Shining Star
                          
- 輝ける星 -



『俺以外の男とラブシーンなんかやらせねぇからな』
独占欲の強い恋人の冗談なのだと思っていた。

控え室でセイランはしみじみと呟いた。
「呆れるを通り越して感心するね」
「まったくだ」
「そんな感心のされ方嬉しくないです……」
周囲から見れば今更……なのだが、想いを伝え合って、恋人同士となった二人を前に
セイランとオスカーは苦笑していた。
アリオス以外の男と共演している時は、たとえ恋人役を演じていても
キスシーン等は一切入らない。
セイランもアンジェリークと付き合う役を演じているが、随分と微笑ましいものである。
「そういう独占の仕方はどうかと思うんだが……」
「どうせラブシーン入れたところで
 こいつは俺以外を相手に演じられねぇよ」
「……っ…」
開き直るアリオスに顔を真っ赤にしてアンジェリークは反論しようとした。
しかし、事実なので何も言えずに口をぱくぱくさせるだけである。
「ヤダヤダのろけちゃってー☆」
レイチェルまでも口を尖らせながら飲み物に手を付けた。
「これだからやせガマンしてた人はタチ悪いよねー。
 お互いなんとも想ってないフリしてたんだって?」
「お前な……」
親友を取られた恨みか、棘のある言葉を吐く少女をアリオスは呆れたように見る。
「道理で俺やチャーリーが違和感覚えたわけだぜ」
「なにか気付いていたんですか?」
アンジェリークがまだ頬を染めたままオスカーに訊ねた。
「長年の付き合いだからな……。
 元々こいつはポーカーフェイスだが、時々素なんだか演技なんだか微妙だったんだよ」
素の彼も役者の彼も近くで見てきた彼らだからこそ、その違和感に気付いた。
違和感だけしか気付かせなかったアリオスもさすがと言うべきだが。
「まぁ、ともかくこれからは温かく見守ってやるさ」
「記者会見とかはするの?」
「まだ考えてねぇな」
「フーン……じゃあ、今度二人のデートの現場押さえて
 どっかの週刊誌に教えちゃおっかな〜☆」
「レイチェル〜」
「やってみろよ。その記事この俺が差し替えてやるぜ。
 お前とお堅いニュースキャスターのデートの記事にな」
「ナっ、なんでアナタがそんなこと……」
「え……?
 レイチェル?」
不敵な笑みを浮かべるアリオスをレイチェルが悔しげに睨む。
「まだアンジェにさえ言ってないのに……」
「俺に勝とうなんて思わないことだな」
「え〜、レイチェルいつのまにエルンストさんとデートしたの?」
「あ、こらアンジェ!
 どうしてアナタそこで名前バラすのよ〜」
「あ……」
慌てて口を塞ぐが今更である。
アリオスがあえて名前を伏せてくれたのに、これでオスカーやセイランにもばれてしまった。
意地の悪い男よりも天然の親友の方がタチが悪いと実感しつつ、
レイチェルは追求を避けるため、立ち上がった。
「先に会場行ってるけど、いちゃついて遅刻しちゃダメだからねっ」
苦笑しながらオスカーとセイランも自分の控え室に戻っていった。



皆がいなくなると急に部屋が静かになった。
なんだかその静けさが落ち着かなくて、アンジェリークは立ち上がった。
「ど、どうする? アリオス?
 私達も会場に……」
「まだ時間はあるだろ。
 ゆっくりしとけ」
「あ、はい……」
所在なさげにちょこんと椅子に座りなおす少女にアリオスは笑った。
「くっ……なに緊張してんだよ?」
「緊張なんか……っ」
掠めるように唇を奪われてアンジェリークも静かになった。
「今の方がよっぽど分かりやすいな……」
可笑しそうにアリオスが笑った。
「え?」
「前は二人きりでも平然としてただろ」
「だって……最初は本当に意識してなかったし、
 アリオスが好きだって気付いた時には、もうそこそこの演技力は身に付いてたもの」
アリオスに気付かれないようにそれは必死で平静を装っていた。
「なんでそこで必要のない演技をしたんだかな……」
「それはアリオスだって……」
呆れたように溜め息をつかれて、ぷいっと横を向いて口を尖らせた。
「先生の教育がよろしいからですよ〜だ」
「ほぉ……随分生意気な口きくようになったじゃねぇか」
「だって……アリオスが真面目に演技指導してくれてるのに
 好きになっちゃったなんて言ったら、呆れられるかもしれないって思ったんだもの」
彼に嫌われるのがなにより怖かった。
「こっちだってなぁ……いろんな男共を遠ざけたり、散々気をつけろとか言っておいて
 俺が手を出すわけにはいかなかったんだよ」
信頼し、安心しきっている少女に怯えられるのは絶対に避けたかった。
微妙な関係を変えるきっかけが見つけられなくて、お互いに気持ちを隠して接していた。
きっと隠し切れなかった想いが周囲に違和感を覚えさせたのだ。
ぶつかった視線がふっと緩んで互いに笑みが零れた。
「それでも……今幸せだからいいかな…」
アンジェリークは差し出された腕に抱き止められて、甘えるようにアリオスの首に腕をまわした。
「まぁな」



ドラマも順調、次の映画の出演も決まった。
その映画の出演者発表の場が設けられ、これから皆で記者会見に顔を出すのである。
これはアリオスの久しぶりの映画復帰と言うことで注目度も高かった。
一通りの紹介が終わった後、記者達からの質問が投げられる。
役者達と親しい特権か…最前列にいたサラがレイチェルに声をかけた。
「この映画では親友のアンジェちゃんと敵同士なのよね。
 そのへんについて一言」
「親友だからって容赦はしないヨ。
 このワタシとオスカーさん、セイランさんが刑事役なんだもの。
 すぐに捕まえてみせるよ☆」
「と言ってますが?」
「この俺がそう簡単に捕まるわけねぇだろ?」
早くも火花を散らす二人の間で笑っているアンジェリークにも質問が投げられた。
「アンジェちゃんは今までの役とがらっと変わるけど……どんな心境?」
「悪役って初めてなので楽しみですよ。
 これからもどんどんいろんな役にチャレンジしたいですね」
天使の笑顔を見せているものの……今度のアンジェリークの役は
アリオス演じるマフィアのトップのパートナーである。
ただの恋人ではなく、パートナーというだけあって彼女にも活躍の場はあるとか。
おっとりした可愛い少女の意外な役どころに周囲は驚きもし、本当にできるのか、と
心配したりもしていたが…。
「大丈夫ですよ。
 アリオス監督がいますから」
普段の彼をお手本にするので大丈夫、といつもの笑顔で言われて
その場の一同が納得しかけて……素直に納得してはいけないのだと慌てて態度を改めた。
笑いを堪えた咳払いがあちらこちらで聞こえる。
「アンジェリーク……お前、俺をなんだと…」
「え?」
自分の失言に気付いていないアンジェリークはきょとんと彼を見上げる。
「雰囲気とか脅し方とか立派に悪役だよネ〜」
うんうんとレイチェルも頷く。
「アンジェリーク……あとでたっぷり教育し直してやるからな」
「え、な、なんで?」
こっそりと囁かれた脅し文句に、やっぱり普段から悪役じゃないか、と
レイチェルが肩を竦めた。





   ☆  ☆  ☆





撮影の合間にもらえた休暇。
アンジェリークはアリオスのマンションでのんびりとくつろいでいた。
「ふふ、まさかまたここに来られるなんてあの時は思わなかったなぁ〜」
「?」
隣で視線を投げるアリオスにアンジェリークは微笑んだ。
「成り行きでこのベッドで目を覚ました日。
 あの日かな……アリオスが好きってはっきり自覚したの」
「へぇ……」
「アリオスは?」
横になっているアリオスの顔を覗き込んできらきら輝く瞳で訊ねた。
「私のこと、いつから好きだったの?」
「さぁな」
「ケチ〜。教えてくれてもいいじゃない」
「どれだけ愛してるか、ならいくらでも教えてやるぜ?」
くるりと視界が反転して、あっという間に彼に組み敷かれる。
「もぉ……昨日いっぱいしたのに…」
ダメだよ、という言葉は彼の唇に遮られてしまった。



「あれ、出掛けるの?」
結局お昼ごろにベッドから出て……シャワーを浴びてきたら、
先に済ませていたアリオスは出かける身支度をしていた。
「ああ」
「お仕事?」
せっかくのお休みだったのになぁ…とがっかりするさまが可愛らしくてアリオスは笑った。
「仕事じゃねぇよ。
 お前も支度しろ」
「どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみってやつだ」
アリオスは口の端を上げただけでそれ以上は答えてくれなかった。
しばらく車を走らせて、アンジェリークは見覚えのある景色に目を輝かせた。
「初めてロケ旅行した海だね」
「ああ、ここでお前にずぶ濡れにさせられたんだよな」
「アリオスが私を海に投げたのが先でしょ〜」
日が暮れる前にホテルに到着して、慌てて用意してきた荷物を部屋に置く。
「こんなに広かったんだね。
 あの時はいろんな機材があちこちにあったから、あんまり広いと思わなかったなぁ」
そしてあの時と違うのは、この部屋にアンジェリークも一緒に泊まるという点である。
「でも、どうして突然ここに……?」
「なんとなく、な。
 ここだと思った」
「?
 む〜…まだなにか隠してる」
彼の表情は絶対何か隠していそうなのに……
きっと彼が言う気になるまで教えてもらえないのだ。
「いつ教えてくれるのよぉ……」
アンジェリークは拗ねたようにテラスに出た。
眼下に広がる海を眺める。
今はちょうど夕焼け色に染まっていて美しい。
「一年経つかどうか、なのに……懐かしいね。
 そう思うのは私だけかな…」
ただ一生懸命この海でアリオスに教わりながら演技をした。
「そんなことない」
アリオスはアンジェリークを後ろから抱きしめて笑った。
「アリオス……」
何かを伝えたいのにうまく言葉に出来なくて……
アンジェリークはアリオスの腕の中でくるりと向きを変えると抱きついた。
背伸びをして彼の頬に口接ける。
「アンジェ?」
「えへへ……したくなったの。
 アリオス、大好きよ」
はにかんで笑う少女がたまらなく愛しかった。
ふっと笑うとその耳元に囁く。
「どうせならこっちがいい」
そう言うとアリオスは深く唇を重ねた。



海の見えるこの部屋でディナーも済ませた。
なのに彼は一向にここに来た理由を教えてくれない。
拗ね気味のアンジェリークがお風呂に向かってしまった後、アリオスは苦笑しながらある物を取り出した。
バスルームから戻ってきたアンジェリークはテーブルに並べてある
ワインクーラーとグラス、冷やされているボトルを見て瞳を丸くした。
「あ〜、ドンペリじゃない。
 どうしたの?」
お酒に疎いアンジェリークでも知っている、高価なお酒。
アリオスくらいならば、飲むのもそんなに珍しくないけれども……。
「何かのお祝い?」
ぴんときてアンジェリークはアリオスの瞳を覗き込んだ。
「今日、アルカディア賞の受賞者が内々で発表された」
「アルカディア賞……もしかして…」
「ああ、監督賞をもらった」
「おめでとう〜、アリオス!」
無邪気に抱きついてアンジェリークは自分の事のように喜ぶ。
そんな少女を抱きとめて、アリオスは口の端を上げた。
「お前が出た映画だ」
「嬉しい……私、ちょっとでも役に立てたかな」
この映画に出演した動機はアリオスの役に立ちたい、というものだったから
そうであればとても嬉しい。
「ああ。ちょっとどころじゃないけどな」
「良かった〜」
「お前はやっぱり俺の女神だよ……」
触れるだけのキスをしてアリオスはアンジェリークを見つめた。
「これは俺からのご褒美」
「?」
いたずらげに輝く金と翡翠の瞳をアンジェリークはきょとんと見つめる。
その後に、頑張ったご褒美かな、と自分で納得して頬を染めて微笑んだ。
「ふふ、ありがとう〜」
アリオスはグラスに少しだけ酒を注いで、アンジェリークにも渡した。
「お祝いだもんね。
 ちょっとだけ私ももらっちゃおう」
にこにこしていたアンジェリークだが、ふと大事なことに気付いたようにアリオスを見上げた。
「あっ」
「なんだ?」
「ということは……映画の撮影中、アリオスは授賞式に行っちゃうの?」
授賞式は海外で行われる。
撮影中断しちゃうのかな、とか。
何日くらい会えないんだろう…と心配する少女をアリオスは抱きしめた。
「ああ。行ってくる。
 そして、お前も一緒に行くんだ」
「私も?
 連れてってくれるの?」
にやりと笑ってアリオスは頷いた。
「お前も正式に招待されるぜ。
 助演女優賞の受賞者なんだからな」
「………私が?」
ぱちぱちと瞳を瞬かせるだけの少女にアリオスは訊ねた。
「嬉しくないのか?」
アリオスの受賞を知った時にはとても喜んでいたのに。
「嬉しい。嬉しいけど…なんか実感がなくって。
 ていうか私で良いのかな」
どうしよう?と戸惑い見上げる表情がアリオスには可愛くて仕方がない。
「くっ……」
「な、なんで笑うの?」
「いや、お前らしいと思っただけだ」
「だ、だって……初めて映画に出ていきなり受賞なんて…」
「そういうこともあるぜ。
 まぁ、珍しいけどな」
「ふぅん……」
なんとか納得しようとしている少女を見つめてアリオスは笑った。
「これでお前も世界的スターの仲間入りだな」
「……なんか、くすぐったいね…」
あの役はそんなつもりで演じたわけではないのだ。
有名になりたくて出演したわけではないのに。
それでも認められるのはやっぱり嬉しいかな、と思う。
「せっかくだから世界中のやつらに教えてやろうぜ。
 お前が俺のものだってことをな」
「え?」
アリオスは小さな箱を取り出した。
開かれた箱の中からのぞくのは輝く貴石があしらわれた指輪。
その意味はさすがにアンジェリークでも分かる。
「いつから好きだったかなんて分からねぇよ。
 気付いた時には愛してた」
初めてアンジェリークの笑顔を見た時かもしれない。
出演交渉をするため、話をした時かもしれない。
海ではしゃぐ無邪気な姿を目にした時かもしれない。
自分の下でひたむきに演技の勉強をしていた時かもしれない。
いつだったかなんて分からない。
「アリオス……」
アンジェリークは呆然とアリオスを見つめる。
真摯な金と翡翠の瞳。
「嬉しい…」
泣き笑いの顔で小さな箱を持つアリオスの手に触れる。
「大好き……愛してる」
「アンジェリーク……必ず幸せにしてやる」
「私も……幸せにしてあげるね」
互いにくすりと笑って誓うように唇を重ねた。



「週刊誌にスッパ抜かれるのも、マスコミに普通に知らせんのも癪だったんだよな。
 どうせ色々騒がれるんだ。せめてこっちから驚かせてやりたいと思ってた」
アリオスは苦笑しながらアンジェリークの薬指に指輪をはめた。
「夫婦で授賞式行こうぜ」
うん、と頷いてアンジェリークも笑った。
「ふふ、アリオスらしいね。
 でも…私、もうちょっとちゃんとした格好でプロポーズ受けたかったなぁ」
バスローズ姿の自分を見下ろして呟くと、アリオスは肩を竦めてみせた。
「俺の予定じゃ何も着てないはずだったんだがな」
「……アリオスのえっち…」





約一ヶ月後…。
アルカディア賞授賞式に参加したアンジェリークの左手薬指に
指輪が輝いているのを発見し、授賞式の取材に来たはずのマスコミ各社は大慌てだったとか。
アンジェリークの旦那様をよく知る面々は
「授賞式を婚約発表の場にするなんて彼くらいだ」と呆れと感心の溜め息をついていたとか。
そして授賞式後、帰国した二人は皆に祝福されながら
甘い生活と充実した仕事をこなしていくのだった。





                                            〜 fin 〜






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