LOVE PHANTOM
超多忙なカリスマモデルと真面目に学校に通う女子高生。 デートの時間を作るのも一苦労である。 基本的に彼のオフに合わせる事が多いが、たまには彼女の方にも予定が入る。 そんな日の出来事だった。 土曜日の午後。 アリオスは仕事先であるスタジオから車で帰るところだった。 (…さて、と…どこに行くか…) いつもならば迷わず恋人と一緒に過ごすのだが、 今日は彼女は別の用事があるらしい。 珍しい土曜日の午後という絶好のオフの話を聞いて、アンジェリークは 顔を輝かせて喜んだ後、何か思い出したようにがっかりしたのだ。 「ごめんね。その土日はずらせない予定入っちゃってるんだ。 む〜…悔しいなぁ。土曜日なんていっぱいデートできる日なのに…」 半日しかない授業のおかげで放課後が長い。 おまけに次の日は休日ということで泊まりの可能性も高いのだが…。 「私の用事、来週だったら良かったのに〜」 断られたアリオスよりも断った本人の方ががっかりしているのだから可愛らしい。 アリオスは苦笑して、栗色の髪をかきまぜた。 「気にすんな。次の機会にたっぷり可愛がってやるから」 「もぅ、ばか…」 先日のやりとりを思い出しながらアリオスは信号待ちの車の窓から 賑やかな街を眺めていた。 そろそろ夕方にさしかかる頃。 少し早いがカティスの店に行くか。それとも他のバーに行くか…。 アンジェリークを連れてカティスのところ以外のバーには行けないので それも良いか、と思う。 「行き先に悩むなんて最近はなかったよな…」 出かける選択基準はいつもアンジェリークが喜びそうな所だった。 自分だけとなるとそれほどこだわりもなく、つまりどこでもいい、に なってしまうため判断がつきかねていた。 アンジェリークと会う前の自分とはずいぶん変わったと気付かされる。 「………」 ふと目に入ったカフェ。確かアンジェリークのお気に入りの店だった。 ちょうどそこから出てきた仲の良さそうな2人。 長い黒髪が印象的な長身の青年と腕を絡ませている少女。 「アンジェリーク…」 目の前の光景を認めたくはないが、自分が少女を見間違えるはずがない。 アリオスは2人が行く方へと車を進めた。 「それでね…あ、写真あるんだ。 後で見せてあげるね」 「ああ」 「だから…お願い、してもいい?」 「フッ、お前には敵わんな…」 「ふふ、ありがとうv」 明るくはしゃぐ少女は間違いなくアンジェリークで…。 隣の青年に向ける普段とは違う可愛らしい笑顔は自分だけのものだったはず。 「………」 胸が痛くて熱い。 いつもオスカー達のような知り合い相手に持つのとは明らかに違う嫉妬心。 彼らはどこかからかいが混じっているのを知っているから本気で焦る必要はない。 「…マジかよ」 食い縛った歯の隙間から零れる低い呟き。 眉を顰め艶やかな銀髪を掴む。 アリオスは大きく息をつくと、クラクションを鳴らし車を停めた。 「?」 横をすり抜ける車のクラクションにアンジェリークは視線を向ける。 「あ…」 前方で止まったシルヴァーメタリックのそれは見覚えがある。 …どころか何度も乗っている。 「アリオス…」 「よぅ、俺よりも優先させる用事ってのがまさか他の男だったとはな。 ずいぶんと楽しそうじゃねぇか」 車から降りた彼の視線に気付き、アンジェリークからは先程までの笑顔が消える。 慌てて隣の青年の腕から手を離した。 「アンジェ…彼が?」 「あ、うん、この人がアリオス」 当たり前のように親しげに名を呼ぶ、やけに落ちついた男に アンジェリークはこの状況に困惑しながらも頷く。 そんな仕種ひとつひとつがアリオスには面白くない。 「偶然見かけたんだが…隠しておきたい事ほどバレるもんだぜ?」 「違う、アリオスっ…。そんなんじゃなくて…」 「別に言い訳なんてしなくてもいいけどな」 その場を取り繕おうとする少女の姿など見たくない。 「アリオス…」 切れそうなほど鋭い瞳に射抜かれたようにアンジェリークは動けなくなる。 「そいつの方が良いなら好きにしろよ」 普段とは違う、冷たい響きを持つ声。 「俺はかまわないぜ?」 「本気で…言ってるの?」 アンジェリークは呆然と瞳を見開いて問い返す。 冗談だ、と笑ってほしい。しかしその期待は裏切られる。 「他の男を見てるお前ならいらねぇ」 「…っ…?」 大粒の涙が零れ落ちたことに少女自身が驚いた。 冷たい態度の彼が怖かったからかもしれない。 いらないと言われた悲しさからかもしれない。 状況説明さえさせてくれない悔しさからかもしれない。 「アンジェ…」 修羅場に立ち会う羽目になった長身の青年は相変わらず落ちついたままで アンジェリークの涙を拭ってやった。 それをアリオスは冷たい眼差しでただ眺めていた。 「…分かったわよ! この人の方がアリオスよりずっとずっと優しいもの! 私なんかどうせいらないみたいだし?」 アンジェリークは涙を溜めた瞳でアリオスを見上げた。 「お別れした方が良いみたいだね」 そう言って去っていくアンジェリークをアリオスは止めなかった。 「…ふぇ…っう〜〜……」 アンジェリークは道を曲がり、アリオスからは見えない所に入った瞬間 ぼろぼろと泣き出した。 止めてほしかった。本当は別れたくない、と言ってほしかった。 「アンジェ…とりあえず私の部屋へ行くか?」 道端で大泣きする少女の肩を抱くと彼はタクシーを止めた。 「…ちっ…なにやってんだ…」 アリオスはガッと傍らの壁に力任せに拳をぶつけ、呟いた。 泣かせる為に車を停めたわけではない。 別れる為に話をしたかったわけではない。 ただ、何かの間違いだと安心したかっただけなのに…。 自分よりも他の男を選ぶと言ったアンジェリークの声が頭から離れない。 日も暮れた頃、アリオスはアンジェリークの寮の近くに来ていた。 携帯は先程から通じない。応えてくれない、と言った方が正しい。 こういうことは時間が経てば経つほどややこしくなる。 しかし、一向に目当ての少女は帰ってこない。 「あれー? アリオス?」 その代わりに少女の親友に出会った。 「よぉ」 「アンジェ今日帰ってこないよ。外泊届け出してあったから…。 アナタの所に泊まるんだと思ってたけど違ったんだね」 「………」 彼の表情に気付き、レイチェルはもしやまずい事を言ってしまった?と首を竦める。 「あいつに会ったら俺のところに連絡よこせ、と言っといてくれ」 「は〜い」 アリオスが戻っていくのを見送っていたレイチェルは鳴り出した携帯をとる。 「あ、アンジェ? 今アリオスが寮の方まで来てたんだよ。 いったいどうしたの?」 いったん泣きやんだもののレイチェルに事情を話していたら また涙が止まらなくなった。 途切れ途切れに話して、親友に念を押してから電話を切る。 「冷やしておけ。腫れるぞ」 「…ありがとう。ごめんね…こんなはずじゃなかったのに…」 濡れたタオルを受け取って瞼に押し付ける。 その冷たさに思考が落ち付いてくる。 「アリオスと言ったか…。私よりも年上だとは思えんな」 苦笑混じりの彼の言葉にアンジェリークは頬を膨らませて頷く。 「3つ…だったけ。アリオスの方が上よ。 なのに絶〜っ対アリオスの方が精神年齢は下だわっ。 時々私より子供っぽい時あるものっ」 アンジェリークの向かいに座る彼はフッと笑うと静かな瞳で言った。 「どっちもどっちだと思うがな…」 「そうかなぁ」 不服そうにアンジェリークは彼を睨む。 「対等な関係なのは良いことではないか? ああいう男は素顔を誰にでも見せるわけではあるまい?」 「………」 アンジェリークは彼から瞳を逸らし、俯いた。 「……それでも…さっきのはひどすぎるもん…」 「ところでアンジェ…。夕飯はどうする。 そんな状態だしルームサービスにするか?」 しばらく黙りこくっていた少女に付き合っていた彼は話を変えた。 「んーん、レストラン行こう? 顔洗ってくる。ついでにシャワーも浴びて頭整理してくる」 アンジェリークの携帯が鳴り続けている。 レイチェルにかけるまでは留守電にしていたのだが、その後もう一度 かけたりかかってきたり、としているうちにセットし直すのを忘れたらしい。 最初はそのうち切れるだろうと放置していたが、相手はなかなか諦めない。 液晶画面にアリオスからの着信だと表示されている。 彼はひとつ息をつくと面倒そうに通話ボタンを押した。 「かけ直すんだな。今、彼女は出られん」 「…なんであんたが出るんだ?」 「いつまでたっても切れずにうるさいのでな…」 「………」 「お互いに少し頭を冷やすべきだな。まともな話し合いなどできまい?」 アリオスが言葉を発する前にアンジェリークの声が聞こえてきた。 「今、電話鳴ってた? バスルームまで聞こえた気がして…。 あ〜! クラヴィスにいさま勝手に出て…」 「出てきたか…。アリオスからだぞ」 その名にアンジェリークは凍りつく。携帯を差し出されても動けない。 声を聞きたい。…でも聞きたくない。 「…いないって言って…」 自宅の電話でもあるまいし…と内心苦笑したがとりあえず彼女の希望通りに 伝えてやる。そうしなくとも直接アンジェリークの声はアリオスに届いていたが…。 互いに会わずに1週間が過ぎようとしていた。 アリオスがいつも忙しいので会えないのはそこまで珍しくはないが、 声さえ聞かないのは初めてだった。 アンジェリークが外泊した翌日、日曜日の夜にレイチェルとよく話した。 そして、無視した事を謝ってちゃんと話をしようと決めたのに…。 その翌週に出た写真週刊誌にアリオスの記事があったのだ。 ロケの行われた一流ホテルのラウンジで撮られたらしい アリオスと美しい大人の魅力溢れる女優。 ありがちなスキャンダル内容だが、アリオスがこの手の話題で 騒がれることはアンジェリークと出会ってからはなかった。 「つまり…これって、この数日の間ってこと、よね」 アンジェリークは週刊誌を見つめて呟く。 土曜日までは誰もが認める甘い恋人同士だったから、そんな写真を 撮られるわけがない。 おそらくアンジェリークに別れると宣言され、 電話も無視された後から週刊誌の発売日までに起きたことなのだろう。 記事の差し替えがいつまで可能かは知らないが、 アリオスのスキャンダルならけっこう無理してでも通すと考えられる。 「私がいなくても…本当に、全っ然、平気なんだ…」 「アンジェ…」 「むしろ私がいない方がこんなに素敵な人と過ごせるんだから 良いってことだよね。 何もケンカした直後に他の女性に乗り換えなくても…」 アンジェリークの方こそ、アリオスには乗り換えられたと 思われているのだからお互い様だという気もするが…。 レイチェルはその事はあえて指摘せずにいた。 というよりもできる雰囲気ではなかった。 「…もういい。仲直りなんてしない」 「アンジェ〜…」 考え直そうよ、とレイチェルは勧めるが当の本人は取り付く島もない。 拗ねたり頬を膨らませてるうちはまだ良い。 泣いたり怒ったりしている間もまだ大丈夫。 アンジェリークが本気で怒る時は静かに怒る。 滅多にない事だが、だから余計に恐い。 そんなわけで2人の仲は改善される事もなく時が流れていった。 〜 to be continued 〜 |
このバカップルで別れ話を、しかもアンジェから…。 どうやったらそうなるんだろう? …とかなり真剣に悩みましたです(苦笑) 普段が普段なだけに思い浮かばないんですよね〜。 結局売り言葉に買い言葉みたいな感じで。 アリオスを妬かせるお相手は最初セイラン様 にしようかなぁ、と思ってましたが 昔のchatでちかさまがまだ登場してない人 希望と仰っていたのでクラヴィス様の登場です。 |