月の光が眩しい夜に(中編)
翌日、アンジェリークがアリオスを連れていったところは王立研究院だった。 「こんにちは、エルンストさん」 「こんにちは。…こちらの方は?」 明らかに不信そうな瞳で少女の傍らに立つ青年を見つめる。 無理もないことである。試験には全く関係のない部外者なのだから。 「アルフォンシアが会いたいって言うんです」 「アルフォンシアが…?」 「はい。お願いします」 エルンストは一瞬のうちにいろいろと悩んだ。 部外者をあの空間に立ち入らせること。宇宙の意思が彼を呼んだ意味、etc. 「一体なぜ…?」 「それを知りたくてやってきた」 彼の迷いを断ち切るようにアリオスは真っ直ぐな翡翠の瞳で了承を促した。 なぜか彼は抗えない空気を身に纏っている。だからエルンストは頷いた。 「…分かりました。どうぞ確かめてきてください」 「サンキュ。ついでに俺のことはまだ誰にも言わないでほしい。 はっきりしたことが分かるまではな…」 「はい」 エルンストは並んで歩く二人の後ろ姿を見ながら、いまさらながら疑問に思った。 あの二人は一体どういう知り合いなのだろう? 「エルンスト?なにボーっとしてんの?」 程なく訪れたもう一人の女王候補に声をかけられるまで珍しく彼は立ち尽くしていた。 「…なんだ?」 扉の前で手を差し出す少女にアリオスは問いかけた。 アンジェリークからそういうことをするのはとても珍しい。 「はぐれちゃうと困るから…」 「は? …この向こうに一体何があるんだよ」 「ナイショ。行こう?」 アンジェリークはいたずらっ子のように舌を出すと手を繋いでいない方の手で扉を開けた。 「!?」 そこに広がるのは奇妙な空間だった。 星空が見えるプラネタリウムみたいなものか、と一瞬思ったが そこかしこに散らばっているのは惑星だろう。 「………」 それに扉の向こうと空気が違う。 似た感覚をアリオスは知っていた。 故郷の宇宙から別の宇宙へと移動した瞬間の違和感に似ている。 目を見張る青年の横でアンジェリークは言った。 「こんにちは、アルフォンシア。アリオスを連れてきたわ」 飛びついてくるふわふわの獣を胸に抱いて微笑んだ。 「そいつが俺を呼んだのか?」 「うん。この前面白い人にあったよ、て話をしてたら会いたいって… いろんな人の話したけど、このこが会いたいなんて言うの初めてでびっくりした」 きゅう、と鳴く聖獣を少女は覗き込んだ。 そして数秒、考え込むように固まって…ばっとアリオスを見上げた。 「アリオス、このこ見えるの?」 「ああ」 「どんなふうに見える?」 「どうって…ピンク色の変わった動物だな。なんなんだこれ?」 少女の驚く理由など分かるはずもなく、腕の中の獣を見下ろしながら答えた。 全身薄い桃色。ふわふわの毛で覆われ、ウサギのような長い耳。 かと思えば小さな翼まである。額の石も不思議なことこの上ない。 そして静かな光を宿す深い真紅の瞳。 なにもかも見透かされるような感覚に襲われる。 『異なる宇宙からの来訪者よ…』 「っ!」 目があった瞬間、頭の中に言葉が響いた。 そのことに驚き、また言われた内容にも驚かされた。 そして隣の少女に視線を送る。 「どうしたの?」 「こいつ、しゃべれんのか…」 アンジェリークは首を傾げ、そしてふわりと微笑んだ。 「うん。今、私には何も聞こえなかったけど…。 きっと二人でお話したいのね。私その辺を見てくるわ」 気を利かせたつもりなのか少女はそう言うとその場を離れた。 「俺を呼んだ理由、聞かせてもらおうか…」 アリオスは固い声で言い、聖獣を見つめ返した。睨んだ、の方が正しいかもしれない。 『察しの通りあの少女は普通の少女ではない。 …いや、これから普通の少女ではなくなる』 「…で?」 『私は彼女が幸せならば相手がたとえどんな人間だろうとかまわない』 「………」 その言葉に自分の過去の全てを知られている、と分かった。 『ただ…貴方に彼女を手に入れる覚悟があるか知りたかった』 王立研究院から帰る途中、アンジェリークはアリオスに尋ねた。 「どんなお話してたの?」 「さぁな」 「教えてくれたっていいじゃない」 不満げな少女の両頬を引っ張っていやだね、と笑う。 「〜〜〜」 じたばたする少女をからかいながらも内心では別のことを考えていた。 (言えるかよ…) どんな話をしたかと訊かれても… 娘さんをくださいと彼女の父親に挨拶に行ったようなこの気分はどういうことだろう。 (こいつを手に入れる覚悟? それ以前の問題じゃねぇのか?) 自分達は恋人同士なんかではない。 お互いの間に愛のささやきなど一度たりとてない。 ただ、たびたび一緒に過ごしていただけだった。 そういう感情は持たない、と決めていた。 これからの計画に支障をきたすような真似はしない、と。 そのはずなのに…。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 「アリオス…」 アンジェリークは祈るように自室の窓辺で彼の名を囁いた。 彼と会う約束はしていてもはっきりと次はいつ、と決めた事はなかった。 彼がアルフォンシアに会った日、一度きりだった。 あの日の後にも先にもきちんと日時を決めて会ったことはない。 「お願い…今夜会えなかったら…」 泣きそうな顔で呟いた。 こんな気持ちになるのだったら、彼に嫌がられるのを怖がらないで居場所を 聞いておくべきだったと後悔した。 自分から会いに行くことができないのがとてももどかしい。 「!」 伏せていた顔が外の音に気付き、弾かれるように上げられた。 「アリオスっ」 近付いてきたのは銀色のエアバイクだった。 「嬉しい。聖地最後の夜にこんな素敵な思い出作れるとは思わなかったわ」 アンジェリークはアリオスの身体に掴まりながらお礼を言った。 身体に当たる夜風が気持ち良い。 「最後…?」 「なんでもなーい」 「…まぁいいけどな。あの事件の奴みたいに夜走ってみたい、ていつか言ってただろ」 「覚えててくれたんだ。ありがとう」 「しっかり掴まってろよ。振り落とされても知らねぇからな」 「うん…」 アンジェリークはきゅっと彼に抱きつき、広い背に頬を寄せた。 (今夜が最後かもしれないから…許してね) 簡単に聖地を1周して、二人は森の湖にバイクを停めた。 夜中の湖にはもちろん他に人などいない。 流れ落ちる水の音がやけに大きく聞こえる。 ゆらゆらと揺れる水面の月は丸かった。 「ありがとー! すごく楽しかった」 満足そうにアンジェリークはタンデムシートから飛び降りた。 「アリオス、白馬も似合うかもしれないけどバイクも合ってるよね」 やっぱり私の『白銀の騎士』だわ、とアンジェリークは微笑んだ。 「アンジェリーク姫に使える騎士か?」 苦笑する彼にアンジェリークはううん、と首を振った。 いつもなら照れて、微笑むだけなのだが…。 「姫じゃなくて女王、なの」 「は?」 真面目な顔で言われた言葉がぴんとこなくてアリオスは首を傾げた。 ここの女王はまだ健在のはずだ。力に翳りなど見られない。 それを確かめる為にわざわざ聖地にまで足を運んだのだ。 「明日から…新宇宙の女王様」 「新宇宙?」 アンジェリークはどこか寂しそうにきらきらと輝く湖を眺めながら呟いた。 「私ね、ここには女王試験を受ける為に呼ばれたの。 レイチェルと一緒に新宇宙を育てて…私が女王になることに決まった」 「………」 「ごめんね。今まで内緒にしてて」 月明かりに照らされ、振り向いて微笑む彼女は儚げだった。 「…女王になるんだろ? めでたいことじゃねぇか。 なのに嬉しそうには見えねぇな。いつもの元気はどうしたんだよ」 「だって…」 アンジェリークはスカートの裾をきゅっと握って躊躇うように口篭った。 「なんだ?」 促す彼の瞳にアンジェリークは心を決める。 (言っても言わなくても今日が最後よ、アンジェリーク…) 藁にも縋る思いでこの湖のジンクスに勇気をもらう。 「あっちに行っちゃったら…こうやってあなたと会えなくなっちゃう…」 緊張に震える手を抑えようと両手を握り締めた。 「新宇宙を大切に思ってる。それは本当。でも他にも大切なもの見つけちゃった…」 手だけではなく声も震えてしまう。 こんなことを誰かに言うのは初めてだから。 「アリオスが好きなの」 お互いに微妙な関係を崩すのを恐れていた為、出ることのなかった言葉。 女王になろうとしている自分の立場。 この宇宙を侵略する計画を立てている自分の立場。 恋愛感情など抱いている場合ではないと分かっていたから、あえてその部分には触れず、 それでも離れたくはないから何度も逢瀬を重ねた。 「アンジェリーク…」 呼ぶ声にアンジェリークはびくりと身を竦ませた。 「ごめんなさい、困らせるのはわかってたけど、言っておきたかったの」 言わずに会えなくなったら後悔する、そう思ったから…。 だけど彼から見れば自分はお子様で、妹のような存在だろう。 やっぱり言わない方が良かったのかも?という思いがアンジェリークを後退りさせた。 少々パニック気味の彼女の頭からはすぐ後ろが湖だということはすっかり抜け落ちていた。 「きゃっ!?」 「バカ!」 そのまま後ろの湖に落ちそうになったアンジェリークをアリオスは力強く引き寄せた。 勢いあまって草の上に倒れこむ。 「あ…ごめんなさい…」 アリオスの上でアンジェリークは真っ赤になって呟いた。 情けなさに身の置き所がない。 「……っく」 「アリオス?」 笑い出す青年の顔をアンジェリークは覗き込んだ。 「お前…本っ当に面白いやつだな」 「〜〜〜」 今回ばかりは自覚があるので何も言い返すことが出来なかった。 「お前といると飽きないよ。お前といると…癒される」 「アリオス…」 彼の大きな手の平が後頭部に回された。 そのまま導かれるまま、横たわる彼の唇に自分のそれを重ねた。 初めは触れただけ。 触れる度に口接けは深くなり、いつしかアンジェリークは彼の下になっていた。 「俺もお前に惹かれてる。好きだ」 「アリオス…」 息が触れるくらい近くで見つめられ、囁かれ…アンジェリークは頬を染めた。 「…だが一緒にはいられない」 嬉しい告白の後の衝撃的なセリフにアンジェリークはしばらく何も言えなかった。 〜to be continued〜 |
すみません。前後編のはずだったのに…。 「中」になってしまいました。 前ページもこのページも短いせいもありますが…。 もう少しお付き合いくださると嬉しいです。 今回『アンジェ、森の湖で告白』です。 もう、どうせなら「2」でのイベント ここでもやってもらおうか…と。 「天空」から参加のアリオスさんにも「2」 の世界を体験してもらいましょう(笑) しかし…今回ラストでバカップル度上がったと 思いきや下がった? |