My little Emperor



月日は少し流れ……。
春に開店したアンジェリークの店は
夏には噂の店として知名度が上がっていた。
城下町の住人は行列を作り、貴族が屋敷にアンジェリークを招くこともあった。
「いらっしゃいませ」
品の良さそうな青年の来店をアンジェリークは笑顔で迎えた。
そして彼の雰囲気になにかを感じた。
「どうしました?」
「あ、ごめんなさいっ」
不躾なほど見つめてしまい、不審がられてアンジェリークは真っ赤になった。
「なんだか……知っている人のような気がしたんですけれど……。
 初めてですよね。お会いするの」
「ええ。このお店に来たのは初めてです」
「ごめんなさいっ。きっと勘違いだわ。
 何をお包みしましょう?」
言われた品を箱に詰めて、アンジェリークはまた不思議なことに気付いた。
ただの偶然かもしれないけれど……。
どれもレヴィアスが気に入っていたものばかり。
「末期症状かなぁ」
並んでいる商品の種類には限りがある。
時にはそういう組み合わせで売れても珍しくはないのに。
アンジェリークは青年の後姿を見送りながら苦笑した。



「やぁ、お帰り。カイン。
 買ってきてくれたか?」
「はい。仰せのままに。
 あなたの分もしっかり買ってきましたよ」
「これで皇帝陛下にやる気を出してもらわんとな」
「だと良いのですが……」
アンジェリークの既視感は勘違いではなかった。
少女にしては珍しく鋭いとも言えた。
黒猫姿のカインと何度も会っているが、
人の姿の彼と会ったのは今日が初めてだった。
最近なんでもないフリをしているものの不機嫌な皇帝陛下のため、
午後のお茶にアンジェリークのケーキを出そうという事になり
わざわざカインが使いに行かされたのだ。

「あいつのところへ行ってきたのか?」
毎日見ていたものだからか、アンジェリークの作ったものだからか……。
さすがと言うべきか、レヴィアスはすぐに気が付いた。
「はい。お元気そうでしたよ」
「なんでもカインに会ったことがあると気付いたそうじゃないか。
 感覚は鋭いみたいだね」
「ああ、感覚はな」
それ以外は鈍かったが……。
レヴィアスは言外にそう言って苦笑した。
「一人でもちゃんとやっているようだな……」
ほっとした反面、寂しくもあった。





ある日、アンジェリークは郵便物をチェックしていて目を丸くした。
それは最近では珍しくなくなった貴族の屋敷などへの出張依頼。
ただ、今回は場所が珍しかった。
「お城……に行くの……?
 緊張するなぁ。
 迷子にならなければいいけど……」
どこが緊張してるんだ、と突っ込まれそうなほど
のんびりとアンジェリークは呟いた。
「まぁ、いいか。どこへ行ってもやることは一緒だもの。
 いつも通り……喜んでもらえるように作ろう」
しかし気になるところがあった。
封蝋の家紋に見覚えがあるようなないような……。
大抵の貴族は封蝋用の指輪を持っていて、手紙の封をする際に蝋をたらして
それが乾く前に指輪を押し付けて形付ける。
これだけでどこの家の手紙か分かるのだ。
どこで見たんだっけ?と首を傾げるが、城に呼ばれる心当たりはひとつしかない。
オスカー経由で仲良くなった同じ名前の少女、アンジェリーク・リモージュ。
彼女が公爵家だった。
国の中枢に近い家系である。
アンジェリークは何度か彼女の屋敷に仕事で行き、かなり気に入ってもらえた。
「今度はお城でのお茶会かパーティーにも来てもらおうかしら」と言っていた気がする。
その時は冗談だと思っていたのだが……彼女ならやるかもしれない。
リモージュ公の家紋とは違うけれど、その関係者かもしれない。
そう納得してアンジェリーク・リモージュと
会えるかもしれないその日を楽しみにしていた。



当日は迎えの馬車が来てくれて、城に着いてからも
手紙を係の者に渡すと丁重に案内してもらえた。
アンジェリークの心配したような迷子になる事態は避けられそうである。
厨房の一角を借りて、時計を確認しながら作業をする。
今日の仕事は晩餐の最後を飾るデザート。
城には立派なパティシエが何人もいるのに
なぜ自分が呼ばれるのだろう、と最初は考えたがすぐに止めた。
食べてくれる人の為に集中する。
美味しいと思ってほしい。
喜んでほしい。
レヴィアスに食べてもらうようになってから、特に強くそう思うようになった。
気持ちの入れ方が違えば出来も変わる。
彼に教えてもらった。
店に出す物もそうやって一生懸命作ってきた。


やるべきことを終え、後片付けもそろそろ終えようかという頃。
タイミングを見計らったように案内役の人が再びアンジェリークを迎えに来た。
「ご挨拶……ですか?」
帰るのかと思ったら、城のさらに奥へと案内されていた。
見事なデザートを出した褒美に謁見を……ということらしい。
「良かったですね。
 貴族の方々ですら、なかなかお会いできない方ですよ」
「リモージュ家のアンジェリークお嬢様じゃないんですか?」
彼女もそういう立場の人間であるが……。
「お嬢様もあなたに会いたがっておりましたが、
 今夜は遠慮するように言われてしまって」
拗ねてらっしゃいましたよ、と案内役の女性は笑って教えてくれた。
「なんだかその光景、目に浮かぶようです……」
アンジェリークも笑って頷いた。
「この扉の奥にいらっしゃいます」
案内を終えて去っていく女性にお礼を言って、アンジェリークはその扉をノックした。


「入りたまえ」
どこかで聞いたことがある声。
アンジェリークは扉を開けて目を丸くした。
「え、ええ〜?
 なんでここに?」
「驚いたかい?
 お嬢さん」
そこにいたのは朗らかな笑顔の……レヴィアスを呼び出す紅茶をくれた人。
「どうして、旅の行商人さんがここにいるんですか?」
「旅の行商人?
 そんな肩書き名乗ってはりましたんか。
 俺と微妙にかぶってますがな」
「チャーリーさん? え?
 だって、商人さんじゃ……」
「まぁ、詳しい話は俺達がしても良いんだが……
 お嬢さんに会いたがっている御方が待ちきれないようだからね」
「ほんま、厨房に駆け込みそうになるのを押さえんの苦労したで」
二人は混乱する少女に笑いかけながら、さらに奥の部屋へと案内する。
奥の部屋の扉の前で待っていた青年もアンジェリークが知っている人物だった。
「あ、あなたは……前にお店に買いに来てくれた方、ですよね」
「カインと申します。
 以後お見知りおきを」
丁寧に頭を下げられアンジェリークは恐縮した。
「あのっ、私なんかにそんなに礼儀尽くさなくてもいいですからっ……」
「そんなわけにはまいりません」
カインは苦笑した。
そして最後の扉を開ける。
「あなたは主の想い人ですから」
あの顔ぶれを見て、そこから繋がる人は想像できたけれど……。
まさかという思いと、がっかりしたくないからという思いがあって考えなかった。
だけど……。
「アンジェ」
「レヴィアス!」
その部屋でアンジェリークを迎えてくれたのは、打ち消した予想の通りレヴィアスだった。
聞きたいことや不思議な点はたくさんあったけれど……。
そんなことは後回しで彼の胸に飛び込んだ。
レヴィアスはアンジェリークの存在を確かめるように強く抱きしめた。
「アンジェ……」
「レヴィアス……会いたかったよぅ〜」





感動の再会を終えて、ようやく落ち着いてきたアンジェリークは
当たり前と言えば当たり前だが、レヴィアスに事情を訊ねた。
「どういうこと?」
問い詰めた、という言い方の方が正しいかもしれない。
「長くなる。
 とりあえず座らないか?」
彼に促され、座れば沈み込みそうになるくらいのソファに掛ける。
「どうしてレヴィアスがこんなところにいるの?」
この上等な部屋とレヴィアスが身に付けている上等な服。
どう見ても城の中でも最上級のものである。
「紅茶の妖精さんじゃなかったの?」
「我は皇帝だと言ったが、紅茶の妖精だと名乗ったことは一度もないぞ。
 お前が勝手にそう解釈したんだ」
懐かしいちょっと意地悪な笑みにアンジェリークは頬を膨らませる。
「否定してくれればよかったじゃない」
「詳しく教えるわけにはいかなかったんでな。
 言っても信じるかどうか怪しいものだろう」
突然現れた小さな生き物が自分の国を治めている皇帝だと聞かされて
信じる人間がいたらお目にかかりたい。
「私は信じたかもしれないじゃない」
「………かもしれぬな」
何かと普通基準では測れないこの少女なら確かに信じるかもしれなかった。



「入るよ?」
「ああ」
旅の行商人だと思っていた彼がティーセットを持ってやってきた。
「話はどこまで進んだ?」
「まだこれからだ」
「これから……か。
 感動の再会がずいぶんと長かったようだね」
からかうように笑われ、レヴィアスは涼しい顔で受け止めたが
アンジェリークは真っ赤になった。
「今回の件はこいつ……カティスが首謀者だ」
「首謀者だなんて、人聞きの悪いことを言わないでくれるかな」
「カティスさん、っておっしゃるんですね」
初めて名前を聞いたアンジェリークの呟きに彼はウィンクをした。
「すまないね。
 陛下と違って名がちょっとばかり売れてるんで隠させてもらったんだ」
レヴィアスの名は一般には知られていない。
皇帝は『第何代皇帝』として世間では認識される。
だからアンジェリークもレヴィアスが皇帝だと聞いても
自国の皇帝とは結びつかなかった。
「アンジェなら言っても大丈夫だとは思うがな……」
「あとでそう思ったよ」
きょとんとしているアンジェリークを見てカティスは肩を竦めてみせた。
そして彼を交えての説明が始まった。
「簡単に言えば城の外の様子を知りたかったんだよ。
 城内に報告されることを信用してないわけじゃないけれど……。
 ここまで話が伝わってくるのはほんの一部だからね」
いくつもの機関を介さず、中枢の人間が直々に調査に行きたかったのだと言う。
「でもなぜレヴィアスが……わざわざ皇帝陛下が……?」
「世間には知られていないが代々皇族には不思議な力が備わっていてな。
 お前に見せたような力だが……」
アンジェリークは彼の操る魔法を思い出して頷いた。
実際に調査には誰が行くかという話になって……
不思議な力を持っているレヴィアスが適任だということになった。
普通ならば皇帝陛下を一人で外に出そうなどと考えないはずだが、
この国の中枢人物達は強者ばかりだったので、そうなってしまったのだ。
一番の適任者が行けば良い。
レヴィアスもそれには異存はなかった。
異存があったのは別の内容だった。
「まさかこの我が僕として仕えて、願いを叶えてやることになるとは思わなかったぞ……」
「あ、そうよね。調査は分かるけれど……三つのお願い事は……?
 どうして叶えてくれることになったの?」
レヴィアスのぼやきにアンジェリークは新たな疑問が浮かんだ。
あんなに悩まされたのだ。
気になる。
「調査協力してくれた人へのちょっとしたお礼代わりにね」
バックに城がついているので大抵のことは叶えられるし、レヴィアスの魔法もある。
できないことはないだろう、と踏んでいた。
「あとは調査期間をその願いを叶え終えるまで、にすれば妥当かと思っていたんだ」
ちょっと予想外に長くなったけどね、とカティスは笑った。
アンジェリークとレヴィアスは顔を見合わせて苦笑した。
「他に質問はあるかな、お嬢さん」
「あ、はい。
 私のところに来たのは……?」
「選ばれた人の中の偶然、と言ったところかな?」
「?」
より外の生活を知るためには誰かと共に過ごしていた方が良い。
だからと言ってその相手が誰でも良いというわけでもない。
皇帝陛下が共に過ごすのである。
この皇帝陛下はちょっとやそっとでは死にそうにないし、
そういった危険に関する心配はなさそうだが……
あまり良くない人間と過ごさせるわけにはいかない、という部下らしい配慮も一応あった。
「最初は騎士団長九人がそれぞれ担当地区を決めて下調べしていたんだ。
 陛下と一緒に過ごせそうな人。
 ちょっとごたごたがあって助けが必要そうな人…という感じで候補者を探した。
 ちなみにお嬢さんの地区はカインの担当だったよ」
「……でも私、カインさんを見かけたことないような気が……」
騎士団長ほど立派な人が歩き回っていたら目立つこと間違いなしである。
「もちろん、極秘の仕事だから人には分からないように動いたさ」
そのために彼らは動物に変身させられる羽目になったのである。
カインは黒猫だったが、他には犬だったり鳩だったり
それぞれの性格にそれなりに合った動物に変身させられた。
「はぁ……そうなんですか」
この事は騎士団長の名誉の為にトップシークレット扱いである。
アンジェリークにも伏せられた。
だから未だにアンジェリークはカインがあの可愛がっていた黒猫だとは知らない。
きっとお互いの為に知らない方が良いのかもしれない。

「そして彼らが見つけてきた候補者に私が直接会って確かめた。
 正式に候補者として認めたら、あの紅茶を渡していたんだよ」
「なるほど〜……紅茶をもらうだけでもすごいことなんですね」
「あれはベースは紅茶だが、正確に分類すると魔法薬だからな。
 大量生産はできぬし、我とてそう度々呼び出されるわけにもいかん」
「あ、でも紅茶もらっても他の条件に合わなかったら
 ずっと調査できなかったんじゃ……」
新月の晩にティーカップに夜空を映して……なんて滅多にできるものではない。
「ははは、そこは本当に運と縁だね。
 さすがに召喚術の方程式ばかりはどうしようもないし」
この調査はそれほど優先させるべきものでもないので
もし呼び出されたら実行してみようというレベルの扱いだったのだ。
企画立てたものの実行されるかどうかは誰も分からなかった。
しかし、そんな企画すら通すのが現大臣達なのである。
実はレヴィアスもどうせ呼び出されることはあるまい、と高をくくって調査の件を承諾した。
「お前が最初で最後かもしれんな」
ふっと笑ってレヴィアスはアンジェリークを見つめた。
「レヴィアス……」
「二人の世界を作るのは後にしてもらおうかな」
「あ、はいっ。ごめんなさいっ」
カティスの咳払いにアンジェリークは頬を染めて、姿勢を正した。
「ははっ、そんなに堅くならなくても良いよ。
 陛下にはもうちょっと反省してほしいけどね」
「ふん……我は十分すぎるほど国に貢献しているぞ」
「まぁ、それは認めるがな……。
 そうそう、それでお嬢さんにもお礼が言いたかったんだ」
「お礼……ですか?」
今日デザートを作っただけではそうならないだろう。
でも他に心当たりはない。
なんだろう、と首を傾げているとカティスが説明してくれた。
「今回陛下はお嬢さんの所に行って、ちゃんと勉強してきてね」
「?」
「城に戻ってから彼は新しい法案を作ったんだ」
「法案……」
「天災による保障だ。
 今までは国レベルの大きなダメージがあった時くらいしか中央は動かなかったからな。
 あの農場や牧場を見て思った。
 個人レベルでもちゃんと助けてやれるような体制を作っておこうと……」
魔法で手の届く人だけ助けるのではなく、多くの人を助けられるように。
「よかったぁ。
 レヴィアスが私の所に来たのは無駄じゃなかったのね。
 私の面倒見ただけで終わったら、せっかく調査に来た意味がなくなっちゃって申し訳ないもの」
「お前と会えただけでも我には意味があったがな」
「レヴィアス……」
「はいはい。それは後でと言っただろう、陛下?」
レヴィアスは面白くなさそうに肩を竦めた。
「もう話は終わっただろう。
 お前が出て行け」
「まったく……ひどい言い方だな」
笑いを堪えながらカティスはレヴィアスを見た。
「せっかくお嬢さんを呼んであげたのに」
「あ、そうですよね。そう言えば、あの依頼のお手紙。
 カティスさんの名前で来てました」
「お前か……」
「今日はその法案がまとめ終わった内輪のお祝いなんだ。
 後で大掛かりな式典とかパーティーとかやらなきゃならないんだけど……
 とりあえずってことで。
 陛下も頑張ってくれたことだし、私からのご褒美だよ」
「勝手なことを……」
「素直じゃないねぇ。
 では、これで話は終わったから邪魔者は退散するよ」
ごゆっくり、と笑ってカティスは出て行った。



部屋に残されたアンジェリークは不機嫌そうなレヴィアスに
なんとか機嫌を直してもらおうと慌てて話しかけた。
「あ、ねぇ。レヴィアス?」
「なんだ?」
「私ずっと気になってたんだけど、タイミングが掴めなくて……。
 あのカティスさんって……名前聞いたことがある気がするし、
 封蝋もどこかで見た気がするんだけど……」
相当レヴィアスと親しい人なのは分かったけれど、具体的にはどんな人なのだろう。
「それにチャーリーさんともここで会うとは思わなかったし。
 カインさんが騎士団長さんなのは分かったけれど……」
「ああ、まだ顔と役職が一致しないか」
ふっと笑うとレヴィアスが説明してくれた。
「チャーリーは商人のフリなんぞしてたがな……あれでも一応財務大臣だ」
「っ!」
そんな偉い人を商人扱いして気安く接していたなんて……と
アンジェリークは眩暈を覚えた。
「くっ……それで驚くようではカティスは聞かない方が良いぞ」
「聞きます〜」
「あいつは大臣達のまとめ役で俺の補佐をする執務大臣だ。
 大臣の封蝋も教科書あたりに載っていたのではないか?」
実際に見た機会はなかったけれども知っているような気がしたという理由は
これだったのか、と納得した。
「………くらくらしてきた…」
柔らかなソファに背を沈めて瞳を閉じる。
「もう〜、みんなウソツキばっかり……
 でも一番のウソツキはレヴィアスよねぇ……」
「我は嘘は言ってない。
 まぁ、真実も言わなかったがな」
「言わなすぎなの〜」
一気に教えられた真実に頭がパンクしそうだと苦笑する。
「そうか?」
レヴィアスもソファに沈み込むアンジェリークを見つめながら苦笑した。
「だが、もうひとつ聞いてもらいたい話があるんだが」
「まだ隠してたことあるの?」
アンジェリークは瞳を開いてレヴィアスに微笑んだ。
「もうこれ以上驚くことはないと思うわ。
 どうぞ?」
「貴族や町で評判のパティシエが城に呼ばれてデザートを作った。
 その出来栄えを皆が賞賛し、褒美として謁見の機会が設けられた」
「?」
話しながら向かいの席を立ち、歩いてくるレヴィアスをアンジェリークは見上げる。
「その謁見で皇帝はパティシエを見初めた」
「っ?」
「聞けば彼女はコレット家の令嬢。
 運の良いことに身分にそれほど大きな問題はなかった。
 このシナリオでどうだろう?」
「?」
嫣然と微笑むレヴィアスをアンジェリークは呆然と見つめている。
「落ち着いたらすぐにでも実行しようと思っていたが、カティスに先を越されるとはな。
 予定が早まったおかげで気の利いたセリフも用意できなかったが……」
レヴィアスはアンジェリークの目の前に来ると優雅に跪いた。
「やっ、レヴィアスっ……皇帝陛下が跪いたりしちゃ……」
アンジェリークが慌てて彼を立たせようと腰を浮かそうとした。
少女らしいと言えばらしい反応にレヴィアスは小さく息を吐いた。
「アンジェ……。
 とりあえず大人しく聞いてくれ」
「あ、はい」
姿勢を正して座り、レヴィアスを見つめる。
「アンジェ……我の后にならないか?
 我の側にいてほしい」
「レヴィアス……」
「愛している」
少女の手を取り、その指先に口付け、手の平にキスをする。
「レヴィアス……。
 私で……いいの?」
「お前でないと駄目だ」
そして嫌味にならない程度の立派な指輪をアンジェリークの指に填めた。
それはアンジェリークの薬指にぴったりのサイズだった。
「レヴィアス……これ……」
「実は城に来て一番最初にやったのはこれだった」
他の者には内緒だが……とレヴィアスは苦笑した。
法案をまとめるよりもアンジェリークを手に入れる方法を考えるのが先だった。
指輪を用意する方が先だった。
「レヴィアス……大好き……。
 私を……お嫁さんにしてください」
アンジェリークはソファから飛び降りるようにレヴィアスに抱きついた。
勢い余って彼を押し倒してしまったけれど……。
レヴィアスは慌てて降りようとするアンジェリークを抱き止めて、その胸に閉じ込めた。
「愛している……」
ようやく言えた。
真実を隠している間は決して言えなかった言葉。
言ってしまったら、きっと歯止めが利かなくなると分かっていたから言えなかった。
連れ去りたくなるに違いなかった。
レヴィアスに抱きしめられたアンジェリークも頬を染めて頷いた。
「私も……私も愛してる。
 レヴィアスのこと、離れててもずっとずっと好きだった。
 忘れるどころか、思い出すたびにどんどん好きになっていった」
「アンジェ……」
言葉だけでは足りなくて、想いを伝え合うべく唇を重ねた。



「でも……私なんかでみんな納得してくれるのかな」
「心配するな。認めさせる。
 それに我の世継ぎが欲しければ認めるだろう」
「………………」
アンジェリークは真っ赤になってレヴィアスの胸に顔を埋めた。
「アンジェ……お前こそ良いのか?」
レヴィアスは少女の髪を撫でながら訊ねた。
「?」
「あの店を続けることはできまい。
 城の者をやって店自体を残すことができるが……」
アンジェリークは微笑んで口付け、レヴィアスの言葉を止めた。
「頑張って育てた大事なお店だけど……。
 お菓子はどこでも作れるわ。
 お店残してもらえるだけでも十分よ」
頬にキスして安心させるように微笑む。
「レヴィアスと一緒にいられることの方が大事なの。
 私の絶対に譲れないものはレヴィアスだから……」
「アンジェ……」





その後……異例の早さで結婚式の準備が進められることとなった。
結婚式では城の者達をはじめ、レイチェルやオスカー、金の髪のアンジェリークなど
多くの人に祝ってもらえた。
世話になったルヴァ・ゼフェル兄弟やランディ達も城に呼ばれ、緊張しながらも祝ってくれた。
実は今もアンジェリークは店にはいないが、やめてもいないのである。
城でレヴィアスと一緒に過ごしてはいるが、時間のある時にお菓子を作っては
店に運んでもらっていた。
なので、今では彼らの取引相手は城となっている。
アンジェリークは后となってからも時々こっそりと城を抜け出し、
売り子をしに行くことすらもあって、お付の者を困らせたりもするのだが……。
レヴィアスが笑って許すのだから、どうしようもなかった。
今ではアンジェリークの店は運が良ければ皇妃さまのお菓子が手に入る、という
とても貴重な店としてさらに有名になったとか。


白いドレスとヴェールを身に付けたアンジェリークをレヴィアスは満足げに見つめた。
どう?とくるりと回ってみせると羽根のようにドレスとヴェールが舞う。
「お前の方が妖精のようだな。
 いや、天使か……」
頬にキスされたアンジェリークはくすくすと笑いながら彼を見上げた。
「ふふ、まさかあの可愛い妖精さんと結婚式挙げるなんて……思わなかったわ」
あの姿は忘れてほしい、とレヴィアスは溜め息を吐く。
「お前とめぐり会えた幸運には感謝するがな……」
「カティスさんの言った通りだったね」
「あいつが何か言ったのか?」
「あの紅茶ね。
 幸せを運んでくれるお茶だよって言って私にくれたの」
実際にアンジェリークは幸せになった。 
「あなたが私の幸せよ」
「お前も……我の幸せそのものだ」
互いに微笑むと想いを誓うように口付けた。



一方、そのカティスはチャーリーとカインを相手にワインを飲んでいた。
「さすがこのカティスが教育した皇帝陛下。
 法案をまとめただけではなく、后まで見つけてくるんだからな。
 調査に行ってしっかり収穫を得てくるとは」
「よく言いますわ……」
「本当に…。
 レヴィアス様とカティス様がいる間はこの国は安泰だと思いますよ…」
実は調査協力の候補者を見つける際に、レヴィアスには知らされなかった条件があった。
その条件が『レヴィアスの伴侶になり得そうな女性』であること。
この難しい条件をカティスに突きつけられ、カイン達騎士団長は駆け回った。
あの晩、アンジェリークがあの紅茶を飲むように差し向けるため、カインは努力していた。
レヴィアスは有能な皇帝だが、臣下達を悩ませている問題がひとつだけあったのだ。
いつまで経っても後宮に通う気配はない。
縁談も仕事が忙しいと断ってしまう。
結婚も仕事のうちだと説得しても相手も見ずに「好みではない」と言って取り合う気はない。
もしや女性が駄目なのでは……という噂が立ちかけて
さすがにそれはまずいと思ったカティスが動いたという経緯があったのだ。
密かに策士にハメられた当の二人は幸せに夢中で気付く気配はなかったが。







レヴィアスとアンジェリークを出逢わせた不思議な紅茶。
その召喚術は時代と共に進化していき、
今回は調査手段だった目的も時代と共に変化していった。
たとえば、それは満月の晩だとか……。
たとえば、それは異世界とのコミュニケーションだとか……。
彼らの子孫である『紅茶皇子アリオス』や『紅茶女王アンジェリーク』が
活躍するのは、遠い遠い未来のお話。







                                           〜 fin 〜




 というわけで、前の2作とちょっと舞台を変えて
初代紅茶の妖精さんのお話でした。
発行日が冬コミ…クリスマス付近ということで
聖夜っぽい雰囲気のおとぎ話を目指してみました。




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