LOVE PHANTOM


1番最初に根をあげたのはレイチェルだった。
「もー、ヤダ! ゼフェル! アナタのおにーさんでしょ!
 なんとかしてよ〜」
人の目に付かない所に呼び出して絶叫する。
八つ当たりなのは分かっているがいい加減ストレスが溜まっていて
どうにか解消したかったのだ…。
「もうすぐ2週間だよ?
 見てらんないヨ。あんな空元気なアンジェ…」
無理して普通に振る舞っているのが見え見えでかえって痛々しい。
だからといって、仲直りすればと提案すれば否と言う。
「こっちこそどうにかしてほしいぜ!
 アンジェリークの親友だろ!?」  
ゼフェルも負けじと反撃する。
「あいつとケンカしてからアリオスめちゃくちゃ機嫌悪ぃんだぜ?
 俺の身にもなってみやがれっ」
「……………ゴメン」
彼の迫力と言葉にレイチェルは思わず謝ってしまった。
確かに常に低気圧状態の彼と生活しているゼフェルの心労には
敵わないだろう、と分かってしまう。
「…その、大変だよネ…いろいろと」
「………」
あまりにもあっさりと納得され同情までしてもらい、ちょっと複雑なゼフェルだった。



「アンジェリーク、今どこにいる? 急いでマンションに来てくれ」
「ゼ、ゼフェル…?」
電話をとるなり聞こえてきた声にアンジェリークは瞳を丸くする。
「遠いなら俺がバイクで迎えに行ってやるから」
「う、うん? でも、マンションって…」
それはゼフェルの…ひいてはアリオスのマンションということだろう。
躊躇う様子のアンジェリークにゼフェルは続けた。
「アリオスが倒れた」
「!」


「アリオス! どこ遊びまわってるの〜!
 もうとっくに仕事は終わってるんでしょっ?」
「…レイチェルか」
考え事をしていたせいでつい電話に応えてしまい、アリオスは眉を顰めた。
「さっさとマンションに帰ってきなさいよ!
 アンジェ、倒れちゃったんだから」
「!? ……なんで寮じゃなくてそっちなんだよ」
アンジェリークが自分からそこへ来るはずがない。
「アナタとちゃんと話しようと思って来たんだけどっ…
 ここしばらく食欲もないし、ちゃんと眠れてないしで倒れちゃったの!
 分かったらさっさと戻ってきてよ!」



「…アリオス?」
アンジェリークは恐る恐る彼の部屋を覗いた。
倒れたと聞いて、いてもたってもいられなかった。
もう自分なんかではなく、他の女性が看るべきかもしれないという不安を抱きつつ。
「いないの…?」
他の部屋も確かめてみようとしたその時に、玄関のドアが開いた。
誰かがこちらへ来る足音。
「アリオス…」
久しぶりに見る彼。急いで帰ってきたのだろうか、銀糸の髪が乱れている。
「…倒れたんじゃなかったの…?」
「………」
きょとんとしているアンジェリークをしばらく見つめ、アリオスは溜め息をついた。
「…騙されたな」
「え?」
「俺はレイチェルに倒れたお前がここにいると聞いて来た」
「…私はゼフェルに…
 …私を連れてきてすぐどっか行っちゃったわけだわ」
本人達よりも先にギブアップした彼らはお互いの情報を
交換し合い、2人を合わせるために一芝居打ったのだ。

「…もう、ゼフェルとレイチェルったら…」
居心地が悪くてアンジェリークは困ったように瞳を逸らす。
彼らが自分達にくれたチャンスだという事はわかっている。
だが、半ば意地になっていた2人は容易く折れることはできなかった。
「……あの男はどうした?」
長い沈黙の後、譲歩したのはアリオスだった。
「あ、クラヴィスにいさま? さっき空港までお見送りに行ってたの」
「…お前に兄貴はいなかったよな?」
『にいさま』と呼んでいるが彼女は一人っ子である。
血の繋がった兄ならば妬く必要などまるでなかったのだが…。
そうでないことをアリオスは知っている。
「うん。お兄さんっていうわけじゃないんだけど……。
 あの人ったら全然動こうとしないから誰かが一緒じゃないと。
 あの日も彼のお出迎えに行って、ちょっと案内をしてたの」
愛しいはずのそのやわらかな笑顔が今は癪に障った。
それは自分に向けられたものではなく、彼へと向けられたものだから。

「きゃあっ」
アンジェリークは突然その場に押し倒され悲鳴をあげた。
「それで? その後ホテルにまで付き合ってやったわけだ?」
「アリオス…?」
「外泊届けは出してあったらしいじゃねぇか。
 最初からそのつもりだったんだろ?」
「ち、違う! そういうんじゃ…」
身を捩って逃げようとするが、男の力に敵うわけがない。
フローリングの床に乱れた栗色の髪が散らばるだけだった。
「や、やだっ…アリオス、離して…」
相変わらず彼の纏う空気は冷やかで、アンジェリークは無駄と
知りつつ逃げようとした。
「へぇ…もう俺には触れられたくないってわけだ。
 そんなにあいつの方が良かったか?」
いつもの皮肉げな笑みも纏う空気が冷たければ、相手を怯えさせるのに
十分なものだと初めて知った。
「っ…だめぇ、アリオスっ…」
スカートの中、太腿を撫で上げる指先にアンジェリークは身体を竦ませた。

「やめ…っ…アリオス…」
知らない男の人みたいだと思った。
話を聞いてくれる気配はなく、力尽くで組み敷かれる。
(アリオス、なのに…怖い…)
恐怖を感じたからこそ、本気で抵抗した。
じたばたと暴れる少女を押さえつけ、アリオスはその頬の輪郭を優しくなぞる。
「暴れるな。さすがに制服を引き裂かれたくはないだろ?」
「っ…」
冷たい笑みに泣きそうになる。
だけど金と翡翠の瞳だけは激しい感情が揺らめいていた。
「アリオス?」
制服の胸元のリボンを解くとそれでアンジェリークの両手をまとめ、
すぐ近くのテーブルの足に縛りつけた。
「や、外して…」
頭上で固定された両手を動かすが重いテーブルは少女の力ではびくともしない。
「外せば逃げるからな…」
自嘲気味に笑ったアリオスは動けないアンジェリークに唇を重ねた。

「んっ……ふ…ぁ」
久しぶりのキスは強引過ぎて少し悲しかった。
少し、でとどまっているのはどんな形であれ彼に触れられるのが嫌ではないから。
「おねが…アリオス…こんなの…」
懇願の言葉もその唇に遮られる。
ブラウスのボタンを外され、現れる白い肌に口接ける。
「痕は残ってねぇようだな」
「やぁ…そんなの、あるわけな…いっ」
鍵を外し、露わになった胸を確かめるように触れる。
「や、アリオス…だめ…」
すでに甘くなった声が紡ぐのは、それでも拒む為の言葉。
「これでも感じてないって言うのかよ?」
必死に身を捩るのを難無く押さえこみ、愛撫に反応した先端を口に含む。
「っ…」
アンジェリークは痛みに眉を顰めた。
いつもよりも強く歯を当てられた。かと思えば癒すように舐めもする。
「…〜〜だって…ヤなものはヤなんだもんっ」

アンジェリークがここまで強情に抵抗したことはなかった。
すでに心変わりしてしまったからだろうか。
普段のアリオスなら考えもしないことを思う。
もし心変わりしていたなら、アリオスが倒れたと聞いて
心配してやってくるわけがないのに。
しかし、今の彼はそこまで頭が回らなかった。
アリオスは苛立たしげに舌打ちすると、少女の足を開かせる。
「…あいつを受け入れたのか?」
「え?」
一瞬意味が分からず、アンジェリークは首を傾げた。
「あっ…」
熱く濡れた部分に触れられ、アンジェリークはびくりと身を竦ませる。
「悪いが誰にもやるつもりはねぇ」
どこが感じるかなんてすでに知り尽くしている。
だからこそ余計に自分のものだという所有欲を手放せない。
「お前に触れていいのは俺だけだ」

彼の指先に意識が朦朧とし、抵抗を忘れそうになる。
このまま流されてしまいたいと思ってしまう。
彼に触れられるのも抱かれるのも嫌ではないから。
前につけられた所有の証はもう消えてしまっている。
また新しい印を刻んでほしいとも思う。
だけど…。

今まであった抵抗がふっと感じられなくなった。
諦めてしまったかのように少女の身体から力が抜けたその瞬間。
「っく…ふぇ……うっ〜〜〜」
声を押し殺そうとしながらしゃくりあげる姿が目に入った。
「…こんなの…やだぁ…」
アリオスだから大丈夫だ、と納得しようとした。
妬いてくれているだけなんだから、と気付いてはいる。
それでも力尽くで奪われる恐怖心に勝てなかった。
「アリオス…知らない人みたい…」
抱かれるのは嫌じゃない。
彼に教えこまれた身体が反応するのも当然だと思う。
だけどこんなのは嫌だった。
「私、アリオスとしかしない。でも、こんな…こんなのやだ…」
苛立ちまぎれに抱かれたくない。
「…ちゃんと、愛してほしい……っ〜〜〜」

両手を戒められ拭うこともできずにぽろぽろと涙を零す。
強引に、中途半端に制服を脱がされ震える姿は痛々しくて…。
そんなことをした張本人を、それでも好きだから愛してほしいと訴える。
さすがに罪悪感がのしかかる。
「…悪かった…」
アリオスは苦しげに溜め息をつくとそっとアンジェリークを抱きしめた。
先程までの荒々しさはもうなかった。
「アリオス…?」
少女に覆い被さったまま、華奢な肩に呟く。
「余裕ねぇんだよ。お前に関しては…」
「うそ…」
「この状況で冗談が言えるか」
アンジェリークの声にアリオスは不服そうに言い返す。
「だって…アリオス、いっつも余裕で…私をからかって…」
「それでも、お前を失うかと思うとこうなるわけだ」
たった今、身を以って知ったアンジェリークは苦笑する。
「お前以外はなにもいらない」
「アリオス…」


「アリオス…これ外して?」
アンジェリークは抱き締めてくれているアリオスに囁いた。
「あ、ああ」
無駄と知りつつも抵抗を続けていたせいか、
彼の愛撫に踊らされていたせいか。
手首には真っ赤な痕が残っていた。
「悪い…」
抱き起こし、その痕を癒すように口接ける彼を見つめてアンジェリークは言った。
「クラヴィスにいさま…パパの弟なの。
 つまり、私の叔父さん」
「……ずいぶん若くねぇか?」
「うん、アリオスよりも若いよ。だから叔父さんっていうよりもお兄さん、なの。
 アリオスが思ってるような関係じゃないの」

そして今回のいきさつをアンジェリークは全てアリオスに話した。
アンジェリークの両親と共に海外で仕事をしていること。
今回はその仕事の関係でこちらに来ていたこと。
「本当のお兄さんがいたらあんな感じが良いなぁ…って
 小さい時から懐いてて。
 せっかくこっちに来るんだから観光も兼ねて会おうってことになって…」
それが傍目にはデートを楽しむ幸せそうなカップルにしか見えない
ということには気付かなかったが…。
「本当はね…アリオスにも会ってもらうつもりだったんだ」
「?」
「パパとママにはね、付き合ってる人いるって言ってるけどアリオスだとは
 まだ教えてないの」
言ったら反対されたり、ちょっとした騒ぎになるかと思って、と
アンジェリークは舌を出す。
「だから2人に言う前にクラヴィスにいさまに協力してもらおうとしてたの」
やたら楽しそうな顔で彼と話していたのは、アリオスのことを
話していたからこそだった。
「でも、結局会う機会なくなっちゃったけどね…」
「………」

「クラヴィスにいさまはね、仲直りしたら連絡しろって言ってた」
「…まだ協力する気があるのかよ?」
自分が逆の立場だったなら、絶対にそんな事はできない。
妹のように大切に思う少女の相手として認められるような態度ではなかったと
我ながら思う。
「うん。仲直りできたなら味方になってくれるって」
不思議そうな顔をするアリオスをアンジェリークは上目遣いに見つめた。
「…言っても、怒らない?」
「? ああ」
「『子供っぽい独占欲は少々問題だが、お前に本気で惚れてるのは
 一目で分かった』…ですって…」
「………」
言ってやりたい事は山ほどある気もするが、何も言い返せなかった。
今回はちゃんと説明を聞かなかった自分に非がある。

「…今回は俺が悪かった」
「うん」
「だけど誤解を招かれるようなことしてたお前にも責任はあるからな」
あらかじめ聞いていればこんなことにはならなかった、とアリオスはぼやく。
親しげな姿を見せつけられ別離宣言をくらった後、電話は無視され
そのうえ当の2人はホテルに宿泊していた。
付け加えるなら…ちょうど電話した時、アンジェリークはバスルームに
いたのが分かってしまったから、いくらでも邪推できてしまう。
気が気ではなかった。
珍しい彼の愚痴にアンジェリークは苦笑した。
「うん。私も悪かった。別れようなんて…全然望んでなかったのに…。
 …もっと早く会いたかった…」

アリオスの指がアンジェリークの顎を持ち上げる。
唇が触れる寸前、アリオスは先程までアンジェリークを拘束していた
リボンに遮られた。
アンジェリークが二人を遮る境界線のようにリボンを口元に掲げている。
「この件はもう終わり。でも、私はまだ聞きたいことがあるんだから…」
「まだなんかあるのかよ?」
拒まれたアリオスは不機嫌そうに問う。
「週刊誌! 言い訳くらい聞かせてよ」
アンジェリークは頬を膨らませて文句を言う。
「お別れしようって言った私も悪いけどっ…なにもその直後に
 あんな綺麗な人と…。
 本当に私なんていらないんだって…思った」
「………。あ〜…アレか…」
珍しくアリオスが瞳を逸らす。
触れられたくない、と言わんばかりに眉を顰める。
実に言いにくそうなその反応がアンジェリークを不安にする。
「あの記事…本当だったの…?」
あの手の記事は話題性重視、本当じゃないだろう、とどこかで思っていたのに。

「…あの写真、撮られた場所がどこか分かるか?」
見覚えがないか、と尋ねられアンジェリークは首を傾げる。
「……お前達が泊まってたホテルのラウンジだ」
「ええっ?
 …ってその前になんで私の居場所知ってたの?」
「レイチェルがこっそり情報流したんだよ」
本当に言いたくなさそうに視線を逸らし、長い前髪をかきあげる。
「偶然だが、その日のロケはそこだったんだよ。スイートでの撮影」
いつもなら人目につかないよう、現場から出てくることはなかったが…。
この日は撮影以外の時間は最も人通りが激しいロビー脇のラウンジにいた。
「…お前を見かけるかもしれねぇと思ってな。
 そしたら別のヤツに会う、写真まで撮られる、で散々だったぜ」

「じゃあ、偶然会っただけなんだ」
安心したように呟いてからアンジェリークは尋ねた。
「でも珍しいね。アリオス、普段なら週刊誌とかには載らないのに…」
アリオス独自のコネや事務所のルートでそういう記事は
発売される前に差し押さえられる。
というか圧力をかけて決して載せない。
「っ〜〜〜だから、言いたくなかったんだ。
 ちくしょう、不覚だったぜ」
今回はアンジェリークのことで手一杯でそんなところに
気を回している余裕などなかった。
眉を顰める彼を見つめながらアンジェリークはくすくすと笑う。
「…余裕ねぇって言っただろうが」
むっとした表情で睨むもアンジェリークには通用しない。
相変わらず笑っている。
「まぁ…きっちり礼はするけどな」
「どんな?」
「俺の気がすむまであの出版社の仕事は受けない。
 決まってた仕事もキャンセルした」
実にシビアな仕返しにアンジェリークの笑顔が凍りつく。
「アリオス……」
「この俺をつかまえてでっちあげの記事を書いたんだ。
 しかも俺のおかげでその号は即日完売だぜ?
 儲けさせてやったんだ。かまわねぇよ」
どうせ載るならお前との記事が良い、と不敵に笑う。
すぐに記者会見用意して公表してやる、と。
「もう…アリオスったら…」


                                〜 to be continued 〜

本当は前・後編で終わらせるはず
だったんですけどね…(遠い目)
誤解を解かせたり、その他のシーンが
意外に長引いたので…。
ええ、当サイトにしては珍しい展開です(苦笑)
ちか様のリクエストにできるだけ
応えよう、とは思ったのですが…
私の場合、せいぜいこのくらいです。
うちのアリオスさんにしては暴走したかな、くらい。

 

           
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