refrain
12月25日。 ── 聖夜の贈り物 ── 窓の外が明るくなっている気配にアンジェリークはふっと目を覚ました。 「ふふ、今日も私が先だね」 ちょっとだけ勝者の気分でくすりと微笑む。 冬の朝は寒いから、もう少しだけここにいたい。 先にパジャマを着直そうかとも思ったけれど、眠っているアリオスを起こさずに この腕の中から抜け出すのは難しい。 結局、このままでも寒くはないので大人しくしていた。 しかし、目が覚めて一人でぼんやりとしているのにも退屈してきたアンジェリークは ベッドサイドの時計を見て、そろそろ寝坊の時間帯だと確認する。 「アリオス、起きよう?」 子猫が擦り寄るように身を乗り出して声をかけた。 「〜〜〜〜アリオスっ」 一瞬にして引き寄せられて組み敷かれたアンジェリークは慌てて身を捩る。 「ダメ、だよっ…」 「なんでだよ」 まったく悪びれないアリオスにアンジェリークの方がつい弱気になる。 「だって…24日はうちで過ごす代わりに25日に出かけようって言ってたじゃない?」 それでも約束してたのだから、と主張する。 「今日からアリオスもお休みだし。 ずっと前からアリオスと行きたい場所だったから楽しみにしてたのに…」 「あー…分かった分かった…───…?」 アリオスは今はお預けでもしょうがないと諦めた。 しかし、何かが引っかかった。 眉を顰めて考えるその表情にアンジェリークは不安げな顔になる。 「アリオス…出かけるの、イヤ?」 わがままを通せない性格の少女は早くも負けそうになる。 結局、彼と過ごせるなら場所はどこでも良いのだ。 ただ贅沢を言うなら色んな場所で思い出を作りたい。 それだけだから。 「イヤなら…」 ここで過ごしてもかまわない。 アリオスにとって好都合な返事をしようとしたところ…しかし、当の本人に遮られた。 「きゃっ!?」 押し倒されていた身体がふわりと持ち上げられてベッドの上に座らせられる。 「アリオス?」 向かい合わせで座る形になり、アンジェリークは首を傾げる。 そんな彼女にやけに真面目な顔でアリオスが訊ねる。 「昨日のことは覚えてるか?」 時間をかけてクリスマス料理を作って、 仕事から帰ってきたアリオスと食事をして、 その後…。 頬を染めてこくりとアンジェリークは頷いた。 「一昨日のことは?」 「もぉ…なに、アリオス…? レイチェルと会う約束して…その前にアリオスのプレゼント買って…。 それで、レイチェルと合流してから事故に巻き込まれたんだよね」 「ああ。で、その後遺症で記憶を失くした」 「うん」 「だけど今のお前は今日の約束を覚えてたな」 「あ、あれ?」 今日からアリオスがオフだということ。 だから仕事のある24日は家で過ごして、その翌日に出かけるということ。 それらは昨日や一昨日の会話には出てこなかった。 もっと前に二人の間で話していたことである。 「……………」 「思い出したのか?」 たっぷりの空白を置いてアンジェリークは頷いた。 アリオスのこと。 レイチェルや家族のこと。 他の知り合いに関しても今なら容易に思い出せる。 「………そう、みたい……。 でも、どうしてだろ…?」 だが、すぐに気を取り直して微笑んだ。 「良かったぁ。思い出せて…」 失くすには惜しすぎる思い出ばかりである。 「そうだな」 アリオスは素直に安堵する少女の頭をくしゃりとかき混ぜる。 顔を見合わせて微笑んで…しかし、次のアリオスの言葉は現実的だった。 「記憶が戻ったなら、今日の予定は変更だ。 とりあえずパスハんとこ行くぞ」 つまりは病院である。 「え、えぇ〜」 「連絡入れてくるから、シャワー浴びて出掛ける準備しとけ」 「…はぁい」 彼の有無を言わせぬ指示にアンジェリークは従うしかなかった。 「うぅ……せっかくのクリスマスなのに……病院……」 特別待遇のアンジェリークはまだ待ち時間が少ないはずなのだが、 総合病院なのでかなり待たされる。 アンジェリークは待合所のソファでぽつりと零した。 「ホワイトクリスマスじゃねぇか」 「…ロマンチックじゃないもん」 口の端で笑いながらからかうアリオスに膨れてみせる。 それでも、彼が自分の事を思って真っ先にここに来たことは解る。 解るから…いつまでも拗ねられない。 「とんでもないクリスマスになっちゃったね」 「まぁな。 でも記憶は戻ったんだし……悪いことばかりでもなかったしな」 「そうだね…」 改めてアリオスのことを好きなのだと分かった。 アンジェリークは彼の言葉にしみじみと頷いた。 その上、絶妙のタイミングで別の提案をしてくれたりするから。 「終わったらなにか食いに行くか」 「うん!」 アンジェリークの表情が一気に明るくなったのでアリオスは苦笑した。 「検査結果を見る限り、特に問題はなさそうだな…。 結局、記憶が戻るきっかけは分からなかった、ということか」 「そうなんです」 検査をいくつか終えたアンジェリークはアリオスと共にパスハと話していた。 「一晩眠って目が覚めたら記憶が戻っていた、という事例はあったがな…」 「昨日はなんにも思い出さなかったんですよね…」 う〜ん、とアンジェリークは眉を寄せた。 「まさか事故の再現などやってないだろうな」 アリオスに視線を向けるパスハは本気なのか冗談なのか分からない。 「やるか」 吐き捨てるようにアリオスが答える。 「人をなんだと思ってやがる…」 「彼女の記憶を取り戻すためならどんなことでもやりかねん。 あの事故に近い状況くらいなら再現しそうだと思っただけだ」 きっぱり言い返されてアンジェリークは苦笑した。 「近い状況…って…それでも難しいですよ」 あの時は車が突っ込んできて、車にはぶつからなかったが 人の雪崩に巻き込まれて転んでしまい、気を失った。 事故の記憶をなぞるようにアンジェリークは順に説明していった。 そして、何事かに思い至ったのかぴたりと止まった。 「あ……」 「……あ」 アンジェリークが赤面して固まったことで、アリオスも感付いたらしい。 「『あ』?」 そんな二人にどうした?とパスハが視線で訊ねる。 「あの、あれですよっ。 昨日はクリスマスイブですよ」 「? そうだな」 「きっとサンタさんが記憶をプレゼントしてくれたんですよっ」 真っ赤な焦り顔でわたわたと言ったところで、説得力などまるでない。 ましてや内容が子供でも信じないだろう内容である。 「……アンジェリーク…?」 不審げにパスハに名を呼ばれ、アンジェリークは両手を合わせて懇願した。 「お願いしますっ。 そういうことにしておいてください」 「くっ…愛の成せる業だろう? アンジェ?」 「アリオス!」 余裕の笑みのアリオスにアンジェリークは耳まで赤く染めて涙目で睨む。 パスハは二人のやりとりでなんとなく状況がつかめた。 額に手を当て、溜め息を吐く。 「聖夜の奇跡…そういうことにしておこう」 「ありがとうございます…」 パスハは彼女の意向を聞くことにした。 二人が診察室を去る時に、後から出るアリオスには釘を刺しておいたが。 「アリオス」 振り返る彼にだけ聞こえるように言う。 「不安定な時期だった。 丁重に接するべきだったんだがな」 気絶させるまで抱くのは褒められた事じゃない、と言外に告げている。 さすがにあの少女が「きっかけ」に気付いたとしても、 それを言えるはずもなく、できることならばカルテにも残したくはないだろう。 甘いと思いつつパスハは自分の胸の内に隠しておくことを同意したのだ。 対してアリオスはいつもの不敵な表情で答えた。 「あいつが記憶を失くしてからずっと、これ以上ないくらいに気を使ったぜ。 だからこういう結果になったんじゃねぇか?」 それも否定できないだけに彼は沈黙する。 「…とりあえずあまり無理はさせないように心がけろ」 ひらひらと手を振る彼は忠告を聞いても守る保障はあまりなさそうであるが…。 アンジェリークに関する杞憂は多少残るが… それでもあの二人はなんとなく無敵な気がする。 そう思ったが、アリオスに言ってやるつもりはないパスハだった。 「アリオス?」 遅れてやってきた彼にアンジェリークは何かあったのかと首を傾げる。 「たいしたことじゃない。 それより何食いに行くか決まったか?」 「うん。あのね…」 ご機嫌にリクエストをするアンジェリークをアリオスは優しい瞳で見守る。 「アリオスはそれでいい?」 アンジェリークは一応ご馳走してくれる人の意見も伺う。 「どこでもいいぜ。 俺は後でお前に『ご馳走』してもらうからな」 「うん。 まだ冷蔵庫に食材たくさんあるから大抵のリクエストには応えられると思うよ」 「そりゃ楽しみだな」 もちろん、食べられるのはアンジェリーク本人なのだが…。 噛み合っているようで噛み合っていない会話をする二人にパスハの杞憂は 杞憂では済まないことになりそうだった。 〜 fin 〜 |
ということで、この2人のお約束ネタはこんな感じになりました。 いつものバカップルよりはシリアス入りましたが、 最後はやっぱりこんな感じで終わります(笑) このシリーズの2人はこれで終わらないと… という感じがなぜかあるのですよね。 アリオスさんの無言の要求かもしれません。 |