とっておきのTeaTime


隣室でアンジェリークは手を洗い、染み抜きを貸してもらった。
「ありがとう」
さすがにアンジェリークでも本題はこれからだと分かっている。
目の前にいる自分と同じくらいの年頃の少女を見つめた。
「へぇ…これがアリオス様からいただいた指輪?
 さすがに一級品ね」
彼女はアンジェリークの礼には答えず、指輪を手に取って見ていた。
「あ…」
手を洗った時に一時的に外したのである。
警戒していたはずなのに、自分の迂闊さに今更ながら後悔した。
「返してもらえる?」
「どうしようかしらねぇ…」
くすくすと笑う可愛らしい少女にアンジェリークは言った。
「何が条件?」
彼女はわざとらしいくらいに目を丸くして、そして再び笑う。
「調査では随分とのんびりしてると聞いたけれど…
 鈍くはない、ということね」
「だって…あからさまなんだもの。
 それに一応覚悟はしてきたし」
「そう、立派な心がけね…。
 察しの通り、これは私達からの課題よ」
「私達?」
アンジェリークの問いに彼女は頷いた。
「私達婚約者候補からのね」
一呼吸おいた後、責める口調でアンジェリークに叩きつける。
「私達は子供の頃からアリオス様に相応しくあるために
 ずっとずっと努力してきたわ。
 それがなんで何の苦労もしてない、候補でもない貴女が
 アリオス様の隣にいるのよ?
 それに私は…候補者の中でも幼いからって…
 アリオス様はいつも私を子供扱いなさってた。
 それなのに、選んだのは私と同い年の貴女だなんて…!」
「………そうね」
その気持ちは理解できる気がしたので何も言い返さなかった。
たぶんこの反応こそが普通なのだろう、と思っていた。
さっきまで話していた人達は本当の笑顔なのか、
笑顔の裏に何を秘めているのか、気にしてばかりで疲れてしまう。
こちらの方がよほど分かりやすい。
一段上から品定めされるのは面白くないけれど…。
そうするだけの資格が彼女達にあるのかこちらこそ確認したいところだけれど…。
それでも長年彼女達が続けてきた努力は本物だろうから、
それに応える義務はあると思っている。
「……でも、それは私のもの。
 貴女が持っていてもしょうがないでしょう?
 指輪を盾にしなくても課題は受けてたつわ。
 返して」
彼が自分に贈ってくれた特別な指輪。
他の少女が持っているのは正直不愉快である。
珍しく不機嫌を表に出してアンジェリークは言った。
そんな反応こそが狙いだったのか彼女は楽しそうに笑うだけである。
「いいわよ。それにこれが課題なんですもの」
金銀細工と宝石とで飾られた手の平に乗るほどの瀟洒な小箱。
それに指輪を入れると鍵を閉めてしまう。
「?」
彼女が合図をすると、使用人が立派な犬を連れてきた。
近寄るのを躊躇ってしまうような大型犬、シェパード。
飼われている犬らしくない、堂々とした他者を威圧するような態度。
黒と茶の毛並みは手入れが行き届いていて美しい。
「このお屋敷の番犬でもあるの。
 主人以外には懐かないし、侵入者には遠慮なく噛みつくわよ」
それを裏付けるように、連れてこられる時も抗うような素振りを見せていた。
「………」
使用人は彼女から渡された鍵をその首輪につけた。
「貴女は侵入者じゃないから噛まれることはないわよ、多分ね。
 追いかけ回して怒らせたらどうなるか分からないけど…。
 指輪を取り戻したければ、鍵を手に入れること。
 これが私達からの課題よ」
そして指輪の小箱をアンジェリークに渡す。
「小箱を壊して指輪を取り戻すのも選択肢だけど…。
 そんな貴女を私達が認めるかどうかは別問題よ?」
アンジェリークは彼女の言葉を聞きながらシェパードを見つめる。
シェパードの方もアンジェリークを観察するように見つめていた。
アンジェリークは小さく息を吐いた。
まさかお嬢様達からこんな手荒な課題が出されるとは思っていなかった。
「分かったわ。この子から鍵を返してもらう。
 成功したら文句は言わせない」
「番犬なんだから女の子の足に捕まるんじゃないわよ……きゃあっ!」
彼女の言葉が気に入らなかったのか、彼は不機嫌そうに彼女に向かって
一声吠えると使用人を振り切って走り出した。
「え…」
突然のスタートにアンジェリークが一瞬遅れて走り出す。
「約束は守ってもらうからね!」
座り込んだ少女に向かって言うと、アンジェリークも犬を追いかけて出ていった。



広間へと続く扉付近の者がまずその異変に気付いた。
ぱたぱたと慌しく廊下を走る足音。
近付いたその音が一度遠ざかる。
アルヴィース家の屋敷内で廊下を走る無作法者はいったい誰だ、
くらいにしか思わなかった。
しかし、その足音がまた近付いてきて…タイミング悪くその扉を開けた者がいたため、
騒音の原因が勢いよく広間に飛び込んできた。
大型犬の乱入に広間内がざわめく。
女性の悲鳴もたいして気にせず走り抜けたシェパードは開いていた
テラスへと続く窓から外へ出た。
ここは一階なのでテラスの柵を越えれば庭が広がるのみである。
「ずるい〜! 外に逃げるなんて!」
お騒がせな犬に少し遅れて走ってきた少女が声をあげる。
人々が彼女に注目する中、当の本人は犬と同様気にせず
(正確には気にする余裕もなく)彼と同じ道を走り抜ける。
「おいっ、アンジェ?」
とんでもない事態に人々が唖然と見送る中、アリオスが我に返って声をかけた。
「あとでね」
アンジェリークは振り返る余裕もなく、それだけ答えてテラスに出た。
柵に手をつき、とん、と身軽に飛び越える。
ワンピースの裾がスローモーションで見るかのようにひるがえる。
すぐに少女の姿は小さくなっていった。
ざわめく場内を尻目にアリオスは苦笑した。
「トロそうな見かけによらず、運動神経良いんだな」
褒めてるんだか、けなしてるんだか分からないセリフを呟く。
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ、アリオスさん!」
「いったい何がどうなってんだよ?」
「…お前ら、なんでここにいんだよ?」
駆け寄ってきたエンジュとレオナードにアリオスはいつもの態度のままだった。
「まぁ、いいか。どうせチャーリーあたりに言われたんだろ。
 どういうことかは…これから説明してもらうさ」
扉の側に歩いて行き、その壁に背を預ける。
その格好のまま、扉を薄く開けて覗いている元凶に声をかけた。
「あいつに何ふっかけたんだ?」
ぎくりとした表情の少女が扉を開けて姿を現した。
アリオスから見れば、婚約者候補の一人。
何度か見たことはあるが、いかんせん候補者の人数が多すぎて名前も覚えていない。
彼女に限らず、候補者はただそれだけの存在だった。
だからこそ、こうなったのだろうとは予想がつく。
アリオスもアンジェリークも覚悟はしていた。
「多少のことなら目を瞑ってやるが、度の過ぎたイタズラには
 相応の罰が待ってるぜ?」
アンジェリークに何かあったら許さない。
口調は軽いが、アリオスの瞳は真剣そのものだった。
それに気圧されたのか、隠してもいずれバレると開き直ったのか
少女は事の顛末を話しだした。

「どうしてそんなの受けるかな、アンジェったら〜」
エンジュは聞き終えた後、頬を膨らませて怒った。
「なんで貴方達婚約者候補とアンジェが同等の条件で競い合わないのよ?
 アンジェだけに課題やらせて貴方達は高みの見物?
 何様のつもりよ?」
「お嬢様だろ」
レオナードの突っ込みにエンジュがキッと睨む。
「もー、レイチェルがいたらもっとぐさぐさ言ってくれたのに!」
容赦なく理論的な冷たい言葉の刃が降り注いだであろう。
それを思い浮かべてレオナードはいなくて良かったんじゃねェか?と考えてしまった。
「うるさいわね。貴女こそ関係ないでしょう?」
「関係なくなんかないわ。
 だいたいねぇ、アンジェが大怪我でもしたらどう責任取るつもりよ?」
「……っ。知らないわよ。
 あの犬を追いかけるのも追いかけないのも彼女が決めたことよ」
少しは後ろめたさがあるのかエンジュの追求に彼女は視線を逸らせた。
「まぁ、そうだな」
「アリオスさんっ!?」
冷たいとも取れる彼の態度にエンジュが声を荒げる。
「俺に相談する、って手だってあったんだ。
 その必要もないと踏んだんだろうし、どんな難題でも受ける覚悟で
 あいつは来たんだ。それに関しては俺も異議はねぇよ。
 どっちにしろいつか何らかの形で他の候補者を納得させなきゃ
 ならないことは俺達も考えてたからな」
「………」
アリオスの言葉にエンジュは沈黙した。
そんな彼女を安心させるようにアリオスは口の端を上げる。
「少なくとも大怪我の心配はねぇよ」
「え?」
「ずっと側にいたから俺の匂いが移ってるだろ。
 噛みつかれたりすることはない」
主人の匂いを強く纏った少女を攻撃することはない。
その断言にエンジュは少しだけ胸を撫で下ろした。
「だが…」
アリオスの瞳が鋭く細められもう一人の少女に向けられる。
研ぎ澄まされた刃のような視線に目の前の少女は立ちすくんだ。
「あいつの誠意に応える気はあるんだろうな?」





一方その頃、アンジェリークはひたすら走っていた。
今この時だけは広すぎる庭が恨めしい。
小さな森林公園くらいの敷地を犬と追いかけっこしなくてはならないのだ。
木々や茂みがたくさんあるので、ちょっとでも気を抜くとすぐに見失ってしまう。
シェパードの方は本気で追いかけっこのつもりなのか
アンジェリークが見失ってきょろきょろとしていると
遠くの方でわざと姿を見せているように感じる。
まだ今日来ていたワンピースが走り回れる形でよかった、と思った。
裾が長すぎたり、タイトな型では到底追いつくことなどできないだろう。
荒い呼吸を繰り返し、胸が苦しくなる。
汗が頬から顎へ伝い、ぽつぽつと地面に落ちる。
それでも走り続けた。
これで彼女達に認めさせることができるなら安いものだと思った。
(それにしても…これって決着つかないよぉ〜)
もう少しで追いつきそう、という距離になると彼は速度を速めて逃げてしまう。
「も〜…大人しくつかまってよ〜」
なんとかこの追いかけっこを終わらせたい。
時間が経てば経つほど足が動かなくなってしまう。
追いかけているアンジェリークの方が追い詰められている気分だった。
逃げられないよう端に追い詰めようにも
庭の端がどこにあるのかすら分からないくらい広いのだ。

やがて、切羽詰ったアンジェリークはいちかばちかの行動に出た。
あとでアリオスにこの事を話したら、無鉄砲すぎると
彼の呆れと笑いをいただくことになったが。
小さな茂みを飛び越える一瞬がアンジェリークの狙いだった。
スピードが少しだけ緩み、空中で自由に動きが取れないその一瞬。
アンジェリークはその体に飛びついた。
というよりは抱きついた。
さすがにこうくるとは犬の方も思っていなかったのか
うまく着地できずに一人と一匹は芝生の上に転がった。
「……つかまえたっ」
起き上がるよりも先に、逃げられないようにぎゅっと抱きしめる。
アンジェリーク同様早い鼓動と熱いくらいの体温を感じた。
荒い呼吸の合間に呟く。
「もう…逃げないでね…」
アンジェリークはそれ以上動けなくて、そのまま息を整える。
彼もアンジェリークの言うことを解ってくれたのか、大人しくしていた。


「なんじゃ、いきなり飛び込んできおって」
茂みを飛び越えた先は本館に比べれば小さな家が建っていた。
その庭に面した一角は老人の日向ぼっこの場であったらしい。
座り心地の良さそうな椅子にかけていた彼は目を丸くしていた。
「えへへ…ごめんなさい、お邪魔しちゃって。
 ちょっとこの子を捕まえなくちゃいけなくて」
アンジェリークは恥ずかしいところを見られてしまったな、と
照れながらすぐに場所を変えると謝った。
結っていた髪も崩れてしまっているので、すべて下ろして手櫛でなんとか整える。
「こいつを…捕まえる、じゃと?」
アンジェリークはようやく身体を起こして、シェパードの首輪を指した。
「この子に付けられた鍵を手に入れないといけなかったんです…」
今はアンジェリークのされるがままになって、素直に鍵を取らせてくれた。
「話が見えてこんのじゃが…」
眉を寄せる老人にアンジェリークは簡単に自分の事と課題の事を話した。
「ほぉ〜…お前さんがアリオスの選んだ…。
 それにしてもこやつを捕まえるとはたいしたもんじゃ。
 見事なダイブじゃったぞ」
面白そうに笑う彼にアンジェリークは首を傾げる。
「そいつは気位が高くてな。
 アリオス以外の命令など聞く耳持たんわ、
 他人に触られるのもひどく嫌がるぞ。
 世話係にすら懐かん。可愛くないじゃろ。
 まったく…無理な注文をする輩共じゃのぅ」
「へぇ〜…」
追いつくのも大変だし、捕まえたところで鍵を取るのにも苦労するはずだったと言う。
かなり…徹底的に難しい課題だったのだ。
アンジェリークも最初はこの犬を少し怖いと思ったが、今はそんな気持ちはなかった。
直接触れて、敵意がないのを感じ取ったからかもしれない。
「追いかけっこして遊び相手だと思ってくれたのかな?」
見上げてくる瞳を覗き込んでアンジェリークは笑った。
「そうじゃな。気に入られたのかもしれんの。
 案外主人と同じ好みかもしれん」
「おじいさんったら」
くすくす笑ってアンジェリークは小箱をポケットから取り出した。
鍵穴に差し込んで中の指輪と再会しようとする。
しかし…。
「あれ…?」
鍵が開く手応えがしない。
鍵の入れ方がいけないのかとがちゃがちゃ試してみるがそれでも箱は開かない。
「まさか…」
嫌な予感が頭をよぎった。
できれば違うと誰かに否定してほしい。
しかし、隣で寝そべっている彼はアンジェリークを見上げるだけだし、
唯一話ができる老人は否定どころか肯定してくれた。
「意地の悪いやつらじゃのぉ。
 ニセモノの鍵を追いかけさせるとは」
「うそ〜。走り回った私とキミはなんなのよ〜」
くたりと脱力してシェパードの顔を挟み込み、額をこつんとつける。
彼は尻尾を一振りすると、ぺろりとアンジェリークの頬を舐めた。
ご機嫌そうなその反応にアンジェリークは苦笑して頭を撫でた。
「う…そうよね、キミはちょっと運動しただけだもんね」
問題は…自分だけである。
「あ〜…でも確かにこの鍵が本物だなんて言ってなかったなぁ」
『指輪を取り戻したければ、鍵を手に入れること。
 これが私達からの課題よ』
状況からして首輪に付けられた鍵がこの小箱の鍵だとしか思えなかっただけで…。
あちらが一枚上手だったと言うだけのことだ。

絶対に指輪は取り返したい。
しかし、鍵はきっと彼女が隠し持っているのだろう。
「こんな綺麗な箱、壊して開けようなんて思えないしね…。
 あっちに戻って探さなきゃいけないのかぁ…。
 振り出しに戻っちゃったな」
中身は欲しいが素敵な細工の箱は傷つけられない。
陽の光に煌く箱をかざすようにして見つめる。
「お前さんの持っている小箱…見せてみい」
「?
 はい」
立ち上がって、小箱を老人に渡す。
途端に彼は面白そうな笑みを浮かべた。
「お前さんの努力と…
 アリオスとこやつを手懐けたご褒美をやろうかの」
「え?」
「やつらの思うツボになるのは面白くないじゃろ。
 わしもお前さんが気に入ったし、手を貸してやろう」
彼は一度家の中に入り、そしてすぐに戻ってきた。
アンジェリークの手の平にぽんと鍵を乗せる。
「これで開くはずじゃ」
半信半疑でアンジェリークが鍵穴に差し込めば、
かちりという小気味良い音をたてて箱が開いた。
「どうしておじいさんが?」
首を傾げるアンジェリークに彼は得意そうに笑った。
「この小箱はわしと死んだばあさんの結婚式の記念に一族や関係者に配った物でなぁ。
 当然わしも持っとるのじゃよ」
ひとつひとつ鍵の型を変えたりしていないので開くのは道理だと言う。
「そうかぁ…。私、ラッキーだったな。
 ありがとうございます、おじいさん」
ぺこりとお辞儀をして、嬉しそうにアリオスからもらった指輪を填める。
「…それとも、キミが私をここへ連れてこようとしてくれたのかな?」
ふと気付いてシェパードの顔を覗き込むと、彼はアンジェリークの頬をぺろりと舐めた。
真相は彼のみが知っているがアンジェリークは好意的に解釈して
感謝の意を込めて艶やかな毛並みを抱きしめた。

「もうひとつご褒美じゃ」
「もうひとつ?」
パーティー前のアリオスみたいな事を言う人だな、と思いながらアンジェリークは
促されるまま再度手の平を差し出した。
そこで輝くのはアリオスにもらった指輪に負けないくらいの指輪。
古いものだが、とても綺麗で趣がある。
「きれい…」
しばし見惚れていたが、はっと気付いて勢いよく首を振った。
「こんな立派なもの、もらえません!」
「わしが受け取って欲しいと言っとるのにか?」
「だって…」
もらう理由が分からない。
気に入られただけで受け取るわけにはいかない。
指輪の裏側には文字が書かれている。
ここに永遠の愛を誓うという内容。
アリオスがアンジェリークに贈ったものと同じ。
そういう指輪なのだ。
おそらく目の前の老人とその奥方の。
そんな大切な物を受け取れない。
頑なにアンジェリークが言うと、彼はどこか楽しそうに溜め息を吐いた。
「やれやれ頑固な娘じゃのぉ…まぁ、悪くはないが。
 じゃあ、こうしよう」
「はい?」
「アリオスにも見せてみるが良い。
 彼が受け取れと言えば、お前さんも納得できるじゃろ」
「そうとも限らないですけど…?」
「どうしても受け取れなければ、また戻ってきて返しに来るんじゃな」
「………」
「さぁて…昼寝の続きでもしようかのぉ」
「あの、本当にありがとうございました」
言外にもうそろそろ戻った方が良いと言われ、アンジェリークは深く頭を下げた。
行こう、とシェパードに声をかけると彼は素直に立ち上がって
アンジェリークの隣を歩き出す。
「面白い娘を見つけたもんじゃ…」
一人と一匹を見送りながら、彼は再び夢の世界に入っていった。



「あ、アリオス!」
屋敷に戻る途中、アンジェリークはよく知った人影を見つけた。
「どうしてこんなところにいるの?
 パーティーは?」
「あの状態で俺がのんびりパーティーを楽しめるとでも思ってんのか?」
アンジェリークの頭を抱え込み、お仕置きを与える。
「ったく、ぼろぼろじゃねぇか…」
「痛いってばアリオス〜。
 もう、ぼろぼろなんだからちょっとは労わってよ」
きちんと結っていた髪は下ろされているし、芝生の上を転がったおかげで
服も汚れている。着地に失敗したおかげで頬に擦り傷まで作っている。
「がんばれとは言ったが、そこまで無茶しろとは言ってねぇぞ…」
憮然とアリオスが呟き…そしてアンジェリークの薬指に指輪が
輝いているのを見つけて目を瞠った。
その視線に気付いてアンジェリークはにっこりと笑った。
「ふふ、ちゃーんと取り戻したよ。
 これで認めてもらえるね」
屈託なく微笑む少女をアリオスはただ見つめた。
「どうやって…?」
アリオスの上着の胸ポケットには鍵が入っている。
小箱を開ける鍵である。
裏があるのではないかと既に読んでいたアリオスが
少女を問い詰めた(脅した、とも言う)結果、本物の鍵は少女本人が持っていた。
シェパードを捕まえることができたら課題はクリアだと約束させたうえで
鍵を取り上げ、アンジェリークを探しに来たのである。
アリオスに会うまでアンジェリークが小箱を開けられるはずはなかった。
「あのね、この子を追いかけていって…。
 ずっと向こうにある家でおじいさんに会ったの」
「じいさん?」
こくりと頷いて、その方向を指差してアンジェリークは説明を続けた。
「えと、この子を捕まえたは良いんだけれど…鍵が合わなくてね。
 困ったなぁと思ってたら…
 そのおじいさんが自分も同じ箱持ってるからってその鍵を貸してくれたの」
「なるほどな…」
それだけで納得したとばかりに頷くアリオスをアンジェリークは見上げた。
「まぁ、ともかくこれで課題はクリアだ。頑張ったな」
「うん」
「…と言うとでも思うか?
 傷なんか作ってんじゃねぇよ」
「ひどい、がんばったのに〜」
「頼むから俺の目の届かない場所で無茶はしないでくれ」
「…ごめんなさい」
本気の声で囁かれて、抱きしめられてアンジェリークは謝ることしかできなかった。
顔を上げさせられると、傷口をなぞるようにアリオスがキスを繰り返す。
「これくらいならすぐ治るわ」
それに…とくすくすと笑う。
「この子も舐めてくれたしね」
アンジェリークの言葉にアリオスがシェパードを見下ろした。
「レヴィアス、てめぇ…ご主人様の女に気安く触るんじゃねぇよ」
飼い犬相手に妬く彼にアンジェリークは笑い出した。
「この子、レヴィアスっていうの?
 もう私から抱きついちゃったりしたからそういう認識できないかもしれないよ」
「いいや、躾け直す」
アリオスの視線からぷい、と顔を背けたレヴィアスは
言うことを聞くどころかアリオスとアンジェリークの間に入って歩き出した。
「こいつ…」
「アリオスったら…。
 うちに帰ったら二人きりじゃない」
「俺に歯向う根性が許せねぇんだよ」
二人の間に障害物があるので抱き寄せるわけにはいかず、
ひとまずアンジェリークの手を取った。
レヴィアスの頭上で手を繋ぐ分には問題ない。
「?」
繋いだ右手にも指輪が填められていたのにアリオスが気付いた。
「これは…」
「あ、そうそう。
 さっき話したおじいさんがね、この指輪も受け取ってくれって言ったの。
 でも、これは受け取れないって断ったんだけど…。
 どうしても聞き入れてくれなくて、アリオスにも見せてみろって言ってたわ」
その指輪を見つめていたアリオスがふいに笑い出した。
「ア、アリオス?」
突然のことにアンジェリークの方が驚いた。
「くっ…お前、本当に予想以上のことしでかしてくれるよな」
「な、なに…?」
「素直にもらっとけ」
「だって、これ…」
「俺のじいさんがばあさんに贈った指輪だ」
「え…?」
アンジェリークが目を瞬かせる。
「え〜!
 アリオスの…おじいさん!?」
少し遅れて事態がようやく理解できた。
「パーティーの後でお前を連れていこうと思ってたのにな。
 一人で会ってきたうえ、すでに認められたのかよ」
「………そういう、ことに…なるの、かな?」
「だな。
 課題クリアに協力しただけじゃなく、この指輪まで譲ったんなら認められた証拠だ」
先々代の総帥夫人の指輪。
場合によっては海外にいるアリオスの両親以上の効果がある。
「やっぱり、お前となら…どんなことでもできる気がするぜ」
立ち止まって、見つめる瞳から視線を逸らせない。
少しだけ先に行ってしまったレヴィアスは二人が来るのを大人しく待っている。
「アリオス…」
「我ながら感心するぜ。
 俺の女を見る目は正しかったってな」
アンジェリークはアリオスの腕の中でくすくすと笑い出した。
アンジェリークを褒めているんだか、自画自賛しているんだか、と。
きっと両方なのだろう。
「アリオスに出逢えたことに感謝するわ」
彼の背に腕をまわし、抱き返して幸せそうに微笑んだ。



とっておきのTeaTimeを過ごすために探しに探して見つけた場所。
そこで見つけたのは美味しいお茶と甘いお菓子と最上級の幸せ。
アリオスが頬に触れるとアンジェリークは瞳を閉じた。
「愛してる…アリオス」
「俺の方が愛してるぜ」
負けず嫌いな彼のセリフにアンジェリークは瞳を閉じたまま笑った。
すぐにその唇は塞がれて笑うどころではなくなってしまう。
あとは互いに甘いキスを味わうのに夢中になってしまい、
いい加減待ちくたびれたレヴィアスの一吠えがあるまでその場を動かなかったとか。



                                      〜 fin 〜



というわけでハッピーエンドです。

この後はおまけの番外編。
本編では飛ばしたエンジュの誕生日の話で
レオエンになります。



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