とっておきのTeaTime
(レオナード×エンジュ)


きっかけは十八回目の誕生日。
親友達が開いてくれたバースデーパーティー。
エンジュは時間ちょうどに待ち合わせ場所に到着した。
そしてくすりと笑ってしまった。
駅前広場はたくさんの人が待ち合わせ場所として使用するのでとても混んでいる。
それなのに、自分は彼女達を見つけるのに苦労しない。
「ホント…目立つんだから」
美人で背が高くスタイルの良いレイチェル。
おっとり気質がそのまま表に出たようなやわらかな可愛らしさのアンジェリーク。
自慢の親友達。
ただでさえ魅力的なのに今日は特別お洒落しているから
周囲の男性の視線を集めるばかりである。
彼女達に声をかけようとしている二人組を見つけた
エンジュは彼らを追い越し、親友達に抱きついた。
「お待たせ〜!」
「お、主役が来たネ」
「時間ぴったりよ。エンジュ」
「さっそくお店に案内してもらおうかな」
「うん、ここからゆっくり歩いてちょうど良いくらいなの」
親友達と歩き出したエンジュは声をかけそびれた二人組に向かって内心舌を出した。
(残念でした〜。
 あなた達なんかにアンジェとレイチェルは渡さないんだから)



アンジェリークに案内された店は外観も庭も店内も聞いた通りの素晴らしさだった。
二人は口々に感嘆の溜め息を零す。
「よくこんなトコ見つけたネ」
「けっこう探し回っちゃった」
彼女の中の確固たる条件をクリアする店はそうそうあるものではない。
軽く言っているが、かなり歩き回ったのだろう。
それだけでも十分に嬉しかった。
「本当にありがとう!」
「ふふ、エンジュったらお礼はまだ早いよ。
 最後に聞かせてね」
店内にいた長身の銀髪の青年が迎えてくれ、アンジェリークに気楽に声をかけてくる。
「よぉ、来たか。準備は整ってるぜ」
案内されたのは店の奥の方、一段高くなって庭がよく見渡せる眺めの良い席だった。
他のテーブルとは違い、可愛らしいフラワーバスケットも飾られている。
「あれ…前とちょっと違う?」
店内を見て首を傾げるアンジェリークに彼はよく気付いたな、と笑った。
「この辺のテーブルの位置を少し変えただけだ」
彼女達の周辺は広くスペースが取られている。
気兼ねなく楽しめるようにとの配慮だろう。
「イイお店じゃない」
「うん!」

料理はイタリアンを中心とした堅苦しくないコースだった。
ダイエットという単語とは無縁の三人は美味しい料理に感激しながら平らげていく。
「見事な食いっぷりだなァ」
からかうような声に振り返ると、今までサービスしてくれていたアリオスや
フランシスとは違う青年がケーキを持って立っていた。
アリオスも長身だと思ったが、彼以上の長身。
落ち着いた照明を受けて輝く髪は金。
堂々とした雰囲気を持っている。
面識があるのかアンジェリークがにっこり笑って頷いた。
「本当に美味しかったですから」
「お。嬉しいことを言ってくれるじゃねェか」
「さすがイタリアンは得意だって宣言しただけあるなぁって思いましたよ」
「あ、ワタシ最初のアボカドとマグロのカルパッチョ気に入ったヨ♪」
「え〜、この人が作ったの!?」
エンジュは思わず声を上げた。
「エンジュ?」
予想外だったのだ。
この人が料理を作るということ自体が意外な気もするのだが…。
作っても豪快な男の料理〜といったものが似合いそうなのに
今日の料理はどれも細やかな気配りがあって味も気分も最高だった。
「へェ〜。あんたがエンジュちゃんか」
「な、なんですか?」
じっと見下ろされてエンジュはうろたえながら訊ね返した。
さっきの発言はちょっとばかり失礼だったかもしれない…という自覚はあった。
「いや、予想通りだなァって思っただけだ」
おかしそうな表情で見つめられても、どう反応したら良いものか…。
「アンジェ…いったいどんなこと話したの?」
「え…別に変なこと言ってないよ?」
アンジェリークはきょとんとしている。
彼女の場合、無自覚にしでかしているかもしれない…という可能性も否定できないのだが。
「気にすんなって。火ィ点けるぞ」
ケーキに飾られたローソクに明かりが灯される。
やっぱり何歳になってもこの瞬間はどこかわくわくする。
「ハッピーバースデー、エンジュ♪」
そして親友達に見守られて火を吹き消した。
彼がケーキを切り分けている間にアンジェリークとレイチェルが
それぞれプレゼントをエンジュに渡す。
その場で包みが開かれ、テーブルの上がさらに賑やかになる。
「本当にありがとう!
 アンジェ、レイチェル…」
幸せを顔いっぱいに表してお礼を言う。
元気なひまわりのような笑顔が印象的だった。
そんなエンジュを見つめ、彼はにっと笑った。
「俺からもプレゼントやろうか?」
「え?」
思いもかけなかった言葉にエンジュは首を傾げ、訊ねる瞳で見つめ返す。
「料理上手な恋人。
 おまけにルックスも中身も文句なし!
 最高のプレゼントだろ?」
「…っ……」
あまりのことにエンジュはとっさに言い返せなかった。
数秒硬直して、我に返って反撃した。
「誰のことかな〜?
 アリオスさん? フランシスさん?」
わざとらしくきょろきょろと見回したが、彼は悪びれる様子もなく偉そうに言う。
「俺様に決まってんだろ」
「………アンジェ…これもパーティーの演出…
 …ってことはなさそうね」
訊ねようとして、彼女の表情を見て違うと悟った。
真っ赤な顔で驚きの表情で彼とエンジュを交互に見ている。
この友人に裏表はないからそれだけで十分だった。
おまけに…。
「仕事中に客を口説いてんじゃねぇよ」
紅茶を運んできたアリオスが呆れた口調でそんな事を言うのを聞いてしまえば、
本当に今自分は彼に口説かれているのだろう。
「俺の仕事終わる頃には帰っちまうだろうが」
「時と場所くらい選べよ」
まったくだとエンジュも思った。
こんな突拍子もない告白は生まれて初めてである。
「で、どうする?」
面白そうな表情を浮かべて彼はエンジュの返事を待っている。
アンジェリークとレイチェルは驚いているものの静かに見守っている。
(どうしろってのよ…)
どうするも何も判断のしようがないではないか。
会ったばかりの人なんて…。
やがてエンジュは何か思いついたのか、ふっと笑って答えた。
「いいわよ」
あっさり頷いたエンジュに彼の方が意表をつかれたようだった。
「…本当か?」
「さぁ?」
はぐらかすような笑みでエンジュは肩を竦めた。
「オイ…」
「こーんな人前で。あーんな軽い感じで。
 突然言われても本気かどうかすら分からないわよ。
 とりあえず…私も今のあなたみたいな気持ちなのよ」
あっさり付き合おうと言われても、信じて良いのかどうか戸惑ってしまう。
「それに…私はあなたの名前すら知らないんだから」
エンジュの言葉を聞き終えると彼は笑い出した。
子供みたいなその笑顔をエンジュは呆然と見上げる。
「な、なんでそんなに笑うのよ?」
「いやいや、まったくその通りだなァって感心しただけだぜ」
とても楽しそうに笑われて頭をぽんぽん叩かれては説得力も半減である。
「ま、急ぎすぎたのは認めるぜ。
 俺はレオナード。特別にレオナード様と呼ばせてやろう」
「誰が呼ぶもんですか。あなたなんかレオナードで十分よ」
「いい度胸してるじゃねェか」
このままずっと言い合いが続きそうなほど息が合っている。
アンジェリークはレイチェルの腕を突っついた。
「…どうしよう?
 私達って席外した方が良いのかなぁ」
「なんでアナタがテレてるのよ?」
「だって〜…」
アンジェリークの方がよほど困った表情をしている。
その声が聞こえたのかアリオスも苦笑した。
「お前らが希望するならケーキと紅茶、カウンターに移動させるが?」
「う〜ん…そうね。お願いしマス」
ちらりと言葉のキャッチボールの応酬を繰り広げている二人を見て…
レイチェルは頷いた。
「お店は…困らないですか?」
「料理のオーダーはもうないからな。
 手があいたからってわざわざあいつが出てきたんだ。
 問題ねぇよ」
レオナードが抜けて大丈夫なのだろうか、と心配する
アンジェリークにアリオスは肩を竦めた。
「問題あるとしたらやつ自身だな」
「カレ、いつもあんなカンジなの?」
レイチェルが声を潜める。
少女の言わんとすることを察し、アリオスは真面目に答えた。
「いや?
 客に口説かれるのはともかく、口説くのは俺が知る限り初めてだぜ」
「フーン…ま、なるようになるでしょ」
ある意味とても悟った言葉にアンジェリークとアリオスは顔を見合わせて笑った。
「じゃ、ワタシ達あっちでお茶してくるからしばらくお二人でどーぞ」
「お〜、気が利くじゃねェか」
「なっ…ちょっ…レイチェル?
 アンジェ? 裏切り者〜っ」
席を立つ二人に慌ててエンジュも腰を浮かせたが、
彼女達はさっさとカウンターへ行ってしまった。

「いいのか?
 あんなこと言ってるぞ」
「いーのいーの、気にしない〜☆」
アンジェリークも余裕でふんわりと笑っている。
「たぶん…カレ脈ありだからネ」
どうして分かるんだか、と思ったアリオスの疑問に答えるように
アンジェリークが口を開いた。
「エンジュはね…
 よく知らない人に告白されても『OKする理由がない』ってあっさり断っちゃうの。
 でも、今は…」
アンジェリークはレイチェルと視線を合わせて微笑んだ。
「『断る理由がない』って迷ってる」
微妙なようでいて、この違いはとても大きい。
「彼女本人はまだそれに気付いてないっぽいけどネ」
「そういうことか」



一方いきなりお見合い状態に置かれたエンジュは膨れていた。
というか困ってしまって膨れるしかなかった。
ひとしきり言い合いも終わってしまい、これ以上どう切り出して良いか分からない。
ひとまず目の前の綺麗で美味しそうなケーキに手を付けた。
「美味し…」
甘いクリームが口の中に入れた瞬間、すうっと溶けていく。
すっきりとした後味にエンジュは嬉しそうに笑った。
美味しいものを食べると幸せになれる。
だからそういうものを作れる人をエンジュは尊敬していた。
「気に入ったか?」
「これもあなたが作ったの?」
繊細で可愛らしいケーキをこの大きな手が…。
「また『らしくない』とか思ってんだろう?」
レオナードは苦笑交じりに頷いた。
一戦終えたせいか、今はちゃんと落ち着いた大人の男の人に見える。
「俺にはあってると思ったけどな。
 美味いもん作って、誰かが食べて、それで喜んでくれれば最高じゃねェか。
 今エンジュが見せてくれた笑顔みたいにな。
 単純で分かりやすい」
机上で企画を立てたり数字を計算するよりは性に合っていると彼は言う。
「ふぅん…その単純さで私に声をかけたの?」
つい憎まれ口を叩いてしまい、そんな自分に笑ってしまった。
「ごめんなさい。なんか調子が狂う」
自分のペースがつかめない。
速攻で謝るエンジュの潔さにレオナードは笑った。
意地の悪そうなその表情。
「俺様のペースにはまりつつあるって証拠だからいいってことよ」
「な…そんなんじゃないわよっ」
紅茶を一口飲んで落ち着こうとする少女の目論見を彼はまた妨害する。
「そうそう、せっかくだから答えてやるがな。
 恋愛感情なんて一番単純じゃねェか。
 『こいつだ』と思うか、思わないか。
 それだけだろ?」
打算があったり、色々考えるやつには複雑なんだろうけどな。
エンジュは皮肉げに笑うレオナードの顔を見つめた。
「じゃあ一目惚れって信じてるの?」
「いや。ついさっき、信じざるを得ない状況になったばっかりだが?」
「………」
嬉しいけれど、恥ずかしい。
真っ直ぐ見つめられ臆面もない言葉にエンジュは本当に困ってしまった。
俺様な言葉と態度。
乱暴ささえ感じるのに…違う一面も持っている。
捻くれて見えるけれど、きっと今時珍しいくらい自分に真っ直ぐ生きている人。
「今まで言い合ってばかりだったから気付くの遅れたけど…」
「あ?」
「自分で言うだけあって、レオナードって顔は良いよね」
好みの差はあれど、造作が整っているかいないかで問われたら
きっとほとんどの人が肯定するだろう。
「顔は…ってどういう意味だよ。
 コラ」
「言った通りの意味よ。
 誉めてあげてるんじゃない」
くすくす笑うエンジュにレオナードは憮然とする。
「そうは聞こえなかったがなァ?」
「やぁね。年寄りは疑り深くって」
「お前な…」
「だってまだ中身は分からないもの。
 今私に分かることを言ったまでよ」
行儀悪くテーブルに片肘をついている彼にエンジュはにっこり笑った。
「だいたいあなただって私のどこが気に入ったのよ?」
「………」
どこが、なんて自分でも分からない。
理屈抜きで惹かれたのだ。
返答に窮しているとエンジュが唇を尖らせた。
「…ちょっとそこで黙らないでよ…」
「どこって言われてもなァ…。
 しいて言えば表情か?」
笑顔も生意気に口答えしてくる時の表情も生き生きとしている。
もっとずっと見ていたいと思った。
「お前といれば楽しそうだと思った」
「アテが外れてるかもよ?」
「当たってるかもしれないだろ?」
「…まぁね」
やけに自信ありげな彼の表情を見つめ、エンジュは頷いた。
結局、ここであれこれ言ったところで答が見つかるわけではないのだ。
それにこうして彼と話しているのは嫌じゃない。
次はどうくるのだろうか、とわくわくしている。
とても楽しい。

しばらく考えた後にぽつりとエンジュは口にした。
「とりあえず…しばらくここに通おうかな」
「エンジュ?」
「料理上手な『彼』にご馳走になりに……きゃあ!」
いたずらっぽくウィンクする少女をレオナードは力強く抱き寄せた。
「そうこなくっちゃな」
「ちょっ…レオナード!」
「俺の女になった以上、美味しい思いも
 楽しい思いもいっぱいさせてやるぜ?」
「…期待しておいてあげるよ」
くすりと笑って彼の腕に身体を預けた。
レオナードの大きな手が頬に触れ、少女の顔を上げさせる。
「だけど…調子に乗ったら鉄拳が飛ぶので気を付けるように!」
彼の顔をぐっと押し戻してエンジュは強気な瞳で睨んだ。
「なんだよ。ムードねェな」
「それはこっちのセリフよ!
 こんな他に人がいる場所でっ」
「気にすんな」
「気にもするわよっ。
 ファーストキスなんだから!」
「へェ〜…そりゃイイこと聞いた」
なんだかよくない笑みを浮かべる彼の表情を見て
口を滑らせた気がする…と思ったエンジュだった。
「と、とにかくっ、忠告したからね」
「はいはい」
「あの…」
なにやら騒がしくなってきたので仲裁の必要ありか?と
ひょっこり戻ってきたアンジェリークはレオナードの袖をそっと引いた。
「レオナードさん知らないだろうから一応言っておいた方が良いと思って…。
 エンジュ、空手の有段者ですよ?」
「………………」
「そーそー。
 鉄拳ってのは冗談じゃないからマジで気を付けてネ」
レイチェルは口調とは裏腹に楽しそうにしている。
「ふっ…相手にとって不足はねェってわけだ」
数秒固まっていたレオナードが開き直ったようににやりと笑う。
「ムード考えずに手出したら返り討ちにするからね!」


新たに闘志を燃やす二人を見つめてアンジェリークが首を傾げた。
「えと…『彼氏と彼女』…なんだよね?」
「…のはずだと思ったが?」
「こういうのもアリなんじゃない?」
ともかく運命の女神はエンジュの十八歳の誕生日に
最高のプレゼントを与えてくれたのである。


                                        〜 fin 〜



私のレオエンは甘くならない…。
いつ書いてもケンカしてます。なぜだ〜?

アリコレとレオエンを対にさせようと
わざわざ似たような1シーンを用意したのに。
アンジェは素直に目を閉じたけど
エンジュは抵抗しました…。
コピー本の裏表紙だったさくらまんのレオエンが
一番甘かったかもしれない…(笑)



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