンジェリークが圧倒的に不利である。
…というよりもすでに押しきられそうな雰囲気である。
「あの、本当に…無理です…から…」
「なぜだい?」
「ですから…」
どこに不満があるのだろう。金も権力も容姿もよいこの私のどこに。
そんなレオン青年にアンジェリークは、もはやなんと言って説得すればいいのか
分からなかった。常識が通用しない。
(旅の途中だから…じゃだめなの〜?
だからって…女王の事は言えないし…)
見かねたアリオスがようやく口を挟んだ。
と言うよりも滅多にないこの状況を面白がって傍観者になっていたのだが…。
いい加減この押し問答にも飽きてきた。
つくづく自分のペースで動く男である。
「いい加減気付いてやれよ」
「なんだ?」
突然割って入ったアリオスを彼は睨みつける。
アンジェリークしか見ていなかったので今頃気が付いたがかなりの美形。
それだけで気に入らない。
「アリオス…」
反対にあからさまにほっとした表情を浮かべるアンジェリーク。
なんとかしてくれると信頼しきった瞳を向ける。
なぜもっと早く助けてくれないのだろう?という疑問は
この少女の場合、思いつかないらしい。
「こいつが優しく断ってるうちに引き下がれよ」
「断る理由などないはずだろう?」
「あんたに悪いと思ってはっきり言えねぇだけだ」
アリオスはアンジェリークの肩を抱き寄せ、見せつけるように耳元で囁いた。
そんな仕種は2人の親密さを表していた。
「はっきり言ってやれ」
「本当の事を…?」
いいのかなぁ、という表情でアリオスを見つめるアンジェリークに
アリオスは不敵な笑みで頷く。
「なんだい? 私のアンジェリーク」
すでにレオンの頭の中でアンジェリークは彼のものになっているらしい…。
「え、と…つまりですね。私…」
新宇宙の女王なんです。と言おうとしたがアリオスの発言に遮られた。
「こいつは俺の女なんだよ」
口をパクパクさせているアンジェリークを横目にふっと口の端を上げる。
「で、俺はこいつをお前に譲る気はない。じゃあな」
少女の細い腰を抱き寄せ、アリオスは部屋を出た。
誰も口を挟む隙はなかった。
「ちょっと待て!」
話を聞き終えたオスカーが異議有りと声を上げる。
「なんでお嬢ちゃんがお前のものになってるんだ?」
「手っ取り早いだろ? アンジェリークだって否定しなかったぜ」
「……アリオス、それは…」
びっくりして、何を言っていいのかわからなくて…。
気付けばアリオスに抱かれて邸を出ていたのだ。
一重にアンジェリークの反応の鈍さによる。
「ああでも言わなかったら、お前だけここに残ってたかもな」
それはまずいだろ?と勝ち誇ったように微笑む。
「ま、ここはとりあえずアリオスに感謝、だね☆」
オリヴィエが苦笑しながらそう結論付けた。
だが、事はそう簡単に終わらなかった。
「ゼフェル様〜。オートマター直りました?」
「…もう少しだから。んな顔すんなよ?」
救いを求めるような必死な瞳にゼフェルは疲れも眠気も忘れて宥めてしまう。
自分の役回りはこんなじゃなかったはずなのに…と内心溜め息をつく。
どちらかと言えば問題を起こす自分を少女が宥めるのが常だったのに…。
「早く次の惑星に行きましょう〜」
他人第一の少女が珍しく自分の意見を主張する。
かなり困り果てているアンジェリークから食事を受け取り、
ゼフェルは安心させるように言った。
「明日にはたぶん出来あがるだろ…。出発は明後日だ。な?」
はっきりとした今後の予定にアンジェリークの顔がわずかに明るくなる。
「はいっ。がんばってくださいね、ゼフェル様」
少女の笑顔の励ましにゼフェルは片手を上げて答えてみせた。
「おう」
ゼフェルの部屋を出て、アンジェリークは階下のロビーに行った。
顔馴染となりつつある宿の主人にお茶を注文してテーブルにつく。
「はぁ…」
「どうしたんだい? 暗いね〜」
思いきり大きな溜め息を吐いた直後に明るい声がかけられた。
「オリヴィエ様〜…」
困りきった顔でアンジェリークは彼を見上げた。
「今日も…使いの方が来たんです」
「毎日毎日ご苦労なことだねぇ」
あのレオンと会ってから連日、断ったはずなのにいろいろと贈り物が届くのだ。
最初のうちは手紙と花と…そういったものだったのだが
だんだん高級な物へとプレゼントのレベルが上がっていく。
しかも返品不可なのである。
使者の青年が『持って帰ったりしたら怒られる』というのだ。
この惑星を去る時に立派すぎるものはちゃんと返そうと思って
とりあえず受け取っておいたが…。
本音はさっさとこの惑星を出発したい。
しかし、オートマターを直さなければならない。
一行の出発はゼフェル待ちだった。
「…これ見てください」
「明日のパーティーの招待状…?」
アンジェリークは2通の招待状を見せた。
1通はレオンから舞踏会の招待状。もう1通はその妹マリーからだった。
兄の振る舞いを詫び、気は進まないだろうが昼のお茶会だけでも
来てくれないだろうか、と書かれていた。
仲良くなった少女はアンジェリーク達が出発する前に
純粋にもう一度会いたい、と思ったらしい。
「私もマリーには会いたいし、ちゃんとお別れしたいんですけど…」
そのついでにドレスやアクセサリーなど豪華すぎるプレゼントも返してきたい。
「けど?」
「…1人では行きにくいだろうから…恋人も一緒にどうぞ、…って」
頬を染めて口篭るアンジェリークにオリヴィエはなるほど、と笑った。
「嫌がりそうだねぇ。あんたの『恋人』は」
「オ、オリヴィエ様っ…。
でも、アリオスはその場しのぎの嘘で…」
なんだか自分で言ってて寂しくなったアンジェリークは途中でうなだれてしまう。
「助けてくれただけで…またあんなお芝居するのきっと嫌だと思うし…
パーティーとかも嫌いそうだし…」
心苦しいけれどパーティーは欠席するしかないのかなぁ、と。
「だってさ。どうする〜? かわいい彼女が困ってるよ」
よしよしとアンジェリークの頭を撫でていたオリヴィエが面白そうな
顔で後ろに声をかけた。
「アリオス…いつから…」
そこには街から帰ってきたアリオスが立っていた。
腕を組んで大きな溜め息をついている。
「お前は…次から次へとやっかいごとに巻き込まれる名人だな…」
「…う…」
呆れたような声にアンジェリークは言い返す言葉もない。
巻き込まれたやっかいごとにさらにアリオスを巻き込むのはいつも自分だ。
「ごめんなさい…」
「だが…少なくとも今回は俺にも責任あるからな。
付き合ってやるよ」
アリオスの気の進まない様子は見て取れるが嬉しいものは嬉しい。
アンジェリークはぱっと顔を輝かせる。
「本当?」
「長居はしねぇぞ」
「ありがとうっ」
一方、問題のレオン青年。仕事を終えた後、どうしたらアンジェリークが
素直になってくれるかを考え、街を散歩していた。
「散歩ですか? 坊ちゃん」
骨董品屋のおじいさんに声をかけられた。
「ああ。ご主人はどうしたんだ?」
老人の息子である店主の姿が見えないので尋ねてみた。
「ああ…なんか面白いものを見つけたとか言って、交渉に出かけていますよ」
レオンは勧められるままに店内に入り、しばし話し相手になる。
この老人には小さい頃から世話になっていた。
彼は実の孫のようにかわいがってくれたし、骨董品屋と言いつつ
店内にはいろいろ面白いものもあって退屈しなかった。
「なんか変わったものは入ったのか?」
そして店をぐるりと見渡し小さなビン達を見つけた。中には錠剤が入っている。
「これは…?」
骨董品の中では明らかに浮いたもの。
棚から出して手に取り、商品名を見て瞳を丸くする。
「これ、売ってくれないか?」
なにかを企んでいる笑みで青年は言った。
そんなことは露知らず、アンジェリークは先程までの暗い気持ちと一転して
明日を楽しみにしていた。
「そんなに行きたかったのかよ?」
部屋に戻り、半分呆れた様子でアリオスはベッドに腰掛けた。
ひとつしかない椅子はアンジェリークに勧めてしまっている。
「ううん、マリーにも会いたいけどね…。
アリオスが一緒に行ってくれるのが嬉しいの」
頬を染めて少女は微笑む。
「お芝居でも…恋人になれるから」
アリオスは喉で笑うと掠めるようにアンジェリークの唇を奪った。
「ああ、明日だけ…なってやるよ」
「アリオス…」
普段からこういうことはしているけれど自分達は恋人ではない。
じゃあ、自分達の関係は…と考えると旅の仲間だとしか言えない。
だから、1日だけでも恋人になれるのは嬉しかった。
楽しみにしていた明日、まさかあんな事が起こるなんて思いもしなかった。
〜to
be continued〜
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