月の光が眩しい夜に (前編)

「主星まで来たついでに女王のお膝元に寄らせてもらったが…
 面白いものが拝めたな…」
銀色の髪を持つ青年は賑やかな捕り物劇を見下ろしながら呟いた。
大騒ぎされていた事件にしては穏やかな解決を見届け、ここの連中は平和すぎる、と
クーデターを起こし復讐を胸に秘めている彼は冷ややかな感想を抱いた。

「…?」
ふと前方の木陰できょろきょろと辺りを見ながら歩いている少女を見つけた。
栗色の髪に華奢な身体が月明かりに照らされている。
その姿だけを見ると天使や妖精のようなのだが、それにしては明らかに挙動不審な仕種。
夜中に少女が一人でこんな所にいるのは不自然である。
だから深く考えることなく、声をかけていた。
それが彼の運命を変えるなど気付くこともなく…。



「おい」
「きゃああっ、ごめんなさい!」
少女は驚いてしゃがみ込みながらなぜか謝った。
そして、声をかけてきた人物が知らない相手だということに気付いて首を傾げた。
「……誰?」
「なにいきなり謝ってんだ?」
くっと笑いながら青年は座り込んだ少女に手を差し延べた。
「あ、ありがとうございます」
「………」
少女の顔を見て動揺を隠せなかった。かつて愛した女性と同じ容姿。

「あ、もしかしてあなたが白銀の騎士?」
「なんだそりゃ」
過去に思いを馳せる前に少女のやけに嬉しそうな不可思議な問いが彼を現実に戻した。
「聖地の七不思議のひとつなんですけどね。
 月の光が眩しい夜、白馬に乗った白銀の騎士が聖地に姿を現すんだそうです」
「生憎俺は騎士じゃねぇし、白馬なんか連れてねぇぞ」
そっけない答に少女はくすりと笑って頷いた。
「白銀の鎧も纏ってないし…。その髪はとても綺麗だけど」
話との共通点といえば月の光が眩しいことと剣を携えていることくらいだろうか。
「それでもあなたは私の白銀の騎士に見えたんです」
真っ直ぐ自分を見つめて微笑む少女に瞳も心も奪われた。


アンジェリークと名乗る少女はここにいたわけを話してくれた。
「今、聖地を騒がせている『夜中に銀色のエアバイクが暴走してる』ていう事件があるの」
敬語は使わなくていいと言われ、親しい友達のようにくだけた様子で話し出す。
「それで、七不思議のひとつの白銀の騎士となんだか重なるね、て友達と話してて…」
「野次馬根性で出かけたってわけか」
「う…。だって白銀の騎士のお話ってどこかロマンティックじゃない?」
気になっちゃうんだもの、と頬を膨らませる少女はどこか幼ささえ感じさせる。
「でも…夜中に出歩いてるの見つかったら怒られるし…」
「それでいきなり謝ってたのか」
「うん」
誰かに見つかれば、翌日首座の守護聖様のお説教からは逃れられないだろう。

「だが、さっき事件は解決したようだったぞ。一足遅かったな」
「え?そうなの?」
「お前が喜びそうなロマンティックなもんじゃなかったけどな」
からかうような笑みにアンジェリークはいじわる、と睨んだ。
「いいもん。その代わりあなたに会えたから…」
赤くなった頬を隠すようにアンジェリークは立ち上がった。
「そろそろ帰らなくちゃ」
「待てよ。いくらなんでも夜中に一人で歩かせるわけにはいかねぇだろ」
送ってやる、という申し出にアンジェリークは喜んで頷いた。


「また、会える?」
建物の前で、なんとなく離れがたい気がしてアンジェリークは訊いた。
銀の青年は少し考えた後、頷いた。
「ああ、いいぜ。夜、迎えに来てやるよ」
「本当?」
実に嬉しそうに顔を輝かす少女の髪をくしゃりと掻き混ぜて彼は言った。
「俺はアリオスだ。じゃあな」
「うん。待ってるね、アリオス」
名乗るつもりなどなかった。再び会う約束などするべきではないと分かっていた。
それでも離れがたいと、もう一度会いたいと思ったのは少女だけではなかったから…。
この夜を境に二人は秘密の逢瀬を重ねることとなった。


〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜


「あ」
窓に当たる、かつんという音にアンジェリークは窓へ駆け寄り、カーテンを開ける。
窓から少しだけ離れた樹の上に彼はいた。
微笑むと慣れた様子でアンジェリークは彼に支えられて窓からそこへと移る。
約束通り、時折訪れてくれる彼と会う時はいつも夜だった。
昼間は育成や勉強があるし、彼もなにか用事があるのではないか、
と思うと必然的にこうなってしまった。

「ねぇ、アリオス…」
言いかけたところでアリオスは庭園の周囲に視線を走らせ呟いた。
「誰か来るぞ」
「え、あ、どうしよ」
聖地で自分の顔はけっこう知られている。
夜中に彼と会っていることがばれたらさすがにまずいかもしれない。
「こんな時間にこんな所来るなんて誰〜?」
かくいう自分達もこんな時間にこんな所にいるのだが…。
パニック寸前の彼女をアリオスは木陰に引っ張った。
「きゃ…」
「黙ってろ。見つかりたくねぇんだろ?」

声を出そうとした口を大きな手の平で塞がれて…真っ赤になりながらアンジェリークは頷いた。
それを見てアリオスも手を離す。
ちょこんと座り込んでアンジェリークは庭園の方を見ていた。
肩を抱かれるように回された腕にどきどきしてとても彼を見られない。
実際には彼はアンジェリークには触れず、樹の幹に手をついていただけなのだが…
触れそうで触れない中途半端な接近はかえって緊張してしまう。
赤くなった顔を彼には見られたくなくて、真っ直ぐ庭園の方を見ていた。
「あ、オスカー様だわ…。…夜遊びかな…」
通りすぎる人影を見ながら小声で漏らしたそのセリフにアリオスは苦笑した。
「守護聖様に向かって言うな?」
「だって…たぶん本当だもの…前もそんなこと仰ってたし」
苦笑する少女の言葉がアリオスには引っかかった。

「ああいうお偉いさんと親しい間柄か?」
何度もこうして会ったが、お互いの素性については何も語っていなかった。
アンジェリークは女王試験のことを気安く話してはいけないと言われていたし、
アリオスに至っては、この宇宙の侵略を企むレヴィアスだとは言えるわけがなかった。
「うん…まぁ、いろいろあってね」
アンジェリークは曖昧に頷くことしかできなかった。
「もう少ししたら…全部話せるから」
ごめんなさい、と呟いた。
「信用してないとかじゃないんだけど…」
「気にすんな。俺だって何も話してねぇんだ」

そしてアリオスは可笑しそうにくっと笑った。
「こんな得体の知れない男とよく一緒にいられるよな」
無防備過ぎるぞ、と笑われアンジェリークは頬を膨らませた。
「人を見る目には自信があるのっ。アリオスは大丈夫な人なの」
「人を見る目ねぇ…」
「な、何…?」
まじまじと見つめられアンジェリークは戸惑いながら問いかけた。
「…なんでもねぇよ」
だったらその自信は当てにならないな、と彼は心の中で自嘲気味に笑った。
(俺は犯罪者になる人間なんだぜ?)
それ以前にもう故郷の宇宙で血に濡れている。
そんな男のどこが大丈夫だと言うのだ。


「あ、そうだ。さっき訊こうとしてたんだけど…」
彼が黙ってしまったのでアンジェリークは話題を変えた。
「アリオス、試験の関係者?」
「試験? 何の試験だ?」
「…じゃあ、違うか…」
一人で納得する少女に説明を求めるように翡翠色の瞳が煌く。
「いつでもいいんだけど…昼間、会える?」
「何があるんだ?」
「アリオスを連れてきてほしいって言われちゃって…」
「お前なぁ…誰かに話したのか?」
「そうじゃないんだけれど、私もなんでアリオスに会いたがってるのか分からないんだけど…」
詳しい説明が欲しいところだが、少女自身疑問だらけな様子だった。

今は下見でこの宇宙に来ているだけなのだ。
人と深く関わるのは避けるべきだとは分かっていた。
アンジェリークのことでさえ、予定外の事態である。
さらに他の人間にまで自分の存在を知られているのか、と思うと心中穏やかではない。
どうやって自分の事を知ったのか。なぜ会いたがるのか。
「どういうことかよくわからねぇな…」
「うん、私もわかんない…」
誘っておきながら一緒になって考え込む少女を見るとふっと微笑んだ。
この少女といると心が和む。
彼女の何気無い仕種が自分の醜い感情を浄化していくような、そんな錯覚さえ覚える。
「知りたければ行くしかないってことか」
「…かな?」

アリオスは立ちあがるとアンジェリークに手を貸し、彼女も立たせた。
「気になるからな…。明日行ってやるよ」
「本当?」
とりあえず依頼人の願いに応えることは出来そうだ、とアンジェリークは微笑んだ。
「ああ。そうと決めたら今日はさっさと帰ろうぜ」
その相手に伝えたりといろいろやることができただろ、とアリオスは言った。
「う〜ん、別にすることないのよね。直接あなたを連れていけばいいだけだし」
いつもより早いデートの終了にアンジェリークは残念そうに答えた。
「どっちにしろ今日はここまでだな」
「どうしてよ?」
「このシチュエーションがどれだけヤバイか分かってねぇだろ…」
呆れたように彼に言われて、アンジェリークは数秒考えて理解した。
「…って、人が来たから…アリオスが引っ張っただけじゃないっ」
それだけのはずだ。
思考は鈍かったわりに、瞬時に真っ赤になったアンジェリークは叫んだ。
「恋人同士だったら、これじゃ済まなかったぜ?」
少女の反応があまりにらしくて、アリオスはさらにからかうように魅力的に微笑んだ。
「〜〜〜アリオスのばかっ」
「安心しろ。お子様には手を出さねぇよ」
「お子様じゃないもん」
睨み上げるその様子はまだまだあどけない。
「はいはい、帰るぞ」
「うん」
それでも差し出される手にアンジェリークは素直に手を伸ばした。



「じゃあ、明日ね」
「ああ」
アンジェリークは部屋の窓から彼に手を振った。
小さくなっていく彼の後ろ姿を見ながら呟いた。
「また明日…か」
2日続けて会えるのは初めてである。
それだけなのに…何でもないことのように明日を約束できたのがすごく嬉しかった。


翌日の出会いが二人の運命に大きな影響を与える
アリオスにとっての『二つ目の出会い』となることは、まだ彼もアンジェリークも気付いてはいなかった。


                                     〜to be continued〜


 

『White Dream』の『白銀の騎士』の設定を
ちょこっとだけ借りて作ったお話です。
リクエストで、『White Dream』で一度彼は聖地に来ているので
その時にアンジェと会っていたら…ということで。

サイドストーリーのようで実はパラレル、
と思っていただいた方がいいのかも。
リクにあった「ラブラブ」にするならこうでもしないと…。
本当にサイドっぽくしたらもっと重くなりますからねぇ。

そして…反則でしょうか。
どうせなら、とアリアンでの庭園イベントやってしまいました(笑)