月の光が眩しい夜に(後編)
「どう…して…?」 しばらくしてからようやく声を出すことができた。 自分に覆い被さる青年を呆然と大きな瞳で見上げたまま。 だったら今のこの状況はどういうことなのだろう…。 さっき言ってくれた好きだという言葉はなんなのだろう…と。 「お前は俺のことを知らないからそんなことが言えるんだよ…」 アリオスは起き上がり、アンジェリークを解放した。離れた体温が寒さを感じさせる。 「そうよ…私、あなたのこと知らないわ」 アンジェリークも座り直しながら、悔しそうな表情で言った。 「こうやって…会って、話して、私に見せてくれるあなたしか知らないわよっ。 それでも好きになっちゃったものは仕方ないじゃない…それじゃダメなの?」 小さな拳で彼の胸を叩いて想いを吐き出した。 「まだ…好きにはなれないから諦めてくれ、て断られた方が納得できるわ…」 両思いだと分かって、それでも別れなければならないなんて辛すぎる。 「アンジェリーク…」 「分からないよ、アリオスのことなんて…何も聞いてないもの。 あなたが普通の人じゃないってことしか分からない…」 どこまで自分の正体に気付いているのか…。 目を見張るアリオスにアンジェリークは説明した。 「あなたアルフォンシアが見えたじゃない? 普通の人は見えないのよ? 同じ女王候補生だったレイチェルでさえ、私と同じものは見えなかったのに…」 アリオスはあれが新宇宙の意思が具現化したものだとこの時初めて知った。 「あなたは女王のサクリアと同等のものを持ってる人なのよ…」 「………」 もともと彼は故郷では正統な皇帝の血を受け継ぐもの。 宇宙を導くものとしての素質はあった。 たぶんそのせいであの聖獣が見えたのだろう、と考えられる。 「びっくりした…。 どうしてそういう人がいるのに王立研究院は気付かなかったんだろう、て思って… レイチェルと調べたの」 よくない事だと思いつつ…。公で調べることなんて出来ないから、 研究院をよく知っている親友に協力してもらって密かにアリオスの事を調べた。 「王立研究院で調べたのに、あなたの戸籍なんてどこにもなかったのよ」 アンジェリークは彼の瞳を真っ直ぐ見つめて問いかけた。 「あなたは何者なの?」 しばしの間、二人は何も言わず見つめ合っていた。 「話してくれないのは言いたくない事だと思ったから…今まで聞けなかったけど。 教えてよ…。私の知らない事。 それでも私の気持ち、変わらなかったら考え直してほしい…」 その真剣な様子にアリオスは溜め息をついた。 「…知ったら俺に惚れたこと後悔するぜ?」 「それだけは絶対しないもん」 首を振る少女の髪がさらりと舞った。 アリオスは苦笑し、彼女の瞼をそっと手の平で覆った。 「な、なに?……!」 一瞬訪れた闇にアンジェリークは戸惑いの声を上げた。 そして目の前の人物を見て息を飲む。 「これが俺の本当の姿だ」 闇色の髪、アリオスの時と同じ翡翠の瞳と長い前髪に隠れた金の瞳。 アンジェリークの知っている彼と色彩を違えた姿。 驚く少女の目の前で彼はもう一度『アリオス』に戻った。 「本当の名はレヴィアス・ラグナ・アルヴィース」 「レヴィアス…?」 「俺は別の宇宙から来た」 そして彼の話が始まった。 誤魔化そうと思えばいくらでも誤魔化せたが、全てをありのままに話した。 ここまで来てこの少女に隠し事はしたくなかった。 真実を知って離れていってもかまわない。 全てを知って、それでも受け入れてほしいという気持ちがなかったとも言えないが…。 「…アリオス…」 聞き終えた後、思っていたよりもすごい事実にアンジェリークはただ彼の名を呟いた。 「…どうする? 今のうちに俺を女王陛下に渡しておくか?」 侵略される前に手を打っておくか? と自嘲気味に彼は笑った。 「まぁ、おとなしく捕まってやる気はないけどな」 「しないよ。だってアリオスまだなんにも悪いコトしてないじゃない」 そして身を乗り出して尋ねた。 「そんなことよりも…まだエリスさんのこと好き?」 「お前な…。そういう場合じゃねぇだろ」 「だって、私にとっては大事なことよ」 宇宙規模の危機をそんなこと呼ばわりする少女はある意味すごいかもしれない。 答をねだる瞳にアリオスは大きく息をついて降参した。 「あいつのことは忘れられないだろうな…」 「そう……」 俯きかけたアンジェリークの頬に触れ、視線を合わせる。 「だけど、今愛してんのはお前だ、アンジェリーク」 アンジェリークは一瞬、信じられないというような顔をして、それから微笑んだ。 「私もあなたのこと好きよ」 真実を知ってもその気持ちは変わらない。 嬉しそうに彼に抱きついた。 「…俺は罪人だぞ?」 アリオスは彼女を受け止め、栗色の髪を梳きながら問いかけた。 「こっちではまだ何もしてないわ。どうしても気が済まないなら私が裁いてあげる」 彼の腕の中にいた身を起こし、姿勢を正して毅然とした瞳で言う。 「ここの女王陛下じゃなくて…新宇宙の女王として私が」 「………」 「あなたは故郷の宇宙で罪を犯した。犠牲となった人も数多くいるんでしょうね…」 「ああ…」 敵味方問わず、あの騒ぎの中で命を落としたものは少なくない。 その重さが分かるからこそ、彼はいまさら自分だけ平和な未来を手に入れることに躊躇する。 だから過去に囚われ、復讐の道を選ぶ。 「復讐は新しい悲しみを生むだけ。あなたの過去を忘れろとは言わない。 だけどそれに囚われることを禁じます」 心にすんなりと入ってくる厳かな声、真摯な瞳。 やはり宇宙の女王となる少女なのだと思い知らされる。 「そして…罪を犯した罰として新宇宙での育成に協力してください」 「!」 思いもよらぬ罰にアリオスは戸惑いの色を見せた。 「何を考えてんだ?」 アンジェリークは女王から少女の笑顔に戻ってそう言った。 「だって、復讐なんて不毛なことしてほしくないわ。 故郷の宇宙に行くためには力を手に入れなきゃいけないんでしょ?」 魔導士達が彼の復讐を恐れて結界を張っている。 「その為にこの宇宙を侵略しようとしてるって…。 私としてはここが危険な目にあうのも、その後あなたが復讐するのも嫌なの」 本当に不思議そうに少女は青年に尋ねた。 「復讐の果てに何を望むの?」 「なにも…」 別に皇帝の座などさして興味はなかった。復讐することこそが目的だった。 怒りや悲しみをぶつけるにはそれだけで十分だった。 「でしょ?だから不毛だって言ったの。あなたも周りの人も傷ついて得るものが 何もないなんてばからしいじゃない?」 「……」 「どうせ皇帝やるなら私の宇宙でやって?」 にこりと笑う少女に彼は額を押さえた。 「お前な…どれだけ無茶言ってるか分かってんのか?」 「罪を償うつもりで新しい宇宙を大切に育てて。 そんなに無茶なこと?」 「甘すぎる」 「いいじゃない。誰も困らないもの。 私はあなたと一緒にいられるし、この宇宙も平和なまま。 故郷の宇宙もとりあえず一騒動起きないことが決定、人手不足な新宇宙の助っ人も確保」 彼の視線を受けながら立ち上がり、湖の周りを歩き出す。 「一石何鳥?」 その幼く見える微笑みは大人のしたたかな面も持っていた。 「…っく」 「さすが女王陛下…」 苦笑しながら先を行く少女を抱きしめて捕まえた。 「なんか…バカにしてる? これでも一生懸命考えたのよ。 たとえアリオスに恋してなくてもこの道を選んだと思うな…。新宇宙を育成する素質あるわけだし」 後ろで聞こえる押し殺した笑い声にアンジェリークは呟いた。 「あなたがどっちの道を選択するかでこんなに未来は変わるのよ?」 楽しい道を選ぼうよ、と無邪気にピクニックにでも誘うかのように微笑む。 「お前には敵わないよ…」 当たり前のように過去の鎖を断ち切る手助けをしてくれた少女。 恋に溺れそうになりながらも、ちゃんと世界を見渡せる。 アリオスは正面から向き合い、少女の手を取り、その甲に口付けた。 「新宇宙の女王陛下に誓おう。永遠の愛と忠誠を」 「アリオス…」 二人だけの儀式を眩いばかりの月の光が照らしていた。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 少しだけ月日は流れて… 金の髪の女王陛下は息抜きのお茶を補佐官殿と楽しみながらしみじみと言った。 「やっぱりあのコはすごいわねぇ」 「なんですの?」 「だって試験中に3つの宇宙をそれぞれ救って、そのうえ恋人までゲットだなんてv」 心持ち後者の方が強調された気もするが、あえてロザリアはその事には触れなかった。 「ええ、あれにはさすがに驚きましたわ」 戴冠式の時、いきなり彼女が紹介した男性。 皆が見せる様々な反応の前でにっこり笑って言ったのだ。 『私とレイチェルとこの人、アリオスの3人でこれから新宇宙を育てていきますね』 彼の経歴を聞いて、この事に関して賛否両論あったけれども金の髪の女王は2人を祝福した。 「それにしても…アンジェリークはああいう人がタイプだったのね」 道理で守護聖にも教官・協力者にも心を奪われなかったわけだ、と頷いている。 「ちょっと意外な気もしましたけれど…あの2人を見ていると幸せな気分になりますから、 きっと出会うべくして出会ったのでしょう」 おかげでこの先、聖地の七不思議が多少変わってしまうこととなる。 月の光が眩しい夜、白銀の騎士に出会えた少女は幸せになる、と。 「ショックを受けていた方々もいたみたいだけどね」 金の髪を揺らして微笑む彼女に、親友の事はなんでもお見通しのロザリアは綺麗に微笑んだ。 「安心したでしょう。アンジェリーク? 大事な『あなたの守護聖』を取られなくて」 彼はけっこうあの子をかわいがっていましたものね、と言われて真っ赤になる。 「ロザリア!?」 「ほほほ、なんでしょう?」 「〜〜なんでもないわっ。……今頃あっちの宇宙はどうしてるかしら…」 そんな平和な昼下がり、2人は遠い別の宇宙へと思いを馳せた。 一方、その新宇宙では… アリオスはアルフォンシアと対面していた。 「育成は順調に進んでるようだな…」 立派な姿に成長した聖獣を目の前に、ふと思い出したので尋ねてみた。 「そういえば…なんで俺はお前が見えたんだ?」 アンジェリークも不思議に思っていた。 宇宙の意思の姿は見る者によって違うはずなのに…と。 それなのにアリオスとアンジェリークは同じものを見た。 『女王と対となる者だからでしょう。魂のありようが似ているのだと…。 あの時点で私はあなたを彼女のパートナーだと認識していました』 聖獣は静かな眼差しをアリオスに送る。 『だが…背負っている物が多すぎた。 そんな状態で女王のパートナーなど務められるわけがない。 だから忠告させてもらいました』 アリオスに少女を手に入れる覚悟があるかどうかを尋ねた。 覚悟ができたならもう一度会いに来るように、と。 できないのなら二度と少女に関わるな、と…。 「過去を絶ち切る覚悟…か。あの夜あいつに背中を押されたな」 アリオスはふっと苦笑した。 「くだらないプライドは捨てて…過去より未来を選べと」 『女王を支える人物です。 他のものを背負って、その片手間でできると思わないでほしい』 「分かってるさ。今の俺はアンジェリークのものだ」 「私がなに?」 突然後ろから柔らかな声が聞こえてきた。 「なんでもねぇよ。やっと書類整理終わったのか」 「う…どうせ私はアリオスより仕事遅いわよ…。 アル、こんばんは。なに話してたの?」 「俺はお前のものだって話だよ」 余計な事まで話されてたまるか、とアルフォンシアが答えるよりも先にアリオスが言った。 「え…?」 途端に少女の顔が赤く染まる。 「あ、あのね…だったら…私もアリオスのものだからね」 アリオスは真っ赤な顔でやっとそう言う少女を抱きしめた。 「…っく。当たり前だろ?」 『そういうことは二人きりの時にやってもらいたい…』 アルフォンシアの苦笑混じりの声が重なる寸前だった唇を止めた。 「宇宙の様子はどうだった?」 アンジェリークは私室に帰る途中、彼に問いかけた。 壁に灯されている明りと窓からの月明かりが2人を照らす。 「順調だ。問題ねぇよ」 「そっか。やっぱりアリオスがいてくれてよかったわ」 実際、彼はよく働いてくれている。 自分とレイチェルだけではこんなにスムーズに進められなかっただろう。 「褒美はちゃんともらうぜ?」 「え?…っん…」 激しくて甘いキスの後、アンジェリークは彼の腕の中で力なく呟いた。 「どうしてアリオス…いっつも不意打ちなのぉ…」 心の準備が…と漏らす少女に笑みを誘われる。 「だったら今準備しとけよ」 「? だってもう終わったじゃない?」 「夜はこれからだぜ?」 「………(///)」 プライベートは始まったばかりだろう、とにやりと笑う彼に抱き上げられ アンジェリークは硬直する。 「くっ…言ったら言ったでお前困るだろ?」 銀色の髪が緩やかに光を弾き、金と翡翠の瞳が可笑しそうに煌く。 『レヴィアス』をまるっきりなかったことにするのは…というアンジェリークの一言で 瞳は本来のままにしている。 レヴィアスでもありアリオスでもあるこの姿でこれからを生きることにした。 「アリオスのいじわる…」 「なんとでも言えよ」 どうせその口もすぐに塞いでやるさ、と微笑む彼に抱かれたまま アンジェリークは私室へと向かった。 …後日談… 女王の祈りと彼の魔導の力により、元部下たちは転生をはたした。 そして生前の記憶を持ったまま成長し、宮殿へと集まった。 自分達の仕えていた『レヴィアス』との違和感に戸惑ったことは言うまでもないだろう。 彼の幸せそうな姿にある者は喜び、ある者は複雑な気持ちを抱え… それでも主を慕う心は変わらなかったので全員こちらの人生でも彼に仕えたという。 以前の復讐に燃える冷酷さが懐かしい、とぼやくある部下に堂々と彼は言ったらしい。 「悪いな。復讐よりもずっと面白いものを見つけた」 照れてじたばたともがく女王を片腕で抱き寄せ微笑むさまは… 方向性がかなり変わったとは言え以前の彼のままかもしれない、と誰もが思ったとか…。 「立派にこの宇宙を掌握してるよね…」 「そうだね…」 開き直る主を前にショナとルノーの会話が全員の気持ちを代弁していた。 そんなわけで新宇宙は今日も平和な時間が流れていく。 〜fin〜 |
やっと完結しました…。 やはりオフィシャル設定が少しでも入ると アリオスは一線引いてしまうカンがあります。 アンジェが頑張らないとどうしようもなくなってしまう…。 「その後」のお話しはうちのアリオスさんらしく バカップルモードになりましたけど(笑) 長々と引っ張ったわりに出来上がったのがこれで ホントにすみませんでした、いちこさま。 |