Flower
「アリオス!」 森の中、遅めの昼食を摂るために各自割り当てられた仕事をしていると、 アンジェリークの嬉しそうな声が響いた。 「遅かったじゃないのさ☆ 他の枝拾いの連中はとっくに帰ってきてるよ」 「気にすんなよ。ちゃんと仕事はしてきただろ」 アリオスは束ねられた枝を持ち上げて見せ、火の近くへと置きにいく。 「でもよかった。もうすぐできあがるところだったの。 間に合ったね」 アリオスのあとについていくアンジェリークを見送り、オリヴィエは苦笑した。 「どうしてだろうね。いっつもあのコが1番最初にアリオスを見つける…。 妬けちゃう? オスカー」 「まさか。 …だが、あの懐きようはちょっと気になるな」 「無理しちゃって」 「言ってろ。 …それに俺はお嬢ちゃんほどあいつを信用できない」 何かがひっかかる気がするのだ。 「ま、ね☆ でもアリオスのあのコを見る瞳は優しいよ。 あのコが信頼しきっちゃうのもわかる。 …だから私達が注意してればいいんだよ」 「そうだな」 皆の天使を奪われるのは悔しいが、彼女が望むならばかまわない。 ただ、彼女は普通の少女ではない。 新宇宙の女王なのだ。 結果的に彼女が泣くことにならなければいいのだが。 彼らはそんな事態にならないようにと祈ることしかできなかった…。 (なんでこいつらはこんなにのんびりしているんだ…?) アリオスが度々思うことである。 そうさせる原因のひとつがこれである。 「はい、アリオスはブラックだよね」 必ずといっていいほど食後のお茶の時間があるのだ。 リラックスできるという効果は確かにあるが、それでもこの和やかな雰囲気は どうだろう、とかつてクーデターを起こした彼は思う。 よほどこの宇宙は平和だったのだろう…。 コーヒーを手渡され、アリオスは素直に礼を言う。 「サンキュ」 「隣、いい?」 「だめだって言っても座るだろ」 「あら、そしたら隣は諦めて向かいにするわ」 「好きにしろ」 アリオスを見下ろしくすくす笑っていたアンジェリークは、 何かに気付いた様子で屈んだ。 細い指先がアリオスの髪に触れる。 「?」 「これ」 銀色の髪に小さな薄いピンクの花びらが1枚ついていた。 「どこ行ってたの? 戻ってくるの遅かったし…」 「…そういえば、お前が好きそうなところだったな」 「私が好きそうなトコ?」 見てみたい、という好奇心旺盛な表情に、子犬の尻尾と耳が見えるようだ。 なんて分かり易い奴…。 アリオスは苦笑した。 「これ飲んだら行くか。 近くだからすぐ帰ってこれる」 「うん!」 そこは森の中であるにもかかわらず、ずいぶんと開けていて青空が 見渡せる場所だった。 地面はいくつかの淡い色彩の花でできた絨毯。 そこだけ森の木々を切り取って花畑を埋めこんだようである。 アンジェリークは花の中へと駆けていく。 しばらく素晴らしい景色を眺めていたが、そのうち座り込んで花を摘みだした。 何をやってるんだと近づいていったアリオスを見上げ、 アンジェリークは花にも負けない笑みをみせる。 「すごい。よくこんなとこ、見つけたね」 「偶然な…」 アリオスは足下に咲いていた薄いピンク色の花を一輪摘んだ。 彼女の髪につけてやる。 「お前に似合うと思った」 この場所のことを言っているのだろうか。 それとも今つけてくれた花を似合うと言ってくれたのだろうか? 彼の真っ直ぐな視線に聞けないままアンジェリークは顔を赤らめ俯いてしまう。 しかし、言うべきことを言ってないと気付き、すぐに顔を上げる。 「ありがとう。ここに連れてきてくれて」 髪に飾られた花にそっと触れ、アンジェリークは嬉しそうに笑う。 「アリオスとおそろいだね」 アンジェリークは思い出した。 彼の髪についていた花びらもこの色だった。 「何やってんだ?」 花束が作れそうなくらいに摘んだ花を前にアリオスは不思議そうに聞いた。 「これを編んで…何ができるかは内緒」 白い花を主に、ピンクの花を所々に編みこんでいく。 「少しだけ待ってて?」 「そうさせてもらう」 アリオスはアンジェリークの側に座った。そのまま横になる、が… 「ア、アリオス!?」 彼の頭はアンジェリークの膝の上だった。 ようするに膝枕、である。 驚いたものの振り落とすわけにもいかず、アンジェリークは固まってしまった。 「……もぅ…」 恥ずかしいけど嫌じゃない。 結局笑って許してしまうのだ。 「ねぇ、アリオス。 寝ちゃった?」 「なんだ?」 しばらくしてアンジェリークはアリオスに声をかけた。 隠れていた緑色の宝石が再び現れる。 「さっきもここで寝てたの? だから花びらがついてたんでしょ?」 「分かってんならきくなよ。 せっかく今度は枕持ってきたんだから…」 寝かせろよ、という声にアンジェリークはちょっと待て、と アリオスの頬をぺたぺたと叩く。 「枕って…私…?」 「他にあるか?」 「………おやすみなさい」 今度こそ落っことしてやろうかと思ったアンジェリークだが、思うだけにとどめておいた。 そういえば彼は昨日の野宿で見張り番をしていたのだ。 昨晩は寝ていないはずである。 (今日だけだからね…) 静かに時が流れていく。 時折吹く風に揺れる木々のざわめきと花のささやき、 徐々に長くなっていく編まれた花がなければ、時が止まっているのかと 錯覚しそうになる穏やかな空気。 (本当に止まっちゃえばいいのに…) アリオスの寝顔を見つめ、アンジェリークは思う。 彼の寝顔はきれいだけど、実は少しかわいいのだ。 いつも隙のない彼だからこそ、そう感じるだけかもしれないが。 そんな彼が自分の側で眠ってくれるのは嬉しい。 自分の側で剣を手放し眠ってくれるのは、たぶんきっと安らげている証拠。 「…好き…」 意外に長いまつげも、すっと通った鼻梁も、いつも皮肉ばっかり出てくる唇も。 どうしてこんなにこの人が好きなんだろう、と自分でも不思議になるくらいに。 「どうせならキスで起こしてくれても良かったんだぜ?」 「! …やだっ。いつから起きてたの!?」 恥ずかしくて穴を掘ってでも入りたい、という心境の彼女にアリオスは なんでもないことのように答える。 「あれだけ視線が刺されば気付くだろ。一応剣士だぜ?」 外界の気配には敏感になる。 「う…でも…。…ずるい」 「で? できたのか?」 話を逸らしてくれたのかアリオスは花に視線を向けた。 「うん、ほら」 長く編んだ花を持ち上げ、寝転んでいるアリオスにも見えるようにする。 「ずいぶんと長く編んだんだな」 前髪をかきあげ、眩しそうに上を見上げるアリオスの瞳は優しい。 「うん、だってこれアリオスのだから」 私のだったらもうちょっと短くてもよかったけどね、と続ける彼女にアリオスは起きあがる。 「は?」 アンジェリークは両端を結び合わせて輪を作る。 「はい、首飾り」 「…なんで俺のなんだよ」 にっこり笑って差し出されても困る。 「俺はお前と違って似合わねーよ」 「なんでって…なんでだろ…。 ただ作りたかったの、アリオスに」 「あのな…」 「とにかく、あげる。 なにもそれつけてみなさんのところに戻れなんて言わないわよ」 くすくすとアンジェリークは笑う。 「持って帰ろうとも言わないわ。戦いには邪魔になるでしょう…。 だけど一度だけでいいからつけて?」 言葉は疑問形なのに行動は強制的である。 言い終わる頃には花の首飾りはアリオスにかけられていた。 満足そうにアンジェリークは頷く。 「もういいだろ。これはお前の方が似合う」 首飾りはすぐにアンジェリークの胸元を飾っていた。 彼女の場合、首飾りと呼ぶには大きすぎるが。 純粋な白と淡いピンクは彼女にこそふさわしい。 自分にはふさわしくない、というより綺麗な花に自分の方こそふさわしくない。 思いを振り切るようにアリオスは立ちあがった。 「もういくか」 「そうだね、みなさん待ってるかも」 アリオスに手を引いてもらいアンジェリークも立ちあがる。 森と花畑の境となる木の前でアンジェリークは立ち止まった。 首飾りをはずし、その枝にかけようとする。 が、少し背が届かない。 代わりにアリオスがそれを枝にかけた。 (私とアリオスの思い出…あなた達だけでも覚えていてね) 許される2人でないことは自分達が十分に分かっている。 誰にも認めてもらえない関係だと分かっている。 だからこその祈り。 それに応えるように木々と花達が風に揺れた。 〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・ 「アンジェリーク!」 自分を呼ぶ声にアンジェリークは目を覚ました。 「レイチェル」 「まーったくもう、疲れてんだったら自分の部屋で寝なよ」 「ふふ…ごめんなさい」 儚げな、という表現が似合う微笑み。 彼女は故郷の宇宙から帰ってきた時から、この笑みを多くみせるようになっていた。 親友であるレイチェルしか気付かないようなものであるが。 周りの人間には彼女の笑みは今までと変わっていないように見えていることだろう。 アンジェリークが必死に普段通りに振る舞おうとしているのが分かるだけに レイチェルは切なく感じる。 昔のように無邪気な笑顔を見せてほしい。 アンジェリークの隣にレイチェルも座った。 「無理に笑おうとしなくてもいいよ…」 「ありがとう、でも大丈夫よ」 「そう?」 「この花になんかあるの?」 アンジェリークが木に凭れ、うたた寝していた場所は宮殿から少し離れた丘だった。 白と淡いピンクの花が咲き乱れている。 アンジェリークは執務の息抜きによくここまで散歩しにくる。 「初めて視察にいって、これ見つけた時すごく驚いてたよね」 おそらく一番最初に生命が誕生するだろうと予測される惑星に以前 彼女達は視察に行った。 いつ生命が誕生してもおかしくないくらいに育った惑星。 その大地にはこれらの花々が咲き乱れていた。 「うん…ちょっとね…」 あの時の祈り、通じていたのだなと思って涙が滲んだ。 思い出の花達は自分を元気付けるために咲いているように感じたから。 わがままかもと思いながら、周りの承諾を得て、 宮殿の側にこの花を少し持ち帰った。 今ではアリオスと見た景色と同じぐらいに増えている。 「ねぇ、レイチェル。思い出に縋るのはいけないことかな…?」 「ん? 一概にいけないとは言えないと思うけど…」 前を眺めたままレイチェルに問うアンジェリークに答える。 「思い出だけに頼りすぎるのはいけないけど、 思い出が救いになることもあるからね…」 アンジェリークの変化の原因をはっきりとは知らされていないレイチェルは 言葉を選んで答えた。 そんな親友の心遣いにアンジェリークは微笑んだ。 「ありがとう、レイチェル。 私頑張るからね」 アリオス… 待っているから ここにいるから 思い出の花達を敷きつめたこの丘で あなたに起こされるのを待ってるから だから早く見つけてね 〜fin〜 |
これは…クリアファイルでしたっけ? グッズにあったイラストを見て 「おおっ、アリアンで膝枕はすでにオフィシャル的にオッケーなのね」 と思ったのがきっかけです(笑) そして、それだけじゃなんだし…と思い、 L'Arcのflowerのイメージで仕上げました。 ラストは時間的にいうと キリリクで書いた「Last Dance」の 少しあと…になります。 もちろんこれを書いてた時のBGMはL'Arcのアルバム、Trueです。 実はL'Arcのアルバムの中ではこれが一番好きなんです。 |