Sweets (前編)
「今年も14日に仕事が入ってるだと?」 いつものごとく社長室をミーティングルームにしているアリオスが 眉を顰め、低い声で不満そうに言った。 「確か去年もロケで海外に行って…なんとか14日に帰ってきたと思ったが?」 またかよ、と相手を凍りつかせそうな冷たい笑みを浮かべる。 だが生憎アリオスの前にいるのは、それが通用する相手ではない。 「仕方がないじゃん。急ぎの仕事が入っちゃったんだから。 しかもお得意様だし」 「今年もできるだけ早く終わらせて、彼女のところへ行ってあげてください」 オリヴィエ社長も敏腕マネージャーエルンストも慣れたもので 彼の不機嫌をさらりと受け流す。 「………」 アリオスは眉を顰めたまま煙草を取り出すと火をつけた。 「…知るかよ。1日くらいずらせ」 できない事ではないはずだ。周囲にそれなりの迷惑がかかるが…。 しかし、それはアリオスの知ったことではない。 むしろこのまま素直に仕事を受けたら被害者は自分になってしまう、と 相変わらずマイペースな思考回路を彼は持っていた…。 「まぁ…やってできないことはない、とは思いますが…。 本当に各方面に迷惑をかけることを良しとするならば…」 マネージャーの言い方にアリオスは不敵に笑う。 「わざとらしく言っても、俺はそれを気にして胸を痛める性格じゃねぇ。 それはお前の役目だろ?」 憎らしいくらいの余裕にエルンストとオリヴィエは顔を見合わせる。 しかし、今回はまだ2人の表情にも余裕があった。 「んー…でも大人しく仕事受けた方がいいと思うよ」 オリヴィエは意味深に微笑みながらハーブティーのカップに口をつけた。 「なんでだよ?」 「だってさっき私達、下のラウンジでアンジェちゃんに偶然会ってさ… もう謝っちゃったもん☆ 14日、アリオスに仕事が入った、て」 「は?」 紫煙を吐き出しかけたまま、アリオスの動きが止まる。 次の瞬間に腕時計を確かめた。 約束の時間にはまだ30分程ある。 アリオスの心の疑問に答えるようにオリヴィエは続けた。 「HR。今日は早く終わったんだって」 だから多少早く待ち合わせ場所についてもそこで待っていればいいか、と 思ったらしい。約束の時間までどこかで時間を潰さず、まっすぐに アリオスのところに来るあたりがアンジェリークらしくて… またそんなところが可愛いと思うのだが…今回はそれが仇となった。 「………」 ちっと舌打ちをしてアリオスは黙り込んだ。 数秒考えた後に渋々と頷く。 「分かったよ。やればいいんだろ、やれば」 「そうそう。いい大人がわがまま言わないの。 普通そのくらいにもなれば仕事優先で動くもんじゃない?」 半分呆れたようにオリヴィエが笑った。 「はっ、勘違いすんな。あいつより優先するものなんてねぇよ」 アリオスは灰皿に煙草の火を押しつけながら臆面もなく言ってのけた。 「あいつが14日に仕事が入ってるのを知っちまった以上、無理矢理 仕事ずらしたりしたらかえって気にするだろうが」 あくまでも少女を基準としたその思考。 ここまでくればいっそ心地良い。 少女と出会ってから傲岸不遜なだけの彼ではなくなったことに 付き合いの長い2人は呆れと共にどこか優しい笑みを浮かべた。 しかし… 「この俺が折れてやったんだ。多少の条件は飲めよ?」 満足そうな目の前の人物達を眺めながらアリオスは口の端を上げた。 「カメラはオスカーだ。あいつは確かオフだったはずだ。 俺が働くってのにあいつが遊んでるのは気に入らねぇ」 「……あんたってば…」 「……そう…伝えておきましょう…」 半ば呆気にとられていた2人はやっぱり彼はどこまでいっても彼である、 彼の優しさは少女限定で向けられるものなのだと実感したとか…。 「あ、アリオス…」 アリオスは話をさっさと切り上げて、下のラウンジへやってきた。 「早かったね。約束の時間より20分も…」 暇つぶし用の文庫本から視線を上げたアンジェリークは 言いかけた途中で遮られた。 「アリオス〜…」 突然抱き締められたアンジェリークは真っ赤になって硬直する。 周りの目を気にしない彼の行動にはいつまでたっても慣れることができない。 「なに…急に…」 「悪かったな…」 「え?」 アンジェリークは何を言われているのか分からずにきょとんと 真剣な翡翠と金の瞳を見つめ返す。 「アリオス、遅刻してないよ?」 「…違ぇ」 鈍い少女にアリオスは脱力した。 そう、別に彼女が鈍いのは今日にはじまったことではない。 しかしやはりアリオスもこればっかりはいつまでたっても予測できない。 きっと2人に倦怠期などというものが欠片も存在しないのは いつまでたっても色々な意味で新鮮さがなくならないからだろう。 「も〜…そろそろ離してよぉ」 鈍い少女へのお仕置き代わりに、しばらく抱擁から開放してやらないことに したアリオスはそのままの格好で続けた。 「14日のことだ」 「あ……」 アンジェリークはやっと思い当たった、という表情を見せる。 「ん〜…でもしょうがないよ。お仕事じゃ…。 わがまま言っちゃダメだよ? アリオス」 自分事を決して優先することのない少女。 愛しい反面、ほんの少しだけ困りものでもある。 この少女のおかげでアリオスの仕事上のわがままはわりと減った。 オリヴィエやエルンストをはじめとするスタッフ達としては アンジェリークに感謝、状態である。 アリオスにしてみれば少女を脅し文句に仕事を引き受けるハメになった ことが両手で数えきれないほどある。 そしてその記録はさらに更新されていきそうであまり嬉しくないのだが…。 「どうしてお前はそうお人好しなんだよ?」 せっかくのデートを潰されたというのにどうして笑ってすませられる? 「お人好し…って…」 間近にある切れるような鋭い視線にアンジェリークは不思議そうに首を傾げる。 「でも…アリオス…。 普通、仕事が入ったら受けるものじゃないの?」 「………」 言われたことはとてもまともすぎて… 不覚にも普通じゃない社会人であるアリオスには返す言葉がなかった。 「…ああ、分かったよ」 アリオスは小さく息をつきながら頷いた。 「お前は別にイベントごとには拘らないらしいからな」 少女自身はイベント好きなくせに、自分のことは後回しにする性格が 少しだけ苛立たしくて皮肉げな笑みを浮かべる。 もっとわがままを言ってくれてかまわないのに…。 「…いじわる」 アンジェリークは頬を膨らませてアリオスを上目遣いに睨む。 「私はアリオスの仕事の邪魔をしたくないだけだもん」 普通の女子高生が超人気モデルのアリオスと付き合うこと。 優しく見守ってくれる人々も多いが、あまりいい顔をしない人々も当然いる。 そんな人達にただのお荷物だと思われたくはなかった。 意外に負けず嫌いな一面にアリオスは苦笑した。 「お前が邪魔になるわけねぇだろ?」 事実、彼のこなす仕事は増えたのである。 「本当はね…私もすごく楽しみにしてたけどね…」 せっかくの14日のオフ。 普通の恋人達のように世間のお祭り騒ぎに浮かれてみたかったけれど…。 仕方がない。オリヴィエ達から聞いた話だと14日中に会うのは難しそうだった。 「私達は別の日にしよう?」 ふわりと微笑む。そして仕返しとばかりに続けた。 「私もいっぱいチョコ渡さなきゃいけないし。 アリオスと会う約束してたから別の日に渡すつもりだったんだけど…。 アリオスとのデートがなくなれば、けっこう忙しいかもね」 義理チョコだと分かってはいるが、当日に自分を差し置いて彼女から プレゼントをもらうだろうメンツを予想しアリオスは眉を顰めた。 「…当日は俺以外のやつに渡すの禁止」 「どうしようかな〜」 だってせっかくのバレンタイン、暇になっちゃうのも寂しいじゃない?と 楽しそうに笑っている。 「あのな…」 しっかり反撃の姿勢をとるアンジェリークにアリオスは長い前髪を かきあげながら言いかけた。 「今日のごはん、奮発してくれたら考えてあげるよ?」 「………」 彼女らしい、気遣いのある交換条件にアリオスはふっと優しげに瞳を細めた。 要約すれば『14日のデート、ダメにした償いはこれでチャラにしてあげる』である。 「くっ、了解。フルコースだっていいぜ?」 「ホント?」 試しに超一流レストランの名をあげてみる。 「じゃ、行くか」 「え、え、うそ…冗談っ。 そんな高いトコじゃなくていいっ」 あっさりと頷いて外へ出ていこうとするアリオスにアンジェリークの方が焦った。 「遠慮すんな。14日のお前をリザーブしとくんだからこれでも安いくらいだぜ?」 「っ…」 そして見惚れるくらい魅惑的な笑みで少女の耳元に囁いた。 「だから今夜は奮発してやる」 夕食とは別の意味も含まれていることに、数秒遅れて気付いたアンジェリークは 泣きそうなくらい真っ赤になって彼を睨んだ。 「……バカ(///)」 バレンタインデー当日。 オスカーは溜め息混じりに呟いた。 「まったく…どうして俺まで付き合わされるんだか…」 「言っただろ。 俺があいつとのデートを蹴ってまで仕事してるんだぜ? お前が遊んでるのは気にいらねぇ」 「………」 真顔で答えるカリスマモデルさまの言葉にオスカーは再度溜め息をついた。 衣装を変える為、移動するアリオスの後ろ姿を見送る。 「あの性格がどうにかできれば文句なしのモデルなんだがな…」 彼らしいといえば彼らしいのだが…。 「あなたと組めば早く仕事が終わるからですよ」 エルンストは進行具合をチェックしながらオスカーに声をかけた。 「どういうことだ?」 「ですから…あなたとアリオスは息が合うんでしょうね。 もっともスムーズに撮影が進められる組み合わせなんですよ」 今日彼女に会いたければさっさと撮影を終わらせることだ、とエルンストは言った。 そしてアリオスはオスカーを指名した。 表面上はあんなことを言っているけれどオスカーの腕を認めてのご指名である。 「…素直じゃないな」 「まぁ…結局あれも本音でしょうけどね」 わざわざ誉めるようなことは口にしないのが彼らしい。 「お互い苦労するよな」 2人は顔を見合わせて肩を竦めた。 「これが最後の撮りだったよな?」 着替えとメイクをし直してきたアリオスは戻るなりオスカーに確認した。 「ああ、この俺に感謝するんだな。 日暮れまでには終わるんじゃないか?」 「お互いさまだろ。どうせお前だって夜まで延びると困るだろうが」 「まぁな」 意味深に微笑むオスカーにアリオスは言ってやった。 「だからお前を選んだんだ」 そして今度は横で苦笑しているエルンストに声をかける。 「エルンストは確か今、特に用事はなかったよな」 「はい」 あえて言うならこの現場を見守ること、だろうか。 「光栄に思えよ? あいつを迎えに行く役、譲ってやる」 「……はい?」 「本当は俺が迎えに行きたいところだけどな…」 不敵な笑みが告げる内容は 『この撮影が終わる頃にアンジェリークを連れてこい』。 「……アリオス…」 「あいつとの約束をぶち壊してくれたんだ。これくらいしてもらおうか」 エルンストはメガネを人差し指で押し上げると仕方ない、と頷いた。 「彼女のためなら仕方がないですね」 そしてオスカーと視線が合うと苦笑した。 「本当に…苦労しますよね」 「まったくだ」 〜to be continued〜 |
本当は去年2作も書いたし、今年はコピー本で書いたし… ということで書くのやめようかな〜、と 思ってましたがリクエスト頂いたので 遅刻しながらも書いてしまいました。 リク内容は…後編のコメントをご覧くださいませv それにしても…バレンタインデーじゃなくても すでにらぶらぶですな…。 そしてアリオスさん絶好調(笑) |