Honey



「………ずいぶん遅いな」
よく冷えたもらったワインを飲んでいたアリオスはふと時計に目を移し呟いた。
一緒に出たのだ。
服を着るといってもそれほど時間はかからないはずである。
(実はのぼせてたとか……?)
けっこう長引かせた自覚はあるアリオスはふと少女を心配した。
……自覚はあるが抑制するつもりは毛頭ないあたりが問題である。
「様子見てくるか」



ノックの音にアンジェリークはびくりと肩を竦ませる。
「アンジェ、どうした?
 のぼせたか?」
「あ、違……大丈夫っ。
 な、なんでもないの」
明らかに動揺した声でその言葉は説得力がない。
「だったら何やってんだ?」
「あ、その……え…と……」
「入るぞ」
話していても埒があかないと踏んだアリオスはドアノブを回した。
アリオスが出たままの状態なので鍵はかかっていない。
アンジェリークもわざわざ鍵をかけようとは思わなかった。
しかし今はかけておくべきだったと後悔した。
「や、ダメ! 待って!」
叫んだものの時はすでに遅し。
アンジェリークはドアから最も遠いところにぺたりと座り込んで
バスローブの前をかきあわせた。
おまけにアリオスに背を向けるという厳重警戒態勢である。
「……なんだよ」
「あの……」
ひたすら視線を逸らし、口篭るアンジェリークにアリオスは呆れたように大きく息を吐きだした。
「とにかく部屋に行くぞ。
 ここじゃ落ち着いて話もできねぇ」
ひょいとアンジェリークを担ぎ上げ、寝室へ行き、ベッドに下ろす。
「なに今更固まってんだよ?」
心底不思議そうに金と翡翠の瞳が不安に潤む海色の瞳を見つめる。
その瞳を見てまるで初めての時の顔だな、と思い出した。
「今日はもうしたくねぇなら無理強いはしないぜ?」
ぽんと安心させるように栗色の頭の上に手を置く。
「ち、違うの。したくないんじゃないのっ」
アンジェリークは慌てて顔を上げて否定した。
彼に無駄に心配をさせてしまったことと気を遣わせてしまったことは不本意である。
「そうじゃなくて……そうじゃなくてね…」
また口篭ってしまった少女を辛抱強く待ってやる。
「あの……やっぱり…着替えてきても……いい?」
「は?」
散々心配して待たされて告げられた言葉がこれである。
だが、アンジェリークも必死だった。
「だって、こんなの……恥ずかしいもんっ」
何も着ないより恥ずかしいかもしれない、と呟くのを見ると
一体どんなものを着てるんだと気になってしまう。
「いいから見せろよ。
 もうお前は俺に隠すところなんてないだろ?」
「………」
それでも躊躇うアンジェリークにアリオスは最後の切り札を出した。
「この俺が言ってるんだぜ?」
ご主人様の言うことが聞けないのか?
「………」
基本的に主に逆らえないアンジェリークはのろのろと立ち上がりバスローブの紐を解く。
「あの……あんまり見ないでね」
真っ赤な顔で前置きをしてからバスローブを足元にそのまま落とす。
「………」
思わず見惚れたせいで、アンジェリークは回れ右をして部屋から出て行きそうになった。
だがアリオスの動作の方が早かった。
にやりと笑って細い腕を捕まえる。
「全然隠す必要ねぇじゃねぇか」
アンジェリークが着ていたのは真っ白なベビードールだった。
ストラップから胸元にかけてのフリルも、ヒップラインすれすれの丈の裾レースも
少女にとても似合っている。
内心「ナイスオスカー!」と賞賛を送る。
彼なりにアンジェリークから相談された『いつもとはちょっと違った趣向』に
一役買ってくれたのだろう。
アンジェリークも相談した相手が良かったのか悪かったのか……。
確実にアリオスは喜ぶだろうが、アンジェリーク本人は
かなり恥ずかしい思いをするハメになった。
「やぁ……そんなに見ないでよぉ」
掴まれていない方の手でさりげなく胸元を隠そうとする。
生地がシースルーなのもポイントが高い。
全体的に透けているのだが、裾はふんだんに使われているレースのせいで
ちょうど下着が見えなくて、一見穿いているのかいないのかわからない。
それでも色気よりも可愛らしさが先に立つのは少女の性格故か……。
泣きそうになりながら顔を背けるアンジェリークを抱き寄せて苦笑混じりに囁いた。
「無茶言うな。
 こんなに似合ってるのに」
「……こんなえっちな服なのに……?」
服と言うよりは魅せる下着である。
が、何も知らない少女にはあえて教える必要もないだろう。
不本意そうに困り顔をする少女の額に口付けてアリオスはにやりと笑った。
「可愛いぜ。今すぐ食べたいくらいにな」
「………っ」

ストレートに褒められていくらか気を取り直したアンジェリークを抱いてベッドに腰掛ける。
「もう、オスカー様ったらこんなプレゼント……」
「俺はけっこう楽しませてもらってるけどな」
ヒップラインすれすれの丈のおかげですらりとした脚が惜しげもなく晒されている。
ない丈をのばそうとしながらアンジェリークは頬を染めた。
「……えっち……」
「くっ、今更だろ?」
それに、とアリオスは付け加えた。
「お前が恥ずかしがるの見て、最初の時を思い出したな」
初めてアリオスに抱かれる時、同意していたとは言え、
アンジェリークはとても恥ずかしがってなかなか苦労させられた。
「……えっち…いじわる……」
「今更だって言ったろ?」
魅力的な笑みを浮かべてアンジェリークの頬に手を添えると、少女は素直に瞳を閉じた。
軽くじゃれるようなキスを繰り返す。
「んっ……」
そして次第に深くなっていく。
余すところなく口内を愛撫して舌を絡ませる。
息もできないほどの口付けにアンジェリークが
ぽかぽかとアリオスを叩くとようやく解放される。
「くっ、早く息継ぎ覚えろよ?」
「アリオスが激しすぎるんだもん……」
いくらかキスに慣れてきたアンジェリークは拗ねたように頬を膨らませた。
慣れてきて気付いたのはアリオスがとてもキスが上手だということ。
他の人のキスは知らないけれど、これだけは自信を持って断言できると思った。
だからどんなに自分が慣れてもアリオスに翻弄されてしまう。
それが少しだけ悔しい。
だから、挑戦するかのようにねだる。
「もう一回……して?」
「了解。お姫サマ」

「っ〜〜」
キスに応えるだけで一生懸命なのに、手でも愛されてアンジェリークは切なげに眉を顰める。
薄い生地の上から愛されてその頂が存在を主張する。
透けて見えるだけに彼の視線を感じ、アンジェリークの羞恥心をさらに煽る。
「ふっ……やぁ…」
耐え切れずに声をあげてもアリオスは止める気配がなく、そのままアンジェリークは押し倒された。
細い足を撫で上げる手がぞくりとするほど官能的で甘い溜め息を零す。
足の付け根まで辿りついてアリオスは口の端を上げた。
「なんだ。やっぱり穿いてたんだな」
「え?」
「見えそうで見えないってのも一興だな」
下着のラインを指先で辿るようになぞられて、アンジェリークは身体を震わせる。
「……んっ…えっち……」
潤んだ瞳で抗議しても可愛いだけである。
彼を煽る以外に何の効果もない。
ふっと笑うとアリオスはするりと真っ白な下着を下ろした。
すでに濡れかけていた秘所をなぞれば新たな蜜がその動きを助ける。
「はぁ…あっ……アリオス…」
彼女の中をかき混ぜることを止めないままベビードールをめくり、白い胸を露わにする。
そこには先程バスルームで付けた所有の印が鮮やかに残っている。
掌でやわらかさを楽しみながら、同じ場所に口付ける。
「あ……」
胸の頂を舐められアンジェリークは身体を竦ませた。
「ホント敏感だよな」
アリオスはふっと笑うとその行為を続ける。
舐める度、歯を当てる度に身を捩って感じていることを白状する。
それが可愛くてたまらない。
「あ……やっ……ダメ…きつ、い……アリオスっ…」
ふいに彼女の中に挿れる指の本数を増やすとアンジェリークが甘い悲鳴を上げた。
「大丈夫だ。さっきヤったばっかりだしな」
「ん……はぁ…」
アリオスの言葉通りにすぐに受け入れ、与えられる刺激に溜め息を零す。
そんな彼女の頬にキスしてからアリオスは身体をずらした。
蜜の溢れる花へと口付ける。
「んっ……あ、あぁっ……待って…」
舌での愛撫と激しくなる指使いにアンジェリークは快楽に震えながら首を振った。
「待たない」
本気で嫌がっていないのは解っているから、アリオスは意地悪げに微笑むとそこに歯を当てた。
「やぁっ……っ…」
その瞬間アンジェリークの背が仰け反る。
長い指先に絡みついた蜜を舐め取り、浅く呼吸を繰り返す少女と
視線が合うとふっと笑った。
その行為もその微笑みも見惚れるくらい綺麗で、でもとても妖しくて
アンジェリークは動けずにただ見つめていた。
「美味いぜ。ティーハニーも悪くないが、こっちの蜜の方が俺の好みだな」
「や、やだ、えっち……」
恥ずかしさにぱっと顔を背ける仕種が可愛くて、アリオスはそっと髪を撫でて耳元に囁いた。
「いいか?」
アンジェリークはまだ赤い顔のままアリオスと視線を合わせてこくんと頷く。
「っく……んっ…」
彼の腰が進む度に思考が壊れていく感覚を覚える。
彼が激しく動き始める頃にはもう何も考えられない。
突き上げられて、締めつけて、ただ快楽を追いかけて溺れていく。
「あ、あっ……んっ……アリオスっ…」
縋るものを探してアリオスの背に腕を回して抱きつく。
そして自分と同じように彼の身体も熱くなっていることを強く感じる。
うっすら汗が浮かぶ頬にキスして途切れ途切れに囁く。
「好き……アリオス…もっと、して?」
「アンジェ……」
凶悪なまでに可愛らしい催促にアリオスはふっと笑う。
煽るように二人が繋がっている部分を指先でなぞりながら言った。
「後悔すんなよ?」
「きゃっ……しないもん」
アリオスが忠告した通りかなり激しくて泣かされてしまったけれど、
アンジェリークも宣言した通りに後悔なんかはしなかった。
「やっ……あ、アリオスっ……も…ダメ…っん……ああっ」
「アンジェ……」
限界に達するのとほぼ同時に熱いものが解き放たれるのを感じた。



肩で息をしてアンジェリークは起き上がる。
少ししわの寄ってしまったベビードールを伸ばして苦笑する。
「新品なのに……」
「気に入ったならまた買ってやるよ」
「気に入ったのはアリオスでしょ」
上目遣いに軽く睨んでアンジェリークは言う。
「私、途中で待ってって言ったのに待ってくれなかったじゃない」
「目の前にこんな美味そうなものがあるのに我慢できるかよ」
不敵な笑みで開き直られてはアンジェリークもそれ以上文句を言えない。
「もぉ……」
諦めたように肩を竦めた。
「ホントは……今日は私が先に……してあげようと…思ってたのに……」
「アンジェ?」
「なのにアリオス、ケダモノになっちゃうんだもの……」
頬を染めたままアンジェリークはアリオスの前に移動した。
「まだ……上手じゃないけど…最後に……綺麗にしてあげるね」
「っ」
互いの愛液に濡れた彼をアンジェリークは丁寧に舐める。
拙いなりに舌を這わせ、口に含むさまは直接与えられる感覚にも
見た目にも相当扇情的だった。
結果、すぐに先程の状態に戻ってしまう。
今にも出してしまいそうな自分に苦笑しながらアリオスは少女の髪を撫でた。
「アンジェ……。お前終わらす気ないだろ」
「え?」
顔を上げた少女の口元を拭ってやった後、一瞬で華奢な身体を組み敷く。
「この状態で終わらす気か?」
お前がここまで育てたくせに……と耳元で囁かれて
恥ずかしいような嬉しいようななんとも言えない表情をする。
しかしその直後のセリフにははっきりと蒼ざめる。
「しっかり責任取ってもらうぜ?」
「え、ええ〜」


体力的にもう十分したつもりのアンジェリークはすでに「おやすみ」と言う予定でいた。
が、自分に責任があると言われた以上逃げるわけにもいかず、
またアリオスが逃がしてくれるはずもなく…。
「んっ……も…何回目、よぉ〜……」
「さぁな。とりあえず数えるのは面倒なくらいってのは確かだな」
しれっと答えるアリオスとそれでも付き合ってしまえる自分に呆れながら
アンジェリークは甘い溜め息を吐く。
「今日、ルヴァ達と話してた……」
繋がったままアリオスはぽつりと言った。
「何を?」
そんな彼を珍しいと思いながらアンジェリークは首を傾げる。
「いつお前を帰すんだ?ってな」
アンジェリークははっと彼を見上げる。
「なんて……答えたの…?」
その表情を見てアリオスはアンジェリークを安心させるように微笑む。
最後の願いを言われるのを望んでいないのは一目瞭然である。
それどころか帰されることを怯えてすらいる。
「帰すつもりはねぇって言った。
 お前は帰りたいと思うか?」
「そんなわけないっ……。
 私……私、アリオスとずっと一緒にいたい…」
アリオスは滲んだ涙を唇で拭ってやった。
「大体お前を手に入れた以上、他に願うものなんてねぇんだよ。
 残り二つの願い事を見つけるまで一生かかるかもしれねぇな?」
にやりと魅力的に笑う彼をアンジェリークは呆然と見つめる。
「じゃあ……」
「誰が何と言おうとお前を離す気はねぇ。
 俺に呼び出されたのが運のつきだと思えよ? アンジェリーク」
「アリオス〜っ」
嬉しすぎてアンジェリークは泣き出した。
「ずっとここにいていいんだね。
 ずっとアリオスのお誕生日、お祝いしていいんだね」
ずっと別れが怖かった。
仕事をこなさなけらばならないのは解っているが、二つ目の願い事、最後の願い事を
いつ言われるかと内心びくびくしていた。
だけど、もうその心配はいらないと言ってくれた。
「女王様を奪った悪者になろうが痛くも痒くもないが……
 お前を失くしたら……痛いからな」
「アリオス〜、大好き〜」
「こら、泣くなって」
アリオスはふっと悪戯めいた笑みを浮かべる。
「泣くのはこっちの時だけにしろよ?」
「きゃっ……あ、や……」
動き出した彼にアンジェリークはびくりと身体を震わせる。
「も、も〜、せっかく感激してたのに……」
「なんの憂いもなくなったところで楽しもうぜ?」
「そればっかりなんだから……」
「アンジェ……」
「なによぉ〜」
少々ご機嫌斜めな表情でアンジェリークはアリオスを見上げる。
この表情もなかなか可愛いし、このままやるのもまた一興なのだが、今日はやめておく。
こちらの言葉の方が相応しい。
「愛してるぜ?」
「……っ……」
すぐにふわりと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「アリオス……大好き。
 ……愛してる」
「だからこのまま続けようぜ?」
「うん……」
少女の機嫌が良ければ、こんなに素直に付き合ってくれる。
手の平の上で転がされていることに気付いていないアンジェリークは
幸せなのかそうではないのか……。


ともかくまだまだ甘い生活が続いていくのは確実である。
途中、アンジェリークの故郷の面々が登場したりと
なかなか楽しいハプニングもあったのだが……
それはまた別のお話。



                                           〜 fin 〜







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