Midnight Romance
新婚旅行から帰ってきてしばらくは、文字通り山のように積まれた仕事に二人は追われていた。 それらもようやく片付けて、いよいよ本格的に新婚生活がおくれる…。 そう思った矢先にアリオスは補佐官殿から嫌な仕事をもらった。 「出張だぁ!?」 執務室に彼の低い声が響く。 「うん」 「どこへ行くの?」 思いっきり不機嫌そうな彼の横で、アンジェリークは穏やかな笑顔で尋ねた。 「ちょっと遠くの惑星なんだけどね…。発展し始めたばかりで… その様子を実際に見てきてほしいんだ」 「期間はどれくらいだ?」 「普通にいけば1週間かな」 頑張れば5日くらいで終わるかもね、と書類を見ながらレイチェルは計算した。 日数を聞いてアリオスは大きく息をついた。 「いつからだ?」 「今」 「あ?」 彼の表情がさらに嫌そうに顰められる。 「だって、急ぎの用事らしいんだもん」 だからといって、それに負けるレイチェルではない。涼しい顔で仕方がないじゃんと流した。 「本当にずいぶん急なんだねぇ。頑張ってきてね、アリオス」 彼の苛立ちの理由など気付かないアンジェリークはのんびりとそんなことを言っていた。 のほほんとした笑顔で送り出す言葉を告げる妻は仕方がない…。 アリオスは内心諦めにも似た溜め息をつく。 しかし、聡い補佐官殿には文句を言っておく必要がある。 「明日からでもいいじゃねぇか」 離れる前に時間が欲しい。しばらくずっとおあずけだったのだ。 「ダ〜メ」 べ、とレイチェルは舌を出した。 「そんなこと許したら明日アンジェ、仕事できなくなってるに決まってるじゃない。 帰ってからのお楽しみにしなさいよ」 レイチェルの勝ち誇ったような笑顔と言葉を合図に、二人の間で火花が散る。 もちろんアンジェリークはこの二人の火花は見えてもいない。 「アリオス…出張イヤなら代わりに私が行こうか?」 と、思いやりはあるのだがぼけた提案をしてくれる。 その気遣いをもうちょっと違う方向にも向けてくれ、と思いながらアリオスは首を振った。 「お前が行ったら2週間はかかる」 彼女の仕事は丁寧で完璧なのだが、おっとりとした性格が出るのかその分時間がかかるのだ。 「な…ひどいっ、アリオス」 アリオスは頬を膨らませる少女の頭を抱きながら苦笑した。 「気持ちだけもらっとく」 そして、軽く唇を重ねた。 「アリオス!!」 それは気持ちだけとは言わないっ、と親友の前で唇を奪われた少女は真っ赤になって叫んだ。 当の本人とレイチェルは何をいまさら、とともに涼しい顔をしていたが。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜 「あと…3日…4日かな。 あ、でも急いで終わらせたらもっと早くなるって言ってたっけ…」 広い私室の窓辺から夜空を見上げ、アンジェリークは呟いた。 「アリオス…会いたいよ」 ここから遠い惑星にいる愛しい人の名を呼ぶ。 なんでもないような顔をして送り出したけど、実際は彼女も辛かった。 青年のように決して表には出せなかったけれど…。 「うん、あと少しなんだから。たった1週間くらい我慢できなきゃね」 自分自身を励ますように少女は頷いた。 明日の執務に備えて寝よう、とベッドに向かおうとした時その声は聞こえた。 「ずいぶん薄情なパートナーだな?」 「え?」 振り向くとテラスに人影が見えた。 「…アリオス?」 まだ3日しか経ってないのだ。彼がここにいるはずはないのに…。 お帰りなさい、と彼の元へ駆け寄りアンジェリークは首を傾げた。 「どうして…こんなとこから」 「こんな時間だしセキュリティ解除して来んのも、出迎えられんのも面倒だろ」 だからって何も忍び込むようなことしなくても…。 女王陛下の部屋への侵入だ。一歩間違えばセキュリティに引っかかる。 それこそ一大事ではないか。 呆れたらいいのか、感心したらいいのかわからないままアンジェリークは彼を見上げていた。 「ばか、んな危ない真似するかよ。魔導の力で転移しただけだ」 「それにしても…ずいぶん早かったんだね」 「お前は1週間くらい平気らしいがな…。俺はそこまで気は長くねぇんだよ」 ちょっとだけ怒ったように言うと、彼はさっさと部屋に入りソファへと身を沈めた。 「アリオス…」 困った顔で追いかける少女にアリオスは皮肉げに口の端を上げてやる。 「安心しろ。仕事はちゃんと終わらせてある。手抜きもしてない」 「そんな心配してないもん」 彼は口ではどんなことを言おうと、やることはきちんとやる人だ。 「そうじゃなくて…私だって…アリオスと離れて平気なわけじゃ…」 「『たった1週間くらい』平気なんだろ? 平気じゃないのは俺だけだったわけだ」 彼女のいないベッドなど潜る気にもならない。 射るような真っ直ぐな視線にアンジェリークは頬を染めた。 「だって…今回私は待つことしかできないし…。 アリオス…お仕事頑張ってるんだから わがままなんて言えないじゃない…会えなくても平気にならなくちゃって思って…」 どうしてそんなに怒るの、とアンジェリークは泣きそうな顔で言った。 「私だって、会いたかったのに… 早く帰ってきてくれてすごく嬉しいのに…きゃあ!?」 突然彼の膝の上に抱き上げられ、アンジェリークは声をあげた。 後ろから抱きしめられ、首のあたりに彼の笑い声を感じる。 「ア…アリオス?」 「冗談だ。もう許してやるよ」 「も…もうっ、またからかって…。本当に怒っちゃったのかと思ったんだから」 後ろを振り向き、アンジェリークは彼を上目使いで睨んだ。 「だけどお前に会いたくて早く帰ってきたのは本当だぜ?」 金と翡翠の瞳が艶やかに煌く。 「…ありがとう」 その瞳に捕らわれたアンジェリークは照れながらやっとのことで一言呟いた。 「ずいぶん待たされたんだ。今夜は覚悟しとけ」 「え…?」 にやりと笑う青年へ言葉を返す前に唇を奪われた。 「…ぁ」 後ろを向いての深すぎる口接けにアンジェリークは苦しそうに息をついた。 そんな吐息すらもはや彼を誘うものにしかならなくて。 「あ、アリオス…っ」 彼女を抱いていた手は薄い夜着越しにやわらかな膨らみに触れた。 愛された証拠に服の上からでもその頂が目立つ。 恥らうような彼女の溜め息と声が部屋に響いた。 「や、やだ…こんなとこで…」 いくら大きめとはいえ、ソファの上、しかもこんな体勢ははじめてで…。 怖い、というか不安があった。半泣き状態でアンジェリークは彼にお願いした。 「別にするのに問題ないぜ?」 「だって…やぁん」 「だって、なんだよ?」 「聞いてくれる気があるなら…手、止めてよぉ」 耳まで染めて弱々しくも抗議する少女が愛しくてたまらない。 くっと笑うと、楽しそうに耳元で囁いた。そしてついでとばかりに耳朶を甘く噛んだ。 背筋を走る感覚にびくりとアンジェリークの身体が跳ねる。 「聞いてほしいならがんばって言うんだな」 「〜〜〜いじわる」 「んっ……ぁ」 素肌の背中に口接けられ、アンジェリークは溜め息のような声を漏らした。 脱げかけた夜着はウエストあたりで引っかかっている。 スカートの裾は捲し上げられ、白い脚が露になっていた。 なんだか脱がされるよりも恥かしい気がしてアンジェリークはいまだに抵抗があった。 「アリ…オス…やぁ…すぐそこにベッド、あるのに…」 「たいしてかわんねぇよ」 「かわるもん」 潤んだ瞳でキッとアリオスを睨んでアンジェリークは言った。 「だって…アリオスが見えない…」 わざわざ振り返らなければ彼を見ることができない。 きれいに光を弾く銀髪も。色違いの瞳も。自分だけに見せてくれる優しい微笑みも。 そのかわりに自分の身体を探る彼の手を、吐息を必要以上に感じてしまう。 「それに…なんかアリオス…いつもより…………えっちな気がする」 最後の言葉を本当に顔を真っ赤にして、困ったように小声で囁いた。 その様子がそれはもうかわいくて…アリオスは笑い出した。 「お互い様だろ?」 「え?」 「お前こそ今日はやけに敏感じゃねぇか」 「そ、そんなことないもんっ」 ぷいっと前を向いてアンジェリークは彼の視線から逃げた。 「やっぱいつもと違うともえるか? それとも久しぶりだからか?」 耳元で紡がれる恥かしいセリフにアンジェリークは首を振った。 「アリオスのばかぁ…そんなんじゃ……あっ」 ふいに長い指先が秘所へと潜りこんだ。それはとても自然に彼を受け入れる。 「認めようと認めなくてもかまわねーけどな…今は」 含んだような言葉にアンジェリークは気付けなかった。 彼に与えられる愛撫にただ翻弄されていた。 「そろそろいいか?」 「…ん…でも…」 同意と微かな戸惑いを見せる彼女を抱き上げ、体の向きを変えてやった。 初めて向かい合う。 「仕方ねぇからきいてやるよ」 「アリオス…」 彼の視線を正面から受け止めて、これはこれで恥かしい、とアンジェリークはちょっと後悔した。 さっきのままなら彼を見られないかわりに、自分の表情も見られずにすんだのだ。 「あの…あんまり見ないで…?」 「無茶言うなよ」 いつまでも慣れない少女にアリオスは苦笑した。 そして彼女を自分の上にと下ろした。 「っ!…んっ……はぁ」 貫かれる感覚がやがて快楽に変わる。 アリオスの肩に置かれた小さな手に力が入った。 決して爪跡を残さないようにとその手の平は固く握り締められている。 一度彼の背に付けてしまってからは気をつけていた。 彼は別にかまわない、むしろ勲章みたいなものだと笑っていたけれど…傷は傷なのだ。 彼に痛い思いはさせたくない、というのがアンジェリークの持論だった。 ぐったりと彼にもたれかかる少女の髪に口接けながら、アリオスは訊いた。 「平気か?」 「ん…」 その手も声も優しくて、アンジェリークはつい素直に頷いてしまった。 「そうか。じゃあまだまだいけるな?」 「え…?」 ばっと身体を離し、アリオスの綺麗な笑顔を見上げる。 「お前が言ったんだろう? お望み通りベッドでしようぜ」 「え、だって…もう…」 「まだ足りない。今夜は覚悟しとけって言ったぞ」 「………っ〜〜〜」 悪いがあまり寝かせてやれそうにない、と真顔で言われアンジェリークは何も返せなかった。 そんな彼女をアリオスは軽々と抱き上げ、ベッドへと連れていった。 「アリオス…っ…」 どうして、と彼女の泣き声が室内に響く。 さっきはあんなにあっさりとしてくれたのに…。 今回はいつまでたっても赦してはもらえなかった。 長い指先で、えっちな唇で、彼の全てで触れられ、翻弄させられ… 昇り詰める一歩手前まで導かれては、その手をふいに離されてしまう感じ。 「なんだ?」 相変わらず余裕な意地の悪い笑顔でアリオスは問い返した。 白い胸のラインを舌でなぞり、敏感なところを吸い上げる。 「やぁっ…ん、…」 甘い刺激に背中が浮く。 「ど…して…アリオス、いじわるするのぉ…」 乱暴に触れられても優しく触れられても、そこまでで彼はいったんやめてしまう。 もう身体中が敏感になってしまっている少女は泣いて抗議するしかできなかった。 「きゃぁっ」 ふいに足を掴まれ、晒される羞恥心にアンジェリークは真っ赤になって逃げようとした。 もちろん彼がそれを許すはずもなく…。 「アリオス…や……っあ…」 「別にいじわるなんかしてないぜ? こうして愛してやってんだろ」 そこへ口接け、蜜を舐め、その中へと彼の舌が侵入した。 「ぁ…アリオス……っも…ヘンに、なりそ…」 羞恥心と快楽の狭間でアンジェリークは泣きじゃくった。 「なんか…ヘン、なの……あっ…ん…」 自分が自分でなくなるような感覚。 溢れる涙を唇で拭って、しかしその間も彼の指は彼女の中を刺激していた。 「どうしてほしい?」 優しげな微笑みでいじわるな言葉を紡ぐ。 「…っ…」 「言ってみろよ」 「ゃん……そんなの…言えな…」 荒い呼吸を繰り返すアンジェリークの言葉にアリオスは答えた。 「じゃあどうしてほしいのかわからねぇな」 延々と焦らされ、与えられる刺激に耐えるようにアンジェリークは声を上げた。 「うそつきっ…いじわるっ…ばか、だいっきらい〜」 「…どうしてそういう言葉はぽんぽん出てくるんだよ」 彼女の鎖骨に唇を落としながらアリオスはくっと笑った。 「いい加減認めちまえよ…。俺を欲しがってみろ」 「だ…って…」 アンジェリークは口篭った。 「………はしたないコだって…呆れない? 嫌いにならない?」 すぐ目の前の彼の頭を抱きしめ、アンジェリークは涙に濡れた瞳で見つめた。 そのようすがあまりにも愛しくて、アリオスは彼女を強く抱きしめた。 「くっ…だったら俺はどうなんだよ。ここまでお前を求めてる俺は」 逆に、俺のこと嫌いか、と訊かれアンジェリークは首を振った。 「えっちなアリオスもちゃんと好きよ」 正直つらい時もあるけれど…結局は彼の愛を感じるだけだから。 「なら問題ないだろ。俺にあわせてお前もそうなれよ」 「アリオス…」 「俺だけ求めててもしょうがねえだろ。 お前も素直に欲しがれば…もっと気持ちよくしてやれるぜ?」 「…バカ(///)」 頬を赤く染めながら、アンジェリークは彼にキスをした。 そして、そのまま彼がいつもするように頬へ、首筋へと口接ける。 アンジェリークが触れたアトが彼の首に残る。 「…アリオスがほしいの」 消え入りそうな囁きが彼女の精一杯の勇気。 それでも言わせることができたのは満足で。 認めてしまえば、あとはもう求め合うだけ。 「ヨクイエマシタ」 自分が奪うだけではなくて、彼女にも貪欲になってほしかった。 アリオスはにやりと笑って彼女の脚の間にその身を割り込ませた。 「焦らされたのはお前だけだと思うなよ?」 「え? あぁっ……っん…」 聞き返すことはできなくて、ただ快楽の波に呑み込まれていく。 あれだけ全身で誘われたらたまらない。 彼女を焦らしているようで、実はアリオスも相当の忍耐を強いられた。 意外な彼女の強情さに手を焼かされたけれど。 それほどまでしても、彼女の言葉が欲しかった。 「ねぇ…アリオス、実は根に持ってたでしょ」 腕枕をしてくれている彼を見つめ、アンジェリークは笑った。 「なにがだ?」 「私が1週間くらい離れてても平気って言ったこと」 「さぁな」 いつも求める彼に対して、それを受け止めるだけ、もしくは抵抗する自分。 まるでそれは彼だけが一方的に溺れているようで…。 恋愛は惚れさせたもの勝ち。 彼はきっと負けず嫌いだから対抗心があったのだろうなぁ、とアンジェリークは考えた。 「でもね…これでも私、いつでもアリオスを一人占めしたいと思ってるのよ」 ぜーったい顔には出してあげないけどね、とくすくす笑った。 「あなたが思ってる以上に愛してるんだから」 少女の告白にアリオスは優しく微笑んだ。 「俺もお前が思ってる以上に愛してるんだぜ?」 相思相愛だな、とにやりと笑うアリオスは彼女の白い胸に口接けた。 「ア、アリオス!?」 嫌な予感にアンジェリークは身を引こうとした。が、許されなかった。 ちょっと待ってと慌てる彼女の手首を捕らえながらアリオスは言った。 「愛してるんだろ?」 揚げ足を取るように彼は笑った。 「もっと愛し合おうぜ?」 「ちょ…待っ…体力の差があるでしょ〜」 すでに限界まできていた少女はささやかな抵抗を示した。 「だったら体力つけるんだな。俺が手伝ってやる」 「アリオスにかなうわけないじゃない、ばかぁー」 翌日、書類の陰で欠伸を噛み殺しているアンジェリークを横目にレイチェルは 隣で平気な顔をして仕事をしている青年を呆れたように見つめた。 (昨日の夜には帰ってきてたってわけね…) 完璧に仕事をこなして、予定よりも早く帰ってきた有能な人物。 ちなみに移動時間は普段使わない転移の魔導で短縮を図ったらしい。 確かに人材としてはこれ以上ないというくらいの才能なのだが…。 「この飄々とした態度がなんともねぇ…」 「え、な、なに、レイチェル?」 溜め息混じりのレイチェルの言葉に、アンジェリークは欠伸がばれた?と慌てて聞き返す。 そんな親友の姿は可愛らしい。レイチェルはくすくすと笑った。 「なんでもないよ」 「そう…?」 きょとんとしているアンジェリークの前に、アリオスはばさりと書類を提出した。 「これで、出張の報告は終わりだ」 「ごくろうさま、アリオス」 にっこりと微笑む少女にアリオスは口の端を上げて言った。 「当分出張は行きたくねぇな」 「どうだかねぇ…今回のことでアナタが使えるってこと分かったから…。 かえって仕事増えるかもよ?」 「冗談じゃねぇ。こいつの身にもなってやれよ」 「アナタねぇ…」 アリオスは臆面もなくさらりととんでもないことを言う。 なんで…出張するのはアリオスなのに…私…? ワンテンポずれて理解したアンジェリークは執務中であるにもかかわらず、真っ赤な顔で叫んだ。 「ア、アリオスのばかー!!」 〜fin〜 |
…もはや何も言うまい…(遠い目) 書き始める前、出張だなんてあとでアンジェが 大変なんだろうなぁ、としか思ってなかったんですが…。 やー…アリオスさん…あなたって人は…(笑) 今回蛇足というか、おまけがあります。 よろしければどうぞ。 |