Happy egg


「イースターって知ってるか?」
「え…知ってるけど…」
執務が終わって私室に戻ったアンジェリークはきょとんとした表情で頷いた。

イースター…復活祭。
主が死後3日目にして甦ったことを記念し、春の自然の甦りを祝うお祭りである。
当日は復活の象徴の卵を食べたり、ペインティングした卵(イースターエッグ)
を贈り合ったりして、盛大に祝う。
卵はそこから生命が生まれるものであり、復活を表現するのにふさわしい道具。
卵に似せて作ったチョコレートや、おもちゃを入れた卵形の容器などというのもよく見かける。
また子供達の遊びとしては、イースターエッグを草むらなどに隠しておいて
それを探し出すというものが有名で…。
昔は…女王になるまではそういうイベントも楽しんだりしたが…。

しかし、アリオスからその単語を聞くとは思わなかった。
そういえば…先日彼に視察に行ってきてもらった地域では
そんな風習があったな、とぼんやりと思い出す。
「あっちで教えてもらったの?」
時期的にイースターの準備で街が賑やかだったことだろう。
春の訪れと復活祭への活気溢れる街がカラフルに彩られる光景が目に浮かぶ。
「あれだけ盛り上がってりゃ嫌でも耳に入ってくる」
この復活祭、正確には当日の何十日も前からいろいろとしきたりがあって、また
当日後も同様に決められたイベントがある。
「この俺がそんなもん律儀にやるつもりはねぇが…」
少女を見るとからかうように微笑む。
「お前が好きそうな当日のお遊びくらいは付き合ってやるぜ」
「アリオス…?」
「イースターエッグ…この部屋に隠しといてやった」
「え…」
「見つけてみろよ」
たまにはこういう息抜きも必要だろう、という彼の言葉に
最近執務に追われていたアンジェリークは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ。その挑戦受けて立つわっ」
さりげなく気遣ってくれる彼に感謝しつつアンジェリークは宝探しをはじめた。


「…と言ってもどこから探そう?」
『ヒントは?』と見上げる瞳にアリオスは苦笑して教えてやる。
「お前や俺のテリトリーには隠してねぇよ」
ここはアンジェリークの部屋であって…本当はアリオスの部屋も
別にあるのだが、もうすでに彼もここに一緒に住んでいるような状態だった。
故に単純に分ければアンジェリークのプライベートスペースと
アリオスのプライベートスペース、そして共用スペースがある。
もっともアリオスのスペースなどないも同然だが。
衣服やアルコール類など必要最低限なものだけである。
もともと彼の部屋自体、そんな感じだが…。
「俺の部屋を舞台にしても良かったんだがな…。
 隠す場所ねぇだろ」
「それは言えてる〜。探し物も楽よね」
そしてアンジェリークは部屋をうろうろと歩き回る。
「えーと…クローゼットとか机とかそういうのは対象外ってことね。
 あとはどこかな…」
 

「あっ」
少しして出窓のカーテン裏をチェックしていたアンジェリークが声を上げた。
パステルカラーでかわいらしくクロス模様が描かれたイースターエッグ。
「発見〜。
 なんだ、簡単じゃない」
負けず嫌いなアリオスのことだから、もっと難しいところに隠していると思ったが…。
アンジェリークは『勝った』と嬉しそうに振り返り
後ろで見ていたアリオスにイースターエッグを見せる。
「中、見てもいい?」
「ああ」
しかし、アリオスは涼しい顔で頷くだけである。
そんな様子を少し不思議に思いながらもアンジェリークは中身を確認する。
卵の中から出てきたのはカラフルな包装紙に包まれたキャンディー数粒。
「キャンディーだv」
外見同様かわいらしいプレゼントにアンジェリークの表情もぱっと明るくなる。
「アリオス、ありがとう〜」

素直にお礼を言ったら軽く溜め息を吐かれてしまった。
「そんなんで喜ぶんだからまだまだお子様だよな…」
「な、なによぉ…」
喜ぶと分かっていてプレゼントに選んでくれたのでは
ないのだろうか、とアンジェリークは頬を膨らませる。
アリオスはアンジェリークの目の前にやってきて、少女の手の平から
キャンディーをひとつ取り上げた。
包装紙を外してハート型のキャンディーを取り出すと
それをきょとんと見上げている少女の口の中に放り込み、口の端を上げる。
「これはハズレだ」
「え?」
口の中のキャンディーを転がしながらアンジェリークは目を丸くする。
「卵はいくつも隠してある。
 早いとこ当たりを見つけろよ?」
言うだけ言って本人はシャワーを浴びてくる、と行ってしまった。
「ア、アリオス〜…?」
普段から彼の考えなど読めるはずもないけれど…今日は特に分からない。



「おい…」
戻ってきたアリオスは乾ききっていない髪をかきあげながら
感心したようにアンジェリークに声をかけた。
「まだやってんのかよ…」
「アリオス〜…キャンディーしかないんだけど…」
テーブルの上に置かれているイースターエッグは両手で数えなければ
ならないほどある。
「…ある種の才能だな」
女王の私室と言っても広さに限度はある。
モノを隠すようなところと言えばさらに範囲は狭まる。
その状態で当たりを外してこれだけハズレばかりを見つける方が難しい。
「む〜…本当はキャンディーしかないんじゃないのぉ…?」
ベッドに腰掛け、呆れて呟くアリオスにアンジェリークは頬を膨らませた。
「んな嘘はつかねぇよ。
 ちゃんと用意したぜ?」
「ていうか…アリオス、よくこれだけ準備したね…」
アンジェリークも別の意味で感心する。
こっそり彼がこれを隠しているところなど…想像するとかなり微笑ましい。
少女の笑みを見たアリオスはその両頬を引っ張って意地悪く微笑んだ。
「何考えてる?」
「〜〜〜っ」
ようやく解放されてアンジェリークは涙目で睨んだ。
「いじわるっ」
「お前に合わせて遊んでやってるのにたいした言い草だな?」
「う……」
確かにこの宝探しを準備してくれたのは嬉しいし楽しい。
でも、こんなに探して見つけられないのは…悔しい。
なんでもアリオスには敵わないと言われているようで。

「ヘンだなぁ…。あとどこに隠されてるんだろ」
アリオスの隣にぱたんと横になりかけて、目の前の羽根布団が
少し盛り上がっているのに気付く。
「あっ」
今度こそ?と期待して布団をめくり、卵を取り出す。
「当たり?」
今までの花や模様が描かれたイースターエッグとはちょっと違う。
イースターエッグを運ぶといわれるイースターバニーの絵が描かれている。
「開けてみろよ?」
アリオスはふっと笑うとアンジェリークを促した。
「うん」

確かにそれはキャンディーとは別のモノだった。
「……っ…(///)」
アンジェリークはそれを手にして真っ赤になって固まる。
予想通りの反応にアリオスは喉で笑う。
「アリオス…これが『当たり』とか言わないでしょうね…?」
「俺的には『当たり』だな」
「アリオスっ!」
「お前が見つけなかったらそれはそれでかまわなかったんだが…。
 見つけた以上、ちゃんとお前に使ってもらうぜ」
それは大人の夜の必需品。
今までとは激しくジャンルの違うプレゼントにアンジェリークは硬直する。
しかも…追い討ちとばかりの彼の言葉。
「今日はお前が俺につけてくれよ?」
にやりと笑うアリオスにアンジェリークは真っ赤になって叫ぶ。
「アリオスのえっち! ばかっ」
「ヤなら別にいいぜ?」
「え?」
あっさりと引き下がった彼が意外でアンジェリークは目を丸くする。
「つけたくないってことは、そのままでOKってことだろ?」
「っ!」
あまりに彼に都合の良い解釈にアンジェリークは返す言葉が見つからない。

「ア、アリオス…!」
そのまま押し倒されてアンジェリークは声を上げた。
見上げるとすぐ側に少し意地の悪い、でも魅力的な笑み。
「タイムオーバー。
 早速プレゼント使おうぜ?」
「ば、ばかぁっ!」
そう言ったところでアリオスが聞いてくれるはずもない。
不思議なほど手際の良い彼にあっという間に服を脱がされる。
「まだ、ダメ、だってばぁ…」
アンジェリークは下着姿でなんとか起き上がろうとする。
拒む気はないがその前にすることがある。
「アリオスが用意してくれた本当のプレゼント、見つけてない…」
「後で出してやるよ」
「だって…やっぱり自分で見つけたいじゃない」
拗ねたように呟く少女の言葉にアリオスは大きく息をついて起き上がった。
アンジェリークもほっと息をついてそれに続く。
しかし…
「きゃあっ…」
ぽふんと投げるように再び押し倒され、アンジェリークは悲鳴を上げた。
ふかふかのベッドの上だし、しかも今度は頭の下に大きな枕もあったしで
衝撃はないがそれでもびっくりした。
「もぉ…なに、アリオス…。
 待ってくれるんじゃなかったの…?」
「この状況で待てるかよ」
「………」
臆面もなく言い切る彼の金と碧の瞳に囚われそうでアンジェリークは視線を逸らした。
「……あ」
横を向いたその先、並んだ枕と枕の隙間の小さな空間。
そこにある綺麗なイースターエッグ。

今までのイースターエッグとは明らかに違うもの。
アンジェリークが好んで着るようなピンク色で着色されたそれは金や銀の装飾が施されている。
ずいぶんと豪華なイースターエッグである。
アリオスが退いてくれる気はなさそうだったので、
押し倒された体勢でそれを枕の下から取り出す。
「これ…当たり…?」
「最後の最後にようやく見つけるとはな」
正確に言えばアリオスが見つけさせたのだが…。
「あれだけ用意したのに、これを最後に見つけるとは正直予想外だったぜ?」
皮肉げに笑う彼にアンジェリークは頬を染めて睨む。
そんな少女の仕種は可愛らしいだけなので、喉で笑って一蹴する。
「開けてみろよ」
「…またヘンなもの入れてないでしょうね?」
さっきの例もあることだし…と警戒する少女にアリオスは肩を竦める。
「さぁな」

イースターエッグを開けてみると、中で煌く光に目を丸くする。
卵の中身はそのままジュエリーボックスになっていた。
中央の台座に置かれているのは器と同じようなピンク色の貴石とプラチナのリング。
「アリオス…」
驚きの表情で見上げる少女の指にリングをはめてやりながらアリオスは笑った。
それは意地悪な笑みではなく、滅多に見せてくれない優しい微笑み。
「たまにはこういうご褒美も悪くないだろ」
「アリオス…」
「お前はいつも頑張ってるからな」


春の自然の蘇りや生命の誕生を祝う復活祭。
この話を聞いた時、アンジェリークを思い浮かべた。
新宇宙を創世し、見守り育てる少女の努力を誰よりも近くで見つめてきた。
復活祭を口実にその努力を労ってやるのも悪くない。
そう思った。
女王なのだからそんな努力や苦労は当たり前と言えば当たり前なのだが…。
アリオス自身もアンジェリーク本人も、そして周囲の人間もそう思っている。
しかし、だからと言って「感謝されないもの」になってしまうのはよくない。
誰が認識しなくても自分だけは分かっていて伝えてやらなくてはならない。
アンジェリークが家族と離れ、少女らしい生活も諦めて女王を務めていること。
なくしたそれらを埋めるようにアリオス自身が彼女の新しい家族となり、
彼女らしさを忘れずに過ごせるように側にいてやること…。


そしてそんなアリオスの気持ちは伝わったようである。
「アリオス…大好き」
指にはまるリングを嬉しそうに眺め、そして幸せそうにアリオスを見つめた。
彼の首に腕をまわし、抱きついたアンジェリークは泣きそうな声で礼を言う。
「ありがとう…。
 どんなに大変でもがんばれるわ」
アリオスは栗色の髪を撫で、口の端を上げた。
「見届けてやるよ。ずっと側で…」
「アリオス…」
想いを伝えるように唇を重ねた。
離れる時間が惜しいとばかりに何度も口接ける。
こうして…いつもよりも幸福度の高い夜がはじまった。



翌日…なかなか起きてこない2人を迎えにレイチェルは
気が進まないまま、部屋を訪れた。
そして、目を丸くして一言。
「アナタ達…昨日いったいナニしてたの…?」
慌てて起きたアンジェリークが部屋を見渡せば…
泥棒が入ったのではないかと思うほど部屋のいたるところが荒れていて…。
「あ、あのっ、レイチェル…これはね…」
イースターエッグを探していたアンジェリークが散らかした結果である。
しかし、レイチェルは呆れたようにアリオスを睨む。
「も〜…翌日仕事がある時はあんまり激しいのしないでよね」
「レイチェルっ…違うの〜〜」
「くっ、違うとも言い切れねぇだろ?」
「ア、アリオスっ!」
慌てふためくアンジェリークをよそにレイチェルは「早く支度してネ」と
ひらりと手を振って部屋を出て行った。







〜 後日談 〜

数日後、アリオスはレイチェルに廊下で呼び止められた。
「アナタさー、珍しくアンジェに指輪あげたでしょ?」
「悪いかよ?」
確かに滅多にアクセサリーの類はやったことがないな、とアリオスは過去を振り返った。
キャンディーであれだけ喜ぶ少女である。
色気よりも食い気のプレゼントの方が多かった。
「悪くないけどぉ〜……」
そう言いつつ恨みがましい声と少女の表情にアリオスは憮然と言う。
「なんだよ?」
「あのコ、その指輪絶対外さないのよねぇ」
「問題あるか?」
別に指輪をつけていたところで執務に差し障りはない…はずである。
「今度の式典でもそれつけるって言うのよ」
「?」

レイチェルの言いたい事がいまだに分からずアリオスは片眉を上げた。
「別にかまわねぇだろ。一応それなりのものをやったからな。
 式典でも見劣りしねぇはずだが」
そんなアリオスにレイチェルは一言一言区切って言ってやった。
「式典でのアンジェはっ、このワタシがっ、何から何までっ、
 完っ璧にコーディネートしてるのっ」
ドレス、アクセサリー、髪型、メイクなどなど。
「あのコ飾りがいがあって楽しいし〜」
超多忙な生活のほんの一握りのレイチェルの楽しみ。
今度の式典での用意もすでに手配済みである。
「それなのに…」
アンジェリークはアリオスからもらった指輪を外したがらない。
そういうとこも可愛くてしょうがないのだが…。
「ワタシの完璧なコーディネートが崩れちゃうじゃないっ」
超有能な頭脳で考えに考えた装いなのに…。
「それはワタシ的に許せないからっ。
 結局、その指輪に合わせて一から考え直すことになっちゃったじゃない!」

「別にそこまでしなくてもいいだろうが」
アリオスは呆れた表情で肩を竦める。
「あいつは何を着てもつけても似合う」
「その中で最高なのを見つけるのが楽しいんじゃないっ」
…アンジェリークを溺愛しまくっている2人のこのやりとり。
アンジェリーク本人が通りかかるまで続いていたとか。


少女の姿を目にして話を終わらせたレイチェルは去り際に言った。
「とにかく、有難み減らすためにも
 もうちょっと頻繁にアクセサリーもプレゼントしてあげてよね」
「くっ…考えとく」
「?
 レイチェル…?
 アリオス…?」
首を傾げるアンジェリークの指で問題の指輪がきらりと輝いていた。


                                              〜fin 〜



イベントネタはもう書くまいと言いつつ…ここでリベンジです(笑)
あまりイベントとしては有名じゃないですが…。
欧米では盛り上がるイベント、イースターです。
欧米、というよりはキリスト教圏といった方がいいのかな。
まぁ、アンジェがいた世界にもそんなようなイベントがあったという仮定で…。

去年ドイツに行った時、どこの町に行ってもお店の可愛らしいレイアウトや
ペイントされた卵、あとはウサギなど…をよく見かけるなぁと思ってたのですよ。
途中で「あ、もうすぐイースターなんだ!」と気付きました。
ホテルのロビーとかもイースター用に飾られててそこで聞いたんだったかな…。
イースターエッグの写真を撮っておくべきだった、と今更思いましたよ。
背景に使いたかった…(笑)





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