refrain
12月24日。 ── 聖夜の告白 ── 「…ん…」 アンジェリークは小さく欠伸をしてぱちぱちと瞬きをした。 目の前にはアリオスの寝顔。 端整な顔立ちをじっと見つめる。 昨日はリビングであれだけからかわれたが、ベッドでは約束通りただ側にいてくれた。 不安になる隙などなかった。 眠るまでその腕でずっと包み込んでくれて、目覚めた今も同じ体勢ということは 一晩中そうだったのだろう。 (おかげで私は安心して寝れたけれど…アリオスは疲れなかったのかな?) アンジェリークはお礼代わりにアリオスの頬に口接けた。 「…アンジェ」 「あ、アリオスっ…起きてたの? それとも起こしちゃった? ごめんね」 唇を離すと共に聞こえてきた囁きに、アンジェリークはいたずらが 見つかった子供のようにばつが悪そうに笑った。 誤魔化すように慌てて言葉を紡ぐ。 「思い出したのか?」 どこか呆然とした響きにアンジェリークは首を傾げる。 「ううん…残念ながら」 一晩眠って目覚めたら思い出してるかもしれないね、とは昨夜話していたが そうそう都合良くはいかないらしい。 「そうか。思い出したのかと思ったぜ」 「どうして…?」 アリオスはアンジェリークを抱き寄せながら苦笑した。 「お前の方が先に起きた朝は大抵今みたいにしてたからな」 「そ、そうなんだ…。 ふふ、記憶がなくてもなんかあんまり変わらないんだね」 「だな」 仕事に行くのを躊躇うアリオスをなんとか説得したアンジェリークは キッチンで朝食の後片付けをしていた。 どうやらなんとなくだが、身体が覚えているらしい。 どこに何が置いてあるかなど、そういったことには困らずに済んでいた。 「うん。一人でも大丈夫だよ」 自分に言い聞かせるようにアンジェリークは呟いた。 昨日だってアリオスにはたくさん心配をかけて、仕事の邪魔もしてしまったのだ。 結果的に撮影はきちんとできたようだが、スタッフを待たせたり オスカーやエルンストにも撮影続行可能かどうかという心配までさせてしまった。 今日は迷惑をかけたくない。 昨日は不安だらけだったけれど…今はアリオスがいてくれるから、という安心感が あるので大丈夫。離れていても自分には彼がいてくれる。 そう確信できることがどれだけ心強いか…。 「アリオス、ありがとう…」 とても感謝している。 そして、同時に罪悪感を覚えるのだ。 早く思い出したい。 「あ、そうだ」 洗い物を終えたアンジェリークはリビングの隅に置いた紙バッグの中身を取り出した。 昨日スタジオに遅れてやってきたレイチェルが渡してくれたもの。 それはアルバムだった。 アンジェリークが写っているそれらを見れば何か思い出すかもしれない、と言って 貸してくれたのである。 「あれ?」 アルバムを開くとひらりと一枚のポストカードが落ちた。 アンジェリークはそれを拾い上げる。 「……これが私、かな……?」 アクセサリーの広告用に使われるポストカードだった。 商品であるペンダントを口に銜えて写っているのはアリオス。 そしてアリオスの腕の中にいる後ろ姿の少女。 昨夜皆から聞いた話からすると、これがアンジェリークなのだ。 付き合うきっかけとなった広告の撮影。 アリオスに半ば騙された形でアンジェリークはモデルを務めたのだ。 「忘れちゃうなんてもったいないな…」 ぽつりと漏らすと、気を取り直したようにソファに座りアルバムのページをめくり始めた。 春のお花見。 夏の海やお祭り。 秋の文化祭。 冬のクリスマスパーティー。 たくさんの楽しそうな思い出がここには詰まっている。 しかし目に留まるのは自分よりも時々一緒に写っているアリオス。 一年以上、彼とも一緒に過ごしてきたのだ。 「アリオス…」 なぞるようにその名を囁く。 アリオスがいてくれてよかった。 とても安心する。側にいたい。 そう思ったのは紛れもない真実。 だけど…。 「私は…アリオスが好き…?」 昨夜、引っ掛かったのはそのことだった。 前の自分が想っていたように彼を愛している? 「…分かんないよ…」 自分達は恋人だと聞いたから。 それを鵜呑みにして流されるのは気が引けた。 自分の気持ちが把握できないまま、彼に応えることはできないと思った。 ちゃんとアリオスを好きだと言えるようになってから…じゃないと失礼だと思った。 多少行動に問題アリだと言われるのは少しだけ分かる気がするけれど… あんなに自分の事を大切にしてくれる人だから。 だから誠意には誠意で応えたい。 アンジェリークは小さく溜め息を吐くと、写真の中のアリオスを見つめた。 「アンジェリークの様子はどうですか?」 打ち合わせ場所で落ち合ったエルンストは仕事の話よりも先に彼女の容態を尋ねた。 「良くも悪くも特に変わらず…ってとこか。 一応落ち着いてはいる」 アリオスは煙草に火を付けながら答えた。 もっと動揺するかと思っていたが、予想以上にしっかりしていた。 今日は一人でも大丈夫だと言い張って、アリオスを仕事に行かせたくらいなのだ。 不安になったり、思い出せない焦りは覚えていたようだが… それでも彼女は前向きだった。 アンジェリークに対してどう接すれば良いか逡巡しているアリオスに 彼女の方からできる限り甘えようとしてくれた。 彼女に忘れられた事実は確かにショックだった。 それでも愛しさは変わらない。…どころか募る一方である。 「あいつの方がしっかりしてるかもな」 「それはそうでしょう」 あっさりと肯定するエルンストにアリオスが問いたげな視線を投げる。 「あなたの恋人を務められる女性ですよ?」 「……なんか引っかかる言い方だな、おい…」 エルンストはくすりと笑って流すと手帳を開いた。 「ともかく今日の打ち合わせはなるべく早く終わらせましょう。 そう言えば何も聞いてませんでしたが、どこか出掛ける予定はありましたか?」 「いや、今年は家でクリスマスディナーとやらを作りたいっつって 前々からレシピや食材準備してたな」 昨夜、チェックの入ったレシピ集などを見つけたアンジェリークは 予定通りに料理したいと言っていた。 おそらく今頃はキッチンに立っていることだろう。 下手に一人で外出される心配がなかったので、 アリオスも仕事に行くよう説得されてしまったのだ。 「それは帰宅が楽しみですね」 エルンストも彼女の料理の腕を知っていたので笑顔で相槌を打った。 「…ところで、料理の腕前など…そういったことは以前と変わらないんでしょうか?」 それまでも白紙に戻ったとしたならば、 いきなり難易度の高い料理が無事出来上がるか怪しいものである。 「……どうだろうな。 ったく、とんでもねぇクリスマスになったもんだ」 そう呟くアリオスの横顔を眺めながら、たとえ彼女が失敗したとしても からかいながらしっかり食べるのだろうとエルンストは確信していた。 「おかえりなさ〜い」 アンジェリークは子犬よろしくアリオスの帰宅を出迎えた。 ぱたぱたと駆けてくる彼女には子犬の耳と尻尾が見えてもおかしくない。 「一人で平気だったか?」 「大丈夫だよ。レイチェルとも電話で話してたし。 料理してた時間も長かったし」 「美味そうな匂いがするな」 苦笑しながらアンジェリークを抱きとめたアリオスは少し安心したように言った。 「アリオスが帰ってくる時間を携帯で教えてくれたから、それに合わせて完成させたの」 どうやら料理の腕前は以前と変わらないらしい。 実際、今のような普段の仕種も変わっていないのでそれも納得できた。 「けっこう美味しくできたと思うよ」 「へぇ、そいつは楽しみだ」 ぽんと栗色の頭に手を置くとアンジェリークは嬉しそうに微笑む。 「用意してくるね。 着替えて待ってて。あ、お風呂も入れるよ」 「ああ、分かった」 アンジェリークは楽しげに食器をテーブルに並べていく。 「スープは野菜たっぷりのミネストローネでしょ。 サラダはアボカドとシーフード。 それとメインのチキンの香草焼き〜。中にチーズが入ってるの。 リゾットもあるよ。あ、ありがとう」 キッチンから運ぶのを手伝うアリオスは感心したように言った。 「ずいぶん張り切ったな」 「うん。やっぱりアリオスに食べてもらいたかったしね。 ケーキは甘さ控えめのシフォンケーキにしたんだよ」 記憶を失くす前のアンジェリークはあまり甘くないケーキを探していたらしい。 たくさんのレシピにチェックが入っていて、メモ書きも少なくなかった。 どれだけ彼に食べてもらうのを念頭に置いていたかが解る。 アリオスはこの日の為に買っておいたシャンパンを開けて、グラスに注いだ。 「お前は一口だけな」 「私、お酒弱かった?」 「ああ。外では飲むなと言ってあるくらいにな」 「ふふ、飲まないよ〜。一応未成年です」 即答するアリオスにアンジェリークはくすくすと笑う。 「だと良いんだがな」 アリオスの仕事仲間と会う事も多く、当然その場はアルコールが入ることが多い。 彼女が思っている以上に飲むかもしれない機会はあるのだ。 「俺以外の前で酔うなよ?」 「……はぁい」 なぜかその視線を受け止め切れなくてアンジェリークは染まった頬を隠すように俯いた。 「それより、乾杯しよ?」 「ほらよ」 アリオスはくっと笑うとシャンパングラスを差し出した。 「ちょっとばたばたしちゃったけど…メリークリスマス♪」 澄んだ音を立ててグラスが触れ合う。 「あ、そうだ。 今日ね、レイチェルが貸してくれたアルバムを見てたんだよ。 アリオスもけっこう写ってた」 「へぇ…。俺のギャラは高いぞって言っとけ」 昼間一人で過ごしていた間のレイチェルや両親との電話の内容や アルバムからの思い出話。 今までの分を取り戻そうとしているかのように話した。 「なんかね…アリオスと話していて思ったの。 もし、記憶が戻らなくてもなんとかなるんだろうなぁって」 「お前らしいな」 アリオスは小さく笑って頷いた。 彼女はマイペースながらも芯がしっかりしている。 「まぁ、不都合はたくさんあるんだろうけど… 今、私は幸せよ?」 切り分けたチキンをぱくんと食べてアンジェリークは笑った。 「私のことを心配してくれる家族も親友もいる。 こうして一緒に過ごしてくれるアリオスもいる」 「アンジェリーク…」 「一人でいたけど寂しくはなかったよ。 料理作ってる時もアリオスと食べるのが楽しみだったし」 「お前食べるの好きだもんな。 あぁ、俺が色んな店に連れてったせいもあるか」 しっかり餌付けられていたのだと言われてアンジェリークは頬を膨らませる。 「あ、ひどい、その言い方。作るのも好きよ」 「確かに美味いぜ」 「……ありがと…」 いきなりストレートに褒められてアンジェリークは真っ赤になった。 「そう言ってもらえると嬉しいね。 …気持ちが通じたみたいで」 「?」 「美味しく食べてくれたら良いな、って思ってたから。 私、ケーキ取ってくる。 コーヒーも飲む?」 アリオスがどういうことか聞き直そうとする前にアンジェリークは逃げるように席を立った。 そしてコーヒーとシフォンケーキに生クリームとイチゴを添えて戻ってくる。 「生クリームもほんのり甘いって程度だからアリオスも大丈夫なはずだよ」 「安心しろ。まずくてもちゃんと食うさ」 「む〜…まずくはない、と…思うもん」 口を尖らせる少女にアリオスは笑う。 なんだかんだ言いつつ、アリオスが彼女が作ったものを 残したことなどいまだかつてなかった。 「あと…これ、クリスマスプレゼント」 「用意してたのか…」 昨日は事故に巻き込まれたし、今日も買い物に行く暇などなかった。 事前に用意していたとしても、その置き場所を覚えているとは思えなかったが。 アリオスが意外に思いながら呟くと アンジェリークは種明かしをするかのように舌を出した。 「ごめんね。一度開けちゃった」 アンジェリークが白状した通り、包装紙は一度開いて再度包み直した形跡がある。 「事故の前、かな。 レイチェルと待ち合わせる前に買ったみたい。 鞄の中にこの包みがあったの」 誰かに贈るものか。 それとも誰かからもらったものか。 財布の中にあったレシートと品物自体から 自分が誰かの為に買ったらしいことは分かった。 時期からしてクリスマスプレゼントなのだろう。 では、誰に贈るつもりだったのか。 当然アンジェリークは覚えていない。 それでもこのプレゼントを見た時、アリオスが脳裏に浮かんだ。 彼に似合いそうだ、と。 きっと彼に贈る為に悩みに悩んで選んだものなのだろう、と。 「開けるぜ?」 「どうぞ。気に入ってくれるといいな」 少しごつめのシルバーリング。 シンプルだけど細工はしっかり施されている。 どうかな、と不安そうに見つめる瞳にアリオスは笑ってやった。 目の前で填めてみせる。 「サンキュ。使わせてもらうぜ」 「うん」 アリオスは安心して微笑む少女の髪をくしゃりとかき混ぜて立ち上がる。 「アリオス?」 「俺も用意してある」 アンジェリークはアリオスの後ろについて彼の部屋へと入った。 アリオスはそんな彼女の手に棚から取り出した小さな箱を乗せる。 「ありがとう。開けさせてもらうね」 にっこり笑って包装紙を外し、小箱を開けると少女の表情がぱっと明るくなる。 「かわいい!きれい〜!でも…」 「でも?」 「でも、高そう…」 手に取ることすら少々躊躇っている彼女らしい感想にアリオスは苦笑した。 「だって…これ、本物でしょ?」 偶然にもアリオスのプレゼントもアクセサリーだった。 箱の中には揃いのペンダントとピアス。 小粒のダイヤに囲まれて中心で輝いているのは大きめのピンクサファイアである。 「それに私…ピアスホール開いてないよ?」 校則で禁止されているのを素直に守っていたアンジェリークにピアスは着けられない。 だから卒業したら…と話していたことがあるのだとアリオスは話した。 あと少し待てば卒業なのでそろそろひとつくらい買っておいてもいいだろう、と。 「卒業したら俺が開けてやるよ」 「う…痛くしないでね…」 意地の悪そうな笑みにアンジェリークは引きつりつつ頷いた。 そして気を取り直すようにアクセサリーに視線を戻す。 「でも、きれいだね〜。嬉しいよ、ありがとう。 卒業する時の楽しみも増えたし」 「貸してみろ」 「? はい」 言われるまま小箱をアリオスに渡すと、彼はペンダントを取り出した。 「とりあえず今はこれだけな」 そう言ってアンジェリークの首にペンダントをかける。 肌に触れるチェーンがひんやりと冷たい。 それに反してアリオスとの距離に緊張して自分の肌は熱く感じる。 「アリオス…」 「似合ってる」 「…ありがとう」 間近で見つめられて、アンジェリークは気恥ずかしさに視線を逸らせた。 アリオスはそんな彼女の反応を小さく笑って見守った。 「本当はリングも一緒にやるつもりだったんだけどな」 栗色の髪を梳くその指先はとても優しい。 大事にされてる、と思える仕種。 そしてそれを確信させてくれる言葉。 「今のお前にやると困らせるかと思った…」 指輪はやはり特別な意味があるから。 受け取るアンジェリークの方が躊躇ってしまうかもしれない。 「だから、リングももう少しお預けだな」 「アリオス…」 髪を梳いていた指先がやわらかい頬に触れる。 まだ傷の残る頬を…それはまるで壊れ物を扱うように。 「俺は急がない。 お前がもう一度俺を好きだと言えるようになるまで待てる」 「………」 金と翡翠の真剣な瞳をアンジェリークはただ見つめ返すしかできなかった。 「だから…」 ── もう一度、俺のものになれよ。 ── 抱きしめられて、囁かれて、思わず涙が滲んだ。 強気な言葉の裏に隠された祈るような想い。 悲しいわけじゃないのに、涙が溢れてくる。 「愛してる、アンジェリーク」 「…っ…」 アンジェリークは泣きながら背伸びをしてアリオスの首に腕をまわした。 「アリオス…っ…」 「なんで泣くんだよ」 「…わかんない…」 呆れたような口調。だけどあやすように背にまわされた腕は優しい。 声も言葉も心地良く胸に響く。 「記憶を失くす前の私はね…アリオスのことが本当に大好きだったと思うの」 アンジェリークはしゃくりあげながらぽつりぽつりと話す。 「一生懸命思い出そうとしても思い出せなくて… でも、いろんな証拠は見つかったの」 例えば、クリスマス料理のレシピとメモ。 自分の好みも交えつつ、それでも念頭においていたのは彼に美味しく食べてもらうこと。 例えば、アルバム。 彼と一緒に写る自分の表情は少しだけ違う気がした。 例えば、クリスマスプレゼント。 彼に似合いそうなもの、喜んでもらえそうなものを探したのだろうと思えた。 例えば、携帯に残っていた送受信メール。 いくつかのメールはかなり古い日付なのにも関わらず残されていた。 内容を読んで今の自分でも納得できた。 ただの連絡事項のメールじゃない。 それらは決して消せない、想いが込められたメッセージだった。 数々の持ち物から読み取れるものは確かにあった。 「どんなに好きだったか、それだけは分かる気がした…」 「………」 「今の私もね…アリオスと一緒にいたい、って思うの」 何気ないやりとりが心地良かった。 会えない間はやっぱりちょっと寂しくて、会いたいと思った。 会えたら嬉しくて。 話せたら楽しくて。 一緒に笑えたら幸せだと思った。 彼が帰って来た時、自然と駆け出して抱きついていた。 「アリオスが好き…」 「アンジェ…」 「でも、『私』で…いいの?」 今の自分の「好き」と以前の自分の「好き」。 同じものなのか、違うものなのかすら分からない。 アリオスを忘れてしまったことで負い目を 感じているアンジェリークは自信が持てなかった。 自分は彼に想ってもらえるほどの想いを抱いているのか。 「好きなの…。 それは嘘じゃない。 恋人だと聞かされて、そう思い込もうとしたわけじゃない」 きゅっとアリオスに抱きつく腕に力が込められる。 「きっと何も知らなくてもアリオスをまた好きになった。 でも……だけど……」 「昨日も言っただろ。 俺への想いを忘れたお前でも愛してる」 アリオスはアンジェリークの涙に潤んだ瞳を覗き込んでやわらかく微笑んだ。 「俺に惚れてるならそれ以上に愛してやれる。 なにか問題あるか?」 想いを抑えることも遠慮する必要もない。 「ない…のかな…?」 「だろ。難しく考えすぎなんだよ」 アリオスは頬に残る涙を拭いてやりながら笑う。 「だって、難しいもの…」 しかしアンジェリークの声は拗ねた響きが混じっていた。 「なにが?」 「…っ……」 アンジェリークは見つめられて、頬を染めて口篭ってしまった。 「……私…前の私に負けないくらいアリオスのこと好きだよって… 伝えたいのに…どう言ったらいいのか分からない…」 真っ直ぐで単純な想いだからこそ、飾る言葉もなく「好き」としか言えなくて。 自分の気持ち以外に証拠などないから、うまく伝えられているかも分からない。 「アリオスが好きなの…」 だから繰り返し告げることしかできない。 「好き」 子供のように泣きながら。 「お前…本当に…」 無自覚だからタチが悪い。 アリオスは小さく息を吐いた。 「?」 彼の苦しそうな表情。切なさ宿る瞳。 それが愛しさ故だとアンジェリークが知る由もなく、またそれどころでもなかったが。 「っ!」 突然のキスに驚いて、しかしそれは驚きに呆然とさせてくれるほど 穏やかなものではなくて…。 「…っ……アリ、オス…」 苦しいくらいの口接けに途切れる吐息で名前を囁く。 「確かに言葉だけじゃ伝えきれねぇよな…」 「アリオス…?」 「だからこうして触れるんだろうな」 くらくらしてまともに働かない頭にも、それはとても自然に届いた。 なるほど、とアンジェリークも微笑んだ。 「アリオス…」 アリオスの腕の中で背伸びをして、キスをねだればさらに激しいものを与えられた。 身体の力が抜けるのを知っていたかのようなタイミングでベッドに押し倒される。 びくりと身体全体で緊張するアンジェリークにアリオスは長くて甘いキスを与えた。 「あ、あの…」 「今日もパスするか?」 からかうような瞳にアンジェリークは頬を染めて言葉に詰まる。 イヤだと言えば、きっと止めてくれるのだろう。 だけど……。 「ヤ、じゃないから…でも、その…明かり…」 部屋を皓々と照らす天井の照明を見て口篭りつつ訴える。 「こんなに…明るいのは、恥ずかし…──?」 アンジェリークを組み敷いたまま、くっくと肩を震わせて笑っているアリオスに 困ったような訝しげな視線を向ける。 「いや、確か…初めての時もお前、そんなこと言ってたな」 「っ!」 元々赤く染まっていた少女の顔がさらに赤くなる。 「アリオスのバカ…。 私にとっては初めてと変わらないんだってば…」 「はいはい、そういうことになるか。 まぁ、最近のお前でもその辺はたいして変わらねぇけどな」 どうせ進歩ないですよ、と膨れる頬にアリオスは口接ける。 「特別に優しくしてやるよ」 少し低めた魅惑的な声と殺し文句にうっとり流されそうになって、 寸前ではたと思いとどまった。 「………それじゃいつもは優しくなかったの?」 「『特別に』って言っただろ」 実は散々焦らして虐めたり、恥ずかしがるようなコトをしたり…という夜もあったが とりあえずその辺は言わなくても良いだろう、と思ったアリオスだった。 まぁ…本当の事を黙ってはいるが、嘘は言っていない。 「そっか…」 何も覚えていないアンジェリークは納得したように微笑んだ。 アリオスはアンジェリークの寝顔を見つめていた。 思い出すのは先程の会話。 「ねぇ、アリオス」 「ん?」 「私、何度忘れても…何度でもアリオスのこと、好きになるよ」 「そうか」 「うん。絶対」 だから離さないでね、と絡めた指先に少しだけ力が込められた。 「アリオスとの思い出を忘れちゃうのは悔しい…っていうか もったいないな、って思うんだけどね」 自分だけ覚えていないなんて不公平だ、と苦笑する。 だからアリオスも笑って言ってやったのだ。 「これから先、それ以上の思い出を作ってやるよ」 「俺も…何度でも惹かれるんだろうな」 たとえ自分が忘れたとしても。忘れられたとしても。 彼女を失うなど考えられない。 こんなに互いが互いを必要としている。 腕の中の温もりを抱き直し、頬にかかる髪をはらってやる。 「…ん…」 くすぐったかったのか、身じろぐアンジェリークにアリオスは小さく笑う。 「愛してる」 どんなに言葉にしても足りないくらい。 彼女が泣きながら告げた内容はアリオスも同感だった。 伝える方法をいつも探している。 額にキスをひとつ落として囁いた。 「おやすみ、アンジェリーク」 何があっても側にいて抱きしめるから。 泣いても受け止めるから、その後には笑顔を見せてほしい。 〜 to be continued 〜 |