Sweets (後編)
「よぉ、お嬢ちゃん」 「こんにちは、オスカーさん」 アンジェリークはぺこりとお辞儀をして、あたりをきょろきょろと見回す。 ちなみにエルンストはアンジェリークを連れてきた後、用事があるのか すぐにいなくなってしまった。 「アリオスなら今メイク落としてるとこだ」 「撮影…早く終わったんですね」 「ああ。お嬢ちゃんのために、な。俺の愛の力の成せるわざだな」 「もう、オスカーさんたら…」 アリオスが近くにいたなら鉄拳を食らいそうなことをウィンク付きで言う オスカーの側でアンジェリークはにっこりと笑っている。 「びっくりしちゃいましたよ。突然エルンストさんが迎えに来るから…。 しかもこんなところだし。スタジオじゃなかったんですね」 「まぁな。ああ、お嬢ちゃんにプレゼントだ」 オスカーは手元にあったものを少女に見せた。 それは試し撮りのポラ写真である。 「ぅわ〜…」 手渡された写真を見つめてアンジェリークは頬を染める。 そのまま言葉が続かない。 そんな少女を微笑ましく思いながらオスカーは尋ねた。 しっかりその肩に腕をまわすあたりが彼である。 「どうかな? 恋人から見た今回の感想は?」 「……なんて言ったらいいのか分からないくらい…素敵、です」 何枚もの写真を見ていたアンジェリークの動きがある写真で止まる。 「オスカーさん…」 「ん?」 「どうしてアリオスって…こういうのが似合うんでしょう?」 「…天性のものじゃないのか?」 半ば呆れ気味に2人でその写真を見つめる。 「できればこれは使ってほしくないような…」 可愛らしいお願いにオスカーは微笑んだ。 「まぁ、写真の出来やアリオスの意向もあるだろうが…。 善処しておくよ。お嬢ちゃんの頼みだしな」 「ありがとうございますv」 「おい」 アンジェリークは頭の上に手の平を置かれ、待ち人が来たことを知った。 「目の前に本物がいるのに写真に見入ってんじゃねぇよ」 そしてオスカーから引き離すように抱き寄せた。 「お前も仕事が終わったんならさっさと帰れよ。予定あるんだろ?」 「少しくらいはかまわないさ。 お嬢ちゃんには昨日のお礼をしていただけだ」 「昨日?」 聞き返すアリオスにアンジェリークは頷いた。 「だってアリオス、『今日』は誰にも渡すなって言ったじゃない」 「………」 だから前日のうちに義理チョコは全部配ったのだ。 「そういうことだ。今年もお前が1番最後だな」 オスカーの勝ち誇ったような笑みでの一言にアリオスはふっと微笑み返す。 その直後に…。 「さっさと帰りやがれ! 他のスタッフはとっくに撤収してるだろうが」 蹴り出しかねない勢いでオスカーを帰らせたとか…。 分かっていて地雷を踏んだオスカーは苦笑しながら部屋を出ていった。 「じゃあな、お嬢ちゃん」 「アリオスってば…」 アンジェリークは2人のやりとりを眺めながらくすくすと笑っていた。 「で、お前は何に見惚れてたんだよ?」 アンジェリークの手元を覗きこんでアリオスは尋ねた。 それは今日撮ったばかりの写真。 この部屋…ホテルのスイートルームでの写真だった。 広い室内の大きな窓の側に立つ姿や、幅にゆとりのある廊下を歩く姿。 ソファで足を組んで座っている姿や、テーブルに浅く腰掛けている姿 etc. 「ポスターみたい」 真っ直ぐな感想にアリオスはアンジェリークの髪をかきまぜた。 「くっ、これからそうなるんだよ」 「あ、そうか…」 そしてアンジェリークはオスカーと眺めていた写真を手にした。 広い洗面所によく磨かれた鏡。そこに映る彼。 いつも通りに文句なくかっこいい。ただ…。 「どうしてバスローブなのよぉ…」 他は普通の服なのに…、とアンジェリークは頬を染める。 無造作に羽織ったバスローブ姿はもしかしなくとも そこらへんの女性よりも艶っぽい。 「何がいけないんだよ?」 「それは…」 どうして彼はこんなに色気があるのだろう、と思う。 恋人である自分の立場がないではないか。 しかしそんなことを正直に言えるわけがない。 「これは心臓に良くないっ。私にも他の人にも」 「少なくともお前はナマで見慣れてるだろ? こういうのも、それ以上も…」 「っ」 意味ありげに微笑まれてアンジェリークは瞬時に真っ赤になる。 「それでも…すごくドキドキしたのっ。 だから、きっと…アリオスのファンだって…。それに…」 それにこういう姿はあまり他の人に見せてほしくない…。 自分にも独占欲があったんだな、と気付いてアンジェリークは口篭った。 「なんでもない…」 「くっ、まぁどれを使うかはまだわかんねぇよ。 それより渡すもんがあるんじゃないのか?」 アリオスに言われてアンジェリークは今日の目的を思い出す。 「あ、うん。でも私達も早くここ出た方がいいんじゃないの?」 他の人は全員帰ってしまっている。 「場所移してからでもいいかなって思ったんだけど…」 「移動する必要はない」 アリオスはアンジェリークを部屋の奥の応接セットに案内しながら言った。 「どうせこの部屋は撮影で押さえてあるんだ。 早く終わらせて自由に使っても文句は出ないぜ。 …朝までな」 「え…」 モデルの時には決して見せない危険な笑みにアンジェリークは捕らわれる。 「とりあえず、ルームサービスでも頼むか?」 時計を見ながらごく自然にアリオスが言うから思わず頷いてしまった。 オリヴィエとエルンストに出した『多少の条件』とはこれだった。 ひとつはカメラマンはオスカーが務めること。 もうひとつは撮影を終わらせたらそのままこの部屋を使うこと。 「どうせ撮影が長引いた時のために余裕持って部屋とってんだろ?」 余った時間を有効に使わせてもらう、とアリオスは言い切った。 この時点で彼の中では撮影がスムーズに終わることは決定済みだった…。 贅沢な夕食をとった後、アンジェリークは改めて室内を見渡した。 「それにしてもスイートっていつ見てもすごいねぇ」 アリオスと付き合うようになってからこの手の部屋に泊まることは たびたびあるが、いつもどこか気後れしてしまう。 「アリオスには似合うけど、私なんかには釣り合わないよ…」 「そんなことねぇよ。 第一、俺はお前としか泊まる気ないしな」 「アリオス…」 そっと抱き締められてアンジェリークは嬉しそうにはにかんだ。 なんとなくいい雰囲気になって、アリオスが次の行動に移ろうとした瞬間 アンジェリークははっと彼の腕から出ていった。 「そうだ、今日はチョコ渡そうとしてたんだよね。 ちょっと待ってね」 「……ああ」 逃げられたわけじゃねぇよな、とアリオスは内心自問してしまった。 そういう芸当をできる少女ではない。 ただ…無邪気なのはある意味罪だとおあずけをくらったアリオスは再確認した。 「はい、バレンタインのチョコレート。 ちゃんとアリオス用にお酒使ってあるんだよ」 そんなに甘くないから、と安心させるように微笑む。 「サンキュ。開けるぜ?」 「うん」 少女らしいファンシーなラッピングを外して箱を開ける。 そこには小さなチョコレートが並んでいた。 そのひとつを摘んで口に入れるとアンジェリークは不安そうに彼の表情を覗きこんだ。 「おいしい?」 「? 珍しいな? 味見しなかったのかよ?」 いつも少女は自分で味見をして納得したものを人前に出している。 「だってチョコはともかく…お酒のおいしいまずいは分からなかったんだもん…」 それは自分がまだまだ子供なのを認めてしまうようで アンジェリークは拗ねたように呟いた。 そんな仕種がたまらなく可愛くて…アリオスはふっと笑った。 それはなにか企んでいるよくない笑み。 あいにく、視線を逸らしていたアンジェリークは気付かなかったが。 「ちゃんと美味いぜ? お前も食ってみろよ」 「え、いいよ。使ったお酒けっこうキツいし……っ」 抱き寄せられ問答無用で食べさせられる。 重なった唇の間にあったものがチョコだということに一瞬遅れて気が付いた。 いまさら出すわけにもいかず、アンジェリークはアリオスを睨んで無言の抗議をする。 「…本当に美味しかった?」 食べ終わっても首を傾げてそう呟く。 お酒の味は本当にわからない…。 「ああ。ちょうどいいぜ。チョコも酒もな」 口移しする時に桜色の唇の端についたチョコを舐め取り、その延長でキスを仕掛ける。 「んっ…アリ…」 瞬間技でソファに押し倒され、アンジェリークは戸惑いの声をあげる。 眩暈の原因がわからない。 情熱的なキスに酔わされてるのか、先程の酒に酔ったのか…。 それでもたったひとつ、明確に分かっていることがあった。 「待っ…待って…アリオス」 「なんだよ?」 「今度ね、スイートに泊まったら…お願いがあったの」 彼女の言葉にアリオスは一応止まってやった。 いつでも再開できるよう、体勢を変えないあたりが彼であるが。 「いっつもいっつも寝室しか使わないのってもったいないよっ」 「………」 アリオスはしばし過去を振り返ってみた。 そう言われてみればベッドしか利用した記憶がない。 「こんなにたくさん部屋があるのに…。 だから今度はね、ちゃんと利用しようよ、って」 「なるほど?」 「ソファでのんびりお話したいし、バーカウンターもあるんだからそこ使って アリオスお酒飲んでもいいし…」 「お前飲めないだろうが」 「私はジュースで。とりあえずカウンターでアリオスの隣に座ってたいの」 バーなんてカティスの店以外には行ったことがない。 ちょっとはそういう雰囲気を楽しんでみたかった。 「お風呂だってすごく立派なんだよ? ゆっくり楽しんでみたいよ」 思えばいつも翌朝、ぼ〜っとした頭で機械的に使うだけだった。 せっかくの豪華なバスルームを楽しむ余裕はなかった。 なんとなくいままでの前科を責められているような気分のアリオスだった。 「……分かった」 「ホント?」 アンジェリークは嬉しそうに微笑む。 したくないわけではないのだが、せっかくこういう場所に来てるのだから その前にそれなりの雰囲気を楽しみたい。 しかしあっさり了解してくれたはずのアリオスはなかなか アンジェリークの上から退いてくれない。 「アリオス?」 怪訝そうな表情をするアンジェリークの頬に触れながらアリオスは微笑んだ。 「まずはソファで…だったか?」 「え…?」 当たり前のようにコトを進めるアリオスにアンジェリークはきょとんとする。 そして慌てて脱がされかけた服を抱きしめる。 「アリオスっ、私、ソファではお話したいって…」 「分かってるぜ? だから話せよ?」 聞いてやる、と言いながら彼の指先は自由にアンジェリークの肌を探っている。 「で、次がカウンターで…? その次が風呂だったか? どうせなら泡風呂で遊ぶか?」 彼の言う『遊ぶ』が無邪気な泡遊びであることは絶対にあり得ない。 アンジェリークはおそるおそるアリオスを見上げた。 「あの…アリオス…?」 「いいこと言うじゃねぇか。なぁ、アンジェ? せっかくこれだけ部屋があるんだから使わない手はないよな」 「ち、違う〜! 私そういう意味で言ったんじゃない〜!」 翌日…目を覚ました2人は下の階の綺麗にライトアップされているレストランで 『ディナー』を食べていた。 「他のヤツには前日に渡しといて正解だったな」 次の日に渡そうとしていたら、その計画は不可能になっていた。 何せ起きたのが夕方なのである。 いつのまにかアリオスが延泊の手続きをすませていた。 アンジェリークは悪びれもせず目の前で微笑む青年を愛らしい瞳で睨む。 「誰のせいよ…」 結局、朝まで寝かせてくれなかったのは彼である。 「どれだけ抱いても飽きさせねぇお前のせいだろ?」 「……アリオスの、バカ…」 『お願い』を叶えられたようで叶えられていないアンジェリークは 頬を膨らませて呟いた。 「今度こそ、お願いきいてよね」 アンジェリークの希望通りの夜になるのかどうかが分かるのは もう少し後のことである。 〜fin〜 |
遅刻のお詫びは大量加筆で…(苦笑) お許しくださいませ。 ちなみに舞台は品○プ○ンスホテルです。 とあるイベントのオフ会で「ここを舞台にモデルアリオスで バレンタイン創作書いてくださいv」 とめちゃくちゃ具体的なリクエストを頂きました(笑) しかも「アリオスらしくスイートルームでv」と。 なのでタイトルもそのまんま(笑) 甘いモノ(チョコ)と甘い2人とスイートルームをかけてみました。 あと、「喜び」とか「楽しみ」という意味も あるんですよね、確か。 しかしアンジェのバースデー創作の時と同様に アンジェちゃん相当大変だったご様子…(苦笑) |