とっておきのTeaTime
始まりは季節をひとつ遡った友人エンジュの誕生日。 まだ制服が半袖だった頃である。 彼女の誕生日を祝おう、とレイチェルと話していた。 「いつも行ってるようなチープな喫茶店も悪くはないケド… せっかくのエンジュの誕生日なんだから、もうちょっと奮発しても良いよネ」 そして生徒会で忙しいレイチェルに代わってアンジェリークは店選びを請け負ったのである。 見つからなければ、後日レイチェルも一緒に付き合ってくれると言っていたが どうせなら忙しい彼女の手を煩わせたくない。 学校から近い繁華街。 アンジェリークはその雑踏を歩いていた。 普段は一人で寄り道などしないが、今日は目的があった。 それを探して知らない通りまで足を伸ばしている。 「お店選びは任せた、なんて言われても〜…」 困った表情できょろきょろと辺りを見回す姿はまるで迷子のようだった。 「お洒落なカフェはたくさんあるんだけどね…」 いくつもの店の前を通り過ぎたが、どこか決めかねていた。 素敵だし人気もありそうなのだが、ゆったりくつろげる空間じゃないなぁ、などと 考え出すとなかなか決まらない。 それに高校生のお財布でも通じるところ、という条件がついてくる。 探し歩いているうちに喧騒は遠くなり、どちらかと言えば静かな住宅街になりつつあった。 「あ…」 油断すると見過ごしてしまいそうな程のさりげない木製の看板。 それに目を留めてアンジェリークは横の道へと入る。 一見すると周囲に並ぶ普通のお屋敷と変わらないから少々躊躇ったが アンジェリークの胸ほどまでの高さの門は開いているし、そこに「OPEN」の ボードが下げられている。 小さな門をくぐると可愛らしい花が咲き乱れていた。 アンジェリークは道の両側に並ぶ花壇や鉢植え・プランターなどを見回して感心した。 「へぇ…どの季節でも花が咲くようになってるんだ」 親がガーデニングに凝ってるだけあって、アンジェリークも多少の知識があった。 春夏秋冬、いつここに来てもその眺めはすばらしいだろう、と解った。 数メートルの短い花の道を通るとそこには下へと続く階段がある。 高さ的には半地下くらい。 そこは丸く空間が開けていて小さいながら素敵な庭があった。 上に屋根がないから日の光に溢れている。 今は誰も座っていないが、ここにテーブルがあることからここでもお茶を楽しめるのだろう。 しかも半地下なので通りからは隔離されていて、不思議とここだけ別空間のように感じる。 見えるのは素敵な庭とそれに面した店のみ。 店の入り口には黒板にチョークでメニューのいくつかが書かれている。 お茶以外に食事も充実していそうだし、夜にはお酒も出すタイプの店のようである。 高いものもあるが、自分達に手の届くものもある。 夕飯とバースデーケーキとお茶と…。 ざっと計算して無理がないことを確認する。 「うん、いいかも…」 穴場発見、という嬉しさにアンジェリークはにっこり頷いた。 お茶の時間には遅く、夕食の時間には少々早い。 平日の、しかもそんな中途半端な時間のせいか店内の客は少なかった。 しっとりとした艶のある木材で統一された内装とゆったりとしたスペースに アンジェリークはここにしよう、と決めた。 そしてせっかく来たのだから予約だけではなく、お茶くらい飲んで行こうかという気分になる。 (うん、下見のついでに味見してもいいよね?) 言い訳のように自問自答してしまう。 「ようこそ、レディ…」 「え、あ…」 「お一人でしょうか? それとも待ち合わせ…でしょうか?」 珍しい声のかけられ方に一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。 夜空色の髪に同系色の瞳。 そこにはうっとりするような微笑の青年がいた。 「はい。一人です」 「では、小さなレディのために眺めの良いとっておきの場所にご案内しましょう」 「ありがとうございます」 アンジェリークはくすくす笑って、お礼を言った。 変わったお店には変わった接客でも違和感がないなぁ、と内心感心してしまう。 優しい笑顔の青年に案内された席に着き、アンジェリークは納得した。 一段高いところにあるここからは、ガラス壁越しに庭が見渡せる。 「今の夕暮れの景色も悪くないですが、ライトアップされた景色も素晴らしいですよ」 「そうみたいですね」 オススメの紅茶とチーズケーキをオーダーし、その味に満足する。 「美味しい〜v これならエンジュもレイチェルも気に入ってくれるわ」 テーブルにあるメニューを再び手に取り、ぱらぱらとめくる。 「オーダーの追加か?」 ケーキ皿を下げに来た店員に声をかけられアンジェリークは顔を上げた。 案内してくれた青年の丁寧過ぎる物腰とは対照的なそれ。 だが、不思議と反発感はなかった。 なんというか…接客としてはマイナスポイントになりそうなのに、彼の雰囲気からすると こっちの方が合うような気がしたのだ。 最初の青年も美形だったが、目の前の彼も整った造作である。 艶やかな銀色の髪に、綺麗な色違いの瞳。 長身にまとう白と黒のギャルソンスタイルも文句のつけようがない。 「今はオーダーしませんけど…今度のメニューをどうしようかな、って考えてて」 「へぇ、リピーター宣言とはありがたい」 本当にそう思ってるのかどうか、皮肉げな笑みからは本心は読めなかったが アンジェリークは素直に頷いた。 「あの、再来週の土曜日に予約したいんですけれど…大丈夫ですか?」 「再来週、土曜か…何人だ?」 「三人です」 「大丈夫だったとは思うが…ちょっと待ってろ」 彼はぞんざいな口調で言い置くと、カウンターにあるノートをめくってすぐに戻ってきた。 「ああ、大丈夫だぜ。三人だな」 「はい。友達の一人がその日、誕生日なんです。 だからお祝いしたくて…お店を探し歩いてるうちにここを見つけたんです」 「誕生日ってことはバースデーケーキあたりは用意しておくか?」 「はいっ。よろしくお願いします」 元々そういうサービスをやってくれるかどうか聞こうと思っていたので 彼から言い出してくれたのは正直嬉しかった。 「考えてるのは夕飯とケーキとお茶…なんですけど、予算との折り合いが〜」 「くっ…それでメニュー睨んでたワケか」 「………」 さっきの笑みとは全然違う笑顔は印象ががらりと変わる。 アンジェリークは思わず見惚れて、それを誤魔化すかのように頬を膨らませた。 「高校生のお小遣いじゃ無理はできないんです〜。 三人分の料金を二人で負担するんだし。 でもやっぱりお祝いだからちょっとは奮発したいし…って。 …それに睨んでなんかいないんだから」 アンジェリークのセリフに青年はますます可笑しそうに笑っている。 「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか…」 「で、どれをセレクトしたんだ?」 「…まだ決めてないです。 どれもこれも気になるメニューで…」 青年はポット持ち上げ、手馴れた動作で空っぽになりかけていた アンジェリークのティーカップに注いだ。 「あ、ありがとうございます」 「好みの系統と予算だけ言っておいて、こっちで適当に考えるのもできるぜ?」 「それはいいかも」 アンジェリークがぽんと手を叩いた時、ふいに大きな声が聞こえてきた。 「おいっ、アリオス。 いつになったらこっちの皿洗い手伝うんだァ!? フランシスの野郎は逃げやがったし」 アンジェリークがびくりと身を竦ませるような怒鳴り声に 目の前のアリオスと呼ばれた青年は顔色ひとつ変えずに答えた。 「客の前で怒鳴ってんなよ」 「あァ? 今はいないだろ」 「ここにいる」 「お? そっか、さっきの客でラストかと思ってたぜ。 悪ィな」 奥から出てきたもう一人の青年は最後の言葉をアンジェリークに投げかけた。 声を聞いた時は怖い人かと思ったのだが、けっこう気さくな感じらしい。 金色の髪に青い瞳。野性味あるのに話しやすそうである。 「いえ…」 首を横に振りながらアンジェリークは別のことを考えていた。 ここの店員は外見審査があるのではないか、と。 あの二人を連れてきたら喜びそうだ、とついミーハーに考えてしまう。 「他に客もいないしちょうどいい。お前も話聞いてやれよ」 「なんの話だ?」 「バースデー企画だ」 「へェ〜」 そして他の客が来るまでの間、アンジェリークは予算や それぞれの食べ物の好みなどについて三人で話していた。 料理は主にレオナードと名乗った青年が作るらしいので、ほとんどはアンジェリークと レオナードの会話になり、ところどころでアリオスがアイデアを出す形となっていた。 「ま、期待してくれていいぜェ? 最高の誕生日にしてやるからな」 「ふふ、よろしくお願いします」 キッチンに戻るレオナードにぺこりとお辞儀をし、アンジェリークも立ち上がった。 「ありがとうございました。 すごく親切に聞いてもらって…私も当日が楽しみです」 「そりゃよかった」 アリオスも伝票を持ってレジに向かった。 良心的なケーキセットのお金を払って、そしてアンジェリークは首を傾げた。 「最後のコーヒーの分は?」 バースデーコースを考えている間、アリオスとレオナードと一緒に飲んだコーヒーの 代金が含まれていないことに気付いたのである。 「あれは俺達の休憩用のコーヒー。 たまたまレオナードが一杯多く淹れちまっただけだ。 もし金取るとしてもヤツの給料から天引きだな」 一瞬遅れてアンジェリークは笑い出した。 「ありがとう」 〜 to be continued 〜 |