Shining Star
- 生まれたての星 -
「そんなにびくびくしなくても大丈夫ダヨ☆」 顔色が悪い、どころか青ざめているアンジェリークの肩をレイチェルがぽんと叩いた。 そう言われても彼女の緊張は解けないらしい。 「レイチェルったら無茶言う〜」 眉を八の字にして頬を膨らませる親友にレイチェルは笑った。 「演技をしろなんて誰も言ってないんだから大丈夫だよ。 普段の私達で良いんだから。ね?」 「ん…」 二人が今いるのはテレビ局のとあるスタジオの中。 中央には学校の教室のセット。 アンジェリークは天才子役として有名なレイチェルの親友だった。 しかし、芸能界などとはまったく無縁の普通の高校生。 コトの発端はレイチェルの冗談だった。 「あのコくらいなんだよねー。 ワタシのこと『天才子役レイチェル』って意識しないで普通に接してくれたのって」 「あら、それは珍しいわね」 大抵彼女の肩書きに萎縮したりするものなのだが…。 レイチェルのメイクを直していた女性が感心したように眉を上げた。 「ある意味大物ダナ、って思ったよ」 彼女と出会った入学式を思い出してレイチェルは笑う。 「全然芸能界のこととかタレントのこととか聞こうとしないの」 近寄ってくるクラスメイト達はレイチェル自身と話そうとするよりも サインをくれとか誰々のサインをもらってくれとか、業界の話を聞きたがったりするものなのだが…。 彼女は本当に普通にレイチェルと話をしていた。 「一度なんで聞かないの?って聞いたことあるんだ。 そしたらなんて答えたと思う?」 側にいたスタッフ数人が首を傾げる。 「『あんまり興味ない』って」 レイチェルも周囲の人間も苦笑する。 自分達の仕事を一言の元にあっさり切り捨てられたのだが、そこまでいくと逆に笑えた。 「だけど、その後に…」 『あ、でもね、レイチェルの出てる番組は見るようになったよ。 けっこう面白かった』 そう言って笑った彼女の表情は本当に楽しそうだった。 『レイチェルなのにレイチェルじゃないって言うのかな…? ちゃんと別人になっててすごいなぁ…って思った』 そう言ってもらえて、演技を認めてもらえたようで嬉しかった。 「すごく嬉しいこと言ってくれたんだ。 ワタシを知ってる人に別人みたいだったって言ってもらえると演じたかいがあるよね」 「彼女のこと、相当お気に入りなんやな〜」 「まぁね」 近くにいた演出家の一言に自慢げに頷く。 「見た目も性格もすっごく可愛いんだよ♪」 「あ、私一度会った事あるわ。この前遊びに来てくれた子よね。 可愛かったわ〜」 「うん、そう。 あーあ、アンジェと演技できたら楽しいだろうナ〜」 ドラマの中では仲良さげなクラスメイト役の人達。 一度撮影現場から離れたら、気を許せないライバル達である。 実力も人気もあるレイチェルを貶めようとしている人達も少なくない。 そういう世界だという事は子供の頃からいるので知ってはいるが、納得できない。 「アンジェとなら純粋に楽しめそうなんだけどね。 さってと! 残りの撮影がんばろっか!」 そしてレイチェルの一言で場の空気が切り替わり、休憩は終わったのだ。 しかし、その会話は終わってはいなかった。 撮影が終わった後、レイチェルは演出家にアンジェリークの事を聞かれたのだ。 「マジで彼女に出てもらわん?」 「エ?」 レイチェルは一瞬『何のコト?』と瞳を丸くした。 そして彼の言わんとすることをようやく察した。 「チャーリーさん、本気で言ってんの? あのコ、素人だよ」 いきなりゴールデンタイムのドラマに本気で出演させる気か?と。 「あんたの親友役、監督達も誰を出そうか迷ってたんよ。 どうせならあんたのリクエストに応えても悪ないな、って思ってな。 ほんのちょい役やし、本物の親友なら演技の必要もないやろ?」 「まぁ…そうだけど」 「それにレイチェルちゃんが大絶賛するコっての、一度見てみたいわ」 可愛い子らしいしな、と笑う青年をレイチェルは睨む。 「アンジェに手を出したら、ワタシを敵にまわすと思うように☆」 「それは手厳しいなぁ…」 「とにかく、聞いてみるよ。 芸能界興味ない子だから期待はしないでヨ?」 「はいはい。頼んだで」 実際アンジェリークは最初は首を縦に振らなかった。 冗談だとすら思っていたらしい。 「今度のドラマ、ワタシの親友役がまだ決まってないんだ」 「ふぅん…もう撮影始まってるのにね」 そんなこともあるんだ、とアンジェリークはのんびり呟いていた。 「どうせなら本物の親友が出てみない?」 「もう、レイチェルったら〜」 しかし、なんだかんだ言ってレイチェルも一度はアンジェリークと共演をしてみたくて説得してみたのだ。 どうせ一回だけ、しかも一瞬だけの出演だから、記念だと思ってやってみようよ、と。 レイチェルがそろそろ諦めかけた頃、ようやくアンジェリークは頷いてくれた。 決め手はレイチェルの「本物の親友と一緒に出演してみたい」だったらしい。 親友思いの少女が落ちたのは言うまでもなかった…。 ☆ ☆ ☆ アンジェリークはドキドキしながらレイチェルの演技を見ていた。 時々レイチェルに誘われて、こうして見学したことはあるのだが…。 今までと決定的に違うのは「見学」ではなく「出番待ち」であること。 落ち着こうと深呼吸をひとつする。 そして台本に視線を落とす。 本当は台本なんて必要ないけれど…ストーリーを掴むために何度も読んだ。 親友がずっと想っていた人に告白をしに行く直前。 「がんばって」と一言だけで励まして、送り出す。 セリフは一言。 たったワンシーン。 心の中で呟く。 演技をしようだなんて思わなくて良い。 レイチェルに好きな人がいて……その彼に告白しに行くところを想像すれば良い。 その時の自分がするだろうことをやれば良い。 演じるのではなく、そのままの自分でかまわない。 先程のレイチェルの励ましを思い浮かべる。 「普段の私達で良いんだよね」 呼ばれたアンジェリークは覚悟を決めて立ち上がった。 放課後の教室。 視界の端に入るカメラやスタッフ達は気にしないようにして集中する。 (レイチェルを笑って送り出す……) 『これから行ってくるんだ』 嬉しそうにはにかむ目の前の少女。 レイチェルだけどレイチェルじゃない。 だけど自分の親友であることに変わりはない。 だから……彼女が離れてしまうようでちょっとだけ寂しい。 今まで彼女に一番近い存在は自分だったのに。 寂しいけど、彼女が嬉しそうに笑うと自分も嬉しいから……。 複雑な気持ちと彼女の幸せを祈る気持ちで微笑む。 『がんばってね』 『うん!』 どうか彼女が笑って帰ってきますように、と強く願いながら微笑む。 『きっとうまくいくよ』 レイチェルは一瞬目を見開いて、そしてとても嬉しそうに笑った。 『ありがと!』 親友の励ましに元気をもらって彼女は教室を出て行った。 レイチェルが教室から出るとカットの声がかかる。 それから数秒……沈黙を破ったのはアンジェリークの声だった。 「ご、ごめんなさい!」 突然謝った少女に周りが首を傾げる。 「セリフ勝手に……増やしちゃって…」 レイチェルがとっさにアドリブをきかせてくれたから良かったものの 素人の自分が用意されたセリフ以外を勝手にしゃべるなんて…。 「レイチェルを見てたら、つい……」 芝居だという事も忘れて、励ましたい気持ちが口をついて出ていた。 「でもNGにするにはもったいなくない?」 戻ってきたレイチェルも監督に言う。 「ワタシ、本当に励まされたよ」 「良い方に変わったってんなら大歓迎だぜ? 予想以上の絵が撮れた。 だからこのまま使わせてもらう」 「さっすがレオナード監督☆ 話がわかる〜」 「まさか一発で決まるとは……さすがの俺様も予想しなかったぜ」 周囲に平謝りしている少女を眺めながら、レオナードは驚きを隠さずに呟いた。 「さっきまであんなに緊張してたのにな」 「ああ見えてあのコ、けっこう度胸あるよ。 学級委員だから人前に出ること多いし、生徒会関係も臨時助っ人で借り出されるし」 「へェ〜。優等生ってやつか」 「そだね。直前まで緊張してるけど、全校生徒の前で話すくらいは けっこう慣れてるはずだよ」 「レイチェル?」 監督と話している親友に呼ばれたアンジェリークは不思議そうに近寄る。 「謝んなくてもイイんだってば。 思ってた以上のモノが撮れたんだから」 疑い深げな瞳にレオナードも笑って頷く。 「おお。あんたに頼んで正解だったな」 「そう言ってもらえると嬉しいです」 アンジェリークはやっとほっとしたように微笑んだ。 「あ、じゃあ、私はこれで帰るね」 アンジェリークはこれで終わりだが、レイチェルはこれから長時間の撮影が続く。 終わるのを待っていては深夜になりかねないので、一足先にメイクを落として帰るのみである。 「オツカレサマ〜☆ 今日はありがとう。後でお礼になんか奢るね♪」 「こっちこそ、ありがとう。 楽しかったよ」 アンジェリークの背中を見送りながらレイチェルが呟いた。 「ねぇ、監督」 「あ?」 「びっくりした……。 ワタシが引きずられるなんて…」 面白そうな表情でレイチェルが言う。 「アンジェが不安そうだったら私が引っ張ってあげなきゃ、って思ってたんだ」 なのに実際は……。 「だけど、ワタシが本当に励まされた…」 小さく息を吐く。 「これで終わりにするのはもったいない、って思っちゃった」 「強力なライバル出現かもしれねぇのに?」 「ライバル? いた方が張り合い出てイイよ」 見えないところで足の引っ張り合いをする輩達より、演技で競える相手がいた方がよっぽど良い。 辛辣に今の業界に自分の相手になる人物が少ない、と愚痴る天才少女にレオナードは笑った。 「って、アレ? じゃあ監督、あのコがワタシのライバルになり得るって思ったの?」 人の悪い監督は肩を竦めただけで答えてはくれなかった。 アンジェリークがスタジオの出口へ向かおうとしたところで…… その出入り口のドアの前に青年が立っているのに気が付いた。 アンジェリークの行く先を察して僅かにずれて道を譲ってくれる。 スタジオの中央と違って薄暗いけれど、業界人っぽく整ったスタイルと顔だと分かった。 暗い場所なのに存在感がある。 銀色の髪が光っているように綺麗だと思った。 緑と金の瞳が綺麗だと思った。 (これから出番の役者さんなのかな…) 他の役者と絡むシーンはなかったので、誰がどの役を演じるかまで チェックしていなかったアンジェリークはそう思って、軽く会釈をして通り過ぎようとした。 ドアを開けようとして……でも開かなくて。 一瞬遅れて頭上の方で彼の手に邪魔されていることに気付く。 「え? え…と、あの……手…」 どうして出してくれないのだろう? 今開けたら撮影の邪魔になったりするのだろうか? おろおろと見上げる反応が小動物のようで彼の笑いを誘ったらしい。 「くっ……」 「い、意地悪しないで、手どけてください」 「くっ、悪ぃ悪ぃ。 面白いもん見せてもらったぜ」 それだけ言っておこうと思ってな、と口の端を上げる青年にアンジェリークは膨れる。 「もう、何が面白いんですか。 失礼しますっ」 ぷいっと背を向けてそのままスタジオを出て行った少女を見送りながら 彼……アリオスはもう一度呟いた。 「本当に……面白いもんを見せてもらったぜ」 「よぉ、レオナード」 休憩に入ったところでアリオスは撮影現場を仕切る監督に声をかけた。 「珍しいな、わざわざ俺様のところにご挨拶かァ? それにしちゃあ手土産のひとつもねェようだが」 「たまたま隣のスタジオで撮影だったんだよ。 待ちの時間が暇でな…」 要するに暇つぶしに来たのだと悪びれもなく言う。 「そうかよ」 アリオスは手土産代わりの缶コーヒーを無造作に投げた。 慣れたもので予告もなく投げられたわりにレオナードは危なげなく受け取った。 「おっ、サンキュー!」 「ところでさっき出ていった子犬は新人か?」 子犬という表現に一瞬「?」と思ったものの、すぐに納得できた。 「ああ、アンジェリークか?」 「アンジェリーク、か。 どこの事務所だ?」 「なんだ、気になるのか?」 珍しいこともあるもんだ、と揶揄ってみるとあっさりと肯定された。 「あんたはなんとも思わなかったのか?」 レオナードは内心拍子抜けしつつも同意した。 「んなわけねェだろ」 「気付かないはずねぇよな。 あれは原石だ」 「だな」 まだ磨かれていない原石のクセに人を惹きつける輝きを放つ。 「だが天下のアリオス監督が使いたいって思っても無理だぜ?」 「なんでだよ?」 不機嫌そうに眉を顰める表情をレオナードは受け流す。 スタッフや役者達なら怯えるところだが、これくらいのことは同類にはさして効果もない。 「あれは素人だよ。 レイチェルの友人だ」 「なんだと…?」 「ただのジョシコーセー」 たまたま彼女の親友役を探していたので使ってみただけだと説明する。 「一度きりの出演ってことで出てもらったんだ」 アリオスは詳しい話を聞こうとしたが……タイミング悪く隣のスタジオから 準備ができたという知らせが届けられた。 舌打ちをしつつスタジオに戻るアリオスの背中にレオナードは声をかけた。 「今夜奢れよ?」 『その時話してやる』というメッセージにアリオスはふっと笑った。 深夜、行きつけのバーでアリオスは約束通りレオナードに酒を奢っていた。 時間が合えばたまに一緒に来ることもあったし、 それぞれで来てみたら、相手がそこにいたということもあった。 どちらかと言えば、普段は後者の方が多かった。 「てめー、人の奢りだと思ってばかばか高い酒ばっかり飲みやがって」 「アリオス監督ならこのくらいたいしたことないない」 情報を握っている者の強みか、ひらひらと手を振って気にするなとオーダーを追加する。 「……この俺に奢らせんだ。 それ相応の情報だろうな?」 「………」 いつまでも本題に入らず飲み続けるレオナードをアリオスの静かな怒りが威嚇した。 「はいはい。マジになんなって。 っとに珍しいな…」 そう言ってレオナードはようやくグラスを置いて話し始めた。 「アンジェリーク・コレット。スモルニィ学院の二年生。 あの天才子役… あ〜もうそろそろ女優っていうベキか? レイチェル・ハートの親友だそうだ」 そして今回のアンジェリーク出演の経緯を手短に話す。 「最初は乗り気でもなかったんだ。 レイチェルが説得して一度きりの条件で出演した」 「一度きりか……」 「そーゆーこと」 諦めるんだな、と肩を竦める。 「もともと芸能界には興味ないらしくてな……。 まー、ミーハーノリできゃあきゃあ騒がれるよかマシなんだが」 そして一度言葉を切って、一口ブランデーを流し込む。 「だが……正直もう一度撮りたいと思ったな…。 あのレイチェルが引きずられたって白状したんだ」 「へぇ……何も知らないクセに大したもんだ」 「しかも、見てたか? 一発撮りで終わらせたんだぜ?」 下手にリハーサルを繰り返すと余計緊張させるかもしれないと考慮して カメラテストみたいなものだ、と言って最初からカメラをまわしていた。 「彼女は演技なんてしてないっつってたが……」 「自覚がないだけだ。 アレはちゃんと役に入ってた」 そして親友を送り出すため綺麗に微笑んでみせた。 あの微笑みにぞくりとした。 特別美人というわけではないのに、惹きつける。 人の心にすんなり入り込める雰囲気。 カットの声が響いても周囲の者は彼女に見惚れていた。 美形や美人を見慣れているはずの彼らが。 「あの素質……興味を惹かれた」 そしてその直後、ドアを塞がれておろおろと見上げる少女は全然違う雰囲気で……。 すぐに膨れるサマも、打てば響く反応も面白いと少女自身も気に入った。 「だーかーらー、俺達が気に入ったところで彼女にその気はねーんだってば。 無理強いはよくねェぞ?」 「諦めるのか?」 「仕方ねェだろ。 無理矢理この業界に引きずりこめるかよ」 「生憎、俺は欲しいと思ったら手段は選ばない主義なんでな」 にやりと笑ってその気にさせるまでだ、と宣言する。 「アンジェちゃんもやっかいなやつに目ェつけられたな……」 だが、気の毒に思いながらも彼女の芸能界入りを望む自分もいて……。 だからレオナードも口の端を上げて提案した。 「彼女のクラスの時間割、いらねェ?」 〜 to be continued 〜 |