湖のほとりで
アルカディアでの一連の事件も解決し、女王陛下のご意向で 明日は皆でパーティーを楽しもうという事になった。 光の守護聖、ジュリアスの邸でオスカー・ルヴァ・ゼフェルは その事について話していた。 オスカーはやたら気合いを入れて頑張るとジュリアスに宣言し、 彼を少々不安にさせている…。 「……程々にな、オスカー。 ところでルヴァ…。それはなんだ?」 ジュリアスはゼフェルとルヴァが2人で運んできた長い包みを指す。 「あ〜、これですかぁ。 あった方が良いと思いましてねぇ」 中身を取りだしルヴァはそれを広げて見せようとした。 「ん〜…。なかなか開きませんねぇ〜」 地の守護聖が広げようとしていたのはパラソル。 確かに日除けにあった方が良いだろうが…ここで広げて見せる必要はさしてない。 それでも一生懸命がんばるルヴァ…。 行儀悪く窓際に座ってそれを眺めているゼフェル。 「あ〜。やっと開きましたぁ」 「ぅわあっ!!」 ぽんっと開くパラソル。 勢いよく開かれたそれの側にいたゼフェルは押されてしまう。 運悪く彼が座っていた窓際の窓は開いていて…彼は下へと転がり落ちる。 一方、王立研究院主任のエルンストは… この大陸の人々と、データの熱反応に差がある事を発見していた。 熱反応がひとつ多い。 つまり、彼らが把握していない謎の人物がいるという事で…。 研究員達が一生懸命アルカディアの人々を調査している中、 見つかってたまるかと逃げまわっていたアリオスのせいなのだが…。 さっそく主任はこの件について相談しなければ、と動き出した。 ジュリアスの邸へと向かう道に人影があった。 ヴィクトール・セイラン・ティムカの3人もまた明日の打ち合わせに 行く途中だったらしい。 なぜかティムカはバスケット持参で。 このバスケットがさらに事態をややこしくすることになった。 途中でエルンストに会った3人は謎の人物のことを聞き、首を傾げていた。 そこへ窓から押し出されたゼフェルが転がり落ちてきて、 本当に今夜の彼の運はかなり悪かったのだろう…ティムカのバスケットを なぜか頭から被ることになり、視界は真っ暗。 すぐ脇にあった湖へと続く坂道を転がり落ちていくのだった…。 「あー! 今、誰かが僕のバスケットを…」 ゼフェルはティムカの声が小さくなっていくのを聞きながら下まで落ちていった。 「噂によると封印は解けたらしいな…。 この大陸を包む邪悪な意志も消えたし、よくやったな…アンジェリーク…」 「私だけの力じゃないわ。みなさんが協力してくださった…。 アリオスも私を助けてくれた」 湖の前で2人寄り添って静かな景色を見つめていた。 2人は今夜ここで会う約束をしていた。 残り少ないアルカディアでの時間。 いつもと違うところでデートをしたい、という彼女の希望でここになった。 ジュリアス邸のすぐ近くで秘密の逢瀬などと、かなり無謀なことだということすら この2人の頭の中にはなかったらしい。 「ありがとう…。 私、あなたにいっぱい励まされたね」 「礼ならこっちの方が良い」 「アリオス…」 少女の顎を持ち上げ微笑む彼に、彼女は頬を染めながら大人しく瞳を閉じた。 「「!」」 唇が重なる寸前、何かが近付いてくる気配を感じ、2人は固まった。 アリオスはちっと舌打ちをし、少女の身体を離す。 そこへ、ルヴァとティムカの悪意なき攻撃により、ここまで転がり落ちてきた ゼフェルはバスケットを被ったままここはどこだと縋るものを探っていた。 「「「!?」」」 3人の息を飲む音が重なった。 ゼフェルが空いている方の手でバスケットを持ち上げる。 彼が掴んだのはここにいるはずのない人物だった。 まだ半ば被っているバスケットのせいで視界が狭かったのと アリオスを見つけて呆然としていたゼフェルはアリオスの影になっていた アンジェリークには気付かなかった。 アリオスは近くの茂みに隠れていろ、と少女の身体をそっと押した。 (でも…私がいた方が…) (大丈夫だ) 鈍い彼女にお前がいると余計ややこしくなる、とは言えなかった。 夜のデート、しかも自分が相手では…この少女に好意を寄せる男共が 黙っているはずがない。 「…おめー、やっぱり生きてたんだな。 おめーのことだから無事だとは思ってたけどよ…」 ゼフェルは気を取り直すと嬉しそうに、でもどこかぶっきらぼうに言った。 「ああ、この通りな」 「だけどよー、なんで今まで出てこなかったんだよ? みんな…特にあいつなんかいつかお前に会えるってずっと信じてて…」 少女の健気な様子は見ている方が苦しかった。 彼を信じて、未来を待つ少女。 そんな少女に課せられる重責。 「ああ、あいつとは会った」 「そっか、最近あいつ強くなったもんな。 おめーが原因か」 「…だが、俺が皆の前に出るのはまずいだろ。 ただでさえ面倒くせーことが起きてたってのに」 アリオス拘束派と擁護派に分かれて争った過去はそれほど遠くない。 ラ・ガの件だけでも大変なのに、もめごとを増やしたくなかった。 彼は静かにそう呟いた。 一方ジュリアス邸では、エルンストの言う謎の人物の件と ティムカのバスケット盗難事件が報告されていた。 さっそく捜索に向かおうとする一行。 「では行きましょうか〜。 ゼフェル…? ゼフェル〜!?」 「まったく、あの坊やはどこに行ったんだか…」 悲鳴を上げて落ちたにも関わらず、誰一人として 彼の災難には気付いていなかったという…。 一行はティムカがバスケットを盗られた現場から捜索を始めた。 「みなさん、これは…」 エルンストが見つけたのはマイナスドライバー。 「こっちにも…」 セイランが手にしているのはメカ。 その2点が指し示す人物はただ1人。 「ゼフェル〜! 怒らないから出て来てください〜」 …バスケット盗難事件の犯人は名指しで探すこととなった。 「あとは…この下に湖があったな…」 どちらかと言えば、アリオス擁護派のゼフェル。 最初は茂みでドキドキしながら様子を見ていたアンジェリークも今は 安心して、話をしている彼らを見守ることができた。 (見つかったのがゼフェル様で良かった…) ほっと胸をなでおろしていた時、ゼフェルの声が聞こえた。 「おい、やつらが来たぜ!」 自分の名を呼ぶ人々が近付いてくるのに気付き、ゼフェルは声を上げた。 どうする?という視線にアリオスは顔を背けた。 「俺はあんた達に合わせる顔がねぇ…。 もともとあいつ以外には存在を知られずにここを去るつもりだった…」 「だったら…」 なにげに怖いもの知らずなゼフェル。 他に方法はないと、あのアリオスにバスケットを被せた。 とりあえず、これで顔はばれない。 その代わりに不審なことこのうえないが…。 当然やってきた一行の疑惑の視線が集まる。 「この者は…?」 「俺のダチだよ!」 アリオスの前にゼフェルは庇うように立ちはだかり、そう言った。 「アルカディアの者か…ゼフェルがいろいろと世話になったようだな」 「いや、世話になったのは俺の方だ…」 無言で通すわけにもいかず、顔を隠したまま答えたが、 その声は皆聞き覚えがあった。 「お前は…!」 …気づかれない方がおかしい。 仕方なくアリオスはバスケットを取り去って、彼らに素顔を見せた。 「こいつは俺のダチだ! 手出しはさせねぇ!」 緊迫した空気にゼフェルは彼と一行の間で叫んだ。 (ゼフェル様…) 彼が行動を起こさなければ、きっと自分が飛び出していた。 だけど…自分と同じように彼を受け入れてくれる人がいてすごく嬉しかった。 「先にひとつ言っておく。 俺とこいつが会ったのはついさっき。それがはじめてだ」 先ほどのセリフから誤解が生じないように、なぜいままで黙っていたのだと ゼフェルが責められないようにアリオスは息を吐きながら言った。 依然と彼を庇うように立っているゼフェルにルヴァは穏やかに微笑んだ。 「ゼフェルの友達は、私達にとっても友達ですよ〜」 「そういうことだ…案ずるな」 その場の空気がゆるやかに動き出すのをアンジェリークは感じた。 気が緩んだのか涙が溢れてきた。 だけど、それはイヤな涙ではなかったからそのままにしておいた。 「これからどうするんだ?」 「俺は1ヶ所にいられるタチじゃねぇからな。 とりあえずここを離れる」 「お嬢ちゃんにはちゃんとお別れを言ったのか?」 「いや…」 「どうせお前のことだから影でお嬢ちゃんを助けていたんだろう?」 「くっ…まぁな」 それ以上のこともイロイロとしていたが(笑)そこはあえて言うつもりはない。 ついでとばかりに相手の不利になることは言ってやるが。 「あんたに襲われかけてるあいつを何度助けたか…」 勝者の笑みで告げる真実にオスカーはやっぱり、と声を上げた。 「やっぱり、あれはお前だったんだな! 街中でゼロブレイクを発動させるな! 危ないだろうが」 「非常事態だ。かまってられるか」 不毛な言い合いを止めたのはやけに低い光の守護聖の声だった。 「オスカー…後で話がある…」 「ここを離れる前にあんた達に会えて良かった。じゃあな」 アリオスはそのまま彼らの前から姿を消した。 「生きていればいつかは会えるだろう…」 どこかしんみりした空気の中、ヴィクトールの声に皆頷いた。 そんな雰囲気を立て直すためか、オスカーは明るい声で意味ありげに ゼフェルの名を呼んだ。そして彼への糾弾が始まった。 しかし、ゼフェルも負けてはいない。 怒られるような事はしていないし、むしろ被害者なのだ。 「ちょっと待てよ! 俺が突然いなくなったのはもとはといやー、ルヴァに窓から 突き落とされたせいだろ!? バスケットだってなぜか頭に被せられたおかげでここまで転げ落ちる ハメになったんだぜ!? しかもそれに誰も気付かねーときた…。 どうして俺が怒られるんだよ!」 「あ〜…言われてみればそうですね〜」 「確かに…ごめんなさい、ゼフェル様」 口々に皆に謝られ、ゼフェルは機嫌を直した。 「…ま、まぁ。そう言ってもらえっといいんだけどよ。 だいたいいつも〜〜」 調子に乗って色々と語っているゼフェルをよそに他の面々は明日の準備に とりかからねば、と邸へと戻っていった。 「アリオス…僕のバスケット持ってっちゃったんですよね…」 「チャーリーにでも新しいの頼めば?」 「そうですね…セイランさん」 成り行き上、返すタイミングがなくて、アリオスはそれを持ったまま行ってしまった。 あまりにも残念そうに溜め息をつくものだから、セイランはそう提案してあげた。 なんなら僕からも頼んであげるよ、と。 「あ、おいっ! 俺を置いてくなっ!」 怒鳴って彼らを追いかけていくゼフェルの姿を見送りながら アリオスの腕の中でアンジェリークはくすくすと笑っていた。 立ち去ったと見せかけておいて、 実はすぐ側のアンジェリークがいる茂みに隠れていた。 「…良かった…」 安心しきったように彼の胸に身体を預けた。 「全員には会えなかったけれど…アリオス、受け入れてもらえたね」 「あいつらは筋金入りのお人好しだからな」 「もぉ…アリオスったら」 素直じゃない恋人にアンジェリークは苦笑する。 「…泣いたのか?」 少女の瞼に口接け、アリオスは囁いた。 「心配しないで、嬉し涙よ」 恥ずかしそうにアンジェリークは俯いた。 「すごくね、嬉しかったの。 ゼフェル様…はっきりとアリオスの事、お友達って言ってくれて…。 みなさんもそう言ってくれて…」 あの時のように、大切な人達が争う姿を見たくなかった。 「まぁな…。 悪い気はしねぇ…」 「ふふ、素直じゃないんだから。ゼフェル様はもっと正直よ?」 彼は思ってる事と正反対の態度をとってしまったりするけれど… 彼の気持ちは裏返しの態度なんだなと読み取れる。 結果、周囲の者には素直じゃないけれど正直者だと認められていた。 「ったく、あいつの事ばっかりだな…」 もともとゼフェルとの相性は良いので親密度も高い。 おまけに今夜の事もあって、少女の中でゼフェルの親密度はかなり上がっていた。 今夜ここに来た人々の分も程々に。 面白くなさそうな表情をする彼にアンジェリークは楽しそうに微笑んだ。 「ねぇ、アリオス気付いてた? ゼフェル様とアリオス…ちょっとね、 上手く言えないけど、ちょっとだけ似てるのよ?」 「はぁ?」 あんなガキとどこが似てるんだ、と不本意そうに眉を顰める。 でも、あの少年の事を憎からず思っているのは本当で…。 だけどそれを素直に認めてしまうのは癪だから、 いつもの不敵な笑みを浮かべ、彼女に反撃した。 「俺とあいつが似てたとして…。 お前はなんで俺を選んだんだ?」 「え…」 「あっちの方がまだ面倒は少ないぜ?」 「ばかっ…」 分かってて尋ねてくる彼をずるいと思う。 「ゼフェル様もみなさんも好きだけど…。 愛してるのはアリオスだけなのっ」 彼の胸に顔を埋めて自棄のように言う。 意地悪な問いにちゃんと答えてあげているのだ。 真っ赤に染まった顔までは見せてあげない。 「アンジェ」 くっくと笑う彼の声を耳元に感じる。 「もう、知らないっ」 「じゃあ、そのまま聞いてろよ」 アンジェリークはまだ赤い顔を上げられないから、そのままでいた。 「…愛してる」 「…っ……」 滅多に言ってくれない言葉にばっと顔を上げた。 「ア、アリオス…。もいっかい…」 目を見て言ってほしい。 「1回言えば十分だろ?」 アリオスはそう微笑むとせがむ瞳にも取り合わない。 「いいじゃない。減るもんじゃないんだし…」 私なんか何度も言わされているのに…。 「言うと減る」 「アリオス〜」 「あっ!」 じゃれあっているその上で、きらりと何かが光った。 「流れ星!」 まるで湖へ落ちていくかのように軌跡を描く星を見上げながら 手を祈る形に組んだ。 一生懸命願い事をする少女に微笑みながらアリオスは言った。 「とっくに落ちたぞ? トロいお前が3回唱えられるかよ」 「いじわる…。気持ちの問題だもん…」 「で、何を願ったんだよ。 星は聞いてくれなくても俺は聞いてやれるぜ?」 機嫌を損ねたお姫様を抱きしめながら尋ねた。 「………アリオスと幸せになりたい…」 しばらく躊躇ったあと、アンジェリークはポツリと白状した。 「叶えてやるよ」 アリオスはくっと笑うと少女の頬に触れた。 そして、想いを伝えるように、未来を誓うように口接けた。 翌日、アルカディア最後の思い出のパーティーは皆、楽しく過ごせた。 ただひとつだけ不思議な点があったが…。 ティムカが失くしてしまってがっかりしていたバスケット。 それをアンジェリークが持ってきたのだ。 「アンジェリーク…そのバスケット…」 「ティムカ様のだって、今そこでセイラン様に聞いて…」 昨夜アリオスに会った者は、昨夜か今朝、彼が少女に別れを告げる時に でも渡したのだろう、と思い… アリオスに会わなかった者は、バスケットがどうしたのだろう?と思い… 約1名は炎のオーラをバックに燃え上がらせて…アンジェリークに声をかけた。 「お嬢ちゃん…それはいったいどうしたんだ?」 昨夜、あの後別れを告げる際に渡しただけならまだ良い。 今朝、ここを離れる前に挨拶したついでに渡しただけなら良い。 彼が危惧していたのは一晩中一緒だったなら…だった(笑) あの男ならやりかねない。 自分でさえ、狙っておきながらあの男の妨害と 陛下の監視下にあったため出来なかったのに…。 あっさり先を越されるのは面白くない。 アリオスから受け取ったと答えたならば、いつ?と尋ねるつもりだった。 しかし… 「妖精さんが運んでくれたんです」 無邪気に嬉しそうに微笑むアンジェリークにこれ以上の追求は出来なかった。 「…そうか…」 しょっちゅう、『精霊さん』を使っている少女のことだから こう言ってもなんの違和感もない。 「まぁ、お嬢ちゃんが嬉しそうだからいいことにするか」 ふふ、と内緒事を隠し持っているような笑みでアンジェリークは頷いた。 「今度はその妖精さん、幸せを運んできてくれます」 「?」 今度会う時は、堂々と愛し合える関係に…。 その未来はもうすぐそこに。 〜fin〜 |