とっておきのTeaTime


もう通い慣れたお気に入りのカフェ。
家以外で自分がくつろげる数少ない場所。
顔馴染みとなった素敵な店員達。
だが今日は心臓が壊れそうなくらいに緊張していた。
アンジェリークは震えそうな手でティーカップを取り一口飲んだ。
いつもは落ち着ける紅茶の香りでさえも効き目がない。
(う〜…やっぱり止めようかな…)
弱気になる自分がいる。
でも、だけど、と思い直す自分もいる。
「今日はどうした?」
二つの気持ちの間で揺れるアンジェリークは心地良い声にどきっとして顔を上げた。
「え?」
「いつもはケーキも食ってるだろ。
 お前がダイエットってことはありえねぇから…金欠か?」
「なっ…違いますよーだ。
 アリオスさんったら大事な常連客に向かって失礼です」
あんまりな言い分にアンジェリークはひどくなる動悸を無視して、わざと頬を膨らませた。
目の前にいるのは特に親しくなったこのカフェの店員アリオス。
膨れたアンジェリークを見て可笑しそうに笑っている。
「………」
この笑顔に一目惚れした。
初めて彼を見た時はかっこいいな、くらいに思っただけだったのだが…。
一目惚れなんて信じない。
そう思ってた自分がまさかこんなに惹かれるとは思わなかった。
自覚してしまったらもう止められなかった。
この店にアリオス目当てに来る女性がたくさんいるのは知っている。
告白して振られた人も多いと聞く。
ただの女子高生である自分が相手にされないだろう、ということはもちろん頭にはある。
(それでも…)
こっそりアンジェリークだけにアリオスのシフトを教えてくれた。
アンジェリークが来店した時は必ず彼が接客してくれた。
時と場合によっては話し相手にもなってくれた。
万が一の望みでも賭けてみたい。
万に一つの望みがなくても気持ちだけは伝えたい。
「どうした?」
黙り込んでしまったアンジェリークに再びアリオスが訊ねた。
本当に今日の彼女は様子がおかしい。
赤く染まった頬に触れるとびくりと肩が震えた。
「風邪ってことはなさそうだな」
「うん…」
頷く一瞬の間に言おうか止めるべきか、何度も心が行ったり来たりしていた。
しかし、覚悟を決めてもう一度頷いた。
「アンジェリーク?」
「あの…休憩時間を五分…ううん、三分でいいから私にください」
必死な表情に彼は何も言わずに頷いてくれた。


休憩時間に入ったアリオスがアンジェリークに声をかけたのはそれからすぐだった。
「庭、行こうぜ。
 ちょうど誰もいないしな」
庭にもテーブルはあるが、もう寒くなる季節なので夕方以降に
ここでお茶を楽しむ人は滅多にいない。
アリオスの後について行きながらアンジェリークは心臓を押さえた。
今日はつくづく心臓に負担がかかる日だと…
寿命が数日縮んでもおかしくないと思ったくらいである。
(もう…気付いてるよね…あんな言い方しちゃったし…
 たくさんの人にこう言われてるんだろうしなぁ…)
だが奇をてらった告白なんて自分にはできない。
伝えるだけで精一杯である。
立ち止まったアリオスが振り返る。
いつもの笑みも皮肉げな笑みもない。
真剣な表情。
直感で悟った。ダメだと。
同時に思い知らされた。
本当に彼を好きなのだと。
だから、ここまで来て話題を逸らすのは嫌だった。
「…もう、感付かれちゃったかもしれないけれど…」
怯む心を抑えてなんとか笑ってみせた。
「アリオスさんが好きです」
「アンジェリーク…」
「あなたと…付き合える可能性は私にありますか?」
震える声でようやく言い終えた。
「アンジェリーク、悪いが…」
外れてくれた方が嬉しかったのだが、直感は当たっていた。
大丈夫。
心の中で自分に言い聞かせる。
覚悟の上だった。
むしろそうなることを前提として考えていた。
ほんの少しの希望に賭けただけだった。
(だから、大丈夫…)
気持ちを引きしめて、顔を上げる。
「聞いてくれてありがとう。
 そして、嫌な思いさせちゃってごめんなさい」
泣かない。
意地でもちゃんと笑ってみせる。
「嫌な思い?
 なんでお前が謝るんだ?」
「だって、告白した人は言ってすっきりするけど
 断った人は罪悪感覚えるでしょ?」
別に悪いことしたわけでもないのにね…とアンジェリークは微笑んだ。
「………」
「もう言わない。期待もしない。
 だから、今まで通りお客として来てもいいですか?」
アリオスの予想とは違い、さっぱりした表情でアンジェリークは首を傾げた。
「アリオスさんが顔合わせづらかったら、アリオスさんがいない日に来るけれど…。
 このお店は気に入ってるし、まだ制覇してないメニューも多いし
 私としてはできればまだ通いたいんですよねぇ」
どこかのん気ささえ感じる言葉にアリオスは笑った。
ようやく笑ってくれた。
アンジェリークはほっとしたように微笑んだ。
「お前がかまわないなら…今まで通り来いよ」
「うん、ありがとう」
既に会計を済ませ、荷物を持ってきていたアンジェリークはそのまま踵を返した。
「じゃあ、今日はもう帰ります。
 また来ますね」
通り過ぎようとしたアンジェリークの腕をアリオスが掴んだ。
「え?」
気付いた時は彼の腕の中だった。
「アリオスさん?」
突然抱きしめられてアンジェリークは目を丸くした。
力強くて、温かい。
ずっとここにいられる関係になりたかった。
「ごめん、な」
「………謝らないで?
 あなたを困らせたかったわけじゃない…」
にっこり笑って、大丈夫だと証明してみせた。



アンジェリークはアリオスに手を振って、カフェを出た。
そして、駅に向かって歩き出す。
しかし途中で方向を変えた。
「…やだ…こんなんじゃ、電車、乗れない…じゃない」
ぽろぽろ涙が溢れてきて止まらなかった。
これ以上人が多くなる駅前ですら歩きにくくなる。
家に着くまでは、自分の部屋にたどり着くまでは我慢するつもりだったのに…。
最後に抱きしめられたのがいけなかった。
諦めなければならない温もりを知ってしまった。
「好き…なのに、どうしたら諦められる…?」
平気なフリはしてみせる。
このまま行かなくなったら彼に罪悪感を覚えさせる。
それでも自分の本当の気持ちに区切りをつけることだけは難しそうだった。



                                〜 to be continued 〜



舞台はカフェ。
カフェの店員アリオスと女子高生アンジェです。
私のお気に入りカフェ2軒がモデル〜。

いつもとちょっと違う冒頭シーンを狙ってみました。



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