ねむり薬
真夜中にふと目を覚ました。 頬を伝うのは涙。 自分の声で目が覚めた。 最低な目覚めだと自覚するよりも先に彼に会いたいと思った。 「アリオス…帰ってきてるかな…? もう…寝てるかな……?」 迷惑になるかもしれない、 そう思ったけれどもアンジェリークは隣の彼の部屋へ向かった。 控えめなノックに返事はなかった。 ちょっと躊躇ったあと、ドアノブを回してみると鍵はかかっておらず、簡単にドアは開いた。 「まだ帰ってないんだ…」 就寝前に自分が来た時と変わっていない。 皆と決めた明日の予定を書いたメモがサイドテーブルに置かれたままだ。 「……少しだけ…待ってようかな…」 ベッドの端にちょこんと座り、膝を抱える。 今は眠りたくなかった。 またあの夢を見るのが怖かった。 「………?」 ドアの前で部屋の中の人の気配に気付き、アリオスは首を傾げた。 ここは自分に割り当てられた部屋で間違いないはずだが…。 アリオスはとりあえず部屋の中へと入って固まった。 (おいおい…なんでこうなってんだ……) 薄い夜着のままのアンジェリークがベッドの上で眠っていた。 ベッドに腰掛けて上体だけ倒れている様子からして、ここで眠るためにいるのではなく アリオスの帰りを待っていたのは分かる。 (それにしたって無防備すぎるぞ…) 「おい、アンジェリーク」 慣れた様子で白い頬に触れる。 「カゼひくぞ」 「…ん……」 ぼんやりと目を開けると目の前にアリオスがいた。 少女はほっとしたように微笑む。 「よかった…アリオス……」 彼女にしては珍しく、そのままきゅっと抱きついてきた。 アリオスの首にまわされた手は震えている。 「アリオスだぁ……」 「アンジェ…?」 一向に離れようとしない彼女の背に腕をまわし、安心させるように軽く叩いてやる。 「どうした? 寝ぼけてんのか?」 低い心地良い声を耳元で聞いて数秒、アンジェリークはハッと我に返って 密着した身体を離そうとした。 しかしアリオスの方がしっかり抱きしめているので少ししか効果はなかった。 むしろ、下手に離れようとしたため、間近で見つめ合う形となってしまった。 「あ、あの、ええと…。…お帰りなさい…」 彼の視線に耐え切れず、真っ赤になりながら何か言わなくては、と焦って呟く。 なんともタイミングのずれた挨拶にアリオスは吹き出した。 「ああ、ただいま。…で? どうしたんだ?」 襲われに来たのか? そう言って頬にキスしただけでアンジェリークの体温ははね上がった。 「も、もう…違うもん。ただ…会いたかったの」 アリオスの視線から逃げるように瞳を逸らして俯きがちに囁く仕種が愛らしい。 「毎日顔合わせてるだろ? 1秒たりとも離れたくないってか? 光栄だな」 からかうようなアリオスの言葉になんと答えていいのか分からない。 本音を言うならその通りなのだ。 ずっと側にいて、離れられないようにお互いに縛られていればどんなに気が楽か…。 だけど言えない。 言えるわけがない。 「…夢を見たの…」 「夢?」 「アリオスがいなくなる夢…」 「………」 アリオスは顔には出さなかったが、内心穏やかではなかった。 彼女はのんびりおっとりしているが、時にとても鋭い。 無意識のうちに見抜かれていたのか? と考える。 夢は無意識が具現化する場所。 彼女自身が把握しきれていなくても、心のどこかで真実を 感じ取っているのかもしれない。 「呼んでも呼んでも返事してくれないの。 泣いても怒っても、お願いしても…どんどん遠くに行っちゃって…」 「ただの夢だろ?」 「だけど…すごく不安で…ここに来てもアリオスいないし……」 「今はちゃんといる」 抱きしめる腕に力を込め、なぜこんなに彼女を安心させようとしているのだろう、 と心のどこかで問う自分にアリオスは考える。 今は、まだ…仲間として信用させておく必要がある。 それだけだ。 彼女の不安そうな顔は見たくない…という理由ではない、と自分に言い聞かせる。 「怖かったの…。 アリオスがいなくなると思っただけで…。 くやしいな…」 「?」 アリオスは最後の一言の意味がわからず、彼女を見つめた。 「私、こんなに弱いと思わなかった。 いろんな意味で強さを必要とされているのに…。 あなたのことになると自分でも呆れるくらい弱くなる。 こんな自分イヤだ…」 「…良い方法があるぜ」 「なに?」 「俺への想いなんか忘れるんだ」 そうすればちょっとしたことでいちいち不安に揺れることもない。 冗談なんだか本気なんだか分からない表情で言うアリオスにアンジェリークは笑った。 「それは無理」 きっぱりと宣言し、首を振る。 クセのない髪がふわりと揺れ、アリオスの頬をくすぐる。 「それができるようなら私、あなたに好きだと言わずにすんだ。 最初からこの気持ち消せたなら…こんなに苦しまずにすんだ。 でもね、苦しんだり、嫌なこともあるけど…結局今みたいにアリオスとこうして いられるならそれもかまわないって思うの」 「くっ…。お前は強いよ」 弱さを乗り越える覚悟がすでにできている。 この少女はこうして時折、はっとさせるようなことをさらりと言ってのける。 「な、なんで笑うの? それに私強くなんかない…」 本気で困っている姿はまだまだ幼いが。 「とにかく、しばらく俺はお前の側にいる。 当分離れるつもりはない」 「本当?」 断言されてアンジェリークは嬉しそうに尋ねる。 花のような笑みが浮かぶ。 「ああ。だから安心して部屋に戻ってもう寝ろ。明日キツいぞ。 それとも…」 彼女の笑顔にアリオスもいつものからかいの色をにじませた笑顔を見せる。 「このまま泊まっていきたいのか?」 いつもの彼女なら真っ赤になってわたわたと逃げの態勢に入る。 アリオスはそれを見越して言ったのだが…意外な反応に驚かされることとなる。 「いいの? じゃあ、そうする」 「あ?」 先程までの彼がいない不安がよほど大きかったのか嬉しそうに頷いたのだ。 顔には出さないが困惑しているアリオスをよそにアンジェリークはベッドに潜り込み、 どうしたの? という表情でじっと見つめる。 「………」 「これで安心して寝れるわ。 ありがとう、アリオス。おやすみ」 彼が自分の隣にいるのを確認し、アンジェリークはにっこり笑ってそう言ったのだ。 (……ちょっと…待て…) からかうつもりで言ったことにより、無自覚な手痛い反撃を受けた アリオスは額に手を当てた。 いつもと違い、からかわれたことにも気付かなかった少女はすでにぐっすり眠っている。 安心しきった寝顔にかかる一筋の髪をどけてやり、アリオスは彼女に囁く。 「今回きりだからな。おとなしく寝かせてやるのは」 翌日よく眠ったおかげで元気なアンジェリークの不思議そうな声がロビーに聞こえた。 「アリオス…なんか疲れてる? 寝てないの?」 「二人で寝るには狭いベッドなうえに、お前の寝相がよすぎたからな」 「うそ!?」 これくらいの意趣返しは許されるだろう、と内心舌を出す。 アンジェリークは赤くなったらいいのか青くなったらいいのか分からない、 といった表情をしている。 そんなにひどかったか、と深く追求したいアンジェリークだったが、 そろそろ皆が集まってくる頃なので口に出せないでいる。 しかしやはり気になるようで瞳ではしっかり聞いてくる。 そんな少女の様子にアリオスは苦笑しながら言ってやった。 「うそに決まってんだろ」 「もう、ひどい! なんでそんなこと言うのー?」 彼女の隣でおとなしく寝ることができるほど大人ではなかった自分に気付かされた 仕返しだとはもちろん言えるわけがない。 〜fin〜 |
ありがちなネタかな…とも思いましたが。 書きたいから書いちゃいました(笑) バカップル的エッセンスがちょっとだけ入ってますねぇ。 今回、アリオスはアンジェのねむり薬になれたみたいですが アンジェのほうは無理だったようですね(笑) でも考えてみると、お互いがお互いの 睡眠剤になれそうだけど その逆もありえそうだなぁ。 |