A HAPPY NEW YEAR
アリオスは部屋に響く、控えめなノックに顔を上げた。 誰かなんて訊くまでもなく、ドアを開けるまでもなく、そこにいる人物が 誰なのか分かってしまう。 「どうした? アンジェリーク」 すでに問いかけつつ、ドアを開けてやったら、彼女はびっくりしたような顔で アリオスを見上げていた。 「…アリオス…お願い…」 時刻は午後11時を過ぎたころ。 深夜といってもいい時間。 恋人が自分の部屋を訪れ、潤んだ瞳で見つめながらこんなふうに囁けば 夜のお誘い、とも取れなくはないが…。 相手はアンジェリークである。 そんな大人なお誘いは到底期待できない。 ましてやコートにマフラー、手袋といった完全装備を見れば 次にどうくるかなんて簡単に予測がついた。 「ダメだ」 「…まだなんにも言ってないのに…」 頬を膨らませる少女を部屋に招き入れながら、アリオスは彼女の髪を くしゃりとかきまぜた。 「じゃあ言えよ。 俺の答えは変わらないけどな」 アンジェリークは彼を見上げ、にっこりと笑って『お願い』を言った。 「初詣に行きたいの。 ね、アリオス行こう?」 「答えはさっき言った通りだ」 「なんで…ダメなの?」 「わざわざ『外』へ出かけた挙句、人ごみの中に飛び込んでいけるか。 女王陛下をそんなとこに連れてくなんざ俺はいやだぜ」 彼の返事を聞いてアンジェリークはますます膨れてしまう。 「レイチェルも同じこと言った…」 先ほど似たような会話をレイチェル相手にしてきたばかりなのだ。 三人で初詣に行こうと誘った結果は完敗だった。 親友であり優秀な補佐官でもある彼女からすれば、 わざわざ人の集まる所に女王陛下を行かせたくはないのだ。 もしもトラブルに巻き込まれたらどうする? と。 アリオスもそれには同意見だった。 そのうえ彼自身、人ごみは嫌いである。 こうやって彼女と二人きりでいる方がどんなに良いか。 「だいたい『外』のイベントだろ? 確かに年は変わるが、それだけだ。 それにやつらは『お前』に祈りを捧げるんだぜ? 女王様」 お前は誰に何を願うんだよ? と皮肉げに問われアンジェリークは う…と言葉につまった。 「私はただ…アリオスとレイチェルと行きたかったの…」 最近ずっと仕事ばっかりだったし、と彼女は呟いた。 「私達の頑張った証がそこにいる人々の笑顔。 遠いここからじゃなくて、側で新しい年を迎える人達を見たかったの」 寂しそうな表情にアリオスの意思がぐらつく。 彼女のそんな顔は見たくない。 「レイチェルがね…。 彼女は行かないけど…大譲歩でアリオスを 『護衛』につけてなら行ってもいいよ、って言ってくれたの」 アリオスなら一緒に行ってくれると思ったのに…。 泣きそうな顔で無自覚に殺し文句を言う少女を見つめ、 アリオスは溜め息をついた。 これを計算してやっていたならあっさりかわすことができるのに…。 どこまでも本気なのだから敵わない。 彼女のそんなところを愛しているのだからしかたがない、と いってしまえばそれまでだが。 俯きかけた彼女の頭をこつんと叩く。 「礼はもらうからな」 「うんっ」 アンジェリークは満面の笑みで頷いた。 「人がいっぱいだねぇ…」 「最初っからそう言ってるだろうが…ほら」 いざ現場に行ってみると、まだ0時前なのに大勢の人で賑わっていた。 その人波にともすれば流されてしまいそうな彼女に手を差し伸べる。 「うん」 アンジェリークは頬を染めてその手を取った。 「でも…嬉しい。みんな楽しそうだね」 人ごみから抜け出して、アンジェリークは実に楽しそうに微笑んだ。 その笑顔は無邪気な少女のもののようでもあるし、 世界全てを愛する女神のものでもあって…。 その笑顔を見て、連れてきて良かったと思う彼は完全に彼女に 参っているとしかいえないだろう。 「あと何分くらい?」 年が明けてからお参りする人々の長い行列は進むのだ。 アンジェリークはアリオスに残り時間を聞いた。 「1分ちょっとってとこだな…」 「そっか、もうすぐだね」 アリオスは再び人の群れに目を向けたアンジェリークの顎を捕らえ、 優しく自分の方へと持ち上げた。 「んっ…」 突然のことにアンジェリークは大きな瞳をさらに大きくしたが、 たいていの場合、彼はやめろと言われてやめた試しがない。 アンジェリークはすぐにおとなしく瞳を閉じた。 長い口接けの途中、年の終わりと始まりを告げる鐘の音が聞こえた。 「二年越しのキスってのも悪くないだろ」 やっと解放してくれた彼が口の端を持ち上げた。 「……アリオスってば…」 彼の余裕の笑みにアンジェリークは真っ赤になって 言い返すべき言葉を探していた。 「………今年もよろしくね」 結局こんな言葉しか出てこなかったが。 アリオスは苦笑しながら彼女を抱きしめた。 「こちらこそ」 「せっかくだからお参りしてく?」 そういうアンジェリークに引っ張られ、二人が帰って来たのは ずいぶんと遅くなってからだった。 アンジェリークは部屋まで送り届けてくれたアリオスに 冷えた身体を温めるため、お茶を淹れた。 「誰に何を願ったんだ?」 面白そうに問うアリオスにアンジェリークはお茶を渡しながら答えた。 こんな夜中にコーヒーもなんだろう、ということで ミルクたっぷりのミルクティーである。 「教えちゃったら叶わないんでしょ?」 だから教えてあげない、と微笑む。 「あ、でもね。アリオスに関することじゃないから」 にっこりと笑いながら冷たいことをきっぱりと言う。 「………」 その真意を図りかねてアリオスは彼女を見つめた。 「だって、アリオスのことは神頼みにしたくないもの。 自分で努力して自力で叶えるの」 海色の瞳に宿る強い光にアリオスは目を奪われた。 そしてすぐにいつもの不敵な笑みを浮かべる。 「だったら…さっそく努力してもらおうか」 その場で…ソファの上でアンジェリークを押し倒す。 「なっ…私が言ったのは、こういうんじゃなくて…」 「俺はまだ連れてってやった礼をもらってない」 意地悪くにやりと笑うアリオスにアンジェリークはでかける前の 会話を順に思いだした。 「ち、ちがうっ…。こんなお礼じゃ…」 「あの時はっきりOKと言ったよな」 「…アリオス〜〜〜」 アンジェリークが願った内容は、 これからずっと…自分の使命が終わるまでは、 この世界を愛し、守り抜けるようにと…。 今、目の前に見た人々の笑顔を絶やさぬように 努力を続けるからそれが報われるようにと。 …二度とこの宇宙を裏切らない…守るから…。 願いというよりは誓いに近かったかもしれない。 しかし、皆を愛する新宇宙の女王陛下はどうやら言質を 取られてしまったようである。 今夜は皆の女王陛下ではなく、彼だけの少女となったらしい。 〜fin〜 |
今世紀最初の創作がこれですか…。 なんというか、あいも変わらずバカップルですな…。 しかも今回アリオスさん、 かなりアンジェにメロメロです(笑) 初詣の場所は神社か神殿か。 どっちでしょう。 やはりアンジェリークの世界なら神殿かな。 肝心の初詣の部分が少ないですが…ご容赦ください。 甘い二人のみをお楽しみください(笑) |